第8話 心の狭い偏見持ちの性格ブスなの? (私 中学3年生) 『希薄な赤い糸・女子編』

 コーラス祭が開催された日の夜に、私は考え悩(なや)んだ末に、律儀(りちぎ)に通っていたピアノ教室を、高校入試の受験勉強に集中したいという言い訳を添(そ)えて、前期の教練の半(なか)ばで辞(や)める決心をした。

 受験を理由に、ピアノ教室を辞める旨(むね)を告(つ)げると、お母さんは悲(かな)しそうな顔をして、私に思い留(とど)まるように諭(さと)した。

 才能の無さに気付(きづ)かされ、モチベーションは上がらなくて、もう、メンタルに限界なのと、泣きながら本当の事を話すと、『今は、おまえが、それで良いのなら』と、お父さんは納得(なっとく)して、お母さんを説得(せっとく)してくれた。

 それほど、ピアノに励(はげ)む私を、両親が喜(よろこ)んでいてくれたかと思うと、寂(さび)しくなって続けようかと考えてしまう。

 けれど、限界を感じて見えてしまった、悲しい現実はどうにもならない。

 我(わ)が儘(まま)な私は、ピアノを処分(しょぶん)してケジメを着けたかったのだけど、両親の強い意向(いこう)で私の指に馴染(なじ)んで大切にしていたアップライトピアノは、処分せずに、いつでも気が向いたら弾(ひ)けるように、今まで通り、私の部屋へ置かれたままにする事になった。

     *

 コーラス祭以後も、あいつは以前と同じで、廊下や階段で擦(す)れ違ったり、登下校や下駄箱で近くになっても、ちょっとした目配(めくば)せも無く、無表情で挨拶の一言(ひとこと)も掛けては来やしない。

 それは私も同じだけど、無表情なあいつの態度に、ポーカーフェイスを崩して、私から微笑(ほほえ)む事はできなかった。

 挨拶ぐらいしてくれば、明るく返礼しようと思っているのに。

 ただ、私からはアクションしたくない。

 あいつから先に、動くのが筋でしょう。

(メールでは、大胆なくせに、近くにいる時でも、あいつは話し掛けて来やしない。ヘタレな奴!)

 ヘタレな奴……? でも、本当に、あいつはヘタレなのだろうか?

 記憶を探(さぐ)りながら、あいつが、ヘタレかどうか、過去に問う。

(違う、ヘタレじゃないでしょう。あいつは、私以外には、ヘタレじゃないよね。私だけに、ヘタレなんだ……)

 美術作品に見られる、あいつの発想力や造り上げる根気。

 コーラス祭での大胆な意志表示に、音痴な歌唱を克服(こくふく)していたし、去年の体育祭では、驚きのリズム感で終始フォークダンスをリードされた。

 それらは、困難から逃げ続けるヘタレじゃ成しえない事だと思っている。

 あいつは、根気と努力で結果を出している。

(あいつは、ヘタレなんかじゃない! リアルじゃ、私だけを避けて、私だけから逃げる、私だけのヘタレだ!)

 あいつが、私の後ろ姿を描いた鉛筆画で、クラスのみんなに二人(ふたり)の仲を勘繰(かんぐ)られている時でも、横の席に座るあいつは、我間接(われかんせつ)ずの弁明(べんめい)などはしなくて、見えない、言わない、聞こえないのフリに徹(てっ)していた。

 その時は、イザという時でも、逃げて、知らん顔をする、薄情な奴靴かも知れないと、私は、あいつを疑っていたけれど、他クラスの女子達に言い詰められて、困り果てていた私を、あいつは救ってくれた。

 フォークダンスでは、無言の見詰め合いをして、二人には何か有るのではと、みんなから思われてしまう。

 ステージで私を指差して歌うあいつに、真っ先に立ち上がり、私一人(ひとり)が拍手で応(こた)えたコーラス祭は、私とあいつの関係を、全校の生徒と先生に誤(あやま)った認知をさせる結果になってしまった。

 あいつが私に告白しただけで、その想いに私は応(おう)じていない。

 みんなが勘繰って、想像するような事は一(ひと)つも無い。

 付き合うどころか、私はメール以外を拒絶している。

 それなのに、私の意志や思いや実情に関係無く、あいつとの仲は、公認されたみたいになり、二人は密(ひそ)かに交際していると囁(ささや)かれている。

 今じゃあ、下足箱(げそくばこ)に、手紙が入る事も無くなって、少し詰まらない。

     *

【性格ブスのほうが、余っ程(よっぽど)、醜(みにく)いと思うけどなぁ】

 『あんたのブス判断は、なんなの? 顔? スタイル? そんな外観重視?』と、あいつのちょっとした素行が気になって訊いてみたら、即行(そっこう)で回答された。

 性格ブス……。

 たぶん、素直になれない私は性格ブスだ、……と思う。

 あいつも気付いているだろう。

 でも、認めたくない。

 或(あ)る日、あいつのクラスの前を通ると、開いたドアの向こうに三人の女子達と楽しそうに話すあいつが見えた。

 私へ話し掛けるのは、駄目出ししているから、あいつは楽しげなメールを打って来る事は有っても、今、ドア向こうに見えるような親しげな態度を、私への見せた事は無いし、睦(むつ)まじいムードになる事も無かった。

 きっと、私に拒絶されるのを、恐れていると思う。

(まあ、私は、誰にでも、無情で、無愛想なんだけどね)

 あいつと話す三人は、男子から嫌われている女子達だった。

 私が、拒絶してつれない態度をとるから、あいつは、他の女子と親しくしているのかもと思っていた。

 些細(ささい)な事から、みんなは、一部の男子や女子をスケープゴートにする。

 灰汁(あく)の強い数人の生徒から始まるそれは、他の同じ目に遭(あ)いたくない生徒達も加担(かたん)して、標的(ひょうてき)にされた犠牲者を、生(い)け贄(にえ)や身替わりのように除(の)け者にして、執拗(しつよう)に陰湿(いんしつ)な虐(いじ)めを続けた。

 学校やクラスのような、単純で狭い閉鎖的な組織や空間では、虐めは加速されて酷くなる。

 そして過激な虐めは、時として深刻で悲惨な結末を迎えてしまう。

 思春期の不透明な現実や未来への不安と不自由さは、遣る瀬無さの捌(は)け口にスケープゴートを求めて、自分に経験の無い痛みを与え、鬱憤(うっぷん)と可哀想(かわいそう)の葛藤(かっとう)を常に求めていた。

 虐めの理由はどうでも良いような、ほんの小さな、気にもならない出来事や容姿にこじつけたことばかりだった。

 ブスだとか、目付きが悪いとか、不潔っぽくて臭いとか、服がダサいとか、無口でおとなしいしくて、ちょっとオドオドしているとか、薄気味悪いとか、成績が悪いからバカだとか、動作が鈍くてトロいとか、そんなのばかりだ。

 些細な言葉尻や言い間違いの揚(あ)げ足取りとか、まるで待ち構えていたかの様に中傷がしつこく繰り返されて、虐めが始って行く。

 背丈や体格などの外見、それに、本当にとんでもない事だが、虐める側達基準の、身体的欠点…… 欠損や不自由な部位、疾病(しっぺい)に虚弱(きょじゃく)体質、アレルギーや色素の違いまでも…… 見下す対象になる。

 他にも、どこそこの出身だとか、何人だとか、本人が抗えない、どう仕様も無い事までネタにする。

 全く、酷い言い掛かりばかりで許せないが、私が知る限り、そういうのに、あいつが加わっているのを見たり、聞いたりした事はなかった。

 三人の帰宅方向は、あいつといっしょで、時々、四人で小立野(こだつの)3丁目の旧道へ歩いて行くのを見掛けたていた。

(なんで、私が歩く、向かい側や、近くの後ろにいないのよ!)

 性格ブスの私は、それを見る度に、ムカついて毒突(どくづ)く。

(あんた、私が好きなんじゃないの? バカ!)

【あんた、私をやめて、他の女子達にしたの?】

 初っ端(しょっぱな)から、ストレートど真ん中勝負でいく。

 別に、あいつが、勝手に他の女子を好きになれば良いのだけど、私に黙って……、断り無しに、……乗り換えられるのは面白くない。

 あいつは、ちゃんと、私に御詫(おわ)びと御礼を言ってから、去るのがケジメだろうと思った。

 コーラス祭以後、女子と話すあいつを見掛ける事が多くなった……。

 あいつに話し掛ける女子が増えている……、そんな気がする。

【違うけれど、なぜ、そう思うわけ?】

 あいつの返信は、私を苛立(いらだ)たせ、私の不快なプレッシャーとジレンマを、あいつへぶつけさせる。

【あんた、八方美人(はっぽうびじん)でしょう?】

(いきなり、こんなメールを送られても、返答に困るだけだろうな?)

 そう思うけれど、イラつく私は、問い質(ただ)さずにはいられない。

 コーラス祭で全校の女子は、あいつが好きなのは、私だって知ったはずなのに、明るく声を掛けて、あいつと楽しそうに話す女子が腹立たしい。

 それを、嬉(うれ)しそうに応じて、ヘラヘラと笑顔で受け応えするあいつには、もっとムカついた。

 先日の野外学習で行われた長距離歩行でもそうだった。

 終始、あいつは私の後ろの方を歩いていて、最初は五(ご)、六人(ろくにん)の男子だけの連れ合いだったのに、キャッキャッと聞こえて来る。

 騒がしい声に振り向くと、多くの女子が加わって十五(じゅうご)、六人(ろくにん)ほどのグループになっていた。

 その煩(わずら)わしい声達の中心に、女子達に取り囲(かこ)まれて笑いながら楽しそうに話している、あいつがいた。

【……そうかも知れない。そんなところが、有ると思う。でも…… なぜ、そう思うの?】

 素直に認めるのが、気にいらない。しかも、また、質問で返してくる。

(やっぱり、八方美人だ)

 あいつから、女子に話し掛けていないのを、知っているのに……、なんか厭だ!

【あんたのクラスに、まわりから嫌われて、避けられている、三人の女子がいるでしょう。あんたがその子らと、いっしょに帰っているって、噂(うわさ)になっているよ】

 自分を心の狭い女だと思った。

(きっと今、私のメールを読んでいるあいつも、私を、そう思っているだろう)

 あいつは、どうでもいいメル友で、それ以上でも、それ以下でもない。でも、私を好きな癖に、他の女子と親しげに楽しく話す、あいつの態度は、とても、私をイラつかせた。

【それで?】

(それでって……。どうして、察(さっ)してくれないの?)

 私を心の狭い女にさせてまで、こんなメールを打たせる理由が解らないのだろうか?

【この前、見たよ。その、三人の女子と、あんたが、教室で楽しそうに話しているのをさ】

 うろたえるあいつが、言葉詰まりの返信をして来ると思う。

 そんな、言い訳じみたメールに期待した。

【君には、どう見えたの?】

(うっ! なぜ、そう返して来る? どう見えたか、分かるでしょう?)

 予想に反して、冷静なあいつのメールに、ワザと鈍(にぶ)い振りをして、惚(とぼ)けていると思った。

【親しそうに見えた。付き合っているんじゃないかって?】

(ここまで打たせないでよ。ふつう、察するわよね?)

【三人と?】

 絶対、ワザとボケていると分かった。

 あいつは、惚けながら楽しんでいる。

 トライアングラー以上なんて、あいつに有り得ない。

 あいつに問い質すだけだったのに、今、追い込まれているのは、私の方だ!

【そう……】

 あいつに遊ばれていると知っても、このまま引き下がれない。

【でね、思ったの。あんたは、誰でも、好きになるんだなって?】

(くそう、何、この遣り取りは……。私が、ジェラシーいっぱいにしか思われないじゃない)

 あいつを気にする私を否定したい。

 このまま心が狭い女と思われて、私はあいつに嫌われれば良いと思った。

【あの子たちは、みんなに嫌われているじゃない。あんたは、そんな子らと仲良しで、良く付き合っているなって?】

(あーあ、送信しちゃったよ。このまま、あいつに、嫌われるしかないか……)

 これで、『心が狭い』に、『厭な』が加わった、私が望む、鼻持ちなら無い女の子になってしまった。

 なのに、あいつに嫌われたくない、私がいる。

(あいつを、拒絶した私が、あいつを、フラなくちゃならないのに、嫌われるなんて……)

【みんなじゃない。嫌っていない人達もいるよ】

(違う! 私が読みたいのは、こんな言葉じゃない! 知りたいのよ……。ただ、あんたを、確かめたいだけなのに……)

 いつまで経(た)っても、望む回答をよこさないあいつに、私は結末を急(いそ)ぐ。

【いないよ! みんな嫌っているよ! あんたも、そっち側だったんだ!】

『心の狭い厭な女』に、更に、『偏見持ち』も、プラスされた。

【ふ~ん、そう見えたのか。だけど、恋愛感情じゃないよ。クラスメートじゃん。それに、なぜ、嫌う必要があるの? そういう仕切りや、壁を作らないといけないのかなぁ?】

 本当は私も、彼女達を嫌っていない。でも、人を括(くく)る仕切りの柵(さく)じゃなくて、他人に括られて勝手に引かれる境界線(きょうかいせん)とも違う、他人を寄せ付けない自(みずか)ら構築(こうちく)する壁を、私は持っている。

 友達は……、親友や心の友と呼べる子はいないと思う。

 学校や通学路で、挨拶を交(か)わしたり、勉強や学校行事などの公(おおやけ)なテーマで、意見や相談したりする程度の子はいる。

 そもそも、友達の仕切りや枠やボーダーラインが分からない。それに、大抵の事柄や悩みの相談は、お姉ちゃんやお母さんにしていて、二人から真剣に構(かま)って貰っていた。

 少なくても、互いの家へ遊びに行ったり、放課後に、いっしょに出掛けたりするような親しい子は、一人もできなかったし、拵(こしら)えてもいなかった。

【彼女達を、嫌う人達がいるかも知れないけれど、僕には、嫌う理由が無いよ。彼女達は、僕に酷いことをしていないし、悪口や陰口も、言ってはいない。避けたり、嫌ったりする事はできないよ】

 必ずと言って良い程、大抵のクラスに仲間外れにされたり、虐められたりする子が、男子も、女子も、一人か、二人はいる。

 虐めでも、慰(なぐさ)み者にするだけの甚振(いたぶ)りは、陰湿で質(たち)が悪い。

 それは、傍(はた)から見ていても、普通のふざけ合いにしか見えないように装(よそお)っているから、気付き難(にく)くて救いの手が差し伸べられる事も無く、特に悲惨な結末に至(いた)り易(やす)くなっている。

 慰みの対象も、無口で孤立的な子だったり、賢(かしこ)くて真面目だけど、ひ弱(よわ)だったり、勉強ができないバカっぽい子だったり、細身や肥満な体格や背丈の低い子だったり、身の回りや容姿を構わない不潔そうな子だったり、不細工が意味も無く、移りそうだと言われる子だったり、いずれも、大人しくて自己主張をしない内向的な、ただ、直向(ひたむ)きに耐えるだけの、そんな、陵辱(りょうじょく)されそうな要因を持っている子達だった。

 そして大人しくても、毎回、そこそこ逆(さか)らう、でも、全然弱くて、ちょっと脅(おど)したり、小(こ)衝(づ)いたりするだけで、嫌々でも言う事を効(き)く子なら、色々と面白(おもしろ)くて陰湿に虐め通せるから、最高に楽しい。

 虐める側は一般的に男女とも、三(さん)、四人(よにん)から五、六人のグループで、リーダーの冷(ひ)やかしや、からかいの蔑視と虐めの言動を、更に、いきなり加える仕打ちの暴力を、同調する取り巻き連中が囃(はや)し立て実行に加わっている。

 こいつらは、厭らしい奴らばかりだ。

 それに、家庭や行動環境にも問題が有りそうだ。

 クラスの過半数は普通っぽく? 事勿(ことなか)れ主義者ばかりで、自分が虐めの対象になりたくないから、見て見ぬフリや賛同して、楽しんでいるフリをする。

(……たく、どいつも、こいつも、哀(あわ)れっぽくて、悲しい奴等ばかりだわ。……はあぁ……)

【いつものように、彼女達と日常の挨拶を交わし、何気ない会話をしているだけ。ダチと話すような話

題ばかりで、毎日が、そんな繰り返しばかりだよ】

 聞いても、見ても、思っても、虐めなんて溜息しか出て来ない。

(加害者になる事も、被害者になる事も、考えたくない)

 孤立的で無口なのは、私も、同じだけど、私の性格を知らずに言い寄って来る男子が多いのと、それを、次々と無碍に断っているのが、言動が予測できない気丈でアウトローみたいな女と思われているらしく、虐められる事は無いけれど、誰も、仲良くして来ようともしない。

 私は、虐められている子達の孤立を強めるように避ける事は無いけれど、それは、クラスメートとして最低必要限度の行動や言葉のみの接触で、庇(かば)ったり、助ける事はしないし、あいつのように、積極的な優しさでのフレンドリーにもなれなかった。

 私も、クラスの過半数と同じで、事勿(ことなか)れ主義の卑(いや)しいヘナチョコのカス女だ。

 2年生での、他クラスの女子達に囲まれた時、私が机を叩(たた)いて立ち上がらなければ……、そして、間を置かずに、机と椅子を蹴(け)り倒(たお)して立ったあいつが、立ち上がった私を睨(にら)まなければ……、今の私は、虐めを受る側になっていたかも知れない。

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 珍しく、家族四人が揃った晩御飯の食卓で、学校での虐めが、話題になった事が有った。

「テレビのニュースやインターネットを見ていると、酷い虐めが多くなっているよねぇ。あんた達は、大丈夫(だいじょうぶ)なの? クラスの中にも、虐めを受けている子がいるんじゃないの? ねぇ、いないの?」

 見た番組か、ニュースか、知らないけれど、見たのがショックだったらしく、お母さんが、私とお姉ちゃんを見て訊いて来た。

「いるよ。虐めっていうより、関(かか)わり合いたくない、友達になりたくないって感じかな。嫌(いや)がらせ的な酷い虐めは、あたしのいたクラスには無かったよ。ねぇ、あんたも、性格がドライだから、虐められているんじゃないの? なんかされたら、あたしに言いなさいよ。ケジメを付けさせて遣るから」

 お姉ちゃんは、不器用な性格の私を心配してくれている。

(……っていうか、お姉ちゃんの実情を知らないけど、お姉ちゃんは、クラスで幅を利(き)かせていそうだ)

 私も、暴力や悪戯(いたずら)の虐めは受けていないけれど、敬遠はされている。

「ううん、そんな事は無いよ。大丈夫だから」

(避(さ)けられているのは、『あいつは、ヤバい』って感じに思われている所為だろうな。それに、守ってくれる男子がいる事も、知られちゃったしね)

 いくら、強い意志を持って虐められないようにしていても、売り言葉に買い言葉で、引っ込みが付かなくなり、和解なんて有り得なくなる。

 やがて、勝ち負けと強弱がはっきりして来ると、主従関係が出来上がってしまう。

 抵抗しても、力の差が明らかになれば、どうしょうもなくて逆らえなくなる。

 王様や女王様気取りで命令する側と、渇上(かつあ)げされてパシらされる慰み者側に分けられてしまう。

 大人達の言う、『相談しろ』とか、『抗(あらが)い続けろ』なんて、既に虐められている子には無意味で、もう遅い。

(『耐(た)えろ』や『我慢しろ』の言葉や文字が、無責任で悲し過ぎる無意味さに思えて、ちゃんちゃら可笑(おか)しくて叫びも、涙も、出ないわ。そんな、助けにならないアドバイスなんて、酷過(ひどす)ぎでしょう。言った大人達、人間辞(や)めてよ!)

 虐めなんてファシズムみたいなもんだから、反逆のクーデターを起こしてイニシアチブを奪うか、抗わず戦犯の様に惨めに処刑されるか、それとも、支配されない処へ逃げるしかないんだと思う。

 それも何処(どこ)か、誰も来られない遠い所へ逃げたり、隠れたりして……。

 だけど逃げて隠れるのは、間違えた自由を求めて、飛んでしまうかも知れず、自由になれたのかも気付けない。

(逆に、戦うなら、重罪を犯す覚悟で、相手を徹底的に痛めつけなければならない。飛ぶ覚悟まで追い詰められたのなら、何度でも虐めた相手に、卑怯な待ち伏せや、罠や、放火で危害を加えられると思う)

「ねぇ、お父さん。虐められたら、学校に相談すればいいの?」

 家族の中で社会的に1番経験値が高いと思う、お父さんへ訊いてみた。

 お姉ちゃんとお母さんも、お父さんを見る。

 私の思慮深いお父さんは、ちょっと考えてから口を開いた。

「どんなに陰湿、陰険に虐められても、学校の先生に相談するのは、期待ハズレになるだけだぞ。相談してから日数ばかりが経過するだけさ。挙句に、何の対策にもならない教育指導という建前(たてまえ)の注意だけになるだろう。もしかして、おふざけのじゃれ合いで、虐めじゃないって判断されるかも知れない。それに、先生に相談した事が相手に知れて、より酷く、虐められてしまうに決まっている」

 確かに、そうなる可能性は否定できないし、そうなる事の方が多いと思う。

「なんせ、殆(ほとん)どの先生は、大学までの在学期間と学校の教鞭以外に、外の世界を経験していなくて知らないから、根本的に無理で無駄(むだ)だ。アルバイトで働いた経験が有ると言う先生もいるだろうが、小遣い稼ぎと生活の糧に働くのでは、仕事内容と責任のシビアさが全然違う。大体、痛みや苦しさを理解できるのか疑問だな。虐めは、止(や)まなくて何の解決にも至らないさ。更に、体育系の先生は理論分析よりも、精神力のモチベーションを主張するから、全く、虐め被害と噛み合わないし、事態を根深くして、悪化させてしまうんじゃないの」

 『先輩達が遣って来たから、俺達も遣る。それが伝統だ』と、言い切って、当たり前のように、縦の主従関係で力尽(ちからづ)くによる強要と制裁ばかりを繰(く)り返す、そんなイメージが体育系だ。

「そうだねー。事勿れ主義や何かの資料本か、事例集で読んだか、見て知ったか。……そんなモノを、押し付けて来るのばっかだよ……。授業のカリキュラムを熟(こ)なすのに、先生方は忙(いそが)しいから、真面目(まじめ)に学んで、ケアする時間なんて無いと思うよ。それに、どうせ、生徒は3年もしたら、卒業していなくなっちゃうんだからね」

 お姉ちゃんは、さらっと、辛辣(しんらつ)な事を言う。

「あのね。先生達って、タバコ吸う人が多いじゃない。最近じゃ、校舎と学校の敷地全体が禁煙(きんえん)エリアだから、職員室や指導室では、生徒の手前と世間の流れからも、タバコを吸えないから、先生は喫煙(きつえん)場所へ行って吸うしかないでしょう。あれって、タバコを吸わない先生にすれば、サボっている怠(なま)け者だよね」

 確かに、タバコを吸っている先生は、多いけれど……、お姉ちゃんが話を、先生の喫煙に変えた意味が分からずに、私は首を傾(かし)げた。

「授業では、生徒の誰かを指名して答えさせるでしょう。あれは、手抜(てぬ)きだよね。生徒に答えさせたり、順番に読ませたり、対話式で授業を進めるなんて、進学校の先生として、教えて習わせる内容を曖昧にさせるだけだと、私は思うの。宿題もそうよ。いらないでしょう。進学校なら、大学受験の科目を担当する先生は、過去の受験問題の傾向から、良く出題される部分を重点的に、そして、理解し易い授業にするべきで、その為の努力や研究を先生はしなくちゃいけないよねぇ」

(なるほど……、だから……)

「だから、生徒に答えさせる時間も、宿題の採点をする時間も、タバコを吸う時間も、先生のすべき事を考えると、無いはずなのよ! そうでしょう、ねえ、お父さん?」

 先生達は、よく、『忙(いそが)しいから時間が無い』と言うけれど、自分達の日常を見直さず、何も改善させないで、自ら時間を失っている事に気付けないのだろうか?

「お姉ちゃんの言う事は、少し、強引なところが有るけれど、大抵は、該当(がいとう)しているな。どうして、学校の授業は、学習塾のようにできないのだろうな?」

 学校の授業が、学習塾や進学塾のような指導内容になれば、単純に全体の学力は向上すると思うけれど、教育組織上の弊害(へいがい)が有って、問題は複雑なのだろうと、中学三年生なりに考えた。

「お父さんにとって、学校の先生は、自分の将来像の反面教師だったよ」

 お姉ちゃんの言い分には、そうだと思うし、お父さんの、この一言にも、私も納得だ。

 お父さんにも、何か、トラウマ的な過去が有るのかも知れない。

「警察も、事件にならないと動かないから、予防できなくて、悲劇は防げずに、発生してしまう。それじゃあ、全てが遅いんだわ。とにかく、あんた達は、虐めに合ったら、ちゃんと、親に知らせなさいよ。直ぐに、何とかしてあげるから、わかったわね!」

 お母さんは、私とお姉ちゃんの顔を見て、真剣に言う。

 先にお姉ちゃんへ知らせて、相談すると思うけど、お父さんとお母さんは、絶対に私達を助けてくれると信じている。

「私は先生を信じていなかったわ。だって言葉も、行動も、上辺だけで軽いのよ。考えや方針だって直ぐにブレるし、そのクセ、生徒達の意見は聞かず、頑迷(がんめい)だったわね」

 お母さんのいう先生は、老若男女(ろうにゃくなんにょ)を通して確かに多く、物事を深読(ふかよ)みできずに浅(あさ)はかだった。

 事務的に徹(てっ)すれば良いのに、人気取(にんきと)りを目論(もくろ)む辺りが幼稚(ようち)で笑えた。

 そんな先生達が、虐められて苦しんでいる生徒を親身(しんみ)になって救えるはずがないでしょう。

 私の両親は、もしも虐めが酷くなれば、登校をさせなくて、どちらかの住所を移してでも転校を強行させると思う。

 例えば、能登(のと)の御里(おさと)近くの学校へ、転校させてしまうくらいへっちゃらだ。

「大丈夫だよ。お母さん、お父さん。家(うち)は親にも、子供にも、意見や相談ができない家族じゃないでしょう」

 全く、お姉ちゃんの言う通りだ。

 私は、家族に守られているのを良く解っている。それに、あいつも、窮地(きゅうち)から救い出しに来てくれるはずだ。

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 続け様に、あいつのメールが着信する。

【僕が、彼女達を嫌わない故(ゆえ)に、除け者にされたり、嫌がらせを受けたりしても、僕は気にしないし、構わないよ。それに、僕の友人達は、そんなくだらない事で、僕を避けたりしない】

(知ってるよ……。あんたも、あんたの友達も、意味も無く差別するような、チンケでセコイ男じゃないって事ぐらい、分かってるよ)

 不安な思いを、そのまま返信しようか、どうしようかと、迷う内に、更に、メールの遣り取りを終息させるような1通が届いた。

【そういう普通な事が、偏った意識を持って見ると、そう映(うつ)るんだね。それは、悲しい事だと思うよ】

 私の心の狭さが、指摘されている……。

 私の欲しい言葉を誘(さそ)う為の、私のメールが、鈍いあいつの所為で、私は追い込まれている……。

【私の、見方と意識が、偏っているって言うの?】

 これで、更に、私を責(せ)めるメールを遣(よこ)すなら、それまでの事だ。

 心の狭い卑しい女と、思われたままでも構わない。

 決定的な、拒絶で断絶してやる。

(……でも、お願い……、違うの。私を誤解しないで!)

 スマートフォンが震えながら歌い、あいつからの、最後になるだろうメールの着信を知らせた。

 期待に反した、言葉違いだったら、『もう、返信しなくてもいいよ。メールを遣さないでいいから。これっきりね』と、永遠(とわ)にさようならをするつもりだった。

【君の事じゃない。僕が好きな女の子は、一人しかいない。知っているだろ】

(テンパった気持ちギリギリに、やっと来た! この文字が見たかったの!)

 あいつにとっての、……私の存在位置は再確認できた。

 もう、メールは充分だ。

 これで私が、『誰を、知っているっていうの?』なんて送って、『それは、君に決まっているだろ。大好きです』と戻されたら、どう返信しても、返信しなくても、どんな、否定と拒絶を文字にして加えても、私が、あいつへ好意を持っていると、あいつの都合の良いように受け入れられてしまうだろう。

(もういい……。ちょっぴり安心したかも……)

 蟠(わだかま)っていた気持ちは、落ち着いたからメールを打つのを止めた。

 これ以上続けると、まだ、『好き』という気持ちを、あいつに寄せても、抱(いだ)いてもいない私は、きっと、あいつを断絶するしかなくなると思う。

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「例え、虐めに抗う時でも、虐めるつもりじゃない罵りでも、相手の命に関わる言葉や、身体的障害を中傷する言葉を使うもんじゃないぞ! 分かっているよな」

 家族四人が揃った食卓での虐めの話題の終わりに、お父さんは私とお姉ちゃんにそう言った。

「それって、『死ね』とか?」

 お姉ちゃんが問うと、お父さんは頷いて言う。

「そうだ、命に関わる酷い罵りは、『死ね』、『死ねば』、『自殺しろ』、『いなくなれ』、『透明人間』とかで、本当にそうされたらどうするんだ。その時の覚悟は、罵りを言った本人に有るのかってところだ。『私が追い詰めて死なせました!』と言い切れる程、正当化できるのか? 一時(いっとき)の激高(げっこう)の気晴らし言葉が、一生の負い目と罪悪感を齎(もたら)してしまうんだぞ!」

 確かにそうだ。

 思春期の私達は、思春期症候群という感受性が強くて敏感な妄想と被害意識の真っ最中だ。

 ほんの些細な言葉や態度に傷付けられて、衝動的に自らの命で清算しそうになってしまう。

(きっと、間違った自由へ飛んでも、それは、永遠の逃避で、求めた自由へ至る事ができないままだ。例え、違う意味の自由を得たとしても、それを意識できずに、全ては、終わってしまうんだろうなぁ)

「身体の見てくれへの、中傷もするなよ。他人は、自分と同じじゃない。はっきりとジョークだと分かったり、ジョークだと補足できなかったりするような、言葉は言うな。自分は平気だと思っていても、相手は真剣に悩んでいるのかも知れないぞ。顔や手足の痣や、手術痕に火傷痕、髪や眉毛や体毛の量や色や形、指などの部位欠損に、身体の不自由さ、五感の違い、体力の無さや内臓疾患や体質改善の薬の飲用などなど、それらは、治療中かも知れないし、もう、治療できない状態かも知れなくて、一般の健康的な人達には、理解され難(にく)いのだからな」

(勉強が出来ない頭の悪さも、それに入るのだろうか?)

 学校の勉強が出来なくても、大人の社会で充分に通用する才能が有るかも知れない。

所詮、学校の勉強なんて、企画化したシチズン造りを目的とした、一側面からの修学システムに過ぎない。

「あと、持ち物や服装も、中傷したり、からかったりするなよ。人それぞれ、家庭の事情ってモノが有るし、好みや趣味かも知れない。より良いモノや、より良くなるように薦めてもいいけれど、強制やしつこさは、不和を招くだけだから、気を付けろ」

 隣で黙って聞いていたお母さんも、『そうよ、お父さんの言うとおり、気を付けなさい』と、お姉ちゃんと私を見ている。

「大丈夫よ。そんな私じゃない事は、お母さんも、お父さんも、良く知っているよね。大事にされている事も分かってるよ」

 笑顔で言う、お姉ちゃんは両親をフツーに安心させていたから、それじゃあ、私もって、笑いながら言ってみる。

「うん、苛めたいのは一人だけど、そいつは苛めから、私を守ってくれているから、心配しないで」

『そうかぁ』、『問題無いから』、『良かったわ』と、話していたお母さんと、お父さんと、お姉ちゃんの声が消えて、三人が一斉に私を見た。

「なにそれ?」

 お母さんが、首を傾げて訊いて来た。

「虐めたい誰かがいるけれど、そいつは、お前を虐めから守ってくれているのか? 何故(なぜ)だ?」

 身をテーブルへ乗り出したお父さんに訊かれた。

 訊きたい事は、お母さんと同じだと思う。

「ふぅ~ん! それ、男の子でしょう。あんたの事が好きなのね。それで、あんたも気が置けないのね」

(よっ、読まれた! やっぱ、侮(あなど)れないわぁ、お姉ちゃんのスキルは……)

「なっ、なにぃ! すっ、好きな男子がいるのか? そいつは、お前を好きなのか?」

 更に、身を乗り出したお父さんが、間近でズレた事を言って来る。

 私絡みのイジメへの心配は、言葉にガーディアンもどきを出現させた時点で、何処かへ飛ばされて、カレ、カノの関係の尋問(じんもん)っぽくなって行く。

 ちょっと声が震えて、近付けた表情に、『もう、そんな年頃になってしまったか?』の驚きと、『信じられない』とか、『嘘ですって言ってくれ』の否定が、まざまざと現れている。

(愛娘(まなむすめ)を案じる気持ちは、良く分かるけど、近過ぎだよ。お父さん)

「違うって、あいつの片想いだよ。私は……、全然好きじゃないしぃ……」

 お父さんの驚愕した顔に、さっと明るさが差したけれど、直ぐに曇って行く。

「お前に片想い……?! あいつって……。やはり、男子なのかぁ……」

(ヤバイ! 疑っている。早く、完全否定しないと、先入観で誤解されてしまう)

「あなたに片想いしている男子を、あなたは避けてるのね。でも、その子は、あなたに気遣いをしてくれるのでしょう。あなたは、それがジレンマになって、その子を虐めたくなっているのよね」

「いいわよ。御家(おうち)へ連れて来なさいよ。見定めてあげるから」

 ニコニコと笑いながら、お母さんが発展的な事を言う。

「この際、あんた、その子と、お付き合いしちゃえばいいじゃん」

 お姉ちゃんが、余計な事を言いながら、興味津々(しんしん)な顔で覗き込んで来る。

(あーん、しまったぁー。完璧にボケを咬(か)まして、突っ込まれ捲くりになっちゃったよ)

「もう、絶対に、全然、違うっちゅうの!」

 これは、お父さんがしてはいけない事だと戒(いまし)めて、家族四人が納得して賛同した問題定義の部分と同じでしょう。

 家族による末娘の人生への中傷で、からかいで、虐めだ。

 これを毎日の食卓で話題にされたら、グレてプチ家出して遣るからとマジに思った!


 つづく

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