壁を掘り、すぐに埋める男。 ~あなたの努力は本当に正しいですか?~
乃神レンガ
壁を掘り、すぐに埋める男。
壁を掘る。壁をすぐさま埋める。また壁を掘る。そして再び壁を埋める。
男はそれを無限に繰り返している。
当然、何も進まない。
時間だけが過ぎ去っていく。
途中旅人が現れ、男に問いただす。
「何故そんな事をしているんだ?」
男は旅人の言葉を聞くと、笑みを浮かべてこう返した。
「これが一番簡単で楽しいんだよ」
旅人は呆れたように息を吐くと、そのまま立ち去っていく。
「なんだよ。馬鹿にしやがって!」
男は怒気を現すが、直ぐにそのこと忘れて再び穴を掘り、すぐさまそれを埋めた。
それから数年が経っても、男は同じことを繰り返している。
男はいつか壁が自然に崩れると本気で信じていた。
「もっと先を掘ったほうがいいぞ。私は経験者だ。コツを教えようか?」
すると、いつの間にか以前とは別の旅人が現れ、男に口を出す。
だが、その言葉は男には届かない。
「うるさい。俺は俺のやり方でやっているんだ! 他人の指示を受ける気はない!」
「そうか……」
旅人は憐れむような視線を男に向けると、一言残してその場から立ち去った。
「上から目線で偉そうに! 俺には俺のプランがあるんだ!」
男はそうは言いつつも、やっていることは変わらない。
壁に穴を掘り、それを埋める。永遠に同じことの繰り返しだ。
しかし、男は満足している。経験値は確実にたまっていると、信じているのだ。
「横から失礼。君はいつからここで壁を掘っているのかな?」
次に現れたのは、紳士風の旅人だった。
「ふん、俺はもう十年続けた熟練者だ! 凡人には真似できないだろう!」
「そうですね。私には真似できません。こんなことを十年も続けるなんてね。尊敬しますよ」
「そうだろそうだろ!」
男は紳士風の旅人の言葉に満足すると、見せつけるように穴を掘り、どうだと言わんばかりに振り返った。
「あれ?」
しかし、そこに紳士風の旅人の姿は影も形もない。
「なんだよ。せっかく熟練の技を見せてやろうと思ったのによ」
男は苛つきながら、再び作業を再開した。
それからも旅人は度々現れたが、大抵は男を苛つかせるだけで終わる。
悲しいかな。気が付けば、男の元には旅人が近づかなくなっていた。
だが、そのことを男は気にしない。
むしろ気楽だと、ひたすらに壁に穴を掘り、すぐさまそれを埋め続ける。
それから更に数年後、今日も今日とて穴を掘ろうとした――その時。
「あ、開通した。この壁は簡単だったなぁ」
「なっ!? な、何なんだお前は!?」
男が壁を掘ろうとした瞬間、その壁の奥から少年が現れた。
男より若く、活力に満ちた少年だ。
「あ、もしかしてこの壁を掘ろうとしてましたか? よかった。どうやらまだ掘る前だったようですね!」
「な、何? 掘る前?」
男は少年の言葉に怒りで肩を震わせるが、少年はそれに気が付かない。
「はい。掘る前で良かったです。どちらが先達者で揉めるのは嫌ですからね。あ、そうそう。よろしければ僕の掘った穴を参考にしてください」
「ぐぅ!」
男は誰にも掘られていない壁を見つけ、掘り始めてから既に十五年経っていた。
しかし、目の前の若輩者に先を越されてしまったのだ。
男は悔しくて仕方がない。俺が先に見つけて掘っていたのにと、怒り心頭だ。
「そういえば、見てください! こんなに大きな宝石があったんですよ! 掘削者になってからまだ三年目ですが、毎日コツコツ頑張った甲斐がありました!」
「そ、それは!?」
少年の手には、巨大な宝石が輝いている。
本来ならば、自分が手に入れたはずに違いないと、男は悔しさと怒りでどうにかなってしまいそうだった。
「はい。ようやく報われました。これまで辛く険しい道のりでしたが、挑戦してきてよかったです」
「お、俺だって……才能があれば……」
男は、少年には才能があったのだろうと、そう思い込む。だが、それは大きな間違いだ。
「いえいえ、才能なんてそこまでないですよ。当時の自分には少しだけ辛い壁を段階的に掘り進めたんです。辛かったですけど、少しずつ成長を実感できました。その努力が今の僕に繋がったんです」
「ッ――そ、そうか……」
男は少年の言葉に何も言えなくなった。
「はい。才能よりも、心で負けないことが大事なんです!」
「……俺は疲れたし、今日はもう帰る」
「え?」
男は唐突にそう言って、少年に背を向けて歩き出す。
「ちっ、やっぱり才能じゃないか! 辛いことを続けられる才能が俺にもあれば、俺だって……」
そう捨て台詞を残し、男は消える。そして、男がこの壁に現れることは二度となかった。
少年の言葉であることに気が付けば、男も変わったかもしれない。
けれども、そうはならなかった。
男の心は、始まる前から負けていたのだ。
END
壁を掘り、すぐに埋める男。 ~あなたの努力は本当に正しいですか?~ 乃神レンガ @Renga_Nogami
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