第15話 真夜中の共犯者


 プリムローズ・パークは、アルビオ西部にある、広大な緑地だ。

 日付が変わる、少し前。

 当然だが周囲に人気は無く、不気味に静まりかえっていた。 

 時折、野犬の遠吠えが聞こえるだけだ。


 青白い月明かりに照らされて、入り口に佇む少女の姿が見えた。 

 その顔には、見覚えがある。

 診療所の受付をしていた、名前は確か── エレン、と言ったか。

 髪型はボブカットで、快活そうな印象である。


「こちらへ」


 アルヴィンに気づくと、少女は短く言った。

 しばらく歩き、人目がないことを確認すると、エレンはオイルランタンに火を灯した。

 周囲が、淡く明るくなる。


「足元に気をつけてください」


 少女の口調は丁寧なのだが、その声はどこまでもそっけない。

 パークは、内部に池や動物園があるほどの広さを誇る。

 目的地へと案内されながら、彼女が何を不満に思っているのかは、すぐに明らかになった。


「先生が、あなたみたいな人に手を貸してあげるなんて、信じられません」


 思い起こせば、少女にとってアルヴィンの第一印象は、最悪のものだっただろう。

 診療所に乗り込んでくるや、彼女の尊敬する先生をいきなり審問した礼儀知らず、と思っているに違いない。

 強引な手法を使ったのは事実で、それを非難されるのはやむを得ない。


 だが── 手を貸してあげる、とは! 


 アルヴィンは内心で憤慨した。

 少女は、重大な事実誤認をしているようだ。


「一つ訂正しておくが、手を貸してくれと頼んできたのは彼女の方だ。それに、君はどうして魔女の味方をする? 僕からすれば、それこそ信じられないが」

「私だけじゃないですよ。あなたに新聞を売る露天商や、ここの管理人だって、先生の協力者です。魔女である前に、先生は恩人なんです」

「パークの管理人までもが、魔女の味方だとはね……」


 アルヴィンは皮肉っぽく応じる。

 少女はちらりと、嫌悪感の籠もった目で一瞥するが、それ以上は反論してこない。


「私はここまでです」


 そう言って、少女は足を止めた。

 そして暗がりの先を指さす。


「先生は、この先の公園にいらっしゃいます」




 日中、緑地内の公園は子供らの声が絶えない。

 だが薄暗やみの中にある滑り台やブランコには、廃墟を連想させる不気味さがある。

 深夜、こんな薄気味の悪い場所に、好んで立ち入ろうとする者などいないだろう。

 その意味では、二人が密会するには絶好の場所だといえた。

 なにしろアルヴィンは魔女を駆逐する審問官の見習いで、彼女は魔女なのだ。 


 ── 審問官と、魔女が手を組む。


 その前代未聞の関係が露見すれば、たちまち異端者として破門され、粛正されることだろう。


 彼の視線の先に、ダークブロンドの髪を一つにまとめ、春物の白いコートを着た女── クリスティーの姿があった。

 彼女は、百合の花を思わせる気品を纏っている。

 縁なしのメガネをかけ、気高さと知性を感じさせる顔立ちだ。


 夜の闇の中に、金属音が規則的に響く。

 クリスティーはブランコに座り、軽く漕いでいた。

 数メートルの距離を置いて、アルヴィンは立ち止まった。

 そして油断なく見据えると、冷ややかに宣言する。


「先に言っておくが、少しでも妙な真似をしたら、すぐに君を駆逐するつもりだ」


 それは牽制などではなく、本心からの言葉だ。 

 もし彼女がその気になれば、瞬時に首を飛ばされて終わるのだから。

 

「それは良い心がけね」


 彼女は薄暗やみの中で、笑ったようだ。

 そしてぬけぬけと、言ってみせる。


「心配しなくても、私ほど善良で、慎み深い魔女なんていないわよ。それにほら、私たちは死線を共に越えた、仲間でしょう?」

「魔女と馴れ合うつもりはない。用件をさっさと言ってくれ」


 アルヴィンは、木で鼻をくくったような声で、突き放す。

 もしエレンがこの場にいたら、無礼だと猛抗議したに違いない。

 不機嫌さを隠しもしない顔を見て、クリスティーはくすりと笑った。


「それじゃあ早速、報告してもらおうかしらね。この一ヶ月間、何か進展はあったかしら?」


 上級審問官ベラナの信頼を勝ち得て、大陸のどこかへ幽閉された白き魔女の居場所を聞き出すこと。

 それが、二人の共通した目的だ。

 ただし、その後の方向性は真逆だ。

 クリスティーは母を救うこと。アルヴィンは父の仇である白き魔女に復讐することだ。

 計画を達成した時、それはどちらかが死ぬ時となるだろう──


「ベラナについては、進展なしだ。だが……リベリオという審問官が聖都から派遣されてきた。あのウルバノの、弟だ」

「あら、それで?」


 審問官ウルバノとは、彼女も浅からぬ縁がある。 

 だが反応は、意外なほどあっさりとしたものだった。


「驚かないのか?」

「どうして、驚かないといけないのかしらね?」


 クリスティーは、どうしてそんなつまらないことを訊くの? と言わんばかりの態度だ。

 普通なら警戒するなり、不安を覚えそうなものだが……この魔女には、アルヴィンには理解しがたい不敵な一面がある。


「それで、その弟君がどうかしたの?」

「……リベリオの指示で、魔女を追っている。不死の魔女だ」


 その名を、口にした途端。

 背筋が凍るような、錯覚に襲われた。

 ウルバノの名には、爪の先ほどの興味も示さなかったクリスティーの目。

 それが、不死、と耳にした途端、冷然としたものに変わったのだ。


「── 不死、の魔女ね」


 彼女は口許に手をやって呟いた。

 理由は分からないが……声には、冷え切った怒りの感情が見え隠れしていた。

 アルヴィンは躊躇いを覚えつつ、問う。


「何か知っているのか?」

「あなたは、魔女の起源って訊いたことがあるかしら?」

「……魔女の起源? それが不死の魔女と、何の関係があるんだ?」


 突然話しが変わったことに、アルヴィンは訝しみながら、首を振った。


「関係なら、あるわよ。千年前に実在した、十三人の原初の魔女。彼女らが、魔女の始祖だと言われているわ。私たちの系譜を遡れば、必ずいずれかに辿り着く」


 クリスティーは、詩を吟じるかのように続けた。


「原初の魔女達は、傑出した力を持っていた。でも不死の魔法は、彼女らですら達成できなかったのよ」


 そして、静かに呟く。

  

「── ただ一人の、例外を除いて」


 その声は小さすぎて、アルヴィンの耳に届くことはなかった。

 クリスティーは、何事もなかったかのように言葉を継ぐ。


「原初の魔女でも成し得なかったことを、無名の魔女が達成できるわけがない。考えるまでもないことでしょ?」

「……だったら今回の事件の犯人は、何者なんだ?」

「リベリオは、何か言っていなかったかしらね?」

「出来損ないの魔女だと……。他者の命を喰らって生きる、とも」

「解せないわね」


 クリスティーは勢いをつけると、身軽な身のこなしでブランコから飛び降りた。

 ふわり、とコートの裾が舞う。


「解せない? ……何がだ?」

「魔法にはね、そもそも代償なんて存在しないの。それが、私たちの根本原則。でもその言い方だと、その魔女は他者の命を喰らわないと生きれない、ということよね?」


 振り返ったクリスティーの瞳に、不吉な光が揺れた。


「だとしたら、不死の魔法ではない。それは── 不死の、呪いよ」

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