第16話 スーキキョーの手下
不死の魔法と、不死の呪い。
同じ不死であったとしても、両者には決定的な差異がある。
代償が生ずるか、否か。
そして自身の意思によるか、他者の悪意によるものなのか、だ。
もしクリスティーの言う通り後者であったのなら……この事件は全く様相を異にすることになる──
教会への帰途、夜道を急ぎながらアルヴィンは思索した。
はたと立ち止まったのは、路地から大通りに出た時だ。
街路沿いに等間隔に設置された、ガス灯の灯り。
それがぶつりと、不自然に途切れていた。
視線の先にある闇に覆われた空間は、異様な空気で満たされている。
街灯がまるでマッチ棒のように折れ、尋常ではない力が作用したのだろう、石畳が波打ったように乱れていた。
そして道路の中央を、横転した馬車が塞いでいる。
暗がりに一歩踏み出した途端、頭の裏側が、チリチリと焼けるような独特な感覚に襲われる。
魔法の痕跡を、人はそう感じ取る。
周囲を満たしたそれは、もはや頭痛に近い、強烈なものだ。
つい先刻、ここで魔法が使われたのか。
もしくは── まだ、魔女が近くにいるのか。
アルヴィンは神経を研ぎ澄ますと、馬車に走った。
「誰か、いるか!?」
怪我人を探す。
だが── 御者台にも客車にも、人の気配はない。
否、御者と客、双方の姿があった。
いずれも精気を吸い取られたように、ミイラ化していたが……
「最悪だ……!」
アルヴィンは心の中で悪態をついた。
危険信号が、煌々と灯った。
── よりにもよって、こんな時に不死の魔女に遭遇するとは!
その時だ。
馬車の影から、ふらりと歩み出た人影があった。
ハンチング帽を目深にかぶった、赤毛の少女だった。
髪は長髪で、ライトベージュのトレンチコートを着ている。
まだ、若い。
おそらく、アルヴィンより少し年下か。
── そして、魔法の痕跡は、彼女から濃厚に発せられていた。
「動くなっ!」
咄嗟に拳銃を抜くと、アルヴィンは警告の声を発した。
距離は、三メートルもない。
審問官見習いに、実弾は支給されない。
だが模擬弾とは言え、当たりどころ次第では重傷を負わせることができる間合いだ。
アルヴィンには、たとえ魔女が仕掛けてきたとしても、狙いを外さない絶対の自信がある。
少女の反応は── だが予想を、完全に超えるものだった。
「撃たないでっ! 死にたくないっ!!」
頭を抱えると、その場にへたり込んだのだ。
恐慌をきたして、肩を細かく震わせている。
魔女らしからぬ、見苦しい反応だ。
「君は不死の魔女か!?」
アルヴィンは拳銃を下ろさず、鋭く詰問する。
あっけに取られつつも、警戒は解かない。
「ま、魔女っ!? わたしはメアリーよっ! ただのメアリーよ! 魔女なんかじゃないわ!」
そう叫ぶと、メアリーは地面に視線を落として嗚咽し始めた。
ぽろぽろと、地面に落涙する。
アルヴィンは困惑した。
泣きぬれる少女に拳銃を突きつける……これではまるで、自分の方が悪人ではないか。
これまで彼が相対してきた魔女たちは、不敵で、ずる賢く、そして冷酷だった。
こんな臆病で、みっともない魔女は、見たことがない。
周囲に遺された、濃厚な魔法の痕跡の影響で誤認したのか──
彼女の顔には、魔女特有の邪気のようなものが一切感じられない。
素人然とした反応からして……事件に巻き込まれた不憫な被害者、なのだろう。
神経質になりすぎていたかもしれない。
アルヴィンはため息をつくと、拳銃を収めた。
「驚かせてすまなかった。勘違いをしていたようだ」
メアリーに頭を下げ、詫びる。
「ここは危険だ。すぐに安全な所へ避難しよう」
少女に近づき、手を差し伸べる。
メアリーが、顔を上げる。
その目は── ぞっとするような、冷たいものだ。
── 魔女、だ。
「しまっ── !!」
咄嗟に、アルヴィンは後方に跳躍した。
だが、何もかもが遅すぎた。
次の瞬間に少女の手は、彼の首を捉えていた。
右手一本で首を締め上げると、いとも容易く、彼を持ち上げたのだ。
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