第3話 グッバイ
小海 浩二(15)
湘南エリアに住む高校1年生。
中学時代にこの街に転入して来た。そして、今は学区内の公立高校に通う。
中学時代にここに転校して来た。当時は、周りの誰もが、サーフィンやヨットなどと小さな時からマリンスポーツに馴染んでいた。フォークギターを奏でるくらいしか趣味の無い浩二は、話も行動も周囲の生徒達とは合わなかった。
それで孤独を味わった。
と言うよりは、周囲の人に話を合わすことも苦手だったので、自ら一人になりたかったのだ。浩二は、中学時代を、特に虐められるでもなく、陰キャにさえも属さない、目立たない日々を送ったのだった。
高校に入ったら、今度は目立って活躍してやろうと髪を金色に染め、長いセンターモヒカン風に髪を上に立てた。浩二は、中学時代は存在さえも知られないくらいに、目立っていないので、この学校では、誰も自分のことなど気が付かないだろうと思った。
ところが、このカッコウで高校デビューしたので、高校入学と同時に手荒い洗礼を受けことになる。目立ちすぎて、先輩たちを中心とした悪どもに囲まれ、難癖を付けられるのだ。それも、何時も、髪を赤紫と青紫に染めハリネズミのように立てた奴(同じく新入生)と一緒に囲まれる。いつも、一緒だった。紫陽花ハリネズミは、堂ケ崎くんと言う。彼は、メッポウ、口が立ち、ケンカも強そうにみえる。彼が、相手し始めると大体の場合、捨て台詞を吐いて、二人を囲んでいた悪ども皆は去って行くのだった。
必然的というか、当然というか、浩二は、彼、紫陽花ハリネズミ、堂ケ崎くんと親友になったのだった。
ある日、そう、ある日、
浩二が、紫陽花ハリネズミ、堂ケ崎くんと二人で街中を歩いていると、楽器店が見えた。店の中では数人の高校の上級生らしきが、エレキギターとか、シンセベース、シンセドラムなどの楽器を楽しそうに試していた。浩二は堂ケ崎くんを誘うように、楽器店の中に入る。そして、試し弾きをしている者達の方に向かう。高級そうなエレキギターを無心に弾いていた者は、浩二の視線に気が付き、ギターを弾く手を止めるのだった。一瞬、睨み合いのような状態が続くが、浩二は手を上げて挨拶する。
「どうぞ、続けて。彼、上手いよネ⁉」
演奏が再開したところで、堂ケ崎くんが、手近なキーボードを奏で始めた。一同、聞き入ってしまうというか、見事にアドリブで演奏に参加している。
浩二はというと、エレキギターに興味津々であった。
そして高級そうなエレキギターを無心に弾いる彼に、
「あのさ、申し訳ないんだけれど、弾き方、少し教えてもらってイイかな?俺、浩二、言います。アコギ、フォークギターは少しばかり弾けるんだけれど・・・」
と、頼んでみた。
彼は、微笑んで、席を立った。そして、店員に何か話して、彼の弾いているのとは別のエレキギターを借りてきてくれたのだ。それをアンプにセッティングして浩二に渡した。
「フォークギター、アコースティックが出来るなら大丈夫だ!」
と言って、浩二にフォークギターの時とは弦の押さえ方が少し違ったコード進行を教えてくれた。そして、彼は、そのコードパターンを繰り返し弾くよう浩二に指示した。
8ビート
「それを繰り返していてくれると、皆がアドリブで入って来る!」
浩二が、彼に言われた通りのコードパターンを繰り返して弾いていると、他の皆がアドリブで入って来る。一人一人がリードポジションを少しの間、獲って弾きまくった後に、他の者に譲る。
此処にいる、全ての者がミュージックと言うものの下に一体となったようだ。皆、満足そう。顔に微笑みを浮かべている。
そして、エレキギターの彼がドラムにあわせてクロージングに入る。演奏を終えた皆は、軽く拍手、グータッチ。
楽しい時間だった。
エレキギターの彼が、浩二を誘う。
「また、此処に来なヨ。俺がギター教えるヨ。俺、磯辺 優。この楽器屋の息子。ギターなんかも安くしとく」
浩二は、
「俺、小海浩二、言います。是非、宜しくお願いします!」
と、挨拶を交わすと、優は、
「うん、俺ら、知ってるヨ、君たち。俺ら3年。君ら目立つから、2年生とか、1年とか、よく3年のところに来て、君らを〆てくれ!って言ってるヨ!俺らバンドには関係ないけど」
と言って二人に微笑みかけた。
「ところで、俺らボーカル探してんだよネ~、君ら何か歌ってみてよ!」
と言われた浩二は、
「俺は、ロックだとか、洋楽みたいなの歌えないし、フォークギターで歌ってたのやります。サザンの真夏の果実・・・いいっすか?」
と答えた。
浩二は、ギターを指でつま弾きながら歌い始める。それを聞いて、他のメンバーが演奏に参加してくる。ハモリ、コーラスも入って来る。
涙が溢れる悲しい季節は・・・
泣きたい気持ちは言葉に出来ない、今夜も冷たい雨が降る
声にならない
今夜も悲しい雨がふる・・・
四六時中も好きと言って!
夢の中に連れて行って。
波は何処に帰って行くのか?
愛をそのままに
めまいがしそうな、真夏の果実は、今でも心に咲いている
波は何処へ帰って行くのか
涙の果実ヨ~
そして、静かに曲は終わった。そこで、堂ケ崎くんが、キーボードで次の曲を催促するようにイントロを奏で始めた。サザンの、希望の轍(わだち)!全員、参戦。浩二は、これは歌える。気持ちを込めて歌い始めた。
夢を乗せて、走る汽車と・・・
通り過ぎる街の色・・・
風の詩よ、黄昏よ、波の詩は今夜もブルー・・・
揺れる、揺れる
遠く遠く、離れ行方も知らぬ、舞い上がれ蜃気楼
そして、キーボード、ベースで曲を静かに終えた。
楽器屋さんの前には沢山の人だかりができていた。
通りがかった皆が店の前で立ち止まって彼らの曲を聞いていたらしい。
店側が、扉を開け放って外に聞こえるようにしていたのだ。
大きな拍手と、歓声!
「なんか、俺ら、いいバンドなんじゃない?コーちゃん、他に何か歌える?」
と、優が浩二に言う。
「いや、完全に歌えるのは、この2曲くらいッス」
浩二の返事を聞いて、優は、
「うんじゃ、今日は解散!」
と言い、継いで皆に
「次は、皆、サザン風の曲、作ってきてヨ。それでオリジナルの曲を検討しよう⁉」
と、バンドのメンバーに指示を出し、浩二と堂ケ崎の肩をポン、ポンと叩いて軽く言う。提案というより、勧誘と言うより、強制的ともとれる。
「コーちゃん、ドーガちゃん、俺らのバンド入って⁉楽器使い放題!」
浩二と堂ケ崎も、二人は笑顔で快諾した。
(コピーバンドじゃないから、曲も作らなきゃイケナイんだ)
浩二は、不安一杯である。コピーバンドであれば、好きなオリジナルの曲をマネをして、アレンジを加えればよかった。バンドスコアも売っている。完コピすれば、皆、それで満足していた。
これまでは、浩二は、それで、自分に満足していた。
(オリジナルを造る。自分に出来ることなのか?恥をかく結果にならないか⁉)
(それでも、仲間がいるから、とか言っている前に仲間からバカにされない?)
夏の風の香り がやってきた。浜の砂は じりじり 熱い。
オフショアになって、風向きは変わる
遠き果てには行くには易く、戻るには難しい
波は、打ち寄せ、風は通り抜ける
キミも、皆も僕の前を通り過ぎて行く
浩二は、詩にコードネームを添えるだけのスコアを作って持って行った。
そして、優にそれを差し出して、
「ごめんなさい、楽譜とか書けなくて・・・」
と、申し訳なさそうに頭を掻いた。
優は、
「大丈夫だよ、皆、そうだもの。じゃ、皆にコードスコア、伝えて。そして、ギターで弾いて歌ってみてくれる?」
と、優しい笑顔を浩二と皆に向けて、ギターのスタンバイに入った。
今度は、堂ケ崎くんが
「あの~、俺、作詞とか作曲なんて無理で・・・」
と、申し訳なさそうに頭を掻いた。
優は、
「大丈夫だよ、皆、出来た時だけだもの」
と、キーボードのスタンバイを堂ケ崎くんに勧めた。
浩二がギターを弾き語る。
曲が進むに連れて、バンドの皆が演奏をかぶせてくる。
フォークソング、というか演歌というか、なんて言われるのか?
浩二は皆の反応が気になってしょうがない。
曲の2番に入った時には、皆が完全に弾きこなしていた。
堂ケ崎くんの、シンセは弦楽器オーケストラの音まで入れてきたので、曲に重厚感が出てきた。
歌い終え、曲を閉めた浩二は、
(何気に、歌いきってしまったが、歌詞、おかしくなかったのかな・・・)
と、やはり皆の反応が気になってしょうがない。皆の顔色を窺っている。
「コーちゃん、良いんじゃない?ちょっと、俺、後でこの曲、アレンジしてみるわ。それと、ドーガちゃんも、アレンジしてみて!シンセで色々、音、被せてみてヨ。それから、皆、持ち帰って自分のパート、作って行こう。この曲、完成させてみよ~」
優は、浩二にご満悦の顔をして頷いた。
「じゃ、練習始めるヨ」
優は、そう言ってギターを弾き始めた。他の皆も、自分のパートを弾き始める。
浩二と堂ケ崎は、取り合えず、それを聞く方にまわる。
優は、二人に今の曲のコードをメモに書いて渡した。
浩二は、そのメモを見ながら、慎重にギターを弾く。
堂ケ崎、紫陽花ハリネズミ こと ドーガは、チラッとコードを見ただけでシンセサイザーで音を奏でた。それを満足そうに眺めながら、優はバンドの皆に次の曲に行く合図をした。
そうやって、曲を次々演奏し、優は、浩二と堂ケ崎にコードメモを渡した。
浩二と、堂ケ崎は、次の練習からは、完全にバンドの一員となっていた。それに、浩二の作った歌は、優と、堂ケ崎と、皆のアレンジで素晴らしくポップな曲になっていたのだ。
彼らバンド名は、サウスシティー・ロックス(SCR)だ。その活動のメインは、やはり文化祭。自校だけではない。色々な学校に行く。そして普段は、ライブハウス回り、とか、市民ホールや文化センターなどでのライブコンサートを企画、駅前時計台前の路上ライブとかなり勢力的にこなしていた。それで、好きな曲のコピーではなく、せめてカバーソングであり、自身のオリジナルが必要なのだった。
浩二と堂ケ崎にとって、自校での初の文化祭コンサート、
金のシャチホコ、浩二は、アコースティックギターでボーカル
紫陽花ハリネズミ、堂ケ崎くんは、シンセキーボード
磯辺 優は、このバンドのリーダーでギター
寺下 学道 ベースギター
高岡 聖夜 ドラム パーカッション
高校の体育館での、文化祭バンド祭り。
浩二たちのバンドは、他を圧倒した。大喝采の嵐、古い表現で、ノリノリである。
堂ケ崎のシンセで、オーケストラをバックにしている様な重厚感がでている。
優の、ギターテクニックに見とれる。ギターを背に持ち弾いてみたり、グルグル回転しさながら、ダンスを踊りながらギターから激しく音を出している。皆、好き勝手に弾いているようで、タカ(おか)さんのドラムが、指揮をとっている。テラ(した)さんの、ベーステクニックはハンパない。チョッパーどころではない。アメリカ黒人ベーシストのテクニックを完全に自分の物にしている。
浩二は、演奏の終盤、熱い視線を感じた。
最前列の一人の少女にスポットライトが当ったみたいにハッキリ見えた。
同級生?だったか印象にある。褐色の長い髪の毛に、ターコイスブルーがかった色が数本交じっている、ブルーを少し入れた娘。
浜田みゆり。
数日後、放課後、軽音楽部の部室を借りている、SCR。
浩二は、いつも通り、バンドの練習の前に機材準備をするのに部室に入る。
扉を開けると、そこには、抱き合ってキスをする寸前の、優とミユリがいた。
浩二に気付き、素早く離れようとする、ミユリ。
顔をこちらにむけ、別に気にせず片手でミユリを抱いて話さない優。
優は、
「オッ、この娘、俺のファンなんだって、バンドのマネージャーやらしてくれってサ」
と、浩二にウインクして何の悪びれた表情もなく言った。
そこへ、バンドのタカさん、テラさんが、部室の隅から顔をだす。
「タッく~、間が悪いんだヨ、お前!」
「もう少しで、優がこの娘、脱がすとこだったのに!最短記録⁉」
ミユリは、優を押しのけて部室から足早に逃げ出した。
浩二は、口を開けて見送るしかない。
我に返ったように、浩二は、ミユリの後を追った。
「待てヨ」
「俺、別に何も見てないから、誰にも言わないし!」
浩二は、ミユリに廊下で追いついた。
そこで、ミユリは、浩二の方を振り返り
「別に、何もしてないし・・・」
「あ~、そうか・・・」
「私、あなた達の演奏みて、歌を聞いて、ビビッときたんだよね。コレ、私が探してた物。すごく、太陽じゃないけど、月の様に輝いて見えた。だからマネージャーにして欲しくて頼んでみたの。そしたら、放課後に部室においで、って言われて・・・」
と、そこでミユリの声が消えうせた。
浩二は、
「へえ~、マネージャーとかしてくれるの?是非、俺、優さんとか皆に言っておく。あと
変な事しないようにも。先輩たち、モテ過ぎちゃってて、感覚おかしくなってるから」
と、笑顔でミユリに言う。それにミユリは答えるように
「ありがとう・・・、明日から、部室行っていい?」
と、小さな声で呟いた。
「もちろん、よろしくネ!」
浩二は、ミユリにそう言って強く頷き、部室に戻り、優を殴った。
「あの娘に、変な事しないで!明日からSCRのマネージャーとして来てもらうから」
優は、少し面食らった様子、突然の予期しないことにケンカ腰だ。
「なんだよ、いきなり。あんなの何時もの事なんですけど?」
と、叫ぶように浩二に返した。
そこへ、飛ぶように現れたタケさんは、浩二の胸ぐらを掴み、
「てめー!何様のつもりダ!噂通りのナマイキな奴だな!」
優は、二人を分けて
「まあ~、まあ~、俺ら音楽好きなだけだし、コージの歌も大切だし、コージも大切なメンバーだし、言いたいコト言い合うのはヨシとして、ケンカするのダケは止めよう」
と、二人を宥めるのだった。
ミユリのSCRのマネージャーとしての仕事の多くは、ファン達の誘惑から、優を守ることだった。これは同じ女性相手、友人相手になるので大変であった。ある日、ミユリは、思いつきでバンド活動資金集めとして、握手券付CDを手売してみた。何枚あっても足りないと思えるくらい売れたのだった。資金が大量に集まったのは良いが、その後の握手会の実行が大変だった。売れっ子ミュージシャン以上の人集りが出来てしまったのだった。ミユリは、これを精力的さばいた。この件で、メンバーは、ミユリをマネージャーとして一目置いたのだった。
海からの風が僕の胸を貫く。
今でも、浜辺に君の姿を探している。
どうしようもない僕と、気高い君が、交わる訳はなかった。
はかない想い 一人になるのが怖いけど、しかたない。
あなたの思いは今、何処にいるの。
僕は、ずーっと待っている。
SCRは、この握手券月CDの販売や、ライブ入場券付きCDの販売好調もあって、開催するステージは、ほとんど満席状態になった。
ある、ステージの日、楽屋で優は、ミユリを抱きそうになる。その場に浩二が入ってきたので、何も起こってはいない。今度は、ケンカ沙汰にはならなかった。みんな、知っていたのだ。気づいている。浩二は、ミユリのことが好きで、ミユリは優のことが好き!優は相も変わらず女心は分かっていない。女とは、ペットのように寄って来てはナゼナゼして欲しがるもの、としか考えていない。ギター、音楽以外に興味はないのだ。
SCRは、精力的にステージをこなし、ついに、優達、上級生は高校を卒業となった。
タカさん、テラさん、優さん、皆、東京の同じ私立大学に進むこととなったのだ。しかし、そこでは軽音楽部には入らなかった。浩二や堂ケ崎を含めたSCRとしてのバンド活動を継続することにしたのだった。マネージャーは、やはり、ミユリである。
そこで、浩二、堂ケ崎、ミユリは、優達の大学に入ることを目指すこととなった。
三にんは、これまで以上に団結し、同じ進学塾に通うことになるのであった。
湘南フォトフレーム 横浜流人 @yokobamart
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