第14話 疑惑の後輩
── 他者の命を、喰らう魔女。
アルヴィンはそう小さく呟いて、天井を見上げた。
剣呑な現場検証を終えた後、リベリオは用があると言い残して立ち去り、アルヴィンは自室へと戻っていた。
教会から与えられた彼の部屋は、実に質素なものだ。
家具と言えば、書き物机とベッドくらいだ。
だがそれで、不便があるわけではない。そもそも、大した荷物などないのだ。
手荷物と言えば、最低限の着替えと日用品。聖書、それに銃と手入れ道具ぐらいか。少し大きめの旅行鞄があれば、事足りる。
アルヴィンは、日中に露天商から買い求めた新聞を開いた。
”── 凶風の魔女、ついに駆逐される”
”── 明晩、公会堂で仮面舞踏会を開催”
”── 5月の聖都に時季外れの雪”
読んだところで、不死の魔女に繋がる情報が見つかるわけでもないが──
と、新聞から、何かがひらりと舞い落ちた。
足元に手を伸ばして拾い上げ、しげしげと見る。
葉書ほどの大きさの、紙だった。何も書かれていない、ただの紙である。
「これは── 」
そこに、扉をノックする音が被さった。
ドアを開けると、立っていたのは双子だ。
「立ち話もなんだから、入ってもいいかしら?」
いいかしら? と尋ねる割には、返事を待たずに、二人はずかずかと入室してくる。
どうやらアルヴィンに拒否権はないらしい。
「それは何ですの?」
彼が手にした紙切れを目を留めて、エルシアは怪訝そうに尋ねる。
「新聞に入っていたんですよ。大方、印刷屋が入れ間違えたんでしょう」
手で丸めると、ゴミ箱に放り込んだ。
「……それで、ご用件は?」
双子はベッドに腰掛け、アルヴィンは書き物机の椅子に座った。
口を開いたのは、アリシアだ。
「あなたに、忠告しておこうと思って」
「……忠告、ですか?」
「そうよ。あの男には気をつけなさい」
アリシアが苦々しげに言うあの男、とはリベリオ以外には考えられない。
アルヴィンは一触即発となった、昼間の騒動を思い出した。
見習いの部屋を盗み聞きをしようとする物好きなどいないだろうが……彼女は、声を潜める。
「白の祭服に、薄気味の悪い仮面。あいつは、枢機卿会直属の審問官よ」
枢機卿会とは、七人の枢機卿で構成される、教皇の顧問団だ。
教皇ミスル・ミレイが魔女から眠りの呪いを受け、公の場から姿を消して久しい。
そのため枢機卿会は、実質的な教会の最高指導部となっていた。
リベリオは、その直属の審問官だと言うのだ。
「彼らの任務は、表向きは地方の審問官が手に負えない、魔女の駆逐なのです」
「でも、実態は大きく異なる。── あいつらは、処刑人よ」
アリシアの声には、不吉極まりない響きがあった。
顔を近づけ、アルヴィンの耳元で囁く。
「確証はないけど、連中は枢機卿会の意にそぐわない審問官を、合法非合法を問わずに粛正するのが任務だと噂されているわ」
「審問官を狩る審問官、というわけですか……」
アルヴィンは、妙に心がざわつくのを感じた。
一ヶ月前のあの夜、ウルバノを粛正し、彼女と取引をした。
リベリオは真相を知っていて、自分を粛正するためにこの街に来たのではないか──
そんな疑念が、わき上がってくる。
「アルヴィン、顔色が悪いですわよ?」
「……いえ、大丈夫です。なんでもありません」
心配そうに見つめるエルシアに、アルヴィンは冷静を装って答えた。
双子の忠告の通り、リベリオには警戒したほうがいいのかもしれない。
叩けばホコリなど、いくらでも出てくる身なのだ。
自分が清廉潔白だとは、口が裂けても言えない。
アルヴィンの声は、緊張を帯びた。
「……では審問官リベリオには、隠した目的があるかもしれない、ということですね?」
「そうよ。不死の魔女の駆逐なんて、ただの口実で、あいつには真の狙いが別にあるかもしれない。── あなたも、気をつけなさい」
双子が部屋を辞したあと、アルヴィンは足早にゴミ箱へ向かった。
急ぎ、始末しておかなければならない物があった。
来室があった時、投げ入れた紙を取り出す。
それは印刷屋が入れ間違えた、何の変哲も無い紙だ。
── いや、そうではない。
エルシアは妙に勘の鋭いところがある。彼女に、気取られなかったのは幸いだった。
書き物机の引き出しからマッチ箱を取り出すと、アルヴィンは紙に火をつけた。
瞬く間に燃え上がり── ゆらめく炎の中に、文字が浮かび上がった。
”今夜二十四時、プリムローズ・パークで”
数秒で燃え尽きると、文字はかき消えた。
秘密を知る者にしか読めない、魔女の連絡手段だ。
そして、こんな物をよこす相手は、一人しかいない。
アルヴィンは、小さくため息をつく。
昼間、リベリオと双子の相手で、散々神経をすり減らしたのだ。
だが彼女は、休むことを許してはくれないらしい。
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