第7話 スタンディングオベーションと希薄な赤い糸(私 中学3年生)『希薄な赤い糸・女子編』
ピアノ演奏で、得意な曲が10曲ほど有っても、全然ダメだ。
ただ、弾(ひ)きたい曲だけを、遊び半分で習っていただけの私は、基礎が全(まった)く解っていなかった。
お姉(ねえ)ちゃんの友達に、基礎をしっかり教えて貰(もら)ったつもりだったけれど、それは、当時、中学1年生だったお姉ちゃんの友達の指導で、小学4年生の私が、理解した程度の基礎でしかなかった。
多くの練習曲に、私の指は動いてくれない。
指が速く動かなくて、音を出せていないのが分かった。
リズムに乗れなくて、体が拒否しているみたいだ。
意識して動かそうとすれば、するほど、手の動きまでぎこちなくなってしまう。
そんな、不安を問う私に、ピアノ教室の先生は、『とても上達していますよ。もう少し、練習するだけで、また、発表会で上位に入りますね』と、言ってくれる。
『素敵に弾くね』、時々いっしょになる社会人の男の人が、誉(ほ)めてくれた。
『お姉ちゃんの音、綺麗(きれい)な音』、幼(おさな)い女の子が、私の音色(ねいろ)に憧(あこが)れている。
『あなた上手(じょうず)よ』、一(ひと)つ年上の、私より、ずっとハイレベルな女子高校生が、笑顔で声を掛けてくれる。
『あのお姉さんのように弾けるといいね』、小学生の男の子を連(つ)れた、お母さんが言っていた。
私のピアノを聴(き)いた人は、一様(いちよう)に低い評価をしない。
誉められるのは嬉(うれ)しいけれど、これ以上、ピアノは上手にならないと思っていた。
上達するにしても、ジリジリとしか進歩しなくて、ジレンマに陥(おちい)る私は、きっと、ピアノが嫌(きら)いになる。
私は弾けるピアノの限界に気付いて、既(すで)にピアノレッスンが苦痛になっていた。
笑顔で声を掛けてくれた女子高校生のレベルになるのは、もう無理だと思う。
私は、ピヤニストにはなれないと思う。
金沢(かなざわ)市内や石川(いしかわ)県内での地方コンクールなら、何度か、決勝に残れていたけれど、全国レベルの大会では予選通過が精一杯(せいいっぱい)で、1度も、地方代表の決勝まで達(たっ)してはいない。
それが、私の実力で、才能の限界だった。
私の夢は、現実を知らない子供の想像でしかなかった。
私のピアニストになる夢は、諦(あきら)めるしかないと思う。
努力だけでは、できない事が有るのを思い知らされた。
完全にピアノが嫌いになる前に、週2回のレッスンを1度も休まずに通(かよ)っているピアノ教室を辞める事にした。
私にとって、悲(かな)しい初めての挫折だった。
ピアノへ注(そそ)いでいた情熱は薄れ、才能の無さが、探し求める自分を見失なわせる悔(くや)しさと不安に、私は泣いてしまう。
7月初めに開催される、学年別クラス対抗の合唱コンクールのピアノ伴奏者に、自(みずか)ら名乗り出たら、すんなりと私に決まった。
既に、ピアノ教室は辞めていたけれど、ピアノを辞める最後に大勢の前で弾きたい。
コーラスの伴奏だから、自己主張はできないけれど、それで、もう、私の気持ち的にはピアノを弾かないつもり。
*
【見えない赤い糸の絆(きずな)って、信じていますか?】
何の脈絡(みゃくらく)も、前振(まえふ)りも無く、あいつから、運命の赤い糸の信憑性(しんぴょうせい)を問うアンケートメールみたいのが来た。
捻(ひね)りが足(た)りな過ぎて、あいつの意図が見え見えだ。
(これって、赤い糸で繋(つな)がる男女は、結(むす)ばれる運命にあるっていう、占いか呪いの類(たぐ)いでしょう)
去年の春休みに読んだライトノベルにも、赤い糸の事が書かれていて、その、不思議(ふしぎ)さに興味を持った私はインターネットで調べていた。
赤い糸の絆は、中国の古い伝承で、年寄りの姿をした婚姻の寿神(ことぶきがみ)が持つ縁結びの糸が赤く見えて、両端が、それぞれ、夫婦になる運命の男女に結ばれると、見え無くなると記(しる)されていた。
赤い糸は、今に伝えられる左手の小指じゃなくて、足首だそうで、どちらの足か知らないけれど、まるで重い枷(かせ)のようだ。
伝承は、結婚して幸せに暮らす赤い糸で結ばれた二人(ふたり)なのに、夫が妻の隠(かく)していた秘密を見て、人非人の罪を自白する話だった。
妻は、夫が部下に命じて殺させたはずの幼女。
妻の秘密は、顔に残る殺され掛けた時の刃傷だ。
そして、夫は自分を殺そうとした男……。
顔を刺したなんて、凄(すご)く残忍なシュールさに、気持ちが悪くなってしまう。
いくら赤色が寿な色で、運命的に結ばれた一夫一婦制の二人でも、伝承のような幸せな日々を覆(くつがえ)すような告白の結末なんて、私が妻なら自殺したくなるくらいで、巡(めぐ)り合わせの運命を呪(のろ)いたい。
呪いながらも、人非人を告白された後も、添(そ)い遂(と)げ続ける運命なのだろうなと考えてしまう。
でもそれは、互いにとって決して幸せじゃないと思う。
伝承は極端な例(たと)え話だけど、そんな非情な運命でも、赤い糸で結ばれた由縁というならば、赤い糸を結ばれるのも、赤い糸で繋げられるのも、私はお断(ことわ)りだ。
それに未来は既に決まっていて変えられないみたいな、無常観や色即是空感に陥りそうで厭(いや)らしい!
【そういうのって、有るのかも知んないけど……。見えない糸なのに、赤色って分かるのは、なぜ? なんで、赤くて糸なのよ?】
訊(き)かれた以上は、一応、答えるけれど、今は興味が全然無くて、ワザと適当な質問の返しをして遣(や)る。そんな糸が、有ろうと、無かろうと、見えようが、見えまいが、私にはどうでも良かった。
定められた運命なんて、知らないし、考えたくも無い。
【さぁ? そう一般的には言われているけど、単純に目立つから、赤いのだと思うよ。色も、糸も、見た人の例えられる知識が、そこまでだったんだろう。うーん、ごめんなさい。本当は知らないです】
知らないくせに、適当な返答を寄越すあいつに腹が立つ。
たぶん、赤いのは寿カラーだからで、糸は麻や木綿じゃなくて、丈夫(じょうぶ)で艶々(つやつや)した高貴な絹糸っぽいのをイメージしていると思う。
(大体、運命ってなによ! 赤い糸で結ばれている相手は、……変えられないの?)
あいつの事だから赤い糸の絆を意識して、私と結ばれると思っているに違いなくて、そんな、あいつが抱(いだ)く根拠の無い幻想に、私は巻き込まれたくない。
【もしかして、私と見えない赤い糸で、繋がっていると思っているの? 確(たし)かにいろいろ有ったけどさぁ、あんたと私に、絆なんか無いから。赤い糸なんか、見えても、見えなくても、無いからね】
否定し、突き放す、幻想を見させない薄情で酷(ひど)い内容を送り付けてしまったと思うけれど、私の冷たい感情は、あいつへ、拒否の追い討ちを掛けさせる。
【あんたが、私と赤い糸で結ばれているって、信じ込んじゃうと、それ、呪いになるから、本当に止(や)めてよ。呪われるなんてイヤよ! それに、キモイから】
送信してから、『しまった! 言い過ぎた!』と、思った。
(『キモイ』は良くないわ。その『キモイ』のと、私はメル友してるんだっけ……)
【あんたと、私の糸は、赤くないわね。……今のところは】
直(す)ぐに遠まわしの取り繕(つくろ)いメールで補完する。
だけど、これはこれで、テレが入って脈有りって期待を持たれそう。
何度か読み直(なお)して、『今のところは』も、取り消して補完しようとパネルに触(ふ)れ掛けた時に、あいつから図に乗った返信が来た。
【ほんのちょっとでも、うっすらと赤くなってない? ピンクっぽくもない?】
私は唇(くちびる)を噛んだ。
本当は、私の迷い色が付いていて、少しは、迷いの色に赤色も混(ま)ざっていると思う。
【全然、なってないわよ!】
送り終わっても、私は、唇を噛み続けている。
完全否定して遣ったのに、何故(なぜ)か悔しい。
返信をし過ぎてしまった。
あいつを意識しているのが、気付かれたかも知れない。
『あんた、なんか、勘違(かんちが)いしてるんじゃないの?』も、付け加えて遣れば良かった。
でも、それをしてしまうと、テーマが堂々巡りになりそうな気がして、尚(なお)も、パネルの文字アイコンにタッチしようとした指をずらして触れた、電源アイコンをオフにする。
(なっ、なに意識してんのよ、私! あいつの冗談みたいな、釣りメールにマジ答えして……。バッカじゃないの)
電源を切った携帯電話をベッドの上へ投げ付けて、今日のメールは終わりにした。
続けても、ツンデレっぽさが強まるだけで、いつ、あいつを意識しているのを曝(さら)け出してしまうか分らない。それに、今日はもう、あいつからのメールは来(こ)ないと思う。
*
学校行事のコーラス祭は、春先のピアノコンクールが行われていた市内の多目的ホールで、毎年開催される。
自薦(じせん)して選ばれたコーラス伴奏のピアノ演奏は、リズム重視で個性的な主張は抑(おさ)えなければならない。
何の感動や感傷も無かった。
手の動きがリズムに呑(の)まれて、指が余計にキーを押さえようとするのを懸命に抑えながら弾いた。
いつもは、曲の流れを、指や身体(からだ)が独(ひと)りでに音を先読みして、楽譜を読む視覚や音を感じる聴覚で、脳が判断するよりも速く、指がキーを敲(たた)いてしまうのに……。
コーラスが歌い終わり、私のピアノ伴奏も、ラストの1音が余韻を響(ひび)かせて終了した。
伴奏はノーミスで、上手(うま)く弾けて完璧だった。
トレースするだけの発表会では、間違いなく高得点だろう。
指の走りを抑えた演奏は、全然、感情移入をできなくて、結局、最後のピアノと決めたコーラス伴奏は、ピアノ教室を辞めようと思った時と同じように、フラストレーションだけを残した。
伴奏中は何度も、コンダクターを見る視線を客席に流して、あいつを探(さが)した。
きっと、あいつは、私を食い入るように見ていて、いつ、私が敲くピアノの音が以前のように響かすのか、期待を込めて聞き耳を立てているだろうと、その、表情が気になった。
絶対、3年前のような驚(おどろ)きと感慨が籠(こ)もった瞳(ひよみ)で見ていなくて、インパクトの無い響かない音色にがっかりして曇り、憂(うれ)いた暗い顔で、私を見ているだろうと思った。
コンダクターに促(うなが)されて、みんなといっしょに起立する。
今も、客席の大勢が拍手する中に、あいつを探す。
(今回は、感動に浸(ひた)り切って忘れているんじゃなくて、失望の極(きわ)みで、拍手をしていないだろう)
あいつの、反応と態度を知りたくて、客席の中へ何度も探したけれど、とうとう、見付け出せなかった。
クラスのみんなに合わせて、終わりの一礼をする。
こうして私のピアノは、無念さだけを残して終わった。
いつになるか分からないけれど、改(あらた)めて、鍵盤に向き合える気持ちになる時まで、私はピアノを封印する。
退出する私のクラスと入れ替(か)わりに、あいつのクラスが、客席から移動してステージに上がり、並び始める。
(ああ、そうか! あいつのクラスのステージは私達の次だっけ! なら、所在は分かっていたのに、私は何処(どこ)を見て、あいつを探していたんだろう? 私は何を焦(あせ)ってるんだ? なんか、バカみたいじゃんねぇ……)
私のクラスが客席に着席し終わる頃、指揮台に立つコンダクターが、並び終わった各パートのメンバーやピアノ伴奏者に、最終確認や指示を出していた。
あいつは、最前列のほぼ中央にいて、コンダクターの問いかけに頷(うなず)いている。
綺麗に並んだメンバー達が姿勢を正し終えて、ステージの準備は整(ととの)い、会場から騒(ざわ)めきが消えて行く。
静まりかえった客席とステージに、ピンと空気が張り詰めた僅(わず)かな間の後、一瞬(いっしゅん)の溜(た)めを置いて振られたタクトに合わせて、微動だにしなかったメンバー達が、一斉(いっせい)にウェーブを描(えが)いて歌いだした。
(凄い!)
一斉に発せられた歌声は、ダブりも、濁(にご)りも無く、澄(す)み切り、揺(ゆ)れるウェーブの動きと合わせて、綺麗に揃(そろ)っている。
私のクラスのコーラスは、ノーミスのピアノ伴奏に合わせて軽(かろ)やかに揃えていたし、揃えた、みんなの声は伸び伸びと鮮明に響いて、終わりの余韻まで上手に歌えていたから、採点はトップになるだろうと考えていた。だけど、このクラスに比べると、明(あき)らかに、自分達は聴き劣(おと)りしていて、見劣りもすると思う。
あいつも、みんなに合わせて体を揺らし、ちゃんと、声を出して歌っているように見えて、時々、あいつの声が聞こえた気がした。
一体(いったい)どれだけ、あいつのクラスは練習をしたのだろう?
曲は以前、FMラジオか、WEBラジオで、聴き知ったものだった。
確か、女性のシンガーソングライターがソロボーカルで歌っていた曲で、コーラスプログラムにも、独唱と記載されていた。
一(ひと)つ目のソロパートを、最前列の男子が一人、前へ数歩踏み出して、ソロで歌い出した。
次のパートで、ソロの声が、徐々にコーラスに呑まれて行き、耳に触(さわ)り良く聴こえる。
ソロパートが、二(ふた)つ過ぎた。
今程のソロは、あいつの横の男子が歌っていた。そして、最初のソロはその男子の横の子だった。
合唱は、まだ終わりそうもなく、歌の流れから、もう1度ソロが有りそう。
(ん? もしかして……)
最前列のあいつの立ち位置から、私は気付いた。
(まさか、まさか……! 次のソロはあんたなの?)
小学6年生の音楽の時間に、何度もの遣り直しをさせられて、真っ赤(まっか)になった顔で震えながら、か細い声で歌っていたあいつを、私は覚(おぼ)えている。
同じクラスだった去年のコーラス祭は、私の斜め前で、あいつは怠(だる)そうに歌っていた。
(ちゃんと歌えるの、あんた?)
合唱が短く伸びて、ソロに移行する気配を感じさせ、あいつが前へ動いて、合唱のリズムから外(はず)れて行く。
私は、目を見張った。
(おっ、驚きだ! あいつがソロを歌う!)
見ている間に、あいつは、ススーッと3歩ばかり踏み出して歌い始めた。
みんなのコーラスはピタリと止まり、あいつの歌声だけが会場に響く。
リズムに合わせて、あいつの伸びやかな手足の動きと身振りが、見事に揃った、みんなのウェーブとシンクロして、聴覚で聴かせるだけではなく、視覚でも見せ付けてくれる。
しっかりした澄んだ声で、少しも滲(にじ)まない、あいつの歌声に更(さら)にびっくりした。
踏み出す時に、あいつは私を見て、明らかに私を意識して、私だけに歌っていた。
(あっ、あっ、あいつが……、歌えているう!)
あいつが唄う。
『♪ あなた……』は私だ。そして、唄う歌詞は、あいつの私への想い。
私の憂いた気持ちに、歌に込めたあいつの想いが被(かぶ)って来る。
いつしか私は、あいつの歌に聴き入ってしまっていた。
私を見詰めながら指を広げた手を胸に当てて熱唱する、あいつの熱い想いが私の中で跳(は)ねた。
あいつはソロパートが過ぎても下がらずに、そのまま再び始まった合唱をバックコーラスにして歌い続けた。
両手を握(にぎ)り閉めて、声の有らん限りに、私へ歌い掛ける。
力強いスタンスでしっかりとステージを踏み締(し)め、あいつは全身全霊に込めた私への想いを唄う。
(ああっ、なんてことなの……!)
目が潤(うる)んで、涙が出そう。
あいつは、私を求めている……。
あいつの声が、あいつの願いが、ビシッ、ビシッと私の心を揺さぶり、感動させ続ける。
(どうして……? あんたに…… つれなくする私に、……どうして、そんなふうに歌えるの?)
両手を私へ広げて、あいつが必死な形相で叫(さけ)ぶように歌っている。
私を貫(つらぬ)いて行く、あいつの声が胸の奥を何度も、キュンと鳴らして、速くなる動悸の高まりがズキズキと耳の後ろや米神(こめかみ)から聞こえた。
あいつは、左手で胸を押さえ、伸ばした右手の指は、私を指(さ)し示す。
「♪ ……あなたとー」
ラストのワンフレーズをソロで歌い切り、曲が静かに終わった。
(はっ、肌がゾクゾクして来る。全身に鳥肌が立っているみたい……)
「良かった……。凄く、良かったよ!」
言葉が、呟(つぶや)くように自然と出た。
滲んで見えていたあいつが、水の中のように揺ら揺らと見えて、溜まった涙が頬(ほほ)に熱く流れ伝って行き、私は泣いていた。
深く吸い込んだ息が、ブルブル震えながら吐(は)き出されて行く。
(ああっ、そうだ、拍手をしなくっちゃ!)
小学6年生の時、あいつは、私のピアノ演奏に拍手をしてくれなかった。
(私は、あいつとは違う。強烈に貫かれたショックで、我を忘れていても、心から感動した喜(よろこ)びや嬉しさを、伝え手に、ちゃんと知らせなきゃ駄目よ)
感極まった私は、我を忘れ、立ち上がって、あいつに拍手を送る。
--------------------
中学2年生最後の終業式の日、帰り掛けに持ち帰り忘れが無いか、再チェックした私の机の中には、ローマのスペイン広場のショップで、買うのを諦めたレター挿(さ)しが入れられていた。
その、レター挿しの入った小箱を包(つつ)んでいたのは、綺麗な色彩の絹のスカーフだった……。
初めて経験した、地球を半周近くも飛んだ長時間フライトは、窮屈(きゅうくつ)なエコノミークラスのシートによるストレスと時差ボケに因って、ボワッとした身体は、水の中にいるようにフラ付いて、ズキズキ、ガンガンと伴う頭痛は吐き気を催(もよお)して、気分を最悪にさせた。
ミラノ空港に到着後は、徐々に体調を戻して来ているけれど、最初のツアー地の、スイスアルプスの麓(ふもと)まで長く広がるコモ湖の南端の古い街に着いても、ショッピングや観光に行く元気は無くて、私は広場脇の駐車場に停めた、乗客が降りてからっぽの大型観光バスの中で寝(ね)かせて貰っていた。
揺れの無いバスの中で、シートをフルに倒して暫(しばら)く横になると、吐き気を催す頭痛や体の揺れが治(おさ)まり、気分はすっきりして来た。
気分が良くなると、車窓から見えるコモ湖の風景に、真冬の北イタリアの淡(あわ)い陽光を浴びながら、冷たい大気を吸い、湖面を渡るアルプスから吹き降(お)ろす風を感じたい欲求が出て来る。
運転席で靴を脱(ぬ)いだ足を、ダッシュボードの上に投げ出して寛(くつろ)ぐ、デカい図体の若い運転手は、どう見ても地元のイタリア人ぽくって、英語が通じるか分らない。だけど、キラキラと光る水面(みなも)の輝(かがや)きに、とうとう我慢できなくなって、これまで、学び覚えた英語の全力と、身振り、手振りで、私は外へ出たいと訴(うった)えると、若い運転手は思いの他、英語に堪能で、彼の『目の届く範囲で』を条件に、快(こころよ)く外に出してくれた。
湖畔の欄干(らんかん)に凭(もた)れて、北イタリア冬の太陽の薄(うす)い暖(あたた)かさに、頬がムズ痒(がゆ)く擽(くすぐ)られるのを感じながら、駐車場へ到着したばかりの、大きな観光バスから降りて来る乗客達を眺(なが)めていた。
コモの金沢と違う匂(にお)いの、軽い湿気が混ざる冷たい大気を、大きく両手を広げて、スゥーと胸深く吸い込み、ギュウッと肺(はい)が凍(こご)えて息苦しくなったその時、……あいつがバスから降りて来た!
見た瞬間、心臓が大きく跳ねて、目が険(けわ)しく見開いた。
次に否定が来て疑(うたぐ)り、更に、真贋(しんがん)を見定めようと眼(まなこ)を鋭く凝(こ)らす。
(あれ……? 似(に)ている……。すっごく似ている! 他人の空似(そらに)なの? ……でも身体付きも、動きや感じも…… そっくり!)
疑る思いに息が詰まり、その、息苦しさに呼吸が喘(あえ)いでしまう。
(でも! でも! でも! あいつが、ここに来るわけないじゃん! ……でも、……いるかも…… 知れない)
眼が勝手に、パチッ、パチッと、忙(せわ)しなく瞬(まばた)きを繰り返す。
(ええーっ、そっ、そんなぁー? あっ、あいつぅ……? 本当に、あいつなの? うそでしょう?)
その、信じられない光景に、声にならない言葉を吐き出す息が震えて、途切れ、途切れになるほど、全身から熱が奪われて、プルプルと引き攣(つ)るように緊張するくらい、私は驚愕(きょうがく)した。
くらくらっと、目眩(めまい)までする。
私は、家族旅行で行った3月初めのイタリアで、あいつと信じられない出逢いをしていた。
(あんたぁ、なんで、ここにいんのよ? あんたと、こんな素敵な場所で遇(あ)うなんて、全然、納得できないよ!)
今、あいつと北イタリアのピンポイントでいっしょになっているのを、何処かの物陰に隠れて逃げ出したいくらいに信じられないし、否定したい。
顔を逸(そ)らしながら、横目であいつの様子を見ていると、どうも、父親と二人でツアーに参加しているみたいだった。
そんな、関心や勘繰(かんぐ)りを頭から振り払うのと、あいつに気付かれないように体ごと、右手の湖上を間切る、アニメムービーに出て来るような白と黒のツートンカラーの汽船へ向ける。
船上で作業をする、セーラー服姿の乗員達がクールでキュートだ。
湖沿いの道の端を、あいつのツアーグループが左へ折れて行き、行き違いに観光客の一団が、こちらへ歩いて来るのが見えた。
コモの特産品のコモシルクのアウトレットへ行った、私が参加しているツアーグループの人達だ。
戻ると広場の周辺を、30分余りショッピングや散策するスケジュールになっている。
アウトレットへ向かう人達の中に、あいつの姿は無かった。
たぶん、向かわなかった人達と、広場や周辺の土産物屋(みやげものや)にでもいると思う。でも、コモ湖を眺めている私の横に来るかも知れない……。
あいつに顔を晒(さら)さしてしまわないように、私は少しずつ、顔の向きを変えながら、視界の隅(すみ)にあいつを探す。
(いた!)
あいつは、後ろの離(はな)れたベンチで、私にカメラを向けていて、あいつに、『気付かれたかも』と思った瞬間、後方から吹き上げて来た強い風に目を瞑(つむ)った。
その風は、今まで私の頬に吹き寄せていた、穏(おだ)やかに湖面を渡るアルプスからの冷たい風でなくて、逆方向の地中海から、吹き上げて来た一陣の疾風(はやて)だった。
ビイュゥゥゥゥゥ、風鳴りがした途端に、背中から私の全身を風圧が抑え付けた。
沸騰(ふっとう)させるように、はっきりと湖面に風波(かざなみ)を泡立たせて、暖かさを感じさせた疾風(しっぷう)が、吹き抜(ぬ)けて行く。
コートの裾(すそ)を捲(まく)り、フードをバタつかせて、吹き流し、髪を舞い上げて掻(か)き乱す。
思わず私は、舞い上がる髪と飛ばされそうになったカチューシャを、両手で押さえた。
あっという間に、風波が湖の奥の方へ去って見えなくなると、何事も無かったように、再び、穏やかな北風が頬を擽って来る。
冷たい風に戦(そよ)ぐ、乱れた髪を指で梳(す)きながら纏(まと)めて、フードのズレを整え直そうとした時に、ふいにお姉ちゃんが目の前へ現(あらわ)れて、私の首に何かを巻いた。
「はい、お土産。首に何も巻いてなくて、寒そうだからさ。私と、お母さんと、お父(とう)さんの三人からのプレゼントよ。ほうら、やっぱり、似合うわ。これ、私の見立てね。体調が良くなったみたいだけど、ちゃんと、首元を温(あたた)めて、風邪を引かないようにね。また、体調を崩(くず)したら損でしょう?」
お姉ちゃんが私の首元に巻いた、軽くて薄い布は、シルクのスカーフだった。
「うん! ありがとう、お姉ちゃん! ありがとう、お母さん、お父さん」
三人からプレゼントされた、風を通さない温かなお姉ちゃん見立てのスカーフは、あいつから贈られたコモシルクのスカーフと同じ柄(がら)の色違いだった。
あの時も、手を振って知らせれば、良かったと思う。
次のツアー先へ向かう大型観光バスに乗り込む前から、あいつは、コモ湖の風景そっちのけで私を探していて、あいつに見付かるまいと、私は家族の影に隠れたりしていた。
それなのに、バスに乗り込む時も、乗り込んでからも、動き出したバスの車窓(しゃそう)からも、まだ、あいつは外を見て、私を探(さが)し続(つづ)けている様子に、切(せつ)なさと憐(あわ)れみを感じてしまって、仕方無く人影から出て、あいつに身を晒すようにツアーの人達の間を歩いた。
横目で見たあいつは、私に気付いてじっと見ていたけれど、あいつを乗せた観光バスは、直ぐに通りを曲がり、石造りの街並みの中へ見えなくなってしまった。
奇跡のような凄い偶然の出逢いだったのに、私は、決して運命的だと思いたくなかった。
あいつの目に捕まりたくない私は、素直になれずに、コモ湖でツアーが重(かさ)なっていた間中、視線や体の向きを合わせはしなかった。そして、そんな狭(せま)くて偏(かたよ)った考えしかできなかった私を後悔して、不憫(ふびん)に思っていた。
(この時間だと、日本は、朝の8時10分前になるのか……。しかも、明日(あした)の朝ね♪)
昼間の後悔もあって、コモ湖で出逢った日の夜に、あいつへメールして遣った。
【おはよう。今、どの辺?】
私に気付かれているのを、あいつは知らないと思う。だから、意地悪く、日本に居れば、登校途中の時刻に、あいつへ現在位置を訊いて遣る。
(返信は来ると思うけど、きっと、イタリアにいるなんて、正直には答えないだろうなぁ)
お姉ちゃんは、早くもベッドで、すやすやとじゃなくて、ガォウガォウと、獣(けもの)っぽい大きな鼾(いびき)を掻いて寝ている。
疲れているお姉ちゃんの、いつもの寝入り姿だ。
化(ば)け物の霊に取り憑(つ)かれているみたいで、なんか怖(こわ)い! それに、煩(うるさ)くて眠れやしない!
そんな、人っぽくないお姉ちゃんを見ながら、コモ湖での、あいつの怪(あや)しい行動を思い出していると、サイレントモードにした携帯電話が、メールの着信カラーで光り出した。
【上野本町(うえのほんまち)の通り、鶯坂(うぐいすざか)と亀坂(がめざか)の中間ぐらい。雪で滑(すべ)るし、歩き難(にく)いな】
(あはは、降り積もった雪が多くて、歩き難いなんて、なに書いてんだか。この嘘吐(うそつ)き! こっちに雪なんて、全然、積もって無いじゃん。あいつも、ミラノか、その近郊のホテルに泊まるはずでしょう)
やはり、そうだった。あいつは、私に気付かれていないと思っている。
(あっ、でも……)
ここで反省しなくちゃと思う。
次に出逢う事が有れば、その時は、ちゃんと、あいつを見て、あいつに近寄って遣ろうと思う。
(そう、近寄って、あいつの反応を見るだけよ。声を掛けるのは、その時、その場のムードとシチュエーション次第でしょう)
【そう? 歩きにくいかしら?】
送信してから、ちょっと、意味深になってしまったと思う。だけど、だけど! 限り無くゼロに近い稀少な遭遇(そうぐう)の縁なんて……、限り無く透明な、希薄で消えそうな赤っぽい色なんて……、そんな、偶然の縁なんて、今の私には無数に有って、あいつとだけじゃない! オラクルなんて、有り得ない! あいつに、引き摺られたり、引き込まれたりしそうな私を、認(みと)めたくない……。
【近く? どこにいんの?】
あいつから返されたメールは、フリなのか、ミラノのリアルを指した問いなのか、分からない。
いささか、マクロ化されて来た質問メールに、もう、私は答えない。
普段のメールの遣り取りでは、有り得ない内容だった。
冗談めいたメールを送り合う事が有っても、登校中に、あいつと現在位置を訊いたり、教えたりするなんてした事が無い。
いつも、あいつは、私の知らぬ間に横や後ろの近くにいたし、通学中も、何も、今まであいつは、面と向かって私に会いに来た事は、無かったし、会う度胸も無いと思う。でも、もしここで、リアルに宿泊しているホテルを教えたら、あいつはどうするだろう。
イタリアでどのくらい英語が通じるか分からないのに……、あいつは大胆(だいたん)にも、成績が良くないレベルの英語力を駆使して、ホテルのフロントで手配したタクシーに乗って会いに来るだろうか? そして、例えホテルのロビーでも、ミラノのミッドナイトに、あいつに会うような冒険をする勇気が、私に有るだろうか?
日本的な枷が、何も無いミラノの地を駆け、深夜にエトランジェの二人が会えば、貴重な行動で面白いかもって思うけれど、やはり、リアルにしたくない私は素直に冒険できなかった。
帰国してから、私は後悔した。
もし、ミラノで互いが、イタリアにいる事と旅行日程を知らせていて、フリータイムの日に、もし二人が近くにいたら、フェレンツェのドオモの天辺(てっぺん)へ上ったり、ナポリの坂道を歩いたりできたかも知れない。
初日のミラノじゃなくて、日程の途中や最終日のローマでも、知らせていれば、互いの楽しさを2乗(にじょう)で補完できていただろうと反省していた。
--------------------
ミラクルなイタリアでの遭遇を思い出す私は今、素直な気持ちで感動させてくれたあいつへ、感謝の拍手を送る。
あいつは私を見詰めながら腕を伸ばして私を指さしたままで、私もあいつを見詰めながら前のめりになって拍手を送っている。
(ねぇ、あんたは、何故、そんなに、私を好きでいられるの?)
私は笑顔になっていた。
両の頬(ほお)に熱い物が流れ、あいつの姿が滲(にじ)んで見える。
(私……、嬉しくて泣いているの……?)
「ねぇ……?」
素直な感謝の思いに泪(なみだ)が溢(あふ)れて無意識の声が出ていた。
泣き笑いの顔とあいつへ呼び掛けるように呟いていたのを自覚した其の時、周(まわ)り中(じゅう)から聞こえて来るどよめきでハッと我に帰った。
辺(あた)りを見ると、客席の大勢が拍手をしながら立ち始めていた。
(あいつへのスタンディングオベーションだ! あんたぁ、良かったじゃん。……ん?)
会場の全(すべ)ての生徒が、あいつと私を交互に見ていた。
最前列の審査員席や壁際に座る先生達も、顔を向けたり、振り返ったりして、私を見ている。
(あっ!)
私は、真っ先に一人立ち上がり、あいつに拍手を送っていたのを知った。
イタリアから帰国した後は暫く、あいつと同じ期間を休んでいた事が、二人に何か関係が有るとばかりに、根拠の薄い噂でクラス中に広まり、それが、有らぬ尾鰭(おひれ)を付けて他クラスにまで拡散して行き、私を見掛けて、ヒソヒソと小声で言い合う同級生達の態度に、以外にも、私は注目されていた事を知った。
(まあ、今も、今までも、けっこう私はモテて、告って来た男子は悉(ことごと)く、『ごめんなさい』していたし、そんなのが、クラスメートと家族ぐるみで海外旅行していたかもと噂されりゃ、本当は、あいつとデキていて、イタリアでデートしたいから親を説得したとか、あいつと二人っきりの、ローマの休日をしていたとか、話されてもしょうがないかぁ……)
漏(も)れ聞こえて来る噂の断片を纏(まと)めると、今じゃもう、家族公認の仲という、フィアンセまがいになっているらしい。
(う~ん、中学生程度の思考じゃ、そう、噂が勝手に進展して行くのが、普通やろうね……。ってんじゃなくてぇ、全然違うんだよぉ!)
そして、このたった一人だけのスタンディングオベーションで、既に、学年まで広まっていた憶測だらけの噂が、これから、学校中で囁(ささや)かれるのは決定的になってしまった。
(どこまで、あいつが、噂を聞いているのか知んないけど、まったく、なんてこったいだわ……)
顔が俄(にわ)かに火照(ほて)って来て、熱が出る時みたいにクラクラしている。
きっと私は、真っ赤な顔になっていると思う。
直ぐに両手で顔を覆(おお)って、しゃがみ込みたいくらいに恥ずかしいけれど、私は、顔を上げたまま平気なフリを通す。でも、もう、両手は拍手を止めて、胸の前で握り締めている。
周りが見えなくなるくらいに興奮して、今も、プルプルと全身が小さく震えるほど感じている。
(こんなに、感動させて……、なんて奴なのよ!)
会場のホールは、みんなの大きな拍手と喚声で、割れんばかりに湧(わ)いていた。
ストンと、シートに腰を下ろして、あいつがステージから退場して行くのを見て思う。
(なんか、終わりは、コーラスのステージじゃなくて、あいつと……、私の為(ため)だけの……、リサイタルみたくなっちゃったな)
私だけを見詰めて、歌い続けたあいつのソロを、嬉しくて心地良いと感じている私がいた。だけど、心地良い気持ちを苛(さいな)むように、レター挿しの……、あいつからの旅行土産の御返しをしていない引け目があった。
ツアーコースで寄ったブランドショップの並びに在った、小さなインテリア雑貨の店で、サーベルの形をしたシックなペーパーナイフを見付けて買っている。
それを、あいつから、3月末の終業式の日にプレゼントされたレター挿しとスカーフの御礼として、春休み明けの初日に、あいつへ贈(おく)ろうと思い付いたけれど、それは、既に、何日も前に包装を解(と)いて使っているモノで、私の雑な扱(あつか)いに、こびり付いた紙の切り滓(かす)に刃先は塗(まみ)れ、刃面も所々に印刷のインク染(し)みを作り、そして、ところどころ変色もしていた。
こうなると、汚(よご)れを拭(ぬぐ)い取っても、新品の綺麗な状態には戻らない。
そんな、新品じゃないモノを贈るべきか、私は迷った。
入っていた化粧箱も、捨(す)ててしまっているし……。
(いやいや、私の使用済みの中古品でも、それはそれで、あいつは絶対、プレミアだと、キモく喜ぶに決まってる……)
迷い……、悩んだけれど、結局、私は使用済みを贈らなかった。
千代紙に包み、バッグに入れて、あいつの下駄箱の前まで持って来たけれど、やはり、染みの有る使い止(さ)しは良くないと思う。それに、土産やプレゼントを交換するような、あいつと親しい仲にもなっていない。
あいつには、クリスマスイブも、年賀状や初詣(はつもうで)も、バレンタインディーも、ホワイトディーも、私は無碍(むげ)に断っている。そして、私は今、あいつの靴箱にペーパーナイフナイフを入れなかった事を、後悔していた。
なのに、私は、言い訳的に思う。
あいつのクラス全員が、綺麗に揃っていた素晴らしいコーラスは、あいつの独善の所為(せい)で、最優秀賞に選ばれなかったと思うから、賞品も、記念品も、……無しね。
卒業記念の銅像造りに、美術部のあいつも加わっていて、そのモデルになっている事は、聞こえて来る周りの女子達の話題から知っている。
あいつが学校行事で、そういう何かをしているって事や、部活の出来事をメールに書いて来なくて、私は、あいつの私生活を全然知らない。
自分の思いや悩(なや)みを、はっきり送って来る癖(くせ)に、私生活や何かに熱中しているのを、私に知られるのは格好悪いとでも思っているのだろうか?
(そんなのを、話題にすれば、もっと、相手の思考が解ると思うのに。話題に発展性が有れば、楽しく盛り上がるかも。まぁ、私も、ピアノに関する事は、メールに打たないけれどね)
制作中の像は、男子と女子が寄り添うような姿らしい。
(中学生の3年間が、良き思い出になれば、きっと将来、懐(なつ)かしさと楽しかった思いの甦る気分が、私を仰(あお)ぎ見させてくれると思う。でも、思い出すたびに、気持ちが悪くなることばかりだったら、ここに来る度(たび)に、石をぶつけてやるわ)
ちょっとだけ、近未来を想像してみる。
卒業後、中学校の前を通って、視界に卒業記念の銅像が入ると、あいつを思い出すだろうか?
もし、あいつと親しくなっていれば、寄り添う女子の像を、私に置き換(か)えて見るのだろうか?
(ううっ、ないない! それは、恥ずかしいかも……。今のヘタレなあいつとじゃ、絶対ないよ!)
私が惚(ほ)れるような、優(やさ)しくて、思い遣りが有り、逞(たくま)しく、勇敢で、夢を実現しようと足掻(あが)き続け、努力と向上心と探究心を持ち、なにより私を、1番に大切に想い、1番に大事にしてくれて、私に幸せを与え続ける男性に、あいつがならないとね。
私は恋愛対象を、外(そと)身(み)の見てくれで選ばない。
男は、顔やスタイルじゃないと思う。
(そんな男に成らないと、私は、あいつに恋をしないわ。でも…… 稼(かせ)ぎがないとね。お金が無いと、愛が潤(うるお)わないと、お母さんが、言ってたなぁ。……あっ、ちゃうちゃう。何考えてんのかなぁ、私は……)
否定するところなのに想像して、あいつとの将来を危(あぶ)なく肯定しようとしている私がいた。しかも、顔が火照り、熱っぽいのを感じる自分が腹立たしい。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます