掴んで放さず

シヨゥ

第1話

 掴んだものは絶対に手放すな。どこで聞いたか、誰が言ったかは全く覚えていないが心の底にこびり付いたその言葉。意味を考えることもなく、なんとなく行動指針になったその言葉。

「兄ちゃん、馬車に荷物を積み過ぎじゃないか?」

 だから物が捨てられずに溜まる一方。

「走りもしてないのに馬が汗をかくなんてよっぽどだ。このままじゃこいつ死んじまうぞ」

「でも捨てられないんですよね。どこかで売れるんじゃ、もう二度と手に入らないんじゃって思ってしまって」

「捨てるのも大事だぞ。捨てた分その空いた手でまた掴めるんだからな」

「そう言われましても」

「大事だと思った時なんて掴んだその一瞬で終わるんだ。あとはそんな時があったただけのガラクタよ。大事なものはその時々で変わっていく。だから掴んでは手放してを繰り返すのが正しいのさ」

 そう言って商館の主はそろばんを弾く。

「ひと山これぐらいなら引き取るがどうだい?」

 提示された額は仕入れた時の半値以下。とは言え何年も塩漬けになったいるものもある。

「ではその金額で」

 仕方がなしにその申し出を受けた。

「まいどあり。お前ら! 商品を運び出せ!」

 その掛け声に丁稚達が駆け寄ってくる。

「手放しでどうだい?」

「損失を考えると胃がキリキリしますが、のんだか清々しい気持ちですね」

「そう思えるなら兄ちゃんは大丈夫だな。長く商売の世界に居てくれよ」

 肩を叩いて商館の主は去っていく。

 掴んだものは絶対に手放すな。それは行動指針ではなく呪いだったようだ。なんでも掴んだままではいびつに歪む。歪めば価値は下がる。次は価値が下がる前に手放そう。そう決意するのだった。

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掴んで放さず シヨゥ @Shiyoxu

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