第25話 あちらの世界

「山口、もう少しここは焦らずにじっくりと攻めた方がいいと思うぞ」

「はい!」


 二見の同級生である山口琢磨は大学を無事に卒業し、無事に警察試験に合格する事が出来た。


 二見の失踪から10年。最初こそ大きなショックを受けていたが、そんな悲劇が起きないよう決意した彼はあの頃よりもさらに強く成長していた。

 昔から続けていた剣道は全国レベルにまで達し、どれだけ強くなっても努力し続ける彼の姿勢は周囲から高く評価されていた。


「山口! 山口琢磨はいるか!」

「はい! なんでしょうか!」

「署長が呼んでいるから、すぐに行け」

「はい!」


 いつもの朝練の稽古の中、山口へと呼び出しがかかる。

 道着を脱ぎ、署長室へと足を運ぶ。


「署長! お呼びでしょうか!」

「あぁ、急に呼び出して悪かったね。とりあえずかけたまえ」

「一体何の御用で?」

「上から君に異動命令が出ていてね、なんでも君の剣の腕を見込んでの事らしい」


 署長から渡された紙に目を通す。

 どうやら特殊部隊への抜擢のようだ。


「これは……」

「見ての通りだ。君がもしここに残りたいと言うのであれば、出来る限りの事はしてみるが……」


 書類の内容をよく読んでみると、どうにも詳細に書いてあるようでそうではない。漠然とした内容である印象を受ける。

 しかし、イタズラや嫌がらせであるようにも見えない。


「俺はやります」

「分かった。では3日後にここへ行くように」


 署長からカードキーのようなものと地図を渡され、山口は荷物をまとめる事となった。


 3日後、山口が訪れた場所は山奥にある施設だった。

 重要な施設なのだろうか、その警備はかなり厳重なように見えた。

 外壁に覆われ、至る所に監視カメラが設置されており、日本だと言うのに小銃を装備した人間が周囲を警戒しているのが分かる。


「山口琢磨です。こちらに来るようにとの事で」

「よし……入れ」


 どうやら壁は1枚ではないらしく、壁の中にはもう2枚ほどの壁があり、分厚い扉を何枚も通る事となった。

 外から見ると広そうに思えたが、これだけ壁に場所をとられるようでは狭いだろうとこの時山口は思っていた。


「すっげぇな……」


 予想と反して中は非常に広々としており、一面白いタイルで覆われていた。

 白い色のせいなのか、外から見た時の印象よりもさらに広く見えるような気もする。

 まるでSF映画に出てくる研究施設を思わせるようなそこでは、様々な国籍の人がそれぞれの業務にあたっているように見えた。


 いかにも科学者といった身なりをしたメガネの男が山口へと近付く。

 名札には本田と書かれており、どうやらここの武器開発部門に所属しているようだ。


「ようこそ山口。私は本田正樹。君の案内をさせてもらうよ」

「よろしくお願いします」

「あんまり固くならなくていいよ。なんならタメでも構わないさ」


 本田はそう言うと施設の中を歩き始める。


「君は映画は好きかい? 漫画やアニメでもいい」

「見る方だとは思いますが……」

「オーケー。なら説明はしやすいかもしれないな」

「外から見た時よりも中が広いような気もしますが」

「いいカンしてるね、その理由はそのうちわかるさ」


 まず案内されたのは射撃場だ。


「ここは射撃場。ハンドガンからスナイパーまで、マニアックなものは注文しないといけないけれど、基本的には何でも揃うと思ってらってかまわない」

「あれは……対物ライフル? それにあのオモチャみたいなのは……」

「試作機だけどエネルギーライフルだね。とは言ってもまだ実用にはほど遠いんだけれども、撃ってみるかい?」

「いえ、自分は銃の方はあまり自信がないので」


 山口の射撃の腕は並みだ。それも拳銃に限った話であり、ライフルのような長物には触れた事すらない。

 今も何人かが射撃をしているが、全員的の中心に弾を命中させており、高い練度を持ち合わせているという事を実感させる。


「君のメインはだったね。とは言っても最低限の射撃能力は身に着けてもらうからそのつもりで」

「了解しました」


 基本的には高級感やSF感こそあるが、休憩室や宿泊室。ありそうなものは大抵のものが揃っていた。


 その中で目を引いたのは壁に設置された巨大な門のようなものだ。


「これは?」

「別世界に行くための門さ。君を含めた各国の精鋭たちはその探査チームの一員なわけ」

「んなアホな……」

「アホみたいな事でもいつかは実現出来るものさ、それが今だっただけの話さ」


 本田は細々と原理を説明してくれたが、山口にはサッパリ理解できないものだった。

 ただ、彼の口ぶりや表情から本当に別世界に行けるのだろう……そう思えた。


「さて、最後はここ。僕のラボだ」


 少々散らかっているが、トレーニング用と思われる案山子にエネルギー銃ようなものや、近未来を思わせるような刀が壁に掛けられている。


「まるでゲームの中みたいなとこやな……」

「はは。でもこれは現実。君の主な仕事はこいつで敵を斬る事になる」


 本田は壁に掛けられた刀を手に取り、山口へと手渡す。


「刀か……しかし自分は真剣は振った事ありませんよ?」

「大丈夫さ、なんなら斬るだけなら誰だって出来る」


 鞘から引き抜いた刀身は淡い光を放っていた。


「試しにそれを斬ってみなよ。適当にさ」

「いいですが……」


 本田が指さした案山子へと向かって軽く刀を振るう。


「こいつは――」


 何の抵抗もなく刀は案山子を真っ二つに切り裂いた。


「高周波ブレードってやつさ。よくあるだろう?」

「マジでこんなもん作ったんか……」

「戦車装甲だって綺麗に真っ二つに出来る。問題点は近付かないと攻撃できない点くらいだね」

「そんな大袈裟な装備、必要なんですか?」

「あぁ、このデータを見て欲しい」


 モニターを見せられるがイマイチ分からず首を傾げていると、本田が説明をしてくれた。


 どうやらあちら側に既に実験用の動物を何体か送り込んでいるのだそうだ。生物にはマイクロチップが埋め込まれており、それによってどのような戦闘があったのか、それに勝ったのか負けたのか、飲み食いしたものや吸った空気。様々な情報がここに集まっているのだそうだ。


「特にこれ、これは非常に興味深い」

「これって……何が?」

「銃弾をくらった時と非常によく似ている。もしかするとあちらにも人類がいるかもしれない」

「いたとして言葉は大丈夫なんですかねえ?」

「そうだ、言葉で思い出した」


 本田から小さなイヤホンとメガネが手渡される。


「それは自動翻訳機だ。地球上の殆どの言語を同時に翻訳してくれる」

「へぇ……これはアプリとかでもありますよね。精度はアレですけど」

「あんなのと一緒にしちゃあダメさ。こいつは今のところ何の問題もなくみんな使ってるからね。みんな違う言葉を話していただろう?」

「っつわれてもなあ……」


 そもそも何語か分かっていなければ双方が違う言語で話しているという事にも気付けない。

 裏を返せばそれだけスムーズに会話できるものだという証明にもなっている。


「ま、すぐに試す機会はできるさ」

「こいつがあれば異世界人とも問題なく会話を?」

「そいつは多分無理だね」


 あくまで基礎となるデータが必要なのだそうだ。その為に地球上で使われている言語以外の言語を使っていた場合、このイヤホンは彼らとの会話の役には立たない。


「とりあえず先遣隊が派遣されるのも時間の問題だ。訓練をしながらそれも説明していくよ」

「分かりました」


 山口はこうして新たな生活を始める事となった。

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異世界転生とキーボード てんねんはまち @tennenhamachi

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