終/そして後日
傷が癒えるまでに幾ばくの月日が過ぎ、久方ぶりの外は桜が花びらを蒔き散らしている様相だった。
療養所を追い出されたことには不満はないが、渡された服があの夜の物だった点は納得がいかない。あらゆる箇所が切り裂かれているうえに、血痕だけは消そうとしたようだが盛大に染みが覆っていた。詰まる所、ぼろぼろの服で外に出されたのだ。
ただ、看護役の女性から渡されたマフラーだけは比較的綺麗に手入れされていた。これで首元の傷を隠せという事か。あるいは別の意味も込めていたのか。
私は、命を拾ったが声は失った。そして掌の裂傷は思いのほか重傷で、二度と太刀を振ることは出来なくなった。
今、心は透明で頭は空っぽだが、それは絶望によるものではない。
話し合いたい人は自分の手で斬って、もういない。生涯を捧げて磨いてきた剣技は最高の相手との決闘の中で完成に至り全霊を遂げた。心を満たしているは全てをやり終えた充足感であり、清々しいような感じすら覚えた。
そして戦いからは解放され、人並みの人生がこれから待っている。しかし、一体何をしていいか一向に思い浮ばず、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
(あ……)
ふと、涙が落ちた。あれだけ悲嘆で泣き続けて、それもずいぶん前には落ち着いたというのに未だに目から零れる物があることに自分でも少し驚く。
上を向いてしずくを止める。
(悲しみはない。もう悲しくは、ない)
だからこれ以上泣き顔は作らない。彼はその表情を見ると寂しげにしていたから。
ふと見上げた先に桜の枝が目に留まった。早咲き過ぎて花は全て散り、新葉もまだ揃わず他よりも閑散とした姿をしている。
私はその桜の元まで歩み寄る。そして、桜色のマフラーをふわりと枝先に巻く。寂しげな姿がほんの少し彩を取り戻した。私はそれを少しの間見つめて。
(……ばいばい)
心の中で一言を告げて、花舞う桜並木へと歩いて行く。
もう、涙は湧いてこなかった。
さて、人生の価値を全て失っても残念ながらまだ私には前に歩ける脚がある。
じゃあ、まずは春めいた桜色のワンピースでも買いに行こうか。
わたしはあなたへ刃を贈る 底道つかさ @jack1415
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