第3話 武器商人と歌姫 ③

「いやあ、助かったよ。数日前の砂嵐で食料やら何やら失くしてしまって、すっかり途方に暮れてたんだ。相棒ともはぐれちまうし」


 カインツは彼の言うところの数日ぶりの食事にがっつき、忙しなく口を動かしている。


「礼を言うのはこちらだ、お客人。あなたの勇敢な行動がなければ、今ごろミライを喪っていたかもしれないのだ。誠に感謝している」


 ジョセフはうやうやしく手を胸に当て、そんなカインツに向けお辞儀をした。ミライもそれを見てぎこちなく倣う。


 誠実で、騙されやすそうな二人だなというのがカインツの感想だった。いや、騙したのか。どちらでもいいと彼は思いながら、二人に振る舞われた干し肉とパンにむしゃぶりついていた。


 ちょうどその時、三人の囲む焚き火がひゅるりと揺れた。何かを感じ取ったのかジョセフが神経質そうに眉をひそめる。闇の向こう側から砂を蹴る足音が聞こえると、いよいよ警戒態勢とばかりに背の得物へと手を伸ばした。

 しかし、それを制止したのはカインツである。彼は片手をエルフの青年の前に掲げると、「心配ない」と言ってウインクしてみせた。


 そして実際、問題なかった。闇から現れたのはミライよりもさらに幾分年下に見える少女で、そのあどけない表情には敵意の欠片も感じられなかった。

 少女は無言で焚き火のそばに寄ると、カインツの隣にちょこんと座って言った。


「お腹、すいた」


「連れだ」


 カインツが短く説明する。


「名はウリエル。さっき話した……あー、相棒だ。一緒に食事を取らせても?」


 ジョセフはすぐには返事をしなかった。カインツも内心で彼を見くびりすぎたかと反省したが、ミライが目を輝かせて食事の用意をし始めたのを見て、ひとまず安心した。


「ウリエルちゃんって呼んでいいかな? たくさん食べていいからね」


 ミライはウリエルのことがいたく気に入った様子で、食事中にもあれやこれと世話を焼いていた。

 その様子をカインツはのんびりと眺めていたが、ふと厳しい視線を感じ取ってそちらを向いた。視線の持ち主は当然、この場にいるもうひとりの人物、ジョセフである。


「どうかしたかい? 兄さん」


 カインツはどう対応すべきか一瞬迷ったが、先手を打つことにした。

 一方のジョセフは慎重に言葉を選んでいるようだった。しかし数拍置いて、依然として厳しい目つきで問いかけた。


「お客人よ、ジョセフで構わない。それより、あなたのお連れは随分と幼くお見受けするが……」


「オレもカインツと呼んでくれて構わんよ、兄弟。ああ、えーと。そうだな。うん、こいつはたしかにまだ幼い」


 カインツがやけに隣を気にしながらそう話したかと思うと、「幼い」と言い終わるか否かで、彼の急所をウリエルの肘鉄が襲った。


「うぐっ。……見ての通り反抗期でね。手を焼いてる。って待て待て! わかった! わーかったから!」


 攻撃の手を緩めないウリエルをなんとかなだめ、カインツはシャツの襟首から冷たい空気を自らに送り込んだ。その体勢のまま問い返す。


「それで? それが何か?」


「……カインツ殿。命の恩人にこんなことは言いたくないが、できれば明日の日の出とともに我らは別れたいと考えている」


「えっ?」


 ミライだけが素っ頓狂な声をあげた。


「どうしてですか? ジョセフ」


「理由は、二つある」


 ジョセフは苦しそうに話を続ける。


「一つは、カインツ殿。あなたがはぐれたこの少女のことを心配しているようには見えなかったことだ。……失礼なことを話しているのはわかっている。だがどうしても違和感が拭えないのだ」


「ふむ」


 カインツは顔色ひとつ変えなかった。


「二つ目の理由も、一応尋ねても?」


「二つ目は、あなた方の旅の目的が我々と根本的に違うと断じるからだ。あなたたちは武器を売り歩いている。戦禍を広げる存在だ」


「ジョセフ!」


 たまらなかったのか、ミライが悲鳴のような声をあげる。


「さすがに失礼だと考えます。あなたらしくもない」


「きみを危険に晒すわけにはいかない」


 一方のジョセフはこともなげにそう答えた。

 カインツもウリエルも、そんな二人のやり取りをただ黙って見ていた。怒るわけでも、悲しむわけでもなく。

 やがて納得しないなりにミライが黙ると、その場には静寂が訪れた。

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