二章 不死の魔女

第11話 羊の皮をかぶった見習い

 夜の街を駆ける。


 青白い月明かりを頼りに、寝静まった街を一心不乱に走る。

 全力疾走のせいで、肺も心臓も限界だ。息が切れ、これ以上は逃げられない。

 足がもつれ、倒れたその先は── 袋小路だ。

 

 絶望的な気持ちで、少年は天を仰いだ。

 夜空には、上弦の月が光るだけだ。そう都合良く、神が助けてくれるはずもない。 


「随分、逃げ回ってくれたな」


 背後に、ぞっとするような冷たい笑みを浮かべた、女が立っていた。

 その周りを、黒い風が渦巻いている。人体など、容易く切り裂く力を秘めた、鎌鼬かまいたちだ。

 女は── 魔女、だ。

 暗がりの中で、女は軽く手を振った。

 変化は苛烈かれつで容赦のないものだった。渦巻く風が真空の刃に変わり、少年へと殺到する。 


 まず、足先を切り落とす。

 逃げられないようにしてから、次は腕だ。

 いや、その前に命乞いをさせるのもいいかもしれない。

 弱者の哀願あいがんというやつは、いつ聞いても心地のいいものだ。

 勝利を確信し、恍惚こうこつとした笑みを魔女は浮かべる。


 その悪趣味な妄想に、突如として冷や水が浴びせかけられた。 

 真空の刃が少年の足を切り刻む寸前、水の壁が出現したのだ。真空の刃を防ぎ、さらに水は鎖へと形を変化させる。

 それは対応の隙を与えずに魔女へ伸び、瞬く間に捕縛ほばくした。

 反撃する暇を与えない、洗練された魔法だった。


「── どちらが追い詰められたかも知らずに、おめでたい奴だな」


 つい先刻まで怯えた顔をしていた少年は、不敵に笑っていた。


「何をする! 離せっ!」

「魔法の行使を現認した。凶風の魔女ジュディス、君を駆逐する」


 魔女は、驚愕きょうがくに目を見開いた。

 数歩の位置まで近づいた少年が、拳銃を彼女の額につきつけたのだ。

 それは、魔女を駆逐する審問官の証だ。

 だが、いま彼女を拘束しているのは紛れもない、魔法である。

 視界の片隅に、ダークブロンドの髪色をした女がちらりと見えた。

 審問官と魔女が手を組む── いや、そんな事があるわけがない。


「おまえ達は、何者だっ!?」

「僕は審問官見習い、アルヴィンだ」


 夜の街に、銃声が響いた。




 

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