第5話 武器商人と歌姫 ⑤

 翌朝にウリエルが目を覚ますと、ミライとジョセフは忽然と姿を消していた。律儀に食料と水、そして置き手紙だけが残されている。


「よお、寝坊助ドラゴン。やっとお目覚めかい?」


 もう見慣れた胡散臭い語り口の男は健在だ。ウリエルはフードを深く被りなおすと、その影の中から険しい視線をカインツへ向けた。


「行かせたの?」


「まさか! 勝手に出て行ったのさ。無論、契約を反故にするつもりだったなら止めたとも。けど奴さんらは誠実な良い客だったよ」


 彼女たちが残していった荷物から、一切れのパンと封も切っていない手紙を無造作に取り出したカインツは、それらをウリエルに手渡した。


「三食きちんと摂っても三日分はある。余計な荷物にならないようにきみもちゃんと食べろよ」


 ウリエルは受け取ったパンには目もくれず、手紙の封を開けて読んだ。どうやらミライが急いでしたためたもののようで、流れるような文字で謝罪の言葉が記してあった。直接書いてはなかったが、彼女は従者の強い意志の前に折れたらしいということが読み取れた。


 ジョセフの勘は間違っていないとウリエルは思う。手紙を懐にしまい込みながら、彼と彼女が正しい選択をしたことに安堵する気持ちと、なんだか寂しいような気持ちが半々で胸の奥を揺すった。


 その一方でカインツは上機嫌である。


「いやあ今回も良い商談ができたなあ。オレの見立てじゃあのエルフの旦那、なかなかの腕だよ。怪我しているとはいえ、この辺りの魔獣じゃ敵にならんだろうさ。それに奇跡の歌声ってやつもあるみたいだしな」


 そんな皮肉まで飛び出す始末だ。普段は彼の戯言は聞き流しているウリエルも、さすがに少し癪に障った。


「カインツ、あなたには良心の呵責ってものがないの?」


「ないね」


 カインツは即答する。


「そんなものは生きていくうえで足枷にしかならないさ。それにきみから説教されるのはお門違いだ。そうだろ? 相棒」


「……そうね。たしかに、そのとおりよ」


 ウリエルは差し出された水筒の魅力に抗えず、カインツからひったくるようにして受け取ると、一晩の間にずいぶん乾いていた喉を潤した。


「しっかしあの嬢ちゃんも哀れだよ。今どき古代エルフ語で平和を説いてまわって、いったい何人が意味を理解できるのやら。あんな年端もいかない子どもに嘘を吹き込んで、危険な旅に送り出すなんざ、オレたちよかずっと悪人だ」


 近くの岩に座り込んでウリエルの食事が終わるのを待ちながら、カインツはのうのうと言ってのける。

 ウリエルは最後の一切れを水で贅沢に流し込むと、地図を取り出してカインツに次の街への方角を示してみせた。

 彼は満足げに頷き、古びた鉄籠に残りの食料も放り込むと、そのまま担いで歩き出した。


 ウリエルも後に続きながら、ふと思い出して昨日ミライが歌っていたメロディーを口ずさんでみた。ほとんど無意識の行動だったが、その歌声を聞いたカインツはあからさまに呆れた表情で振り返った。


「おいおいウリエル。きみまで神に仕えるとか言い出さないでくれよ」


「そんな気はないわ。でもカインツ。あなたは知らないかもしれないけれど、長い歴史を紐解けば宗教が多くの人を救った時代もあったのよ」


「ああ、そうだな。そしてその倍じゃ済まない人々が宗教のために命を落とした」


 カインツが足元の小石を蹴り飛ばしながら言う。その言動にどこかやるせなさを感じて、ウリエルは彼があれほどミライたちの行いを否定したがった理由が少しだけわかった気がした。


「カインツ、あなた……」


「そして争いが起きれば自然と武器が売れる。そう考えると奴さんらはむしろ上客だったのかもな」


 が、野望に目を暗く濁らせ無精髭に手をやるカインツの様子を見て、ウリエルも考えを即座に改めた。この男は損得勘定でしか動かない。発する言葉はいつも商売人としての目線からだ。

 誇りも殉教も人としての情も、今は何もない。空っぽの男だ。


 責めるわけでもなく、咎めるわけでもなく、ただウリエルは彼を哀れんだ。もっとも、そんな彼と運命共同体である自分も日の当たる道を歩んではいないわけだが。おそらくは、これからもずっと。


「何年か先、彼女たちが戦乱の火種になれば、その時こそ私たちは死の商人になるんでしょうね」


「そうだなあ。そうしたらオレたち、億万長者だ」


 カインツはウリエルの方を見もせずにそう呟いた。

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武器商人は宮廷魔導師の夢をみるか 井沢 翔 @N150Delic

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