第2話  波乗りジーンとマリー

神奈川県 鎌倉近く 湘南の朝。

 難波 仁(なんば じん)と熊手まり子(くまで まりこ)は、この神奈川県の湘南とよばれる地域、鎌倉に住む高校1年生。小学校も中学校も二人は同じ学校であり、遊ぶところも幼いころから同じ。由比ヶ浜でサーフィンをしている。波も高くなく荒くもなく、子供のころから海に、波に、親しんでいる。

 五月の海は、夏より日差しがキツイ。

 仁とまり子、二人の高校は鎌倉の参道を南に海につきあったった所にある由比ヶ浜を望める高台にある。その教室の南の窓枠は、ひとつの写真フレームのようで、フレームの内にある風景は、校庭、由比ヶ浜の穏やかな海のキラメク波、青い空、そして、もちろん白い雲。


目の前に広がる由比ヶ浜の海、空、雲。

一つのフレームに収まった写真のよう。

二人には、いつもと変わらぬ風景。

フレームの中の風景写真。

いつのまにか、二人は、風景に入り込み溶け込んで、ひとつのフレーム写真になる。

二人が見ている沖の船は、何処に行くのかは分からないけれど、いつかフレームアウトしていく。

そして二人は、右と左にフレームアウト。

それがいつかの風景となる。

フレームの中のひとつの風景写真。


難波 仁の朝は早い。実家はパン屋さん。小学校に給食のコッペパンを届けるのがメインなお仕事。後は、お店で食パン、サンドウィッチ、メロンパンなどの菓子パンの販売をしている。仁は朝早くからパン造りを手伝わされている。それが終わるといくつかのパンとサーフボードを持って由比ヶ浜に向かう。サーフィン仲間の、まり子や数人の仲間にパンを振る舞い、ボードとともに沖に出る。そして、波に乗る!(穏やかな)


仁や男友達のお気に入りのパンは、ミックスサンド。キャベツのコールスローと卵焼きにハム、他の店のサンドウィッチのような大きなトマトやキュウリが入っていない。ゆで卵の白身と黄身を潰してマヨネーズであえた玉子ではなく、卵焼き。野菜嫌いには、この何の料理っけの無いのが好み。

女子である、まり子のお気に入りはメロンパン。あまり甘くなく、砂糖も僅か、この貧乏くさい甘さが絶妙で好きだという。虫歯になり難い!と言っている。

結構、失礼な奴らである。


一番、波に乗れているのは仁、その隣でひとつ前の波には、まり子が乗っている。

二人ともサーフィンの腕はいい!バツグンにいい‼

仁はブルーの半袖ウェット、まり子は淡いピンクのノースリーブのウェットである。

皆が2,3本波に乗ったところで、

「学校遅れんなよ⁉」

と言って、仁が先ず海から上がりタオルで軽く体を拭き、自転車で学校に向う。ボードは自転車の横に縛り付けてある。皆も仁に続く。

 学校についてからは、ウェットを水場で着替えながら、皆で水の掛け合い。シャワー替わりだ。

 まり子だけはトイレで着替える。シャワーの代わりは、トイレ掃除用のホースを使う。男子は、皆、濡れたままの姿で教室に入って席についている。それで、担任はホームルームで、彼らを校庭に立たせる。罰というより、乾燥、乾かしているのだ。


神に祝福された日々。

神に祝福された者達。

 何時も一緒に海で過ごす。

当たり前の日常だった。

幸せな時間とも、特別な時間とも思わなかった。

何時も一緒に海にいた。

幸せな時間は、後で分かるもの。


 終業のチャイムと同時に、掃除当番でない限り、彼らはまた由比ヶ浜に急ぐ。まり子だけは学校でウエットに着替えて浜に出るので、仁たち、男子より少し遅れて海にでることになる。


 彼らの夏は、忙しい。仁以外の者は、海辺の喫茶店とか、お店、海の家でバイトに励む。 仁の場合は、漁師のお手伝い。漁師もパン屋と同じで朝が早いので、パン屋の手伝いは夕刻からとなる。


 夏が過ぎ、夏の風の香りは通り過ぎた。

少し冷たい風が来る。

 過ぎ去る夏とともに思い出に悩むこともなく、

 夏を惜しむこともなく、夏をこゆることもない。

 風が変わった。ただ、それだけ


 少し風が冷たくなってきて、海の仲間の衣装も変わった。

 仁は、ブルーの半袖ウェットの上にターコイズブルーのジャンパー型のウェットを羽織った。そして、まり子は淡いピンクのノースリーブのウェットの上にど派手なピンクのジャンパー型のウェットを羽織る。

 二人は、海から上がってきた時は、ジッパーをヘソ当たりまで下げている。

 仁は、一瞬、隣にいる、まり子の開けられたジッパーの下に垣間見える胸の膨らみが気になった。

 今日は、やけに気になる。目が釘付けになっている⁉

 まり子は、その視線に気が付いた。ジッパーを首元まで上げ、

「なに見てんだよ⁉いやらしいこと考えてんのか?」

 仁、ニヤケタ自分に気が付き、ハッ⁉としてまり子の顔を見て、

「イヤ、いやらしいこと、とか、そんなんじゃなくて・・・」

「お前、胸、腫れてきた?」

「・・・」

 まり子、仁を睨みながら、

「私も一角の素敵な女性になるから、成長している。ということだ」

と呟く。

「ふ~ん、あっ、それで、そのスケベそうなピンクのウェットジャンパーにしたのか⁉」

と、仁。

 その言葉に情けなさそうな表情のまり子であった。

「あのな、ピンクは女性らしさや可愛らしさを感じさせる色なんだ」

そして、

「ピンクという色そのものが、女性ホルモンを活性化するのだ。美しく女性らしくなって、男性にモテる!多分⁉」

仁が、

「お~、フェロモンとかか?」

と言ったのを無視してまり子が続ける。

「濃いピンクは、淡いピンクよりも情熱的で、行動力を刺激してくれるんだって。エロ悪い印象がなく、オシャレな印象になる!と雑誌に書いてあった。私は、同性に嫌われようが、女性らしさがありつつも、強くしなやかでいたいのだ」

そして思い出したように、

「1970年代のアメリカでは、暴動の多い刑務所の壁をピンクに塗り替えたら暴動が減った、というのだ。ピンクは人をリラックスさせ、安心感を与える色なのだ。大人の女性の私は、ピンクが大好き、という事にするのだ」

それで、今度はまり子から仁に問いかける。

「ところで、お前はなんで、青ばかりなのだ?青虫になったつもりか?」

「・・・」

 仁は少し考えて、

「青虫は、緑色だろうが!」

と言った後に、自分のウェットを指して、

「これは、幸せの青い鳥!そして、ターコイズブルー。ターコイズは12月の誕生石で、ネイティブ・アメリカンの間では、美しい空を表す守護神、神の力が宿った聖なる石として崇められていたんだ。そして、ターコイズは人との絆や友情を深めてくれる石。ターコイズブルーの色は、乾いた大地を潤す水、心に潤いと安定感をもたらしてくれる。とても穏やかな波動で、まり子のイライラや激しい感情を静め、不安を洗い流してくれるんだ。ターコイズの青は、美しい青空や恵みの雨といった大自然のイメージ。どこまでも広がる青空や、開放感あふれる海の色。この美しい青は、身につける人に対して(幸せを運んでくる)と言われている。広大で自由な空や海を讃えよう、という色ですヨ」

と一気に言い切った。

「だから、オレ、この色なんだよネ」

と付け足した。

 まり子は、仁のいう事を一通り聞き終えて、

「うん」

と頷き、

「空は青、海は青・・・、実に単純な考えだ!お前らしい!」

「というか、まり子のイライラや激しい感情を静め、不安を洗い流してくれる色だと?てめえ‼何様のつもりだ⁉」

 まり子は、右手でグーパンチをする素振り。

手で防ごうとする仁。しかし、まり子の右回し蹴りは、仁の尻にヒットした。

「いて・・・」


 二人は浜にならんで西に沈みゆく夕陽をみつめる。

 白い雲、青いそらが、オレンジとピンクに変わっていく。


 秋の深みを過ぎ、冬ともなると陽は短くなる。

 浜には、焚火を囲み、暖を取るグループ。

 沖でサーフボードに乗っかって魚釣りをしていた仁が浜に帰ってくる。腰の魚籠(びく)には一匹のアジ。仁は、浜に置いてあった調理道具を使って、慣れた手つきで魚をさばき、ステンレス製のバーベキュー串に刺した。そして粗塩をふり、焚火で焼き始めた。

焚火を囲むサーフィンの仲間からは、

「なんだよ!自分のだけかよ⁉」

と、不満の声が上がる。

 仁は面倒くさそうに皆に、

「だって、なんか、社会人のカップルみたいのがヨットでフラフラ近づいて来るから、どうしたのか?聞いたら、葉山の方から流されて来たみたいで、ヨットハーバーまでヨットを操って行って、帰ってきたんだもん。釣りしてる時間、無かった・・・」

と仁の説明に、男仲間は頷き納得。であるが、まり子は、

「ぐちゃぐちゃ、言ってないで、裏のお前のバイト先から人数分、貰ってこい!わたしは、鮎の塩焼きがいい」

「海の漁師なのに、アユがある訳ないでしょう?」

「お隣の魚屋さんに置いてあるよ。なかったら、スーパー行って買って来て」

「⁉」

 浜を去り、海沿いの国道の下、石垣のトンネルを通って魚屋さんに向かう仁であった。


 仁は、まり子が言っていた

(私は、ピンクが大好き。ピンクにはスゴイ力があって、暴動の多い刑務所の壁をピンクに塗り替えたら暴動が無くなった)が、気になっていた。

自分がピンクのウェットを揶揄ったのも気になっていたのだが、ピンクが好きなんだ、と言うのが心に残っている。

まり子は、(女性らしくあり、強くしなやかでいたい!)と言っていた。

(今のところ、強く!だけは生まれつき備わっている)と仁は思うのであった。


 次の日曜日に、仁は、家が外装屋さんの息子に外装道具を借りて、自分の家のパン屋の壁をピンク色に塗り替えた。

 仁の父は大激怒‼しかし、母の(可愛い~)の一言で収まった。

 それからそれで街で話題のパン屋になってしまった。給食用のコッペパンの販売配達はメイン業務であるのは変わらないが、店に並べる、菓子パンの種類が増えた。ミックスサンドやメロンパンの他に最近、この店の売れ筋のパンは、フィッシュサンドだ。白身魚のフライと、畳イワシ状にされた地元シラスをソテーしたものと、キャベツのコールスローをコッペパンに挟み、タップリのトマトケチャップと、マヨネーズで味付けされていて、休日になると他の町から来た人達も買い求めて列を作る。


 穏やかで幸せな由比ヶ浜のフレームの中の風景には、ピンクのパン屋さんが加わった。


 次の夏、バイトの合間に久々に仲間で集まった。

 仁とまり子は、見事な波乗りを披露する。


 葉山のほうから、やってきた大学生のグループが、モーターボートを由比ヶ浜のサーファーの波待ちをしている近くを旋回している。

大声を上げながら遊んでいる。迷惑なのは承知の上らしい。人の困るを楽しんでいるらしい。

そのモーターボートの立て起こす波をもウマく乗りこなすジーンとマリー。

何時ものように、まり子が波に乗り、仁は、その直ぐ後の波に乗る。

モーターボートは、二人を威嚇するように近づいてくる。

仁は、モーターボートの操縦者に対して、手で、あっちへ行け‼と合図するが、さらにジグザグに並走してきたのである。

まり子は、仁に、

「ジ~ン!相手にするな!岸に帰ろう」

と声をかけた。その時には、もう仁はサーフボードをジャンプさせるようにしてモーターボートに乗り移っていた。というより、ボードごとモーターボートの操縦者に体当たりしたカタチだ!操縦者が気を失うとともに、モーターボートが操縦不能となり、まり子に当たり、エンジンは止まった。まり子には、仁のボードも自分のボードも、モーターボートも突き刺さるように向かって行ったのだった。

 一声、悲鳴の後に、まり子は、波に浮いた。

 仁が慌てて、モーターボートからまり子の方に飛び込む。

気を失っているまり子、その顔、頬に酷い大きな切り傷がある。

「マリー、大丈夫か!」

そう、叫びながらまり子の首を掴み岸に向かう仁。

「おーい‼救急車、呼んでくれ‼」

仁は岸の仲間に叫ぶ。助けを求める。

モーターボートは、エンジンを再始動させて逃げ去った。


 仁が岸に近づくと、ライフガードたちが近寄ってきて仁からまり子を受け継ぐ。

 岸の波うち際には、救急隊員がストレッチャーを持って待機している。

今度はライフガードから救急隊員にまり子が引き渡される。

 ストレッチャーに載せられたまり子は、救急車に運び込まれた。その後を追い、仁も救急車に乗り込む。

 救急隊員によって、まり子のホホの傷の応急処置が行われた。

 心配で苦しそうな仁は、目を閉じた まり子をジっと見つめる。祈るように。


 まり子が病院に入り治療をうけ、病室で安静を取っている間、仁は、まり子のベットの脇に坐っていた。たまに、心配そうな顔をして、まり子を覗き込んではいるが、主にはマンガを読んでいる。

 その姿を薄目で見ている まり子。

「ねぇ・・・、もう帰っていいよ。大丈夫だから」

 仁は、慌ててマンガ本を後ろ手にかくして、

「マリー、ごめんな・・・ 顔に傷ついちゃったナ。ゴメンナ、ごめんな」

と謝る。

「大丈夫だ、それにジンの所為(せい)じゃないから気にすんな。たぶん、直ぐに帰れるんだろ?だから、先に帰ってなよ」

 そこで、まり子のベットの方にお医者さんが看護婦さんとやって来た。

 お医者さんは、

「お目覚めですか?今のところ、お顔の傷以外は異常なさそうですので、明日か、明後日には退院ということになると思いますヨ」

 その言葉を聞いて仁はそっと病室を出て行った。まり子は、その姿を見送る。


 それから、まり子は、学校にも浜にも来なくなった。

 1週間たって、さすがに仁は気が気ではなく、まり子の家に見舞いに行くのが、本人に会ってもらえない。門前払い。この時、まり子の母が申し訳なさそうに仁に謝る。

 仁は、

「傷、治らないんですか?」

と母親に聞いてみた。

「最初、本人は、身体の傷は何時かは治る。心の傷じゃないし!とか言っていたんだけどね。思っていたよりも、スゴイ傷後が残ってネ・・・」

それからも、毎日、仁は、まり子を訪ねたのだが、やはり会ってはくれない。

 ある日、まり子は朝から学校にやって来た。

 ピンクのマスクをしている。そして、静かに席に着いている。身を隠すように。しかし、周囲の多くの眼差しは、まり子に注がれている。

 仁と海の仲間が、まり子の側に集まった。

 ある男子が、

「どうよ?マリー、傷、癒えたか?」

と冗談めかしく問いかける。

 まり子は、ピンクのマスクを外した。

 男子はその傷跡に後ずさりするように驚いた。

「口、、、、裂け女・・・?」

 マスクを取ったまり子の口もとから耳元まで、縫い合わせた傷跡が残っているのだ!

 仁は、一瞬、その傷跡にひるんだが、哀しそうに言葉を絞り出す。

「マリー、ゴメンな・・・、本当にごめんなさい」

まり子は、仁を睨むように答えた。

「君の所為ではない!何度も言わすな!それにそんな憐れんだ態度とられると、余計、落ち込む。同情するなら、金をくれ!ということだ。身体の傷は金をかければ何時か直せる。嫌いではあるが、化粧で隠すこともできる。スゴミが出たので、今はこのままにしておく!」

 仁は、

「お金、いる時、何時でも言ってくれ!直ぐ、皆から集めるから‼」

周りの男子は、お互い顔を見合わせている。恐喝(かつあげ)される気がした。


仁は、決してまり子の側を離れない。いつも何時も一緒にいる。まり子は足が悪い訳でもないのに、その歩みにまで気を遣う。


 それから、暫くして、まり子は、マタ、姿を見せなくなった。海にも来ない。

 そして、仁も海には行かなくなった。

 仁は、授業でサボることもなく、懸命にノートを取るようになったのだった。それを、毎日、まり子に届けようとする。毎日、仁は、まり子を訪ねたのだが、やはり中々会ってはくれない。

 仁は、取り合えず、ノートをまり子の母に渡し、昨日渡した分を返してもらう事とが続くことになった。

 その仁の姿を、まり子は二階の部屋の窓から覗き見るようにしている。

 「授業内容なんて、なんでアイツのノート見なけりゃイケないのヨ・・・、ページの隅にペラペラ漫画ばっか描いてんじゃん・・・」

 仁のノートの右下片隅にペラペラ漫画が描かれている。

 まり子は、片手の親指でページをめくる。

 ジーンとマリーとも思える二人が、楽しそうに波に乗っている、最初は一人、そして二人になる、そんな動画だ。


 ある春の桜が舞い散り過ぎ去ろうとする日、その日から、まり子は学校に出てくるようになった。仁は、毎日、朝から夕方まで、時間があれば、まり子の傍にいた。

 仁は、まり子の頬の傷、落ち込んでいる心、それは、全て自分の所為だと思っている。だから、兎に角、まり子が気になる。兎に角、気を遣う。世話をする。

 そうされることを、まり子はタマに(ウットウシイ)ような顔をする。そんな目で仁を見ることがある。


 女子トイレの前で、まり子を待っている仁。

 女子トイレから出てきた、まり子。

「あのさぁ~、変態ストーカーみたいなんですけど!ガマンしてたんだけど、もう、近づかないでくれるかな⁉これ以上、近づくなら先生、とか警察とかに訴えるゾ‼」


 それから、仁は、まり子に近づかないようにした。

 まり子も、仁を無視したような態度をとっている。


 まり子は、辛かったのだ。仁が、自分の頬の傷を(自分の所為だ)と思い続け、自分の為だけに生きようとしている。あんなに大好きなサーフィンもしなくなった。男友達とも遊ばなくなっている。兎に角、自分のことしか見えていない。まり子には、それが余計に辛いのだ。思いを詩にしてみる。いつものように。


 眠れない夜が続くの

 あなたに会うたびに

 あなたを想うたびに

涙が頬を伝う

今度もまた、傷付ける

あなたを

私を

フレームの中には、いつもの風景

あの夕陽が沈む そのむこう

まだまだ、先は永い。あらがおうか?流されようか?

叫んでみれば何かが変わる?


仁は、まり子に(近づくな、変態!)と言われた時から、少し距離をおいて、近づかないことにした。

そこで気が付いたことがある。まり子の為に授業のノートを取っていたら、何時の間にか成績が上がってきたのだ。それに、授業が面白くなっていた。

(受験して大学にでも行ってみようかな・・・)

と考えるようになっていたが、

(家の家計では、無理かな?というか、塾なんか行かせてもらえるかな?)

(最近、小学生とか、子供の数が減ったのと、政府が、給食に余った日本のコメを使おうという方針をだした。給食のパンの数も減ってるからな・・・)


 仁は、ある日の早朝、父のパン作りを手伝いながら、父に聞いてみた。

「父ちゃん?俺、大学行きたいんだけど、いいかな?」

父は、パン作りの手を止めて、驚いた眼で仁を見る。

「ジン、変な雑誌とかテレビで大学という所は、遊びのパラダイスみたいに思っているんだろうが、難しい~勉強する所なんだぞ⁉世界の勉強する所だぞ⁉」

「いや、だから勉強したいんだヨ」

「‼」

何処で聞いていたのか母親が飛び出してきた。その手を仁の額にあてて高熱が無いか確認している。そして、涙ぐんだ瞳で仁と父を交互に見つめるのだった。

 そして母は仁に、

「うわ~、小さい頃から、仁にどうやって勉強させようか?大きな悩みだったのに⁉」

うわ言の様に言った。そして続ける。

「でも、どうやって行くのよ?電車で行くなんてバカなこと言わないでよ!受験よ!」

 仁は、そこで父に恐る恐る願いを伝える。

「一応、学校で勉強して、成績も上がって来たんだけど、倍に上がったって言ったって1から2みたいなもんだから・・・」

そして、思い切って

「塾に行かせて欲しい・・・ちょっとお金かかるんだけど・・・」

 しばらく、試案する父は、母をみる。そして

「何とかなるヨ。給食のパンは減る一方だけど、先週の何かのテレビで、お前が考えたフィッシュサンドが紹介されたらしい。今、すごく売れてる。白身魚のフライのフィッシュサンドと母ちゃんの造ったポテトチップを白い箱詰めにしたヤツだ。湘南、由比ヶ浜のピンクの名物パン屋さんのフィッシュ アンド チップスとして紹介されて予約殺到だ。心配すんな、大学行け!塾へ行け!」

そう言って、父は仁の肩をポンポンと叩いた。母は、感動、感激で嗚咽しないよう片手を口に添え、頷いている。


 その日の昼、仁の父親は、地元の信用金庫にいた。応接室でもなく、窓口のあるフロアの片隅のテーブルに、書類を広げ、若い男の銀行員に頭を何度も何度も下げている。前の融資が返済されないまま、次の融資を頼み込んでいるのだった。

 怒ったような態度の若い銀行員に、仁の父親は頭を下げ続けている。

 しかし、融資は店長以下、本店融資課長、全てが認めた。テレビでのフィッシュ アンド チップスの紹介、お店の紹介がかなり効き目が有ったようだ。街全体の宣伝効果があると街の皆が期待していたのだ。

 とか、表向きの理由を皆で考えたが、実際には、波乗りジーンとマリーの仁の実家の話であり、まり子の怒りでもかった日には、この町では生きてはいられない?と皆が感じていたのだ。まり子の祖父は、日本全国に知られる恐ろしい御人らしいのだった。


 なんだかんだ、あるものの仁は塾にも通い、学校での成績はトップクラスに躍り出た。塾での大学模試にいたっては、私大は大体、合格圏内となっていく。海には行っていない。まり子も海には来ていないようだから。

学校では、まり子に会っても、仁が話しかけようにも無視されてしまう。逃げるように避けられる。

 仁の成績はというと、グングン上がる。まり子の事が気になることもあり、この思春期の時期に女性に興味が湧かない。また、まり子と一番近い男子、ということで誰も女子は近づかないし、男子も女子を紹介したり、集まりに仁を誘わない。

 仁の気晴らしは、新しいカタチのパンを作ること。まり子に褒めてもらえそうなパンを作ること。試行錯誤するが、これが、科学の知識を吸収することになっている。仁は、まり子の大好きなピンク色のパンを作りだしたいのだった。食紅を混入してではなく、自然の鮮やかな色で作りたい。そう思っている。

春の乙女椿、桜、夏のハイビスカス、オレアンダー、ブーゲンビリアのピンク。しかし、うまくいかない。食べたくなるような色が出ない。なんだ、かんだ、でピンク色に見える焼きリンゴを使用してみるところまではたどり着いた。しかし自分は、果物を焼いたのを料理に使っている物が嫌いなため、あまり気乗りしてはいない。

 仁は、取り合えずターコイズブルーのパイの構想は出来ていた。大学に行ってから図書館で色々勉強し、洋菓子店などでアルバイトでもして、ピンク、ブルーのパンをまり子の為に作ろうと考えていた。

 仁は、見事、希望のK大に合格した。東京で一人暮らしをすることとなる。

 まり子は、養護教諭養成課程を経て「養護教諭二種免許状」を取得する為、東京の短大に入り、やはりこの街を出て行くらしい。

仁は、予定通り、洋菓子店でアルバイトをすることにした。しかし、アルバイトには洋菓子など作らせてはもらえなかった。作り方も教えてもらえない。作り方を勉強しようにも、作っている現場にはナカナカ入いることがない。パテシエと呼ばれる職人さんに、なんだかんだ質問して、ターコイズブルーのクリームの作り方は分かったのだが、ピンクは分からないままだ。そのような菓子が作られていない。

その内、大学の授業も税理士向け、公認会計士向けと、勉強することが多くなって来て時間が無くなってきた。それで仁は、アルバイトも時給のかなり高い方に変えなければならなかった。

仁はどんな時も、まり子が喜んでくれるようなピンクの菓子パンを作ることを考え続けた。これが、まり子と仲直り?する唯一の方法だと思っていた。

怒らせたつもりは全くないのだが・・・


 まり子は、養護教諭採用試験にも受かり、短大卒業後は、保健室の先生として鎌倉、由比ヶ浜の高校に戻った。

 仁は、税理士の資格を取得、数々の資格を取っていたが、公認会計士は実務経験が必要なため、まだ、取得はしていない。卒業後は、どこでも就職できる状態にあり、一旦、就職しておいて公認会計士を目指すことも出来た。

 しかし、仁にとって人生最大のイベントは、ピンクの菓子パンを作り上げ、まり子の機嫌を直して?もらうこと。それからでないと、何も始まらないのだ。そして、家のパン屋を継ぐために、地元に帰る。

 そして、ついに新作のパンが出来た⁉

 ターコイズブルーのクリームにブルーベリーとキウイの乗ったクリームソーダというパイだ・・・

 どうしても、作らねばならない!

 淡いピンク色のパイ。

 しかし、まだまだ、勉強不足、技量不足。

  

 しばらくして、仁のピンク色のパン屋さんは休日には行列ができるようになっていた。

 まり子は、仁の実家のパン屋さんに行列が出来るのを何度か遠くから眺めていた。


 そして、まり子は、ある平日の朝、職場としての学校に向う途中、仁の店を眺め、店のほうに歩き出す。

 そこで、仁が看板を出す為に店から出て来た。仁は、驚きの顔でまり子に気付く。

 見つめ合う二人。

 二人の頬を伝う涙。

 フレームの中に、二人が戻って来た。

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