第4話 武器商人と歌姫 ④
「……そういうわけだ。カインツ殿、申し訳ないが」
その重苦しいとも言える沈黙を破ったのはやはりジョセフだった。どうあってもミライに危害を加える可能性のある人物をそばに置きたくないらしい。
だが、カインツにはこうした場合に備えた考えもあった。そもそも彼らに危害を加える気はないのだから、簡単な話ではある。要は信用させれば良い。商売の鉄則だ。
顎髭に手をやり十分にもったいぶってから、彼はミライを親指でさしてジョセフに問いかけた。
「大切な存在なんだな」
ジョセフは迷いなく頷いた。それを見てカインツは商売用の笑顔を作る。
「ならオレからも提案だ。……オレたちは次の国までお互いに行動を共にした方が良いと思う」
「なんだって?」
ジョセフが眉をひそめた。
「今の話を聞いていて、なぜそんなことが言えるのだ?」
「ああ。お行儀よく聞いていたさ。だから次はオレの話も聞いてみてほしい。理由は、そちらと同じく二つある」
そう言ってカインツは人差し指と中指を立ててジョセフの前にかざしてみせた。
「一つ目はオレたちはお互いに足りないものを持っているってことだ。そちらは長旅を乗り切るのに十分な食料と水を。こちらは戦力だ。ジョセフ、お前さん怪我をしているようじゃないか。それでまたあのドラゴンに襲われたら、ミライを守れるのかい?」
ジョセフは何かを反論しようとしたのか、一度口を開きかけたがすぐに押し黙った。
カインツはそれを続きを話して良い合図だと受け取り、立てていた中指を折った。
「二つ目、誤解を解いておく必要がある。オレたちはたしかに武器商人だが、死の商人ではないということだ。無闇矢鱈と危害を加えて回る気はないし、それが大切な商談相手ともなればなおさらだ」
「つまり、我々と一時的な契約を結ぼうということなのだな」
ジョセフの理解が早くて助かるとカインツは内心で喜んだ。しかし、事はそう上手く運ばない。
「であればカインツ殿。あなたは大きな勘違いをしている」
「なんだろう?」
カインツも努めて冷静に、それでいて笑顔を絶やさず応対した。
「まず一つ、私にとってあなたに対する印象は先ほどと何ら変わっていない。そして二つ。我らにはミライの奇跡の歌声がある。護衛は私だけで十分だ」
「奇跡の歌声ってのは、さっきドラゴンを追っ払った……」
「そう、それだ。我らは、いや、ミライはその歌声をもって世界に平和をもたらす巫女なのだ」
「巫女……か」
カインツは神や奇跡を信じていない。それを信じるには少々この稼業に深入りしすぎたとも言えた。彼は正直に言って笑い飛ばしたいほどの気持ちを抑え、ここではあえて真剣な表情をしてみせた。
視線を受け取ったミライはわずかに萎縮したように見える。付け入るとすれば彼女の方だと、カインツは確信した。
「それはミライが自称しているのか? それともあんたを含む周りが彼女を奇跡の歌姫として担ぎ出したのか? あれがドラゴンの一度きりの気まぐれじゃないと、どうして断言できる?」
「なっ。カインツ殿、それはさすがに礼を失している。ミライの力は神より与えられた本物だ。それを疑うなど……」
「おいおい、先に礼とやらを投げ捨てたのはどっちだい? 神の巫女は職業蔑視はいとわないのか?」
「貴様、言わせておけばっ!」
「お二人ともやめてください!」
ミライが喉が割れんばかりの勢いで叫んだ。
さすがのジョセフも気勢を削がれたようで、固まってしまった。カインツの思惑通りだ。
「カインツさん。ウリエルちゃん。従者の非礼を代わって侘びます。……神は平等です。あなた方が生きるためにその生活を選んだことは、誰にも否定されるべきことではありません。それに、神の教えには常に助け合えとあります。どうか怒りを鎮めて、私たちを守ってはくれませんか?」
「ミライ! しかし……」
「大丈夫。私を信じてください、ジョセフ。それに私は、あなたにも無理をしてほしくないんです」
ミライの有無を言わせぬ強い口調にジョセフもすっかり沈黙した。その瞳に依然として猜疑心が宿っているのをカインツは見逃さなかったが、どうやらこの二人の関係は正しく主従のそれであると断言できる。それに、扱いやすい方が主導権を握っているのはカインツにとって好都合であった。
彼は満面の笑みを浮かべ、ミライへ手を差し出した。
「商談成立だな。あんた達がオレ達に食料と水を提供してくれる限り、オレ達は何があってもあんた達を守ろう」
おずおずと手を握り返してきたミライを見つめながら、作戦が上手くいったことをカインツは心のなかで歓喜した。「なにか」が起こることはまずない。ましてやドラゴンなんて、この付近に生息していないことは確かな情報筋から確認済みだ。
そう、生息はしていない。この場には居るが。
カインツはウリエルに向けて茶目っ気たっぷりに軽く片目を閉じる仕草をしてみせた。その様子に彼女は呆れたようにため息を吐いたが、他の誰一人としてそれに気づくことはなかった。
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