三章 凶音の魔女
第24話 復讐者リベリオ
きょう-いん【凶音】
〘名〙悪いしらせ。凶事の音信。特に、死亡の通知。
凶報。訃報(ふほう)きょうおん。
(精選版 日本国語大辞典より)
オレンジ色の夕日がステンドグラスに差し込むと、七色に燦爛し、神々しい光が満ちた。アルヴィンは、思わず目を細める。
聖堂は煌びやかでいて、静謐そのものだ。
普段であれば、言葉も忘れて見惚れたことだろう。
だが今は……呼吸をするのも躊躇するような、殺伐とした空気に満たされている。
そこに集められた者は、三十名近い。
大部分は、仮面をつけた一団によって占められていた。聖都から送り込まれた処刑人達だ。
彼らは一言も発せず、微動だにもしない。まるで機械仕掛けの人形のように、不気味に佇んでいる。
対して、アルビオ教区に所属する審問官も、全員が招集されていた。とはいえ、見習いのアルヴィンを含めても、五名しかいない。
本来、アルビオにおける審問官の定員は、七名だ。
だが、この僅か一ヶ月ほどの間にウルバノが殉教、アリシアは不死の魔女との戦いで負傷し入院、ベラナは地位を剥奪され、四名まで数を減らしていた。
「──諸君!」
朗朗とした声が聖堂に響き渡り、アルヴィンは祭壇を注視した。
そこには、屈強な体躯をした隻眼の男が立っていた。
やや下がって、審問官リベリオの姿がある。
「諸君! 我々の使命は、凶音の魔女の捕縛である」
上級審問官キーレイケラスは、歴戦の戦士を思わせる、堂々たる風格をまとい、審問官らを睥睨する。
「捕縛? なぜなのです?」
それに真っ向から反駁したのは、エルシアだった。
彼女も先日の戦いで負傷したが、幸いなことに軽傷で済んでいた。
キーレイケラスの放つ、圧倒的な威圧感に物怖じする様子もなく続ける。
「凶音の魔女は、多くの審問官を殉教させた魔女です。なぜ駆逐ではなく、捕縛なのです?」
「枢機卿会からの厳命だ」
「枢機卿会の……?」
「多少の犠牲は目をつぶるから、くれぐれも殺すなとな。奴は──」
キーレイケラスは片目に、怨念のような、どす黒い色を宿した。
「白き魔女を譲歩させるための、人質となる。死なれては困る、それだけだ」
男はぞんざいな口調で吐き捨てる。
理由は分からないが……キーレイケラス自身が枢機卿会の命令を承服していない、そんな気配が察せられる。
「今日は月の出が近い。明朝、奴の潜伏先を急襲する」
その宣言に、鞭を打たれたようにアルヴィンは身体を強ばらせた。
不吉な予感が背筋を駆け上がる。
処刑人らは、凶音の魔女の正体を掴んでいるのか。
だが……あのクリスティーが、尻尾を掴まれるようなミスを犯すとは、到底思えない。
誤認であるとしか考えられないが──
「”クリスティー”、それが凶音の魔女が使用している、偽名だ」
男の放った言葉が、氷の刃となってアルヴィンの心臓を刺した。
状況は、予想を遙かに超えて悪化しているようだった。意思の力を総動員して、なんとか平静を装う。
その顔に、宿怨のこもった視線が投げつけられた。
「なぜ、露見したのか。不思議そうだな?」
それはキーレイケラスの声ではない。
仮面の下で、狂気じみた薄笑いを浮かべたのは、リベリオだ。
「現認し、特定した。奴が公会堂で魔法を使う様を、俺は見たのだ」
──公会堂。
アルヴィンは、戦慄せずにはいられない。
仮面舞踏会が催され、不死の魔女と戦ったあの夜。
この男は、どこからか見ていたのだ。
そして魔法を現認したのであれば、当然目撃したはずだ。
二人の、共闘を。
審問官が、魔女と手を組む。それは即刻、粛正される大罪だ。
「心配するな。俺は、他には何も、見ていない」
リベリオは神経に障るような、猫なで声を発する。仮面の奥で、目がビー玉のようにギラついた。
沈黙は、不気味さを伴った。
彼の兄ウルバノは、火の魔女との戦いで殉教し、その魔女をアルヴィンが駆逐した。
表向きの記録上は、である。
真相は連続殺人に手を染めたウルバノを、アルヴィンとクリスティーが共闘して粛正したのだ。
彼女の正体を知ったことで、リベリオが隠された事実に気づいても不思議はない。
だとすれば、告発しない理由は、ただ一つだ。
粛正する以上の、凄惨な復讐を目論んでいる──
「明日までに、遺書を書いておくことだな」
リベリオの目に宿った闇は深く、底が見えない。
言い知れぬ不安が、蛇のようにアルヴィンに絡みついた。
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