第8話 アーロンの血を引く者 2

「こっちよ!」 


 クリスティーに腕を掴まれて、アルヴィンは走りだした。

 黒煙が急速に濃度を増し、真っ直ぐ走ることさえままならない。


「せいぜい必死に逃げ回ることだ。早々に死なれては、なぶる楽しみがなくなる」


 瓦礫がれきに脚をとられながら走る背中に、優越感と悪意に満ちた声がぶつかる。

 次に銃声が響いた直後、クリスティーはバランスを崩し、転倒した。


「── っ!!」


 苦痛で、顔が歪む。

 左脚を射貫かれたのだ。見る間に布が赤く染まっていく。


「このおっ!」


 声と共に水の束が生まれ、むちのようにしなった。それは蛇のようにうねりながら、地面を叩きつける。

 もし直撃していれば、ひとたまりもないだろう。

 アルヴィンは肩を貸すと、手近な廃墟はいきょの影に隠れた。


「やったと思うか?」

「手応えはなかったわ。牽制けんせいくらいにはなったかもしれないけれど」


 痛みに眉をしかめながら、彼女は傷の応急処置をする。

 医師だけあって、この辺りの手際は実にいい。


「あなたも銃を持っているんでしょ? あのイカれたお仲間を、なんとかしなさいよ!」


 柳眉りゅうびを逆立てるクリスティーに、アルヴィンは肩をすくめた。


模擬弾もぎだんなんだよ」

「なんですって?」

「僕は審問官見習いだ。見習いに、実弾は支給されない。模擬弾じゃ、至近距離でなければ、致命傷を与えるのは難しい」

「人には噓をつくなって言うくせに、自分はつくのね」

「噓じゃないさ。見習いかって、君は聞かなかっただろう?」


 子供じみた言い訳をしながら、アルヴィンは考えを巡らせた。

 濃密な黒煙が周囲を取り囲んでいた。

 視界は奪われ、クリスティーは負傷し、相手はどこにいるか分からない。


 状況は、完全にウルバノに支配されていた。

 このままでは、追い詰められるのは時間の問題だろう──


「協力しましょう」


 意外すぎる言葉とともに、クリスティーは顔を近づけた。


「あいつは相当な手練てだれよ。私たちが別々に戦っても、殺されるだけだわ」

「審問官と魔女が手を組むなんて、あり得ない。僕たちは敵同士だ」

「その敵を、私は二回も助けたわよ。恩に着せるつもりはないけど、少しくらい信用してくれてもいいんじゃないかしら?」


 彼女は真剣な光をあおい瞳にたたえた。


「初めて会ったとき、魔女の本質は悪だって言ったわね? でも、それは違う。少なくとも私は、人と魔女が共存できる社会を作りたいと思っている。それは、審問官アーロンの願いでもあったのよ」

「── どうして父の名を知っている?」


 アルヴィンは顔に、驚きの表情を宿した。

 彼女の口にした名は紛れもない、父の名だ。


「お互いの立場は置いて、一時休戦としましょう。私たちが力を合わせれば、この事態を切り抜けられるわ」


 そう言って、クリスティーは白い優美な手を差し出した。

 聞きたいことは山ほどある……が、それを状況が許さない。

 二人で乗り切る以外、選択肢がないことは明白だった。


「ウルバノを倒す間だけだ!」


 差し出された手を、握手せずにはたく。


「決まりね」


 満足そうに笑うと、クリスティーは声をひそめた。


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