第4話 靴箱の中にラブレターズ(私 中学2年生)『希薄な赤い糸・女子編』

 翌朝(よくあさ)、白い封筒(ふうとう)と水色(みずいろ)の封筒が、靴箱の中の内履(うちば)きの上に置かれていた。

(あらっ、手紙! ……また、ラブレターかな?)

 二(ふた)つのラブレターらしき手紙は教室まで持って行き、机の影に隠(かく)しながら読んだ。

 白い封筒が、水色の封筒の下に置かれていたので、白い封筒から先に見る。

 表に赤い大きなハートのシールが貼(は)られ、大きな字で名前が書かれていた。

『一目(ひとめ)で君に恋(こい)をした。僕と付き合えば、絶対、幸福(こうふく)になる』

(何これ! いやに一方的で、断定(だんてい)的じゃない。絶対って、なによ! どんな根拠(こんきょ)が有んのよ! こんなデリカシーに欠(か)ける人と、絶対とは言わないけれど、幸(しあわ)せになれる訳ないじゃない。絶対やだ!)

 水色の封筒の表(おもて)には、『ごめんなさい』とだけあった。

 裏(うら)に女の子の顔が、マンガ風に可愛(かわい)く描(えが)かれていた。

(かわいいじゃん! これ、私だよね?)

 それ以外は、名前すらも書かれていない。

 それなのに私は、誰(だれ)からの手紙なのか察(さっ)した。

(あいつからだ!)

 封を開けると、黄色と緑色の横縞(よこじま)の薄(うす)い便箋(びんせん)に、あいつの文字が青いインクで書かれていた。

『ごめんなさい。今まで名前を明(あ)かさずにメールをしていました。貴女(あなた)にメールするのが嬉(うれ)しくて、楽しくて…… そう感じると、益々(ますます)、名前を言えませんでした。初めて声を掛けた、あの春の日から、ずっと貴女が好きです。いつも貴女を探(さが)していました。だから、やっと見付けてメル友になれた時は、色が薄くても、赤い糸が見えたような気がして、凄(すご)く嬉しかったです。だけど今……、めちゃくちゃ反省しています。卑怯(ひきょう)で勇気(ゆうき)も、根性(こんじょう)も無い僕を軽蔑(けいべつ)して嫌(きら)っても構(かま)いません。それでも僕は、今も、これからも、ずっと貴女が好きです』

(間違いない。やはり、『名無し』は、隣(となり)のあいつだった。小賢(こざか)しい奴)

 ずるいのは悪い事だと、私は思わない。

 相手にずるさ感じるのは、被害(ひがい)に遭(あ)った人に、たぶん、その賢(かしこ)さが無いからだ。

 そう、賢いから、ずるくできるんだ。

 悪事のように思えるのは、先読(さきよ)みができずに騙(だま)されたり、出し抜(ぬ)かれたりした人達が、言い訳と非難(ひなん)を含(ふく)めて、卑怯な悪意だと言うからだ。

 ずるい目に遭(あ)った人は、自分の財(ざい)やプライドを守る為に大声で罵(ののし)り、誹謗(ひぼう)したり暴(あば)れたりする。

でも、それは所詮、後(あと)の祭(まつ)りで河向(がわむ)こうの叫(さけ)びだ。

 既(すで)に本祭りは済(す)んでいて、全(すべ)ての取り決めは終わり、契約(けいやく)の時に不安を過(よ)ぎらせてくれた恵(めぐ)みと救(すく)いの神は、社(やしろ)の奥や天上界(てんじょうかい)へ去(さ)ってしまっている。

 後悔(こうかい)の嘆(なげ)きと巻き戻(もど)しを要求する叫びは、河幅の距離と水の流れに打ち消されて、聞こえはしない。

 叫びは、騙した相手にも、救いの神へも届(とど)かず、無音で実態(じったい)の無い虚(むな)しい自責(じせき)のパフォーマンスになるだけだ。

 私は時々、ずるくなりたいと思うけれど、できていない。

(賢い奴だ! そう認(みと)めざるを得(え)ない……)

 あいつのように賢く出来ないから、気持ちや思いをストレートに、相手へぶつけるだけ。

 1限目が始まっても、あいつは席に来なかった。

 靴箱に手紙が置かれていたから、学校に来ているはずだと思う。

 休憩時間に聞こえて来る、あいつの友達連中の会話から、どうも、体調が悪くて保健室で寝ているらしい。

 午後からは、教室に来るつもりみたいだとも、言っていた。

 午後の授業になっても、あいつは教室に現(あらわ)れなかった。

 誰彼(だれかれ)ともなく、あいつは体調が良くならずに、早退(そうたい)したとの声が聞こえて来る。

(あいつぅ~、また、逃げたなぁ!)

 全く、あいつは、私を苛立たせてくれる。

 手紙を置きに学校へ来ているくせに、私の隣に座る事無く帰るなんて有りえない。

 一人(ひとり)で勝手に、インターバルか、緩和(かんわ)時間か、知んないけど、作って、反省?

 それとも、新たな打開策を練(ね)っているのかも知れない。

(謝る気が有るのなら、ちゃんと、誠意を見せろっちゅうの! 逃げてんじゃねぇーの!)

     *

 テレフォンナンバーだけが表示された。

 無登録の電話の相手が誰なのか探りながら、そっと、電話を受ける。

 翌日の登校時に着信した電話は、全然心当たりのない知らない番号だった。

「……もしもし……」

 知らない電話番号には、いつも、先に相手の声を確認してから応答していた。

 暫し、空電音が続いて怪(あや)しい感じがするから、切ってやろうかと思ったけど、なんだか、知っている相手のような気がして、取り敢(あ)えず、恐る恐る、声を落として呼び掛けてみる。

 呼び掛けると、空電音に呼吸音が被った。

 受話スピーカーの向こうから、荒い息が聞こえる。

 荒い息は、周期を徐々に詰まらせながら、大きく聞こえて来るだけで、言葉を発する気配が感じられない。

(だっ、誰、この人? 知っている人じゃないの? ……なっ、なに……! 変態からの、無言電話なの?)

 気色悪(きしょくわる)くなって、今度こそ切ろうと思い、指が通話終了アイコンへ動き掛けた時、スピーカーからブツブツと、か細(ぼそ)く途切(とぎ)れ勝(が)ちな声が聞こえた。

「ぼっ、ぼく…… は……」

 その小さな声は、聞き覚えが有る…。

 変態(へんたい)の悪戯(いたずら)電話じゃなかった。

(隣の席の、あいつだ!)

「誰、あんた? なんか用?」

 相手が、誰だか分かっているのに、ワザと訊く。

(憐(あわ)れっぽくしても無駄(むだ)よ。どうせ、ちゃんと謝るからオフで付き合いたいとか、言うつもりでしょう?)

「て、手紙…… よっ、読ん…… だか……?」

 水色の封筒とイラスト、横縞の便箋に青いインクが浮かぶ。

 謝罪の言葉で始まり、私への想いで終わる文(ふみ)。

 無愛想(ぶあいそ)で冷(さ)めた私のメールに、怯む事も無く、私への想いが、綴られているのが歯痒(はがゆ)かった。

 私を謀(たばか)っていた、あいつを許すべきなのだろうか?

「そう、やっぱり、あんたなの。……なに電話してんのよ。電話は、嫌だって伝えてなかったっけ? もう、電話しないで! 電話で、あんたの声は聞きたくないわ。……メールなら、……我慢するけど。わかったあ? 何度も、言わせないでよ」

 声を聞きたくないと、念(ねん)を押したのは、あいつへ反省を促す意味と、私の拘りだった。

 『声は聞きたくない』、『メールは我慢する』と、前にも伝えた。

 『名無し』が、あいつだと分かっただけで、既に、伝えた事や認(みと)めた事を覆(くつがえ)すわけにはいかない。

 はぐらかさず、暈かさず、あいつは自分だと素直に認めた。

 同じ惑(まど)わしをしないのは、あいつの誠意だと思う。

 誠意には、誠意で応(こた)えなければならない。

 あいつは、誰だか明かさなかっただけで、他人や架空(かくう)の名を語って、私を騙してはいなかった。

 それだけで、あいつを晒(さら)し者にしたり、落とし込んだりする事はできないと思う。

 私は、そんな、心根(こころね)の歪(ひず)んだ狭い考えの残虐(ざんぎゃく)な女じゃない。

(もっと、違う意味で、私の濁(にご)る気持ちの捌(は)け口(ぐち)として、楽しませて貰うから……)

 あの2年前の春の日から、気になっていたあいつを、今まで以上に、意識している。

 毎朝、教室に入るあいつに気付くと、思わず振り向いて、チラッと見てしまう。

 そんな自分を否定したくて、キッと眉を顰(ひそ)めたキツイ目付きで私は、あいつを見ていたと思う。

 朝、気色悪いけど、元気そうな電話を掛けて来たくせに、今日も、あいつは教室へ来なかった。

(もしかして、私が、追い詰めたから、あいつは、保健室登校の痛い子になっちゃったわけなの? そんな、デリケートな奴だっけ?)

 いつしか、私は知らず、知らずに、あいつを捜(さが)している。

(なに、私は、あいつを意識しているんだろう! あいつは、私を騙していたんだから、簡単(かんたん)に許せるはずないじゃない……)

 名無しが、あいつだとバレてから四日目(よっかめ)の朝、やっと、あいつは教室に現れた。

 二日間(ふつかかん)のインターバルは、計算高く仕組んだ、あいつの企みだったのかも知れない。

 当日、無言のあいつは、速やかに逃げ帰った。

 二日目、謝罪メッセージを、私の靴箱の中に置いて早退した。

 三日目(みっかめ)、朝の電話で、メールは許したのに、あいつは教室に来なかった。

(あいつは、全然、ヘタレじゃん! でも、私の所為じゃないよね……?)

 実際はともあれ、二日間も体調を崩(くず)して早退したと聞けば、多少は責任を感じてしまう。

 あいつが、教室に現れて、隣の席に着くのを見て、ホッと安らいでいる私がいた。

【メールには、余計な事をしないでちょうだい。写真や資料を添付(てんぷ)するのは、絶対ダメ。音楽もダメよ。1度でも添付したら、メル友は終わりだからね。それっきりにします。言葉でも、文章でも、メールは文字だけよ。メールを重くしないで。それと、GPS探索も、絶対に使ったらダメ! 絶対に、私の居場所を詮索しないで下さい。GPSで探索すると、調査される側にも履歴(りれき)が残り、履歴から、探索を行った相手が誰なのか分かります。私に使用した瞬間、あんたは他の何者でもない、論外(ろんがい)な存在になってしまうからね!】

 その日の夕方にメールのルールを決めて、あいつへ送り付けた。

 今でも、あいつの煩わしさが増え続けているのに、これ以上、あいつを意識させられたら堪らない。

 あいつを意識する気持ちが今後、強まろうが、同じだろうが、無くなろうが、それは、私のペースでの変化だ。

 そう考えていたのに、あいつをメル友にしてしまった御蔭で、今まで以上に、気に掛けるようになってしまった。

(色々と、添付でもされたら、それこそ、重い負担になっちゃう)

 あいつの添付して来る写真や音楽は、私の気持ちを揺(ゆ)さぶり、あいつへの意識を加速させてしまうかも知れない。

 自分の気持ちの動揺と変化を理解できないまま、私は、あいつの気になる情報に振り回されて、いつしか、イニシアチブを、あいつに取られてしまっている事に気付くだろう。

 それは私にとって、ヘビーなプレッシャーになるかも知れない……。

 何(ど)の道(みち)、『ます』や『下さい』で、私を締め付ける言い回しを寄越して来たら、金輪際(こんりんざい)、未来永劫(みらいえいごう)、あいつを拒絶して遣る。

     *

 あいつのメールは、週に2度届く。

 改めて、送られて来た最初のメールは、再び、謝罪と感謝の文字が綴られ、そして、文末には、曜日と時間帯を決めずに、ランダムで週に二つまでメールを送ると、私に断わりも無く、ルールが追加されていた。

『ふーん。それでいいじゃん。二つまでだからね』

 週に2度の、送られて来るメールの了承(りょうしょう)を、あいつに送信した。

『それに、何度も謝らないで。私を好きになるのは、あんたの勝手だから』

 メールを許した事で、あいつが、勘違い男にならないように、太く長い釘(くぎ)を刺(さ)す。

【私は、ランダムにメールするからね。それと、週2度の規制対象外にしてあげるから、私の質問メールには、ちゃんと回答しなさい】

 無断で私を、デッサン画のモデルにしたのも、詫(わ)びていた。

『すれば、問題無いよ』

 そんな返信を打たせるほど、私をモデルにしたデッサン画は、上手(じょうず)に描けていた。

(モデル料を、請求したら…、払ってくれるかな?)

 私の言い付けを律儀(りちぎ)に守って、あいつは隣の席にいるのに、全然、話し掛けて来ない。

 話さないけれど、届くメールは普通に話すような口語体で書かれていて、どの文面にも、物怖(ものお)じは何も感じられない。

 だけど文字は考えてから打たれているようで、不用意で不躾(ぶしつけ)な言葉は無い。

 有り得ない事だけど、もし、親しくなって私と話すのなら、あいつは、そんな話し方をするのだろうと思った。

『だから、なに? どうなの?』

 初めの内は、ツッコミを何度も入れた。

 『今週は、雨続きで鬱陶しい』とか、『晴れて、青空が綺麗だ』だとか、交換日記の書き出しみたいのも着信して、その度に、私はツッコミを送った。

 大体、真横にいる奴と、メールで交換日記などするつもりは無い。

(くっそ~! こんなくだらない文面を見る為に、メールを許したんじゃない。互いが直面している問題や、抱えている悩(なや)みや、将来の夢、それに、物事への考えなどを、伝え知り、相談し合いたいと思っているのに……。こいつは、私と何をメールしたいのか、考えていないんじゃないの? 本当に、ヘタレな奴! バッカじゃないの?)

【相合傘(あいあいがさ)をしても、良いですか?】

 互いの様子を見るようなメールの応酬(おうしゅう)は終わり、あいつのアライブなメールが届いた。

(これって、あいつの望みの『並んで歩く』って事になるのだろうな……? 梅雨(つゆ)時期だから、そんなチャンスも有るかもね。メールを許したから当然、更なる展開に進みたいと、狙(ねら)っているわよね……。話すには、私に接近しないといけないでしょう。でも面倒臭い……)

【できるならね】

 下校時に雨が降り、私が傘を忘れているのを、あいつが気付いたらそうなるかも知れない。

 あいつが大きい傘を持っていれば、良いけれど……。

(小さいのなら、私の肩が濡(ぬ)れちゃうからヤだ! きっと私は、あいつの傘を取り上げて、一人(ひとり)で帰っちゃうね)

 あいつが傘を2本持って来るほど、気が利(き)くならベストだ。

(それじゃあ、相合傘にならないか……)

 などと、勝手な想像をする私は、バカみたいだ。

【夏休みになったら、いっしょにプールへ行こうよ?】

 私からも、魅力的(みりょくてき)な提案をしてみた。

(健民プールか、市営プールへ自転車で行って、水着の私とデートだよ。ふふ、こんな素敵な話しを、無碍(むげ)にはしないわよね。ねえ、あんた!)

 メールを入力しながら、唇が歪む。

 小学6年生の夏、あいつは1度も、プールに入らなかったのを知っている。

 入るどころか、水着に着替えもしなかった。

 7月と9月の体育の授業を、水泳じゃない雨の日以外は、風邪や腹痛で見学している。

 泳(およ)ぐのを拒むように、欠席してまでも、真夏のプール日和(びより)の体育の水泳に参加していなかった。

 8月……、夏休み中も、学校のプールへ来ているのを見ていない。

 私は思う、絶対、あいつは泳げない!

【いやだ! 行かない。プールも、海も、近付きたくない! 川へも、行かない。泳ぐのは嫌いだ!】

 予想通りの、あいつの返信文に笑っちゃう。

(なにこれ、ちょっとは泳ぐ練習でもしなさいよ。将来、泳ぎが得意な私には有り得ない事だけど、溺れたら助けて貰えないじゃない。子供や孫(まご)も助けれないじゃないの……! なに私……、将来って、二人の将来なの⁈)

 いつしか私は、送るメール文に、苛立ちと不満、そして、焦りと不安を認(したた)めて、あいつにぶつけているのに気付いていた。

 ワザとつれなくした、短い文で送って遣る。

(きっと、私のメールの文字に、あいつの気持ちは、振り回されているに決まっている)

 けっこう楽しくて、止められない。

 想像するあいつの反応が、私のストレスを解消してくれていた。

 私は携帯電話のメールで、あいつを虐(いじ)めて喜んでいる。


 つづく

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