第26話 無礼な来訪者、再び 1

 早朝の診療所を、殺気が取り囲む。

 朝日を受けて鈍い輝きを放ったのは、ライフル銃や刀剣である。

 処刑人らはチェーンメイルを着込み、赤い十字が描かれた白色のサーコートを羽織っていた。

 左手に大盾を持ち、さながら戦争用の装備だ。


「暗黒時代の装備なんて持ち出して、時代錯誤な連中なのですわ」


 エルシアが処刑人らに、皮肉めいた視線を送った。祭服姿のアルヴィンらとは、実に対照的である。

 今や診療所は、三十名近い審問官によって完全に包囲されていた。


「ネズミ一匹、外に漏らすな!」


 キーレイケラスが、麾下の処刑人らに鋭く命令を飛ばす。男はアルヴィンらと同様、祭服姿だった。


「私が診療所に入り、言質を取る」


 完全武装の処刑人らを前にして、男は冷淡な笑みを浮かべる。

 それは、意外な宣言だった。

 魔女を駆逐するためには、自らの意思で告白させる言質と、魔法の行使を確認する現認が必要だ。


 ──それが、言質と現認の原則だ。


 その双方がなければ、審問官は駆逐を許されない。

 凶音の魔女の現認は、既に審問官リベリオによって済まされていた。残された言質を、上級審問官が自ら取ってくるというのだ。


 と、アルヴィンは薄い刃のような、鋭利な視線が向けられていることに気づいた。

 その主は……他でもない、キーレイケラスだ。


「審問官見習いアルヴィン」

「……なんでしょうか?」

「同行を命じる」

「ぼ、僕がですか!?」


 アルヴィンは思わず声を上げた。 


「貴様は診療所に立ち入ったことがあるのだろう?案内をしろ」


 確かに火の魔女事件の際、中に踏み込んだことがある。クリスティーを審問するためだ。

 この男はそれを、ウルバノの報告書から知ったのか──


「審問官リベリオ!」

「はっ」

「十分して私が戻らなければ、診療所を焼け」

「承知」


 正気を疑いたくなるような命令を、リベリオは躊躇なく受け入れた。その目に、禍々しい悪意の光がちらついたように見える。


「たった二人で、乗り込むつもりなのですか?」


 エルシアは、嫌悪感に眉をしかめながら問う。その懸念は当然だ。

 魔力の源泉は、月だ。

 つまり日中、魔女は魔法を使うことができない。この時間帯であれば、少なくとも不意を突かれて首を飛ばされる心配はない。

 だが……今から相対するのは、あの凶音の魔女なのだ。


「多勢で乗り込んだところで、足手まといが増えるだけだ」

「ですが……」

「行くぞ!」


 これ以上の議論は不要、とばかりにキーレイケラスは背を向けた。

 そのまま診療所へと歩き出す。

 それが、作戦の始まりだった。アルヴィンは、後を追って駆けだした。



 建て付けの悪い扉を開け、待合室へと入る。 

 壁紙がところどころ破れ、真ん中辺りにくたびれたソファーが鎮座している。

 一ヶ月前、訪れた時のままだ。違いといえば、開院前で患者の姿がないことくらいか。


「どちらさまですか?」


 受付から、ボブカットの少女が顔を出した。掃除中だったのだろう、箒とちり取りを手にしている。

 エレンだ。彼女とは、診療所とプリムローズ・パークで二度顔を合わせたことがあった。

 いずれも、アルヴィンに対する印象は、良好とはとても言えないものだったが……。


 少女は彼の顔を見て怪訝な顔をし、隣に立つ隻眼の男に気づいて、ちり取りを落とした。

 顔に緊張をみなぎらせた少女に、嘲りを込めた声が投げ打たれた。


「私は上級審問官キーレイケラスだ。クリスティー医師はどこか」

「……せ、先生とお約束は?」

「約束などない」

「それでは、お引き取りください。そ、早朝に突然来られて会わせろなど……非礼ではありませんか」


 少女の声は、完全に上ずっていた。 

 だが、歴戦の上級審問官に毅然と反論した勇気に、アルヴィンは内心で感嘆した。

 ただしそれは、男の狂気を止めるには、甚だ不足していたらしい。

 銃口が、エレンの額に突きつけられた。

 少女の表情が、即座に凍り付く。


「私が紳士的でいる間に、案内することだ」


 無辜の民に拳銃を向けて脅す紳士など、聞いたことがない。それはむしろ、野獣と呼んだほうが相応しい。


「上級審問官キーレイケラス」


 アルヴィンは拳銃に手を置くと、銃口を床に向けさせた。


「市民への脅迫は、教会法で禁じられています」

「こいつは卑劣な魔女の手先だ。何が悪いというのだ?」


 青いことを言うなと言わんばかりに、男は嘲笑を浮かべる。


「卑怯者っ!!」


 エレンは叫ぶと、キーレイケラスを睨みつけた。


「合理的と言って貰いたいものだな。さあ、時間は有限だ。案内しないというなら、考えがあるが?」

「知りません! 帰ってくださいっ」

「──朝から、何の騒ぎなのかしらね?」


 うんざりとした、という表現がもっとも適当かもしれない。

 待合室に、声が響いた。

 五本の視線が向けられ……アルヴィンは、小さく呻いた。


 彼女はやはり、逃げていなかったのだ。 

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