第1話-7 恋は、ピンクか?ブルーか?

第7章 ティファニーブルーとピンクの薔薇

 土曜日の朝、陽が高くなる時まで、ミユリは由比ヶ浜の石垣に立って海を眺めている。沖には、波乗りジーンとマリーがいる。しかし、隆史はいない。

 ミユリは、隆史が、(またネ)、と言ってくれたのが嬉しくて仕方が無いのだった。今のところ、ギブスはしていても塾では会える。しかし、只のクラスメートだ。そして、隆史はいつもヒナノに寄り添うように歩いて帰っている。

ミユリは、この由比ヶ浜で隆史に会える時だけ、隆史を恋人のように思えるのだった。

ミユリは、隆史が来れないのはギブスの所為だろう、とその日は引き揚げた。その姿を、道場に向かうヒナノは足を止め見ていた。


 その次の土曜日も、ミユリは由比ヶ浜の石垣に立って海を眺めている。

 しかし、そこには隆史の姿は無かった。

 ミユリは、熱い思いを胸に、道場に向った。道場に行けば隆史が剣道の稽古をしている姿を見れるかもしれないと思ったのだ。

 その姿を、何気に見ているヒナノがいた。

 ヒナノも、道場に向っているのだ。隆史は居ない。ヒナノの横にも、道場にも。


 隆史は、勉強に目覚めた。今まで強制的にやらされていた剣道も、家の手伝いも、学校の成績が上がり、塾での成績も上がり模試での偏差値も上がり始めると、何もかも、免除されるのだった。食事も豪華になるし、何をしてなくても怒られていたのが無くなった。

 隆史は、模試でK大が合格圏内になるまで勉強に専念するつもりだ。塾での指導教員がプロ中のプロだった。隆史の性格、生活を見抜き、一点集中させている。その塾の指導教員は、昔、波乗りジーンこと、難波仁をK大経済学部に合格させた事で、地元でかなり有名となった人だ。テレビ特番でも取り上げられた人。仁さん以来の有名なデキの悪い青井隆史が来てくれて、嬉しそうなのだ。

ヒナノとしては、非常に寂しい気分を味わっている。隆史がヒナノの後遺症を気を使って、何時も何時も献身的に寄り添っていてくれることが、幸せ過ぎた。しかし、その為に隆史に自由が無くなっていることが辛く、自分の方から距離を取ったこともある。心で思っている事とは真逆の反対な不自然な状態があった。今は、心ならずも隆史に、距離を取られているような感じ?いや、距離を取られているのではなく、放置されている感じ、なのである。もちろん、朝は一緒に登校、塾の行きも帰りも一緒なのだ。が、側に寄って話しかけても、只々、上の空の生返事。聞いているのか?いないのか?そんな感じ。いつも、単語帳や参考書を読んでいる。


「そんなに、勉強ばかりしても、しょうがないンじゃない⁉」

とは、言えない。なんせ、成績は、まもなくヒナノに追いつこうという勢いなのだから・・・


土曜の正午前、由比ヶ浜の石垣に立って海を、ボ~っと眺めているミユリ。それを、学校の道場に向かうヒナノは、ボ~っと眺めていた。


(なんか、私もあの人も、二人とも隆史の姿、会話を求めているのかな?)


(ヒナノ)

潮風が私の髪をたなびかす

心に刻まれた、あの人のような空の青 海の青

私の痛みも、苦しみも

どうしようもない、この気持ちを

海の風は、吹き飛ばしてくれるかな?

遠く、遠く、ピンクに染まる夕陽の空に

吹き飛ばしてくれるかな?


道場においても、ヒナノはボ~っとしていることが多くなった。

まり子先生は、薙刀でヒナノの面をポンと小突き、

「な~に?最近、ヤル気無いなぁ~どうしたの?」

と、ヒナノに問いかける。

 ルッコが近づいて来て、剣道部の稲村君とアイコンタクトを取りながら、

「ひなの!恋煩い?か~!」

などと、茶化してきた。

「別に、そんなんじゃナイもん!」

と、ヒナノは応えてルッコの周辺の部員をキョロキョロみる。

「ルッコ、なんか、薙刀の稽古、人数、減ってない?」

「エッ!今頃?隆史くんが来なくなってから、隆史押しは、クラブ止めちゃったヨ」

「あ~、そっか・・・」

まだ、気落ちしている?というか心ここに在らずという様子のヒナノに、まり子先生は、

「別に、ヒナノちゃんが、隆史の前で服を脱げば済むことジャン!隆史、ヒナノちゃんのこと、大好きなんだからさ」

と、揶揄うように言う。

 ヒナノは、顔を赤らめながら、

「そんなこと、出来る訳ないじゃないですか。まり子先生は仁さんの前で出来るんですか?」

まり子先生に抗議する様に反発した。

まり子先生は、即答でサラリと、

「もう、やったヨ。ラブホで。そしたら、失礼にも、ジンの奴、気絶しやがった!」

と、言ってのけた。

「失礼にも程がある!アッタマきた!」

語気を強めながら、

「だから、気絶してる奴をそのまま置いて帰った。そしたら、奴は、次の日、私にプロポーズして来たヨ。ティファニーブルーの箱と、ピンクと赤の薔薇の花束、持って来てネ」

と、言ってヒナノにウインクをしたのだった。


 マリ子は、子供のころから仁のお嫁さんになると決めていた。しかし、仁さんは、何時迄も、何処に居ても、煮え切らない。

 そこで、マリ子は、仁の前で、こちらから服を脱いで見せた!仁さんに、早く決心して覚悟を決めさせる為に。なのに、この思い切った行動に、当の仁さんは気絶してしまったのだった。 仁さんが気が付いた時には、マリ子は側には居なかったのだ。

(そりゃ、そうだよナ・・・なんて、失礼で間抜けなんダヨ、俺は⁉)

 仁さんは仁さんで、前々から色々なシチュエーションで、プロポーズの仕方を勉強、想像、準備していたのだ。が、事がアマリにも突然で、血圧上昇!意識シャットアウト!となってしまったのだ。翌日、とにかくプロポーズ用の指輪と、ピンクと紅色の薔薇の花束を用意して、会う事を断られても、強引にでも、マリ子に会いに行った。

 仁さん本人はプロポーズのつもりであったが、まり子には、昨日の謝罪として受け取られてしまっていた。

 マリ子は、一応、仁さんからのプロポーズだとは分かっていた。が、これから次々に仁さんから色んなプレゼントを巻き上げようという計画に出た。


「ま、昨日の非礼は、これで許す」


 マリ子の計画通りに、仁さんは、それから毎日のようにプレゼントを持って来た。マリ子の計算違いだったのは、仁さんは見かけに似合わずロマンチストだった。

プレゼントは、仁さん手作りのシュークリームだの、メロンパンだの、ターコイズブルーのクリームソーダパイやピンクのアップルパイ、そして花束なのだ。まり子の計画、思惑では、ダイヤモンドのネックレスや真珠のイヤリング、バーボン酒12年物などの筈であったが、当てが外れた感がある。しかし、手作り菓子パンは、これはこれで、ものすごく美味しいのだから、太って困る。


 マリ子は、ある日、業を煮やすように仁さんに囁いた。

「私を、ハワイに連れてって⁉ノースショアでサーフィンさせて?」

「あの、新婚旅行という事で良い?」

マリ子は、仁を見つめて、軽く頷いた。


さぁ、ジーンとマリーの結婚式。街を挙げての大騒ぎ。皆が二人を祝福している。結婚式も大神社に取り仕切ってもらった。神社で式を挙げた二人はドレスアップして、参道をまっすぐ海に向う。由比ヶ浜の海岸へ。

浜には、隆史とヒナノが、二人のサーフボードを持って待っていた。

それに、貸衣装店のワンボックスカーに、漁協の軽トラ、市役所、パトカーなどの多くの車が集まっていた。

大勢の街の人々が、参道を埋める。浜にも待機して、ジーンとマリーの結婚を祝福している。ブルーにピンクに様々な色のブーケ、花束が用意してある。レストランからは、二人の為に、浜辺にはパラソル、テーブルとイスが用意されていて、シャンパングラスも用意されていた。小学校の運動会の来賓用テントを張って、テーブルには沢山の結婚祝いパーティー用の食材が、地元高級レストランなどから用意されていた。

浜に着いたジーンとマリー、浜辺で早速、乾杯!

服を脱ぎ捨て、貸衣装屋の友人に渡す。

衣装の下に着こんでいたのはウェットスーツだ。

ジーンとマリーは、隆史とヒナノからサーフボードを受け取り、皆から花束を受け取った。

まり子は、ピンクのブーケをヒナノに投げ渡す。他の花束、ブーケを浜に集った皆に投げ渡し、二人はサーフボードを持って海に向う。


パドリングで、沖に向かう、波乗りジーンとマリー。

浜で見送る、隆史とヒナノ。


空は青く、雲はピンクに染まる。フレームの中の由比ヶ浜の風景。

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