第8話‐②
花火が終わると、自然とお祭りは静かになっていく。人混みは散り散りになり、露店も店じまいを始める。わたしたちも、なんとなくその流れに乗って、解散にあいなろうとしていた。
「ねえ、瑠璃ちゃん……」
駅が近づいてきたとき、玉ちゃんはふと、わたしに尋ねた。
「どうしたの?」
「瑠璃ちゃんと、春月さんって……友だちなの?」
「え?」
「八石さんも、五色さんも……みんな、瑠璃ちゃんを見て、春月さんのこと、気にしてた。瑠璃ちゃんと、春月さんが仲良しなのは、知ってるよ。でも、それって……なんていうか……」
玉ちゃんは自分で口に出すのも怖ろしい、というように、震えていた。
「それって……ほんとうに、『友だち』として、なの?」
「……、」
「ご、ごめん、変なこと言ってる。でも、どうしても、気になっちゃって、その……」
わたしは玉ちゃんの背中をぽんぽんと叩いて、それから――
それから、大きく息を吸い込んだ。
「ちがう」
「……、」
「わたしが、光のことを好きなのは――友だちだからじゃない。友だちよりも、もっと、特別な……えと……」
なんかわたしも顔が熱くなってきた。でも、玉ちゃんにはちゃんと言わなくっちゃいけないと思った。照れて、ごまかしたりしないで、ちゃんと――だって、玉ちゃんはわたしの、一番の友だちだから。
「だいすきなの。光のこと」
「そ……っか」
「……、」
すると、玉ちゃんは――
はあっとため息をついて、わたしを見た。
「よかった。聞けて。勇気を出して……聞いてみて」
「玉ちゃん……」
「瑠璃ちゃん、この間……家出して、大騒ぎになったでしょ。わたしの所にも、瑠璃ちゃんのおばあさんや、警察の人が来たりして……すごく心配したの。瑠璃ちゃんに何かあったら、どうしようって……もう、会えないんじゃないかって。だけど、わたしはただ、黙って待っているしか、できなかった。怖かったの……瑠璃ちゃんを探しに行って、見つからなかったらどうしようって。見つかっても、瑠璃ちゃんに、もしものことがあったら、わたし、どうしようって……。でも、春月さんは瑠璃ちゃんのことを探して、あちこち駆け回って……それで、見つけて、一緒に帰ってきたんだよね」
「うん……ごめんね」
「春月さんは、瑠璃ちゃんのことを、そこまで大事に思ってるんだって、思ったの。わたし、自分が情けなくて……悔しくて……瑠璃ちゃんの一番の友だちでいたいって、思ってたのに、何もできなかった……」
「玉ちゃん! そんなこと、言わないで。わたしが悪いの。ぜんぶわたしが……」
「そうだよ! 瑠璃ちゃんが悪いの。素人が勝手に探し回って、別な事故や事件に発展するかもしれなかったんだから! でも……春月さんは、それができたの。春月さんにとって、瑠璃ちゃんは……それくらい、大切な人なんだってわかった……」
玉ちゃんは泣いていた。
ぼろぼろ泣いていた。
人の目なんか気にせずに、眼鏡をはずして、手で何度も目をこすって、顔が真っ赤になっていた。
「だから……はっきり言ってほしかったの。瑠璃ちゃんにとって、春月さんはどんな存在なのかって。ふたりの間にあるものって、何なのか……ただのお友だちだって言われたら、どうしようって思ってた。じゃあ、わたしは……わたしは、どんなお友だちなのって、瑠璃ちゃんにとって、わたしと、春月さんの違いって、なんなのって……」
光に出会う前は、ずっと玉ちゃんと一緒だった。
教室であいさつして、一緒にご飯食べて、一緒に帰って……休みの日には、一緒に遊びに行って。小さいころから、ずっとそうだった。
でも、光が転入してきて、わたしと玉ちゃんの一緒に過ごす時間は、少しずつ減っていたかもしれない。それはわかってた。でも、そういうものだと思ってた。玉ちゃんも、わかってくれていると、思い込んでた。
それも、わたしの都合のいい解釈――空想だったのだ。
「玉ちゃんは、今でもわたしにとって、一番の友だちだよ」
「ぅ……」
「小さいころからそうだったじゃない。優しくて、人見知りで、頭がよくて、物知りで……うんちくを言い出すと止まらない玉ちゃん。だいすきよ」
「うん……」
「でも――それは、光への『好き』とは、違う。わたしは、光のこと……」
――なんといえばいいのか。
はっきり言葉にしようとすると、どうしても、単純で、思い切ったことしか、言えない。
「わたしは――光なしじゃ、生きられないの」
「…………、」
「変だって思う? 女の子同士で、そんなこと言うなんて。でも、ほんとうなの。玉ちゃんに分かってもらえるかどうか……わからないけど、わたし本当は――」
「ううん。わかるよ」
玉ちゃんは涙をぬぐい切ってから、また眼鏡をかけなおして、真っ赤な目でわたしを見つめた。
「変、じゃないよ。そういう風に、言える人がいるって……素敵なことだと、思うもの。性別とか、年齢とか、関係なしに」
「玉ちゃん……」
「ふたりのこと、わたしは、笑わないし、変だと思わない。ただ、わたしの気持ちを、はっきりさせたかっただけ。春月さんをずっと、遠巻きに気にしてるだけで、もやもやしてた気持ちを……」
しばらく無言。
ねえ、と玉ちゃんはつぶやいた。
「春月さんも、映画とか……好きなんだよね。もし、今度会えたら、一緒にお話とか……したい。今まで苦手だったけど、ちゃんと……向き合いたい」
「うん」
「瑠璃ちゃん。話してくれて、ありがとう」
「こちらこそ。玉ちゃん……ありがとう」
玉ちゃんは、まだ涙がかすかににじんだ目で、えへへっと笑った。
――やっぱり、玉ちゃんはかわいい。
小さいころから、わたしの前では見せてくれた、丸っこい笑顔。
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