第4話

 生みの親からの衝撃的な通信から早半日程経過して、夜の帳がおりる頃。ポイント300地点、宇宙船ノア内部管制室にて。

 アポロは一人、据え付けの椅子に座りぼんやりとこれからの事を考えていた。あの通信は航空宇宙局本部からの公式的なもので、本部は決して私的での使用を許可する筈は無い。つまりジェームスが仕組んだ質の悪い悪戯では無いという事。

 そして時間を置いて月面プラントにある宇宙局支部の方にも通信を試みたが、エラーメッセージが表示されるばかりで通信が繋がることは無かった。地球の軌道上空に滞空しているであろう各国の人工衛星にもアクセスを試みたが、こちらも応答なし。


「……ノアに積まれた携帯食料の総量は五年と少し。一回の食事量を減らしても、そこまで長く保つとは思わない」


 ホロデバイスにて何度計算しても出てくる残酷な数値に、アポロは頭を悩ませるが同時に考えもあった。幸か不幸か、諸々の生活水に関しては、最新鋭の精製装置が宇宙船内に備え付けられているので、水だけは心配無い。後は食料さえどうにか出来れば四人でも生きられる。

 搭載されたゲノムバンクの中には地球に自生している多種多様な植物のゲノムも勿論有る。小麦やトウモロコシ、米や野菜類のゲノムから人工培養装置で同様のものを培養し育生出来れば、食に困ることはおそらく無い。マリエラやディアナの知恵を借りれば再現は容易いだろう。


 だが、それだけで良いのか。


 


 ふと浮かんだ不毛な思考にアポロはらしくないと頭を振る。普通に考えれば、それこそ無理筋だ。天才だの神の申し子だのと持て囃されても、アポロを含めて四人とも相応に努力して才覚を磨いただけの人間だ。物語上の人物達のような特別な力など無いし、何かを成し遂げる為の術もぱっと簡単には思い付かない、本当に詰まらないただの人間なのだ。


 だから、不可能を可能にする術も現状無く、世界を変える事も今は出来ない。

 けれど、まだ何の行動を起こしてないのに、このまま無理だと諦めたくはない。


「……現状に満足するな、挑戦するなら高みを目指せ」


 生みの親の口癖を真似して言ってみて、ふっと軽く笑う。一度しか無い人生で、一生縁が無いと思っていた宇宙まで来て、更にその無人の新惑星に四人生き残らされた。

 こんな御伽話みたいな体験、二度とは味わえないだろう。それなら逆に楽しまなければ損だ。

 そう考え直し、後ろを振り返った。アポロにとって一番の理解者にして、唯一無二の妹に提案を持ちかける為に。管制室の入口で覚悟を決めた表情のディアナと目が合って、アポロは諦め気味に柔く微笑んでこう口にする。


「なあ、ディアナ。俺と一緒に死ぬつもりで世界を変えてみないか?」


 ディアナはアポロの発言に一瞬息を呑んだ。しかし、少し考え頷き。


「わかったわ、アポロ。死ぬときは一緒、そう考えると楽しくなりそうね」


 そう満天の星空のように至極楽しげに笑ったのだった。



 ✽ ✽ ✽



 次の日。アポロとディアナがメインルーム内のホロプロジェクターで発表した内容に、マリエラは呆れと疲労を綯交ぜにした表情で頭を抱え一言。


「二人共……正気? この世界、ゲームなんかじゃないのよ? そう簡単にそれが実現可能だったら、今頃火星や金星は人類が住む惑星になってる筈でしょうよ……」


 マリエラは昨日の出来事が余程衝撃的だったのか、それだけ言い切ると深く溜め息を吐いた。マリエラの意見は百利あるとアポロは思う、だがこのまま引き下がるのは研究者として名折れである。彼女を説得しようと口を開こうとしたとき。


「マリエラ。無理だ無茶だって決めつける前に、私とアポロの為に協力して欲しいの。このまま何もしないのは一研究者として凄く悔しいし、博士の思い通りに大人しくしていたくないんだ。お願い」


 ディアナは渋るマリエラの隣に座り、その手を優しく取った。意志の強い眼差しに見つめられ、マリエラは暫し考えを巡らせた後、小さく嘆息し。


「……わかったわよ。やれるだけ、やってみましょうか。このまま死ぬまで暇を持て余すのもなんだしね」


 そう腹をくくった表情で笑う。アポロはそんな二人の様子を見て安心したのも束の間。メインコンピュータの表示に心臓がひっくり返るように驚き、慌ててメインルームを出る。彼の様子を怪訝に思った二人だが、医療ルームで発せられるエマージェンシー信号を見て、急いで彼の後を追い掛ける。医療ルームに駆け込んだ先でアポロ達が見たものは。


「あっ、おはようございます! 何か、ポットから出れなくて、無理矢理こじ開けたらこんななっちゃって」


 三人がよく知る官兵衛が、頑強さを誇る医療ポットを力技で壊し、朗らかに笑っている光景で。

 アポロは腰が抜けてしまい床にへたり込み、ディアナは苦笑いしながらアポロに手を貸し、マリエラはずかずか官兵衛に近付くとその頭をポコポコ叩く。

 ディアナに引っ張り上げてもらって立ち上がったアポロは、官兵衛にこう告げた。


「官兵衛。起き抜けでこんなこと言うのもどうかと思うけど。俺達でこの惑星を地球みたいに人が住めるようにしようと思う。手伝ってくれないか?」


 官兵衛はアポロの言葉に最初ぽかんとしていたが、やがていつもの楽観的な笑みを浮かべつつ。


「了解しました。肉体労働なら任せて下さいっす!」


 元気よく返事する。四人顔を見合わせやがて笑う。彼らの歩幅が揃った瞬間だった。

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氷の狼と屑石の魔女 〜異聞録〜 菱川ナカヒト@底辺なろう民 @matuhitsu09

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