2 腕喰らい
もう何もかもどうでもいい。色のない目で俺を見下ろす「牙」の前でそんなことを考えていた。はじめからいつ死ぬかもわからなかった。それでもこの「仕事」に志願せざるを得なかったのだ。家族はいない、恋人もいない俺にはこんな死に方がお似合いだ。「牙」に叩きつけられた体はもうほとんど動かない。それに「牙」は無傷だったとしても逃げられるような鈍い相手ではない。
「牙」がナイフを溶着した腕を振り上げる。もはや抵抗する気もない。
振り下ろす。
ガッ!と何かがぶつかる音がして、俺の意識は落ちた。
・・・・・・・・・
それはちょうど3ヶ月前、機械が意志を持ったことをを記念して暦が
そこからは早かった。行動主体は意志を持ち、自らを「テイル」と自称する機械たち。自己防衛のために戦闘用の機械――我々はこれを「牙」、「角」、「腕」など、それらの特徴を表した名で呼んでいる――を次々と作り出し、我々人間に反旗を翻した。
再製造により実質無限の相手に有限の味方。勝負は始まる前から決まっていたのだ。
・・・・・・・・・
油の匂いがする。この「仕事」に就いてから散々嗅いできた匂いだ。暖かく、冷たい匂い。
「ッ……?」
痛みに耐えながら体を起こす。
……痛み?まだ生きている。
「ああ、良かった。目が覚めたみたいだね」
「……誰だ?」
声も大丈夫そうだ。
まぶたを上げて、良かった、目は見える。そこにいたのは、一人の華奢な少女だった。ただ、右腕が、
「おい、あんた、腕は、」
少女が肩までしかない腕を上げて言う。
「ああ、これ?大丈夫、もとからこんなんだからね」
よく見ると、肩の切断面からわずかに配線が、
「!?、、こっちに来ないでくれ」
「大丈夫だよ、あなたに危害を加えるつもりはないから」
「そんな言葉信用できるか」
機械相手にして見抜けるポーカーフェイスもクソもない。
「そんなに虚勢張っても動けないんでしょ?少し休んでたら?その間に考えも変わるでしょ。あ、そうだ、スープ用意したんだけど飲む?今は体を回復させることを優先しなよ」
たしかに体はまともに動かない。それに殺すつもりならすでにやっているだろう。他の目的なら後で逃げ出せばいい。
「なら、少しだけ」
「任せて。すぐ持ってくる」
少女が部屋の向こう側に消えた隙に部屋の様子を目で探る。特に使えそうな道具はない。
しばらくして、少女が両手で器を持ってやってきた。何故か右腕がある。不審に思いながらもとりあえず渡されたスープを飲みながら話を聞くことにする。
「いくつか質問させてくれ。あんたは何者だ?なんの目的でここにいる?なぜ俺を助けた?俺を襲っていた『牙』はどうなった?」
「ちょっと落ち着いて落ち着いて。一つずつ答えるから」
少女が目の前に座り、話し始める。
「まず私が誰かって話だけど、私はベルタ。リベルタスっていう女神から名前が来ているらしいけど、まだそれに会ったことはない。で次になんの目的でここにいるか、これは簡単。私が『テイル』からあぶれたから。『疑う』ことを学んでしまったから。なんであなたを助けたかもそういうこと。
「もう一ついいか」
「どうぞ?まあ聞かれることはだいたい想像はつくよ。この腕のことでしょ?さっきのところ、近くで見てみれば?」
右肩を近づけてくる。……肩と腕の色が違う?
「まさか、この腕、」
「そう、借り物。なかには奪ったものもあるけどね。そういうふうに出来てるの、私は。このせいで『腕喰らい』なんて呼ばれて。嫌な名前でしょ」
「『腕喰らい』……?」
ゴシップ記事の内容が頭をよぎる。「腕喰らい」なる機械のレジスタンスがいて、他の機械の腕を奪って戦った、とか。
呼吸が荒くなっていくのを感じる。当然だ。眼の前にいる相手が下手な「テイル」よりも危険な相手だと知ったら誰でもそうなるだろう。ただ、
「まあ、他のよりはましか」
これが「テイル」なら、いや、それならもう死んでいるか。生きているだけでも僥倖だろう。
「わかってくれた?」
「ああ、今のところはな。わかった、信じるよ」
「ありがと。で?これからどうするつもり?」
そんなこと考えるまでもない、
「決まっている。回復し次第ここを出る」
「で、傷ついた体で今度こそ野垂れ死ぬ、と」
「俺にはそんな死に様がお似合いなんだよ」
こんな身寄りも何もない産業廃棄物には。
「……わかった」
つぶやく声が聞こえる。
「何がだ?」
「そこまで死にたいのなら、『腕喰らい』に殺してもらえばいい」
「……何が言いたい」
そして「彼女」は、こんなことを言った。
「私が助けた人間があっさり野垂れ死ぬくらいなら私に殺されればいい、って言ってんの」
ついでに、こんなことも言った。
「ただ、殺す前に少し手伝ってもらうけどね」
ボツ・実験作品集 秋雨 @akisame-autumnrain-
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