第2話 武器商人と歌姫 ②
荒野を人間とエルフの二人組が手を取り合って駆けていく。人間の方は年若い女性で、ひらひらとした踊り子のような装束に身を包んでいた。一方のエルフは珍しい男性体で、種族に違わない美しい容貌。その長い金髪をなびかせながら、しきりに上空を警戒していた。
「ミライ! こっちだ!」
エルフの男が後方の女性の腕を引っ張り、すんでのところで空からの追手の攻撃をかわした。
「ありがとう。ジョセフ」
「礼はいい。早く走るんだ。……くっ、なぜこんなところにドラゴンが」
ジョセフと呼ばれたエルフは、先ほどからしつこく自分たちを追い回してくるそいつを、忌々しいとばかりに睨みつけた。
ドラゴン。その生態には未だ謎が多いが、高い知能と運動能力を併せ持ち、何よりも気性が荒いことで知られる。長く生きれば生きるほどその戦闘力も上がり、かつては一匹のドラゴンに滅ぼされた国もあったという。
だがその分、各国や旅人たちの間では警戒されており、直近の国で情報屋から得たこの付近の地図にも、ドラゴンの生息域などは記されてはいなかった。
ジョセフはちらりと自らの後方を走るミライを確認する。このままでは先に捕まるのは彼女だろう。それだけは、避けなくてはいけない。
ジョセフは足を止めた。
「えっ? ジョセフ!?」
「いいから走り抜けろ! きみはここで命を落とすべきひとじゃない」
立ち止まりかけたミライの背を強引に押し込み、彼女とドラゴンの間に割り込む。
これでもまだ勝算は無いに等しい。目の前のドラゴンが気まぐれに炎でも吐けば、二人揃って一瞬で炭にされてしまうだろう。今ほど頑強な盾を望んだことはなかった。
「お熱いね、お二人さん。助けが入用かい?」
ちょうどその時だ。どこか胡散臭いほど余裕に満ちた声が投げかけられたのは。
ジョセフが声のした方向を見ると、大きな鉄籠を背負った男が、こちらへ向けて手を振っている。
「オレがやつを引きつける。その隙に距離を取れ!」
そう叫ぶと同時に、男は手にしていた弩でドラゴンを狙った。
当然のごとく矢は厚い竜鱗に阻まれる。だが、たしかにドラゴンの注意がジョセフたちから男に向いた。
ドラゴンが大きな翼を広げ、男の方へと急旋回する。
一方の男はもたもたと鉄籠から大盾を取り出そうとしていた。あの様子では明らかに間に合わない。やられてしまう。
そうジョセフが思った時、背後から美しい歌声が辺り一帯に響き渡った。
それはエルフの古い言葉で平和を祈る詩だった。それがミライの喉から発せられていることにジョセフはいち早く気がついたが、驚くべきはドラゴンに変化が訪れたことだ。
ドラゴンは急に動きを止め、まるで聴き入るようにしばらくじっとしていた。そしてミライが歌い終わると同時に、どこか遠くの空へと飛び去っていった。
その場にはジョセフと、緊張の糸が途切れたのか彼の腕に抱かれて眠るミライ、そして大盾を構えたまま唖然とした様子で固まっている男だけが残された。
「奇跡だ……! やはりきみは奇跡の巫女だ。ミライ」
ジョセフはあまりの出来事に感極まって、涙を抑えられなかった。
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