第9話 二年参りの言霊と重ね合わせた絵馬の呪詛 (私 中学3年生) 『希薄な赤い糸・女子編』

 地区割りの公立中学校校区でも、多少なりともハイレベルの高校へ、より多くの生徒達を進学させようと、学校側は、PTAを絡(から)めて学力アップに必死だ。

 学校方針から食(は)み出す生徒がいないように、学校側は生徒達への管理指導を、先生に徹底させ、先生は、学校方針に自分達の価値観で持つ許容枠を加えて、その許容範囲から逸脱(いつだつ)する生徒を差別する。

 教育委員会方針、学校方針、先生方針に逆(さか)らうのは、社会的にドロップアウトしてしまうのだと言い包(くる)めて、大人都合の画一(かくいつ)な教育を、無垢(むく)な生徒達に刷(す)り込んでしていく。

 『目標を決めたか?』と、先生達の誰もが訊(き)いて来る。

 先生の問いは、進学する志望校の決定だ。

 ハイレベルな高校の方が良いけれど、志望する生徒の学力に大きな差が有る場合、受験は容認されないから、先生が作成する願書が無ければ、受験する事は不可能になる。

 ハイレベルな高校へ合格者を多く送る事が方針目的で最優先事項だ。

 多くの不合格者を出し、滑(すべ)り止(ど)めの私立高校に入学させる事や高校浪人を発生させる事ではない。

 それは、先生達の成績評価と見返り報酬に直結し、決して担任しているクラスの一人一人(ひとりひとり)の生徒個人の近未来や将来の姿でなく、合格実績のより大きな数値が目標だ。

 私は、希望の入試校を用紙に記入する。

 私の成績は、それほど優秀じゃない。

 私の成績では、頑張(がんば)っても、この学校が精一杯(せいいっぱい)。

 毎年、卒業生の半数が、国公立大学へ入学する普通高校だ。

 進学率が、95パーセントを超えるバリバリの進学校だけど、トップクラスの大学の合格者は、毎年数える程(ほど)しかいない。

 ピアニストを諦(あきら)めた今、専門の音楽高校や音楽大学へ進学する意欲も、失(う)せてしまい、それに替わる人生目標も、思い付いても、考えてもいない。

(取り敢(あ)えず、普通高校へ進学すれば、将来を描(えが)けれる物が有るかもね。……無くても、まあ、普通高校は通過点だから、無難に卒業して、それから、大学へ進学して、その4年間で、そこそこの何かに出会えるだろうって感じ。金銭的に、あまり、親の負担にならないように、できれば、国公立大学が目標なんてね)

 私は、御気楽(おきらく)に考えていた。

 先日、あいつから、金沢市郊外の高校を受験すると、メールが来ていた。

 金石(かないわ)の海岸に程近いところに在る。市立(いちりつ)の工業高校だ。

 あいつは、私と同じ高校へ行くつもりはないらしい。

(大体、あいつの成績じゃ、無理かもね……? どれくらいか、知らないけど……。がんばって私と同じところへ、行く気が無いんだ……)

 適当に、あいつの成績を推測して、私は、いい加減で不満気味な理由付けをしてしまう。

     *

 真冬の深夜、窓の外が時々光る。

 窓を開けて見ると、遠くの夜空に光る雪神鳴様(ゆきかみなりさま)だった。

 分厚(ぶあつ)い雪雲が全天を覆(おお)い、月や星の光りが全然無い、真っ黒な空だ。

 ゴロゴロと遠くの雷の小さな響(ひび)きを、深(しん)とした冷たい外気が、雪の匂(にお)いといっしょに運んで来て、不安と希望を同時に私に抱(いだ)かせた。

(この方角に、あいつの家が在(あ)る……。この時間、あいつも起きていて、受験勉強をしているのだろうか……?)

 午前2時を過ぎたディープな時刻だけど、受験勉強をしているであろうあいつへ、迷惑を省(かえり)みずにメールを送って遣(や)った。

 一応、励(はげ)ましメールなのだけど、あいつは分かってくれるだろうか?

 年明けの今は、私を含(ふく)めて、受験生はみんな、受験勉強にラストスパートをかけている。

【あんた、高校でも、美術やんの?】

 私は、あいつの創(つく)り出した作品を見るのが、好きだった。

 別に私は、あいつを好きなのじゃなくて、あいつの美術作品が好きなだけで、これからも、作品を観賞する機会が有れば良いと思っているだけ。

【やらない】

 少し内向的な自閉症(じへいしょう)のオタクっぽさが有るけれど、誰かが作った規制の枠(わく)や範囲に囚(とら)われない強い自己主張で、あいつは、自分の世界を持っている。

 美術作品が、他人とは違(ちが)う秀(ひい)でた作風なら、あいつの行動も、……私だけにかも知れないけど……、異質(いしつ)で突飛(とっぴ)に感じた。

 これから先も、あいつは、もっと、もっと、個性を作品に発揮して行くと思っていたのに、あいつは美術を『やらない』なんて、残念な文字を送信して来る。

【なんで、やんないのよ?】

 あいつはてっきり、高校へ行っても美術部に入り、自分の絵や彫刻の作品を、いろんなコンクールに応募して幾つも賞を取り、将来が有望視される芸術家の卵になるだろうと、勝手に想像していた。

 私は、それで、あいつを励ますつもりだったのに……、代わりの励ましが見付からない。

【スポーツがしたい】

 体育の授業は、水泳以外を鈍臭(どんくさ)くもなく、それなりに身体を動かしていたし、スタンドプレー的な悪目立ちする事もせず、極(きわ)めて普通に、あいつは熟(こな)していた。

(でも、高校生デビューできる、スポーツって有るの?)

【美術の才能有んのに、勿体無(もったいな)いなぁ~。美大を目指せばいいのに】

 生まれながらの、始めから備わった知能として、洗練された作品を創造できる才能は、天才の域だ。

 でも、普通に秀(ひい)でた才能は、専科を学ぶ事と創り続ける経験で複雑さを増し、それでいてアルゴリズムされたプロセスで洗練されて行くのでしょう?

 美大は、時間や空間に於(お)いて、そういう場だと思う。

【美大は目指さない。美大に進学する目的が、分からないんだ……。僕はただ、イメージを造形したいだけなんだ。造形や作画は、僕の趣味だよ】

 それを言ったら、私もそうだ。

 普通高校へ進学する意味に、疑問を持ってしまう。

 大学を受験するだけなら、高校卒の資格さえ取得すれば良い。

 大学を受験できる学力が有る事を、高等学校卒業程度認定試験に合格して認定証明されれば、問題は無い。

 16歳でも認定されるが、実際に大学を受験できるのは、18歳になってからになる。

 大学受験は、一人(ひとり)だけの個人でも、十分(じゅうぶん)に可能だ。

 高校へ進学しなくても、高校卒の資格を得て、大学と学部を絞(しぼ)り込み、そこへ合格する為(ため)に、特化させたピンポイントの受験勉強をすれば、充分に入試をクリアできると思う。だけど私は、独学で3年以内に高校卒の認定を取得して、大学へ合格しようとする意欲に、根性、それに自信と勇気も無かった。

【趣味でも、美大に行けば、洗練されるんじゃないの?】

 もう、遣らないのじゃなくて、趣味で作品を作り続けるのを知って私は安心した。

 いつかまた、あいつの作品を鑑賞できる機会が有るでしょう。

 その時は、今以上に、もっと、観る人を惹(ひ)き付ける、独(ひと)り善(よ)がりじゃない、魅力の有る作品を作っていて欲しい。

【うーん、どうかな~。上手(うま)く伝えられないかも知れないけれど、僕は、美大の科目を活(い)かすような就職をしたくないんだ。まだ、漠然としているけれど、美術関係と違う職に就(つ)きたいと思っている。僕の趣味の延長ごときに、親の金で、4年間も大学へ行って学ぶのは、申し訳なくて、耐えられないよ】

 それは、私も思う。

 高校で目標や遣りたい事が分からないまま、進学した大学の4年間で、何も見付けられない自分捜しで終わったら、どうしょうかと不安になる。

【ふう~ん。いろいろ、考えてんだね】

 あいつは、立体を平面的に見たり、逆に平面の絵や図を立体的に見ていたりして、そのイメージを360度前後左右上下に、グルグル回し見る事が、頭の中でできるのだと思う。

 それでも、いくら芸術が、感覚や感性が主体と言っても、ジレンマやスランプで不安になれば、専門で学ぶ基礎学が必要だろうし、絶対に役に立ってくれるだろう。

 他人に評価され続けられていると、次第に自分の作品じゃなくなっていくような気がする。

【それに、造形に特化した技巧の勉強なら、独学でもできるしね。頭に浮かんだイメージを、より速く具現化する手段が、技巧や技法なんだ。方法の手持ちは、多い方が良いに決まっている。それは、見て、触(さわ)って、感じたりして、盗み学び、本当に解らないところだけを、調べたり、教えられたりして、知識や器用さや段取りとして、身に備(そな)わるものだと思っている】

 私が懸念する事は、あいつも考えている。

 私も、聞いたり、見たりして、真似(まね)をする事も有った。

 ただ、それを自分に馴染(なじ)ませて受け入れるのに、私は時間が掛かっていただけ。

【そう、そうかも知れないね。私もピアノで、それを、痛いほど知らされたよ……。それで、嫌になりそう】

 自分のフィーリングに合う曲は、直(す)ぐにイメージできて練習も進んでするのに……、好きになれない曲は、いつまで経(た)っても、さっぱり駄目だった。

【好きなピアノが、嫌になりそうなくらい、とても、君は頑張ってるんだな。大学の音楽学部を目指すんだろ? 君の夢が叶(かな)えられるように、応援してるよ】

 私の事情を知らなくて無慈悲に打たれた、あいつの文字に怯(ひる)んでしまう。

 既(すで)に世界的なピアニストを志(こころざ)す夢は、自分の才能の限界が見えた時点から、芸術大学や音楽大学を目指すのは諦めている。

 あいつの励ましメールは、私に息苦しい戦慄(せんりつ)を走らせた。

 ピアノに挫折した悲(かな)しい現実は、今も、私が夢に向かって頑張り続けていると信じているあいつに、限界の近い薄っぺらな才能しか持ち合わせていなくて夢を諦めた、私の弱さと脆(もろ)さを教えるようで嫌だった。

 知らせなくても、いずれ、あいつは気付くと思っていた。

 その私の挫折を知ったところで、あいつは、何も言わないだろう。

(それも嫌だ。だから、今、私は、あいつに知らせて遣る)

【ううん、残念。もう、応援しなくてもいいよ。本当はね、嫌になりそうじゃなくて、嫌になったんだ。ピアノは8月で止(や)めたの。自分の限界を知ったし。駄目だったの…… 私。そんなに真剣じゃなかったんだ。……もう、決めちゃって、済(す)んだ事だから何も訊かないで!】

(どうして自分の限界を知ったのかは、訊かないで……。それを、あんたに知られるのは辛(つら)いし、泣(な)いてしまいそうだから……)

【そうなんだ……。既に、やめていたのか。……もう1度、君のピアノを聴(き)きたかったのになぁ。小学6年生の雨の日、君が弾くピアノに、凄く感動してたんだ。あのアンコールで弾(ひ)こうとしていた曲を、いつか、聴けるチャンスが有るかな?】

 メールの文面が、私の背中をゾクゾクさせて、肩筋もプルプルと痙攣(けいれん)させる。

 私も、いつか、機会が有れば、あいつに聴かせて遣りたいと思っていた。

(びっくりだ! あいつは覚えている。あいつの聴きたいと、私の聴かせたいとが、同じ感慨(かんがい)を意味するのか分からないけれど、小学6年生の私が弾く、『別れの曲』を聴いた、あいつの驚(おどろ)きの顔を、もう1度見てみたい)

 『別れの曲』と呼ばれている旋律(せんりつ)の正式な曲名は、『練習曲 作品10 第3番 ホ長調』。

 このようにショパンの曲は、全(すべ)て番号と調性(ちょうせい)だけで、イメージ的な曲名は付けていないと、調べたインターネットのサイトや図書館の本に載(の)っていた。

 それらには、曲の使われていたフランス映画の原題にあった、『アデュー』が、『永遠の別れ』の意味だから、ストーリーの演奏されるシーンからも、『別れの曲』と、認識されたと記されていた。

 きっと、日本語名のルーツは、そうなのでしょう。でもそれは、作曲イメージを当初、ときめく恋の、アップテンポのようなメロディーにしていたかも知れない。

 それが、多感な二十歳(はたち)前後の、時代背景や境遇で経験する、多くの焦燥(しょうそう)や決別の悲しみと嘆(なげ)きを、ショパンの優しくて繊細(せんさい)な感性は、心揺さぶる美しいリズムへ変貌(へんぼう)させて昇華(しょうか)させたのだと、何度も練習していて思う。

(あんたとは違う、高校へ進学するから、中学卒業は、お別れになっちゃうわね。全然、会いたくないけど、メル友は、続けさせてあげるよ)

 あの時、アンコールで弾くつもりだったのは、探し求めていた相手との突然の出逢いに、ときめく心の曲だ。

 冷(さ)める気持ちに、ときめく心を失(うしな)う私は、想像を廻(めぐ)らせて、曲に気持ちをシンクロさせる事ができない。

【今の私じゃ、無理! いつの日か、自分が変われて、ピアノを弾きたい気持ちに駆(か)られたら、機会が有るかもね】

 そんな日が、必ず来ると信じたい。

(日々、私は成長している、……のだから。……かな?)

 それは……、いつになるのだろう……。

(変わらせるのは、あんたかもね!)

【自分が変わる……? どういう意味?】

(私の中で、限界の境界線が、見えなくなった時よ)

 将来、何かの切っ掛けで、またピアノを弾く気持ちになるかも知れない。

 2度と、弾く事が無いとは、……思いたくなかった。

 境界線なんて、挫折した自分を認めたくない防壁だ。

 たがが、中学3年生での挫折なんて、5年後や10年後には、幼(おさな)くて後悔するような悩(なや)みでしかなくなると思う。

 切っ掛けが、何になるのか分からないけど、きっとまた、楽しい気持ちでピアノを弾ける。

 その切っ掛けは……、既に、自分で朧(おぼろ)に導(みちび)いていた意味は、あいつに教えない。

【さあね。それなら、美大じゃない大学へも、行かないつもり?】

 送信してから、私は気付いた。

 もう、向かう高校は別々になってしまうけれど、大学は同じになって欲しいと、気持ちのどこかで望んでいる私がいた。

【ああ、今のところは大学へ行く気が無いんだ。受験は、今だけでいいよ。3年後も、受験で苦しみたくないね。勉強は嫌いだから……。それに僕はモノ造りがしたいんだ】

(ううっ、それを言うか……。私だって、億劫(おっくう)で憂鬱(ゆううつ)だよ)

 私が受験する普通高校は、進学専門校だ。

 合格して入学しても、3年間の大半は、大学受験の為の勉強の日々になるだろう。

 お姉ちゃんが言うような、解放感や自由に満ちている4年間になるのなら、大学へ行ってみたいと思うけど、それは、それで『良いの』って気がする。

【ん? ものづくり……?】

 発光するスマホの画面には『モノ造り』と表示されていて、既に遣りたい事は決まっていると、明確なタイトルを付けられているあいつのビジョンが私を圧倒していた。

【実は、去年から親父の仕事の手伝いをしているんだ。親父は小さな工場を経営してるから、受注が多くて忙しくなると手伝っているんだ】

 『父親の仕事の手伝い』、『父親が授業主、経営者』、あいつの家庭環境が妬(ねた)み、嫉(そね)み、羨望(せんぼう)の対象となる事実を知った。

 更に、あいつは父親の仕事を手伝うという大人びた事をしていた。

【そう、でもそれって働いているって事でしょう。まだ14歳の時から働いていたの?】

 なんだか悔しくて、何処かで聴いたか、何かで見たのか、知りもしない、あやふやで不確かな情報から、私は突っ込みをいれてみた。

【まあ、就労(しゅうろう)できる最低年齢は15歳だから、そうなるね。だから、お手伝いなんだよ。対価の報酬(ほうしゅう)も手取り分は御小遣(おこづか)い程度の額(がく)さ。でも、今は15歳になっているからアルバイトの臨時社員で登録(とうろく)されて、それなりの給与(きゅうよ)が銀行口座に振り込まれているね】

 『就労』、『対価』、『報酬』、『給与』、『振り込み』、どれも授業などで見る単語だけど、あいつからのメールに表示されても実感できない。

【でも、アルバイトしながらの体育系の部活ってできるの?】

 放課後に臨時雇いの社員になっているのでしょうけれど、高校で部活をしながら両立できるのかしら?

【そこなんだよ! 完全下校時間が有るから学校行事の準備は別として、遅くまで部活はしないと思うんだ。それで団体競技が無くて個人戦のみのスポーツの部活を探しているかど、そのスポーツの部活が、進学したい高校に有るのかどうかも分からない。兎に角、上手く入学できたらの話だけどな】

(そう、お互(たが)い、今は入試まで、勉強に集中しましょう)

 胸の中がモヤモヤする。

【そっか、まあ取り敢えず、目先の試練は高校入試だから、上手く越えれるようにお互い頑張りましょう。だから、これから合格発表が出るまで、スマートホンへのメールは無しにしてね。よろしく】

 入試が終わっても、合格発表まで、期待と不安を募(つの)らせるだけの、馴れ合いや、慰(なぐさ)め合いはしない。

 故(ゆえ)に、メールの遣り取りは禁止した。

(そうしないと、私はあいつの思考に流されそうだった!)

 気持ちがギスギスして来た。

 受験は、結果が全て……、だけど第一志望への合格、不合格、どちらも自己責任で真摯(しんし)に受け止めなければならない!

【アルバイトをして分かったよ。僕は、仕事をする事が好きじゃないんだ。働く事が嫌なんだ。でも遣りたい事や欲しい物を買う為の稼ぎになるからしてるんだよ。それに、どうせ働くなら自分の性格や趣向に合った自分に役立つ仕事をしたいよね】

(おっ、なになに! あいつの自分語りが始まったじゃん)

 この何かに取り組む、あいつの意欲の源(みなもと)と何かの中身を知るのは、全然厭(いや)じゃなくて、寧(むし)ろ楽しいと思っている。

【作業前は如何(いか)に熟(こな)して行くかを試行錯誤(しこうさくご)して、そして、今の僕の技能で出来る限りに工程を単純化して、より早く完成させる事をイメージしてから作るんだ。自分の作業位置や行動の道筋の無駄(むだ)を省(はぶ)く工夫、手作業の動きと作業のし易さもだけど、その試行錯誤が楽しいのと、想定通りに出来た時が嬉しいのさ。もちろん正確に出来た事もね。でもぉ、試行錯誤が多くて面倒臭いのは、頭がプスプスしてメンタルが疲(つか)れてしまうよ】

 はっきり言って、あいつの説明らしき文は、私に例(たと)えられる事が無いから、イメージされる情景や形が脳内に浮(う)かばない。

 あいつの綴(つづ)っている形を実在化できるイメージは、架空(かくう)域を想像するイマジンと違うのを私は理解できた。

【そうなんだぁ。遣り甲斐が有りそうな感じで、なんか楽しそうだね。でも、疲(つか)れや慣(な)れで機械の操作や手順を間違えたりして、怪我(けが)しないでよ。気を付けてね】

 あいつから伝わる熱を帯(お)びた一生懸命(いっしょうけんめい)さが、不注意を招いて不慮(ふりょ)の不幸にならないように私は促(うなが)す。

【ああ、気を付けるよ。計算や作図が必要な場合も有るけれど、そこで出来ないや分からないで済ませたくないんだ。諦めるのはイヤだね。0.001%でも可能性が有るなら、そこから模索して成功につなげたいと考えるんだ】

(それを生涯に於いて貫き通せるなら、あんたは間違いなくマイスターのレベルになれるでしょうね。

 なれば稼(かせ)ぎも良いし、生活も潤(うるお)うわね)

 そんなつもりも無いのに私は卑(いや)しくも、あいつの稼ぎが私に貢(みつ)がれて個人事業主の夫人として生活苦の無い安心な将来を展望(てんぼう)してしまう。

【あんたは、もう生涯を貫(つらぬ)く仕事を見付けているんだね。その職業で経験を積んで達人(たつじん)になると、豊(ゆた)かなキャリアの持ち主(ぬし)って事になるんでしょうね。そう言うからには途中(とちゅう)で投げ出さないで、頑張りなさいよ】

 差別(さべつ)を嫌悪(けんお)して平等・公平・公正の違いと環境の変更での平等を知っているあいつなら、優(すぐ)れたマイスターで有りながら信頼される経営者になれると思う。

【頑張ります。行き詰(づま)ったり、躓(つまづ)くたびにバンザイして降参していたら全然輝(かがや)けないし、そこで終わりだよ。そんなのはイヤなんだよ!】

 普通高校を受験する大学への進学最優先の思考と轍(わだち)を同じくする事はなく。敢(あ)えて轍の無い泥濘(ぬかるみ)へと逸脱(いつだつ)して行くあいつの勇気と判断が羨(うらや)ましかった。

 自分の幼さから失った人生の目標は過去の夢となってしまい、虚(うつ)ろだった新たな目標を高校で見出しての大学への進学をと、あいつの御蔭(おかげ)で具体性(ぐたいせい)が増して来ている。

【ふう~ん、もう、あんたは遣(や)りたい事を見付けて実行しているんだ。それじゃあ、仕様が無いわね】

 確かに、これでは私と同じ轍じゃなくて、轍を付けて行く事を認めてあげるしかない。

『よろしく』で締め括り、合格発表までメール交換は無しするはずだったが、上から目線のあいつに見下されるかもと、意地(いじ)を張ったメールを打つ。

【だなあ。金儲けの為に人を社畜(しゃちく)にして使う経営者ではなくて、親父みたいな社会に必要とされる個人事業家に成りたいんだ】

 あいつは受験を経て入学した高校を卒業して社会人になった後までを、夢を叶(かな)える過程として見据(みす)えての、今を考えている。

 なのに高校受験を間近に控(ひか)えた中学3年生の私には、高校の先に有る大学のキャンパスライフは、想像できる情報が少なくて、まだ良く分からない。

 これからの世の中は、あいつの考えのように起業家や実業家が大学卒を必須(ひっす)とする事は無くなっていくのだろう。

 あいつの様に志が無ければ、どんなに高学歴でも実(みの)りは乏しいだろうし、また枯(か)れ易くなるだろう。

【そうね。もう寝るわ。おやすみなさい】

(おやすみ……)

【ラジャー! お互い、受験勉強に集中して、頑張ろう! ありがとう。おやすみ】

 ギスギスとモヤモヤが濃くなった心の蟠(わだかま)りで、乏しい発現(はつげん)しかできていない私は全然面白くない!

 悔しい、あいつに置いていかれていると思った。

 いくら学業の優秀さで優越感を得ても、それは生活力とは違って実際的ではなかった。

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 もう私は、寝るつもりだったけれど、深夜まで受験勉強をするようになってからは、珈琲を飲む習慣が付いてしまい、スプーン2杯のインスタントコーヒーに角砂糖を三(みっ)つと、ガバッと粉ミルクも入れたマグカップに熱湯を注(そそ)ぎ、スプーンで掻(か)き混(ま)ぜながら溶かす。

 そうしながら、まだ少しだけ起きていて、自分の集中力を殺(そ)ぎそうなモヤモヤやギスギスする気持ちを整理してみる。

 まだまだ、苦(にが)いと感じる珈琲は、コンビニで買うコーヒー牛乳みたいな甘い味にして飲む。

 珈琲通のお姉(ねえ)ちゃんやお母(かあ)さんには、馬鹿にされているけれど、私とお父(とう)さんは、このエキゾチックとオリエンタルとトロピカルがブレンドされたような香りが好きだ。

 少し上(うわ)の空で、熱々の珈琲をハフハフして飲む。

 上澄(うわず)みだけを啜(すす)り飲むつもりが、ゴクリと飲み込んでしまい、少しも冷ませていない熱さに、唇と舌と口腔(こうくう)の上奥(うわおく)を一瞬(いっしゅん)で火傷(やけど)した。

 胸の内にも、熱い物の通った感じがしてヒリヒリいるから、たぶん、食道も火傷している。

 驚きで揺(ゆ)らしたマグカップの珈琲を危(あぶ)なく机の上や床に零(こぼ)しそうにもなって、自分の注意不足の迂闊(うかつ)さに気持ちは焦った。

 それなのに、弛(たる)みと危(あや)うさを反省しつつも、慌(あわ)てない振りをして、ヒリヒリと痛い唇と舌を歯で噛みながら耐(た)える。

 部屋には、私の他に誰もいなくて、見られてもいないのに、これくらいで慌てて繕(つくろ)う自分が、何か恥ずかしくて悔(くや)しい。

 私は、考えていた。

 あいつを励ますつもりで交換したメールは、励ますどころか、私に将来を懸念(けねん)させ、しっかりと地に足を着けて考えなければならないと、逆に、あいつのはっきりした意思から悟(さと)らされてしまい、更に私の不安が彷徨(さまよ)う現実まで伝えていた。

 これでは、あいつの受験勉強に、ちゃちゃを入れて邪魔しただけで、何の為にメールをしたのか分からない。だから、呪(のろ)いを掛けてやる。

(励ましじゃないけれど、おまじないをしてあげる)

【まだ、起きている? 伝え忘れが有ったわ。本当に言霊(ことだま)に気を付けてね】

 あいつは、呪いの言霊を知っているだろうか?

【ああ、言霊!】

 そう、『ことだま』、言葉が持つ、呪いの力。

 それは、自分や人を操(あやつ)る御呪(おまじな)い。

 力を与えたり、安心や納得をさせたり、災(わざわ)いを齎(もたら)したりする。

【知らないの? 言った事が、本当に起きるという、呪詛(じゅそ)のアレ】

 例(たと)えば、名前。

 名前は、括(くく)りで人を縛(しば)る。

 名前が無いと、存在が不安になる。

 名前を呼ばれて、『あなたの血液型は、コレだから、コンナ性格だね』とか、言われ、それが、半分ぐらいしか思い当たらなくても、『そうなんだ』と、思い込んでしまう。

 人は自分に都合(つごう)の良い事だけを刷(す)り込み、都合の悪い事は曖昧(あいまい)にしてしまう。

 実際は、そんなの適当に決まっている。

 内容は、誰にでも当て嵌(は)まる事ばかり。

 『キミは、ソンナで、コンナだから、将来は、ソウなる』と、言われたりしたら最悪だ。

 自分では、ソンナやコンナだと思っていなくても、それで、意識してしまって、将来がソウ為(な)るようになって行く。

【アレ? 呪詛?】

 言霊は、声による言葉だけじゃない。

 書かれた文字や文(ふみ)にも、呪力(じゅりょく)は有る。

 テレビや新聞や雑誌の運勢もそうだ。

 信じさせたり、思い込ませたりして、気持ちや気分を浮き沈みさせてくれる。

 信じる人は多く、色や小物や行いで、不吉(ふきつ)や凶兆(きょうちょう)を回避したり、影響を少なくできると、記載されている占い文からの読み取りは、商(あきな)いや交友などの様々な交流に繋(つな)がって、広範囲な経済効果が有るみたい。

【受験で、自分や周りの人が、言ってはいけない言葉が有るでしょ。ソレよ。自分で言わないでね。現実になっちゃうわよ!】

(しっかり、縁起(えんぎ)を担(かつ)ぎなさいね! せっかく、初詣(はつもうで)で御願いしたのが、打ち消されて無効になっちゃうぞぉ!)

【了解です♪ ありがとう】

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 無風で今にも、深々と雪が降ってきそうな大晦日(おおみそか)の深夜、私は、お姉ちゃんと二年参(にねんまい)りの初詣に出掛けた。

 私の高校入試合格とお姉ちゃんの短大合格を、兼六園(けんろくえん)の南角に在る金澤(かなざわ)神社で祈願して来た。

 終バスで香林坊(こうりんぼう)まで行き、お姉ちゃんが常連にしている喫茶店で、熱いココアを飲みながら時間を潰(つぶ)した。

 お姉ちゃんは友達や知り合いだらけみたくて、既にいる何人もの御客さんや次々と来店して来る御客さんの殆どと、挨拶(あいさつ)を交(か)わし合っている。

 深夜に、こんな大人達ばかりの店に来るのは、大晦日で初詣だから中学生でも無礼講(ぶれいこう)だと、私に肯定させた。

 新年のカウントダウンが近付くにつれて、更(さら)に日頃の常連らしい人達の来店が増え、席が足り無くて立ち客だらけの、誰もが殆(ほとん)どオーダーをしないままにタバコを吹かし、誰のボトルとも知らない酒を注(そそ)ぎ合って大きな声で話す、満員で騒(さわ)がしい店になった。

 暖(あたた)か目の暖房と、厨房や飲み物、食べ物から香る熱気、それに、人の熱が加わり、店内の温度は暑い。

 店内の熱い空気は、酒やタバコの臭(にお)いと香水の香りに体臭、そして飲食の匂いが濃(こ)く混ざり合い、狭(せま)い空間を分厚く淀(よど)ます。

 最奥の小さなテーブルに見知らぬ人達と相席で置いて行かれた私は、時間が経つに連(つ)れて、軽い頭痛と息の詰(つ)まる気持ちの悪さを感じ出した。

(うう……、これは、酸欠かも……)

 午前零時(れいじ)の年明けに鳴らす、クラッカーが配られ出した頃、お姉ちゃんに引っ張られて店を抜(ぬ)け出し、お気に入りや拘(こだわ)りの有る神社へ初詣に向かう人達が、大勢、行き交う通りを歩く。

 初めて来た深夜の大晦日の繁華街は、賑(にぎ)やかで騒がしくて明るい。

 体感と見知りの過去になった年と時のホライゾンを越えた新しい年を迎えた今、ウィークエンドよりも更に大勢の人達が、陽気に盛り上がっていて驚いた。

 歩きながら私は両手を広げて、風の無い凛(りん)と凍(い)て付く静かな冬の夜の大気を其の冷たさに噎せ返りそうになりながらも、背を反(そ)らして膨(ふく)らみの乏しい胸へ大きく吸い込んで深呼吸する。

 冷たくて新鮮な大気は広げた肺(はい)の奥深くまで吸い込まれて行き渡り、身体(からだ)の隅々(すみずみ)に淀んでいた気持ちの悪い空気を一掃(いっそう)して行く。

 深夜の冷え込みで吐(は)く息が、昼間より白くて大きな霧になり、まるでバハムートの冷気ブレスみたくて楽しいのと、毛糸の手袋をしていても、繋ぐ手からお姉ちゃんの温(ぬく)もりを感じるのが嬉(うれ)しくて、気分はウエルカム・ハッピーニューイヤーだ。

「あの店の大晦日は毎年、あんな感じよ。ねぇ、さっき少し顔が青かったけど、大丈夫(だいじょうぶ)? 大勢で騒がしくって、人に酔(よ)わなかった?」

 店から連れ出した時の私に、元気が無かったのを心配して、お姉ちゃんは訊(き)いて来る。

「平気っ! 大丈夫よ」

 路面がガチガチに凍(こお)るような、冷たい世界の空気を吸い込む胸が気持ち良く、もう頭痛も、吐き気も、していない。

 金澤神社に着くと、既(すで)に、初詣に来た多くの人達が、神門の外まで列を為(な)して並んでいた。

 御参りに来ているみんなは、受験する中学生や高校生と、その親や兄弟姉妹達だ。

 直ぐそこまで迫(せま)った入試の、焦(あせ)りと不安だらけの余裕の無い厳(きび)しい心境での神頼みなのに、楽しそうな雰囲気で列は進んで行く。

ここに居る、みんなが合格すれば、良いなと思う。

 18世紀末に、学問の神様の菅原道真(すがわらのみちざね)を奉斎して金澤神社は創建された。

 商売繁盛の白阿紫稲荷大明神(はくあしいなりだいみょうじん)、交通安全の琴平大神(こんぴらおおがみ)、災難(さいなん)除(よ)けの白蛇龍神(はくじゃりゅうじん)も、合わせて祀(まつ)られている。

 直ぐ横には、金沢の名になった金城霊澤(きんじょうれいたく)の湧水(わきみず)が在り、そこで、芋掘り籐五郎(とうごろう)が自然金を篩(ふる)い分けしていたという砂金伝説を、金沢市の歴史として小学校で習った。

 そう言えば、あいつの家の近くにも、『ショウズ』と呼ばれる浅い湧水池(ゆうすいいけ)が在るけれど、砂金の伝承は無かったはずだ。

(ぎょっ!)

 拝殿が間近に迫った時、初詣の参拝の為に拵(こしら)えられた、向拝(こうはい)スロープを登る人達の5列ほど前に、横に並ぶ友人達と楽しそうに話す、あいつの横顔が見えた。

(おおっと、あいつも来てたんだ……。私に気付いて…… いないみたいね)

 風邪(かぜ)を引かないようにと、私はタートルネックのセーターを着て、胸元には冷たい風を通さないように、暖かい色合いのスカーフを付け、更に毛糸の長いマフラーを顔までぐるぐるに巻いている。

 それに重(かさ)ねたダッフルコートのフードを深被(ふかかぶ)りして俯き気味にしているから、あいつは、私の顔が見えていないし、気付かない。

 あいつは1度も振り返らずにスロープを登り切り、御賽銭(おさいせん)を投げ入れて、神(かみ)呼(よ)びの鈴(すず)を鳴らす。

 それから作法通りに、敬(うやま)いの二拝(にはい)、霊振(れいふり)りの二拍手(にはくしゅ)、頭(こうべ)を垂(た)れ願い事を呟(つぶや)き、そして、感謝の一拝(いっぱい)をする。

 あいつが参拝を終える丁度その時、雪雲に覆われた冬の夜空を翔(かけ)るように、鐘(かね)の音(ね)が低く響いた。

 除夜(じょや)の鐘だ。

 近くの寺が、撞(つ)いているのだろう。

 ザワザワとしていた大勢の参拝客が、みんな静かにして列を止め、百八(ひゃくやっつ)の煩悩(ぼんのう)を追い出す、百八(ひゃくはち)の鐘の音に暫(しば)し、聞き耳を立てる。

 新しい年を迎(むか)えた音だ。

 希望と期待と不安に満ちて、全ては自分の知識と理解に基(もと)づく、判断と行動次第の未知の一年が始まった!

 拝殿の上で振り返り、鐘の音を探るように、黒々とした夜空を仰(あお)ぎ見たあいつに、私は見付からないようにフードの襟(えり)を閉じ、俯(うつむ)いて顔を隠(かく)した。

『明けまして、おめでとう御座います』や、『本年も宜(よろ)しく御願いします』と、あちらこちらから、厳(おごそ)かに新年の挨拶が聞こえて来る。

『本当に、良い年で有りますように』と、お姉ちゃんと交わす、新年の挨拶に附(つ)け加えた。

 ビクン、着信にコートのポケットの中で、握(にぎ)り締(し)めていたスマートフォンが震(ふる)えて、反射的にスマートフォンを手離すくらい、びっくりした。

【迎春・二人(ふたり)にとって、喜(よろこ)びに満ちた年でありますように】

 間近に迫る参拝に神妙(しんみょう)な面持(おもも)ちだった私を驚かせたのは、まだ、境内(けいだい)にいるはずだと思うあいつが送った年賀状メールだった。

 たぶん、横の社務所辺りで縁起物を買っていると思う。

 年賀状に、クリスマスカードに、誕生日の御祝いに、ホワイトデーのクッキーなんて、みんながするから、私もみたいな社交辞令(しゃこうじれい)絡(がら)みは、いらないと伝えてあったのに、送られて来たのが、少し腹立たしい。

(あっ、クッキーは、私がチョコを渡さないから、無いわね)

 だけど、あいつは、私がこんな直ぐ近くにいる事を知らない。

 それが、秘密の悪戯(いたずら)っぽくて楽しい。

 神呼(かみよ)びの鈴を鳴らし、御賽銭は五(ご)と円(えん)の御縁(ごえん)尽(づ)くし、ゴエンの三(みっ)つ重ねの硬貨3種3枚で、555円も入れて志望高校への合格、心身の健康、家族の幸せと安全の御願いをする。

 それから、参拝路の拝殿の縁(ふち)を廻り、合格の御守りと願い事を書き込む絵馬を買う為に、そして、今年1年の運勢(うんせい)を占う御神籤(おみくじ)を引く為に、社務所へ向かう。

 社務所に来ると、あいつが、購入した物の入った白い紙袋を、巫女(みこ)さんから受け取るところだった。

 紙袋の膨らみ具合から、中身は御守りと絵馬だろう。

 見ていると、あいつは更に、御神籤を引いて行く。

 社務所脇で、買い終わったばかりの絵馬に、願い事を書こうと角(かど)を曲がった途端(とたん)、願い事を書き込んだ絵馬を手にした、あいつにぶつかりそうになった。

 ハッとして、当たる直前で停まり、直ぐにフードで隠れた顔を俯かせて、更に逸(そ)らせる。

(なに、避(さ)けたりしてんのよ私! あいつにドンを当たって、ビビらせてやれば、縁起担ぎになったのに……)

 ぶつかりそうになった私に、気付いたようすも無く、あいつは、友達らと絵馬を結(むす)びに行く。

(こんな間近に、私がいるのに、気付かないなんて…… おい!)

 もう、私は、見られたくないのか、見付けて欲しいのか、自分が分からない。

(せっかく、あんたから贈られた、シルクのスカーフをしてんのに……。ねぇ)

 心底、私を好きなら、闇(くら)がりで見なくても、容姿とか、気とか、匂いとかで、気付いて欲しいと思う。それに、心でも、私の気配(けはい)を感じて欲しい。

 私に気付いた、あいつの反応も見てみたい。

 何気(なにげ)に引いた、御神籤は末吉(すえきち)だった。

 お姉ちゃんが、『気に入ったのを、引き当てるまで、何度でも引いていいのよ』なんて言うから、直(ただ)ちに強く願いながら、御神籤のリベンジをすると吉が引けた。

 末吉と吉の書かれている、両方の運勢を良く読んで、勝手に融合(ゆうごう)させて自分に納得させる。そして、  『願いは叶う。守護(しゅご)は、想いの人に、常に有り』の吉は、いつも身に付けているように、財布(さいふ)に入れて置き、『強く願えば、吉に転(てん)ずる。想いは、近付かず』の末吉の御神籤は、神様へ良い縁を結んで貰(もら)えるように願いを込めて、境内の手近な枝に結ぶ。

 例え、迷信で有ろうとも、厄払(やくばら)いができて、神様と縁が結ばれ、多くの幸いに恵(めぐ)まれたいと思う。

 『勉強の御願いは、これに触らないと叶わないよ』と、お姉ちゃんは、私を境内の脇の人だかりがしている、傍(かたわ)らの立て札に、『夢牛(ゆめうし)』と記(しる)された、丸まって眠る牛へと連れて行く。

 さっき、あいつ達も、触れていた牛の苔生(こけむ)す石像だ。

 お姉ちゃんは、偶像崇拝(ぐうぞうすうはい)っぽいけど、何にでも宿(やど)り、幾つに分身しても、全部が同じ力を持つ、それが日本の神様達だからと説明して、私に合格御願いを呟(つぶや)きさせながら、『夢牛』さんの冷たい額(ひたい)を撫(な)でさせた。

 『夢牛』さんを撫でた後は、お姉ちゃんと絵馬を掛ける。

 さっき、お姉ちゃんに『夢牛』さんへ連れて行かれる時に、あいつらが、絵馬を掛け終わって境内から出て行くのを見ていた。

 あいつが掛けた場所へ行き、私は、あいつの絵馬を探す。

 あいつの、変形させた太い文字が、5角形の隅々まで黒々と埋め尽(つ)くして書かれた、人目(ひとめ)を引く絵馬は直ぐに見付かった。

 あいつが掛けた絵馬の掛け紐(ひも)の結び目を解(ほど)いて、私は、あいつの絵馬に私の絵馬を重ねて縛(しば)り直した。そして、結び直して掛けた二(ふた)つの絵馬に、そっと、呪文を添(そ)える。

「二人の願いは、二人の為に! 二人とも合格して、幸せでありますように! かしこみ、かしこみ」

 これで、祈願力は2倍、いや、2乗するから、あいつも大丈夫だろう。

 もし、あいつが転(こ)けても、あいつの祈願力は、私へ回されて合格できると思う。

【明けまして、おめでとうございます♪ 大願成就の年でありますように。言霊には気を付けなさいよ】

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【言霊って、ソレ、迷信じゃ?】

 言霊は、迷信と違う。

 根拠の無い反道徳的な知識や信仰で、日常生活に実害を為す迷信ではなくて、言霊は、暗示や諭(さと)しや願いだ。

 極(きわ)め付けの迷信は、『丑(うし)の刻(こく)参り』だ。

 丑の刻参りセットの白衣を着て、頭に嵌(は)めた鉄の輪っぱに挿(さ)した蝋燭(ろうそく)に火を灯(とも)し、鏡を胸に掛け、朱(しゅ)で顔や体を塗(ぬ)り、七日(なのか)の間、午前2時の丑の刻に神社へ負(ふ)の願いを参る。

 人知れず、人に見られず、無言で、境内(けいだい)の樹木に憎(にく)い相手の死や不幸を願いながら、藁(わら)人形を釘で打ち付けて呪う。

 しかし、それだけだと、準備と作法の気遣(きづか)いをして手間と日数を掛ける割りに、効果は薄い。

 夜な夜な神社の境内で、丑の刻参りセットを使って打ち付けている藁人形の中に、呪う相手の髪の毛と写真・住所・氏名・生年月日など、呪う相手本人の情報を記載した紙片も入れ、更に呪詛した事を呪う相手へ、電話越しや録音ボイスや呪う行為の実写真入りの文章で知らせなければ、余り効果は期待できない。

 無論、匿名(とくめい)か、無記名で知らせる。

 過激な手段で、不気味に呪われている事を知った相手は、日常的な些細(ささい)なアクシデントまで不吉なマイナスで捕(と)らえるようになる。

 マイナスはマイナスを呼(よ)び招(まね)き、マイナスを増長(ぞうちょう)してしまう。

 上手く回らない物事は全て立ち行かなくなり、心身ともに疲れ果て、病(やまい)に陥(おちい)った相手は、やがて死に至(いた)ってしまうだろう。

 それ故(ゆえ)に、言葉は慎重に選ばれて発せなければならない。

【そうかもね。でも、私は信じて、気を付けてるよ。それじゃ、おやすみなさい。かしこ】

 せっかく、信心深い言霊を教えたのだから、気持ちを新(あらた)める意味で、『かしこ』を末尾に添えた。

【ありがとう。僕も、言霊に気を付けるよ。では、合格発表が出るまで。恐惶敬白(きょうこうけいはく)】

(おっ! 『恐惶敬白』だなんて、やるなぁ、あいつ)

 なんだか、ボケとツッコミの相方(あいかた)っぽくて楽しい。それに、意外と博学(はくがく)だ。

 既に、おまじないが効(き)いているのかも知れない。

 これなら、きっと、二人は志望校へ合格する!


 つづく

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