【一】出逢い②
シュヴァルツ様が歩調を合わせてくれたから、今度は二人で
……しかし。やっぱりというか、がっかりというか。午後の
「シュヴァルツ様、小麦粉を買いたいのですが」
粉屋の前で止まってお
彼は「ん」とぞんざいに
「!?」
びっくり
ななななんか金貨がいっぱい
「足りるか?」
「店ごと買い取る気ですか!?」
平然と
「一枚で今日の買い物は十分お
金貨を一枚だけ抜いて革袋を返す私に、彼は
「盗るのか?」
「盗りません!」
「では、預けても構わないだろう」
ケロッと返す将軍に
「私が言うのもなんですが、初対面の者をたやすく信じない方がいいですよ」
あ、目上の方に意見しちゃった。生意気だって
「誰彼構わずではない。俺は人を見る目があると自負してるんだ」
「……っ!」
意外な返答に言葉が詰まる。どうして彼はそんなことを言うんだろう。実家では、自分が置き忘れた
「粉はどれがいいんだ? 大きい袋の方が長持ちしていいだろう」
シュヴァルツ様が一番大きな
「あ、あの、私がお持ちします! ご主人様にお荷物を持たせるなんて……」
「俺の腕、お前と比べてどう思う?」
どうって……? 私は将軍の腕に私のそれを並べてみる。わ、全然違う。
「シュヴァルツ様の方が三倍くらい太いです」
正直に述べると、彼は
「そうだ。つまり単純に考えて、俺とお前とでは三倍は力の差があるということだ」
……いえ、実際は十倍以上あると思いますが。私の腕は骨と皮ばかりで、シュヴァルツ様みたいな引き
「ということは、ミシェルが持つより俺が持った方が、より多くの荷物が運べるということだ」
その
「でも、シュヴァルツ様は私のご主人様です。だから荷物は
それが上流階級の『正しさ』だ。しかし、
「
「俺といる時は、ミシェルは重い荷物は持たない。これは命令だ」
「……え?」
「
「はい。そうです……けど……」
そんなの、ありなの?
「
「え? あ、はい!」
先に歩き出したシュヴァルツ様を、私は
「次はどこだ?」
「えっと、
彼は立ち止まって私を待って、
調味料一式と粉物を揃えた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。重い荷物を
「もう遅いから、ここで飯にするか」
そうですね。今から家で作ると夜中になってしまいますし、満足な生鮮食料品もありませんから。
「では、荷物を持って先に帰っていますね」
両手を出して荷物を受け取ろうとする私に、彼は
「先に帰る? 外食は苦手か?」
「いえ、そうではなく……」
私は
「使用人はご主人様と外食しませんから」
「……いちいち
シュヴァルツ様は
「しかし、先に帰ると言っても、この荷物をすべて持ったら、お前は
「それなら、何回かに分けて運びます」
「なんでそんな手間のかかることを……」
言い合っていると、店から食事を終えた客が出てきて、私達は左右に分かれて道を空ける。
「……ここで不毛な会話を続けていても、店の
さっさとドアを
「腹に
「
席に着くなりメニューも見ずに
「食わないのか?」
「いえ、私は水だけで」
使用人が主人に食事姿を見せるなんてはしたない。……そう思っていたのだけれど。
「
「いえ、本当にお
ぐ───!
ひぇ!? 真っ赤になってお腹を押さえる私に、シュヴァルツ様は表情を変えず取り皿を差し出す。
「……イタダキマス」
もう、空気読んで! 私のお腹の虫。でも……朝から何も食べていないから、お腹が減っていたのは事実だ。私は
「私はこれで十分なので、あとはシュヴァルツ様がお
それは、一人前に丁度いいくらいの量。これでも実家にいた
「……それだけでいいのか?」
シュヴァルツ様は
「若いモンが
大きくって……。
「いえ、今度は本当に適量です。
本当ですよ。彼は私の顔をじっと見つめてから、
……この方、行動が読めません……。
不可思議な気持ち
ない!?
十枚の大皿のうち、半数はもう空になっていた。
え? はやっ!
あの両手より大きな
私がこっそり見守る中、彼は
注文した時、二、三人前のメニューを十皿も
「……ずっと前線基地にいたから、食える時に
そんなしどろもどろで言い訳しなくても
「いえ、ご自分のペースで召し上がってください」
私は
「ミシェルも自分の速度で食べるといい」
シュヴァルツ様が先手を打ってくる。
「お前の食べ方は、何というか……
「それほどでも……」
「あの、少しお
フォークを進めながら、私は切り出す。
「何を?」
「シュヴァルツ様のことです。お
「ああ、好きに訊いてくれ」
「では……」
私はコホンと
「シュヴァルツ様はご
ブホッ!!
将軍は盛大に
「だ、大丈夫ですか!?」
苦しげに
「……すまん、想定外すぎて……」
ハンカチで口元を押さえ、
「申し訳ありません。お世話をさせていただくにあたって、同居のご家族の人数を
意図を伝える私に、シュヴァルツ様は「そうか」と
「結婚はしていない。同居の家族も。あの家には一人だ」
うん、確かに人の住んでいる気配はなかった。
「でも、クローゼットに女性の衣類やベビーベッドのある部屋があったのですが」
「それは前の住人が置いていった物だ。あの家は
「三日ですか……」
だから、家具には長らく使われた
「では、その前は何を? どのような
更に
「話せば長くなるぞ?」
「聞きたいです」
これからの
シュヴァルツ様は
● ● ●
シュヴァルツ・ガスターギュは国境沿いの小さな村で生まれた。
貧しいながらも幸せな生活を送っていた彼ら家族を悲劇が
家族を殺され、身一つで
戦場に出てからというもの、彼は
そして、戦術にも
それは、軍人なら
「俺が敵軍の
シュヴァルツ様は
「国王陛下は俺に
……それって、辺境
「だが俺は、もう戦いに飽きていたし、領主って
「え!?」
叙爵って断れるものなの!?
「で、爵位より金が欲しいって言ったんだ」
「えぇ!?」
不敬! 大丈夫なの、それ!?
「それで、領地の税収に相当する
シュヴァルツ様は皿を飲み込む勢いでポタージュスープを
「で、最初は兵士用宿舎に
……でしょうねぇ。
「適当に空き家を
適当にあの規模の
「しかし、軍に入ってからは身の回りの世話は従卒がしてくれていたので、一人暮らしの勝手が
「それで、私が派遣されたのですね」
言葉を
シュヴァルツ様って、叙爵は辞退したっていうけど
「──ということで。俺は王都の生活も物価もよう解らんのだ。正直、俺は家など食って
その指示は明確で解りやすい。
「はい。
いつの間にかすべての皿を空にしていたご主人様に、私は胸を
売られた令嬢は奉公先で溶けるほど溺愛されています。 灯倉日鈴/角川ビーンズ文庫 @beans
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