第9話 アーロンの血を引く者 3


「さて、どこにいるか分からない敵をどう倒すか、手はあるかしら?」

「……さっき銃弾を防いだ水の魔法は、二十メートル離れた場所でも呼び出すことができるか?」

「可能だと思うけれど。何を考えているの?」


 質問は、彼女の興味を引いたようだ。

 アルヴィンは手短に説明する。


「拳銃の射程は、せいぜい二十メートル程度だ。奴がどこにいるにせよ、その範囲内に潜んでいることは間違いない。水塊の中に閉じ込めて、奴を失神させて欲しい。後は、僕が片付ける」

「それだけの範囲を水で満たすのは、精神が持つかどうか……。他の魔法じゃ駄目なの?」


 呼び出す水量に比例して、制御は困難になる。

 簡単に言ってくれるが、全て満たそうとすれば、二百トン以上の水量となるだろう。 

 アルヴィンは首を横に振った。


「魔女の関与が疑われるようなやり方は避けたい。後々、話しが面倒になる。それに、全てを水で満たす必要はないんだ。僕がおとりになって飛び出す。銃声から、ウルバノの位置を絞り込めるだろう?」

「囮……それは、駄目よ!」

「時間がない。行くぞ!」 


 クリスティーが制止しようとした時には、アルヴィンは飛び出していた。

 呼応するかのように、すぐさま銃声が響く。


「こっちの返事も聞かずに飛び出して! 死なれたら、夢見が悪いじゃない!」


 憤りながら、彼女は感覚を研ぎ澄ました。

 銃声が響いた。一発、さらにもう一発。

 普段なら、容易に位置は特定できただろう。

 だが廃墟に複雑に反響し、前か後ろかでさえも判別が難しい。

 焦りがつのり、額に汗が浮かぶ。


 と、煙幕の切れ間から、発火炎が一瞬見えた。

 十時の方向── !


「見つけたわよっ!」


 集中力を高め、クリスティーは魔法を発動させた。三メートル四方ほどの水塊が実体化し、人影を呑み込む。


「捉えたわ!」


 手応えはあった。

 驚き、憤怒ふんぬ苦悶くもんの感情が水塊からあふれ出る。

 だが、ウルバノはそこから逃れることはできない。

 三分もすれば意識を失うだろう。


 ほっとすると同時に、アルヴィンの安否が気にかかった。まさか、銃撃を受けて倒れてはいないか……


「アルヴィン、無事なの── !?」


 呼びかけに、応答はない。

 発煙弾が煙を吐き出す音が途切れると、辺りは静寂に包まれた。


「……アルヴィン?」


 不安が膨れ上がり、悪い予感が頭をよぎる。

 夜の闇が濃くなった。

 唐突に、水音が響いた。


 審問官を取り巻いていた水塊が、前触れ無く崩壊したのだ。

 クリスティーは急速に、身体から魔力が霧散むさんするのを感じる。


「馬鹿めっ!!」


 どす黒い、怒りのこもった罵声ばせいが響いた。

 ずぶ濡れとなったウルバノが、立っていた。血走った目でクリスティーをにらむ。


「月の入りを忘れたか? 月齢の把握は、魔女の戦い方の基本だろうが!」


 咄嗟に空を見上げると、地平線に月が没していた。

 魔力の源泉は、月だ。

 それが没すれば当然、魔女は力を失う。

 気づいた時には、遅すぎた。

 自己の勝利を確信した目つきで、ウルバノは銃口を向ける。


けがらわしき魔女め! 地獄へ落ちるがいい!」

「その言葉、そっくりお返ししますよ」


 不快そうな呟きが、背後で漏れた。

 獲物を追い詰めた高揚感が、異変に気づくのを遅れさせた。

 後頭部に固い銃口が突きつけられているのに気づき、ウルバノは凍りつく。

 拳銃を手にしたアルヴィンが、背後に立っていたのだ。 

 表情が、驚愕きょうがくでひきつった。


「よ、よせっ」

「神のご加護を」


 アルヴィンは、容赦なく引き金を引いた。

 目標まで、僅か数センチ。

 外すことのほうが難しい距離だ。

 後頭部に模擬弾が炸裂すると、非情な審問官を人形のように弾き飛ばした。

 地面に転がった身体は痙攣けいれんし、やがて動かなくなる。


 視線を上げると、険しい顔で腕を組む女医と視線が交錯した。


「月の入りのこと、知っていたんでしょ? 自分が囮になるって言っておいて、私を囮にするだなんて、いい根性しているわね」


 アルヴィンは答える代わりに、銃口を向けた。


「何のつもりかしら?」 

「協力するのはウルバノを倒すまで、と言ったはずだ。魔女クリスティー、言質と現認は済んだ。君を駆逐する」

「あなたに私は撃てないわよ?」


 不敵な笑みを浮かべて、クリスティーは銃口を見返す。


「善良で美人で、その上怪我をした女性を、魔女というだけで撃つほど、あなたは冷酷じゃないわ」

「魔女にかける情けなどないさ」


 声に反して、銃は震えていた。

 彼女は魔女であり、審問官は駆逐する使命を帯びている。

 だが彼女が何の罪を犯したわけでもない。ただ魔女であるという事実だけで、命を奪うことが果たして正義なのか。

 罪なき者を裁くことに、ためらいが生じた。

 それは、若さゆえの甘さか。


 ── それとも、あの人の息子だからかしらね。

 心の中で呟くと、クリスティーは決意に満ちた眼差しを向けた。


「── 取引をしましょう」

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