第3話
アポロは自身を特別だと思ったことはない。物心ついたときには、アポロの周りには自身と同じように生み出された子供達がいて、それらは一様に生み出した研究者に期待されていた。
彼はこう口にした。
『何かの才能に突出し、周囲を驚かせるくらいの特異能力があること。私は君達の無限の可能性に賭け、育成することにした』、と。
アポロ達に課せられたのはそんな無茶苦茶な難題だった。アポロは偶々機械分野に興味があり、生み出した研究者が定期的に持ってくる専門書の内容が理解できた。それが面白くて仕方がなかったので片っ端から読んでいたら、そんな自分に才能があると勘違いした研究者が自分にありとあらゆる勉学を叩き込んだ。
勉学に励み、その傍らで研究に励んだ。ただ楽しくて仕方がなかった。施設内の設備を好きに使わせてもらえたのも幸いし、アポロは九歳のときノーベル物理学賞を受賞した。
そしてそのとき初めて自身の周りを見回し、自身と同年代の子供がディアナしか居ないことに気が付く。
そうか、とアポロは初めて気付いた。自身の身勝手な努力のせいでディアナ以外の子供達は蹴落とされたのだと。
それからアポロは努力することに臆病になった。唯一同期でアポロに食らいついて勉学と研究に励んでいるディアナまで蹴落としたとなれば、アポロは自分で自分が許せなくなる。そう強く思った。
それは今でも続いている。アポロは唯一傍に残ってくれたディアナが大切だし、妹として大事に思っている。だから自身の身勝手な努力でディアナを危険には晒さないのだと、呪いのように心の底に染み付いているのだった。
✽ ✽ ✽
「やったぁ一抜け〜。私の勝ちだね」
「ディアナ、何でそんなにトランプゲーム強いの? 勝率がマジでおかしい」
西暦2***年。太陽系土星付近の宇宙域。宇宙船ノア内部メインルームにて。アポロ達四人はメインルーム内の円形テーブルを囲み、ババ抜きに興じていた。アポロは手元に残ったジョーカーのカードを恨みがましく睨む。かれこれ五連敗しているので内心面白くない。
新惑星ジオアースまで航行中、アポロ達四人は集まればほぼ九割遊んで過ごしている。何せこの宇宙船ノアは自動運転機能付きの高性能船艦なので、あまりアポロ達が何かすることがない。しかし、暇を持て余すことを良しとしない勤勉気質なアポロは、ディアナやマリエラに今まで勉強してこなかった二人の専門分野に関する教えを乞おうとすると、二人から微妙な顔をされてしまった。
「真面目なのは良いけど新惑星に到着するまでは暇を享受したら? 私達ずっと研究と仕事ばっかりしてきたし、少しは休もうよ?」
「ディアナの言うとおりよ。アポロは真面目過ぎよ。少しはハメ外すことも覚えなさい」
そうやさしく窘められ、ここ一ヶ月程遊んで過ごしている。ババ抜きで大敗したアポロは自身のジョーカーを捨て山に放り投げ、ぼやいた。
「こうして遊んでるけどさ、俺達一応社会人で仕事して給料貰っている訳じゃない? そろそろ本分に戻ろうか」
「アポロの言い分はもっともだけど。実際問題アタシ達の貰っている給料はしばらく使えそうもないし、誰の目も無い以上遊んでても問題なくない?」
「そうっすよアポロ先輩。パーッとハメ外しましょ! こんな機会二度とないですよ」
「君達なぁ、お気楽にも程があるだろう」
「まあまあ、今だけ大目に見てよアポロ。ちゃんとジオアースに到着したら仕事するから、ね?」
ディアナは相変わらずふわふわ微笑みながらアポロの肩に手を置く。溜め息混じりにホロデバイスで航行スケジュール表を見ると後三ヶ月半程すれば新惑星に到着する様だ。プロジェクトノアの内部資料を眺めながら、アポロは「しかし、どうして極秘計画なんだろうな」と呟いた。
「こんなに立派な宇宙船を造って、更に俺達の要望を全部叶えた装備まで莫大な金かけて揃えておいて、極秘計画っておかしくないか? 普通は新惑星発見ってだけで大々的にニュースになるものだろうに、それも全く無いし変だよな」
「確かにそうだねぇ。もしかしたら何か良くないことでもあるのかな?」
同じくプロジェクトノアの内部資料をホロデバイスで読んでいたディアナが「国上層部はこの計画の先に壮大な移住計画とか考えてるのかもね」と口にした。
「地球の資源寿命はもうそれほど残ってないでしょ? だからこの計画で私達がジオアースに人間が生息していた、もしくは生息出来る可能性を見つけられれば国上層部は地球に暮らす人類をジオアースに移住する為の計画を順次打ち出してくる、のかも?」
「ディアナ、アンタの言うことはあながち外れないからこわいのよ。あまり物騒な事言わないでよ。――でも仮にそうだったらアタシ達ってかなり責任重大じゃない。責任が伴う仕事って肩に力入るから嫌なのよ!!」
バンとテーブルを叩きながらマリエラが嘆く。隣に座る官兵衛がマリエラの頭をよしよしと撫でながら、「まあジオアースって名前からして移住する気満々って感じですもんね!」とあっけらかんにのたまう。アポロはホロデバイスをポケットにしまいながら。
「まあ、仮にそうだったとしても問題は山積みだろうな。何てったって地表面気温が昼間は平均400℃オーバーで、夜になるとそれがマイナス140℃近くまで下がる。尚且つ磁場があっても酸素がほぼ無いから、まずテラフォーミング可能かどうかから検証していかなきゃならない」
「つまり昼間はめちゃくちゃ暑くて、夜はめちゃくちゃ寒く、あと酸素が無いから人が住めないって事っすか?」
「そういう事。こんな大それた仕事割り振られるって知ってたならもっと若い時に生物学系も勉強しておけば良かった、って俺は今更後悔しているんだ」
「大丈夫っすよアポロ先輩。自分なんか全く勉強出来ませんから。少なくとも自分よりはアポロ先輩のがそういうのに詳しいですよ!」
「官兵衛、それはフォローになってないわよ。ただの馬鹿自慢」
マリエラに突っ込まれ、あっはっは、と朗らかに笑う官兵衛をアポロは眩しい存在の様に見つめる。このときはまさか後々あんな事態になるとは思いもしなかった。
✽ ✽ ✽
「おい……おい!! 官兵衛!! しっかりしろ、目を開けてくれ!!」
西暦2***年。四ヶ月後、惑星ジオアース、ポイント340地点にて。一面に広がる荒野。野外活動車の上、アポロは必死で官兵衛の損傷した宇宙服部分に補強テープを貼り付け、心臓マッサージを施していた。
まさか絵物語でしか見たことがないドラゴンがこの惑星に生息しているとは誰が思うのか。ドラゴンの群れに囲まれたアポロを逃がすように官兵衛は囮になり、その鋭い爪の餌食になった。少し離れた地点に置いていた野外活動車に乗って官兵衛を見つけたときには無酸素状態になって数分経過した姿だった。
一見すると外傷は火傷くらいだが、脳に血液と酸素が行かなくなればそれは即ち植物状態と同じになる。息を吹きかえせ、頼むからとアポロは神にもすがる思いで官兵衛に心臓マッサージを繰り返す。アポロの祈りが通じたのか、ヘッドマスクの下、官兵衛が大きく咳き込んだ。心許ない呼吸音が聞こえ、アポロは一先ず胸を撫で下ろす。
野外活動車を急いで走らせ宇宙船ノアがあるポイント300地点まで戻ったのだった。
✽ ✽ ✽
「奇跡的に一命は取り留めたわ。後、肝心の脳波にも異常なし。レントゲンを見る限りは身体の骨はあちこちヒビは入ってるけど、まあこれも問題無いでしょ。本当、神が味方したとしか思えない所業ね」
「……良かった……、危うく弟を死なせるとこだった……」
約一時間後。ポイント300地点に停留している宇宙船ノア内部、医療室にて。マリエラは呆れながら医療ポット内で酸素マスクを着け寝ている上半身裸の官兵衛を見やった。マリエラと向かい合い座るアポロは宇宙服も脱がずに椅子に座り、心底安堵した表情を見せる。マリエラに促され、いそいそ宇宙服を脱いだアポロは、神妙な面持ちで口を開いた。
「マリエラ。この惑星、ドラゴンが居る」
「ドラゴン……? 動物とか恐竜とかでは無く?」
「ああ、正真正銘のドラゴンだ。硬い鱗に覆われ空飛ぶ羽をもった馬鹿でかい首長トカゲ。俺達が一度は空想するであろうドラゴンがうじゃうじゃ居たんだ」
官兵衛はそのドラゴンによって瀕死の間際まで追い込まれたとアポロは言い切る。その後アポロは申し訳無さそうに事情説明をし、聞き終えたマリエラは考え込み一言。
「アポロ達が見たドラゴンは酸素や水、有機物での食料を必要としないのかしら。出来れば検体が欲しいところよね」
「アレを捕まえるのはかなり厳しいと思うぞ。検体があれば生態系の解明に一歩近付くだろうけど、その為にまた危険をおかす真似はしたくないし、させたくない」
二人顔を突き合わせ、半月程で遭遇した難題に頭を悩ませていると、唐突に医療室の自動ドアが開き顔面蒼白のディアナが駆け込んで来た。アポロ達に駆け寄ると。
「どうしよう皆……。私達、地球に帰れなくなっちゃった……」
と信じられない事をのたまう。官兵衛の件やドラゴンで手一杯なのに、更に何を言い出すのかとディアナを見る二人。ディアナはふらふらと医療室のメインデバイスに近寄り、ホロキーボードを操作する。すると、ある音声ファイルを開き再生した。その音声はアポロ達を産み出したジェームスのもので、耳を疑う言葉が吐き出されていた。
『諸君、任務ごくろう……と言いたいところだが、そんなに偉そうに言をのたまえるような事態にこちらは無い。――先程、月程の直径の隕石群が地球に向かっているとの情報が入った。計算したが軌道は逸れない、このまま成す術なく数時間後地球に衝突するだろう。これは最後のメッセージだ。諸君等はこのまま地球に戻ってくるな、だがジオアースで文明を発展させろとは言わない。四人、仲良く力を合わせて最期まで生き延びろ。これは親として最後の願いだ、君達なら出来る。我々の分まで生きてくれ。――――健闘を祈る』
目の前が暗くなる。ディアナはメインデバイスの前で崩折れ静かに泣き出した。マリエラは嘘でしょう、と呟き、メインデバイスから航空宇宙局へのアクセスを図るものの、いくら試してもエラーメッセージしか表示されず放心する。アポロは何も考えられず、ただただ天を仰いだのだった。
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