武器商人は宮廷魔導師の夢をみるか

井沢 翔

第1話 武器商人と歌姫 ①

 緑の欠片も見当たらない枯れた大地に、一人の男が天を見上げ寝そべっている。

 青みがかったグレーのジャケットに赤いシャツ。カーキ色のデニムパンツのポケットには、もう食料と言えるものは何も残っていなかった。男はウザったそうに無精髭に手を伸ばすと呟く。


「あっちぃなあ」


 恨めしそうに雲ひとつない空をにらみつけた。ここ一帯に続いている季節外れの乾季の影響で、男の旅程は大きく狂ってしまっている。

 男が寝返りを打つと、自らがいつも担いでいる大きな鉄籠が目に入った。その中にあるのは、いずれも名品と呼ぶに相応しい武具たち。だが、今はどんな頑強な盾よりも柔らかい小麦パンの方が恋しい。この荒野には物々交換を頼める相手すらいないのだ。


 そう、男は武器商人であった。


 一度城壁を抜ければ凶暴な生物が跋扈し、それぞれの国同士での紛争も絶え間ないこの大陸において、そう珍しくもない稼ぎ口だ。ただ一つ男に特異な点があるとすれば、それはこの界隈に悪名を轟かせているということか。

 そんな男も肝心の食料と水が手に入らなければ飢えて死ぬ。いかに金を持っていようとそれが自然の摂理、人間の限界なのだった。


「オレ、こんなところで終わるのか」


 男がそんな弱音まで吐いたその時、雲ひとつなかったはずの空に巨大な影が出現した。そしてそれはあっという間に男を包み込んでしまった。


「よう、ウリエル。遅かったじゃないか」


 しかし彼はそれに臆することなく、微笑みすら浮かべて問いかける。

 影は徐々にその範囲を狭め、ついには人間の子供ほどの大きさと形になった。と思えば、今度はその中からフードを目深に被った少女が現れた。


「カインツ。呆れた……。私がこのだだっ広い空を東奔西走している間、ずっと一人で寝ていたというの?」


 カインツと呼ばれた男は反省する素振りを見せるでもなく、ウインクして答えた。


「果報は寝て待てという言葉が好きでね。もっとも、ミイラになる趣味はないから、きみが実際に果報を持ち帰ったことを期待しているとも」


 少女――ウリエルは肩を大きくすくめると、仕方ないなと言わんばかりに小さく息を吐いた。そして、フード付きのコートの内ポケットから地図を取り出し、地面に広げた。

「今居るのはおおよそこの辺り」


 ウリエルがきれいな白い指を地図上に滑らせる。


「どの国、集落からも遠い。カインツの足じゃ三日はかかる」

「畜生、それだけありゃ人間の干物が一つ出来上がるには十分だ」


 カインツが悪態をつく。ウリエルは慣れているといった様子で、淡々と報告を続けた。


「だけど朗報。ここからほど近いところにエルフと人間の二人組が歩いてた。たぶん、食料も持ってる」

「へえ、そいつら、武器は?」

「……エルフは剣を担いでたけど、怪我をしているみたい。人間は、何も」

「よし! そいつは僥倖だ」


 話を聞き終わるや否や、カインツは鉄籠の中の武具を確認し始めた。

 重い金属が擦れる音が響く中、ウリエルはうつむいて、彼に一つ確認した。


「襲うの?」

「まさか!」


 カインツはそちらを見もせずに言ってのけた。


「助けるのさ。その方が何倍も気分がいいだろ?」

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