そして夏休みへ - 105日目 -

 月曜日、うん、いつもの3倍憂鬱だ。まず休み明けってのが一つ。本格的に文実の仕事をしないといけないのが一つ。そして前回と同じならテスト結果が俺だけ先行して返ってくる。嫌だなぁ。


× × ×


 やっぱりそうだった。テスト返却では俺のテストだけ返ってこなく、保健室で受け取るよう言われた。ここで疑問に思う人もいるだろう。先週の木曜と金曜に大会などがあってテストを受けられなかった人はどうしているのか。回避出来れば一番よかったのだがそんなことは一切ない。例の保健室隣の空き教室と他の特別教室に学年ごとに隔離されている。かわいそうに。


 そしてやってきた昼。


「はぁ・・・何でまた俺だけ」


「いいじゃんよ。今回が初めてじゃないんだしな」


「それがおかしいんだっつーの」


「じゃあみんなで行こー!」


「ついてくんな」


「いいじゃん。だって光ちゃんの結果が指標になるんだよ」


「なりたくねぇよ」


 そんな風に文句を言っても皆さんしてついてくるんですよね。わかっていますよ。

 またぞろぞろして保健室に行く。いつものメンバーでいないのは橋倉と和田、佐藤くらいか。


「失礼しまーす」


「ああ来た来た。さてと、お待ちかねのテスト返却ね」


「待ってませんよ。なくなってほしいくらいです」


「さて、今回はどんな感じなのか、光ちゃん的に手ごたえとかはどうなんだ?」


 手ごたえ・・・ねぇ。


「割とあったな。ていうか言っただろ。何か今回のテストやけに簡単に感じたって」


「確かに。あの光ちゃんがそんなこと言うとは思わなかったけどな」


「あのってなんだよ」


 慎とテストについて確認を行った後ついに返却される。


「じゃあどの結果から見たい?」


「どれも見たくねぇ」


「はい、では数学からでお願いします」


 雛のやつ、よりにもよって一番自信ないやつを選びやがったな。


「先に言っておくけど順位が出るのは明後日、終業式と同じ日だからね。ということで、これからテストを返却します、はい」


 順位発表は終業式と同じ日。イコール奈々が学校に来る日か。そうそう、奈々が来る日についてだが言われて早々にココかわたりんか知らんがラインで送ったようでみんなして知っている。いや、この手際に良さだったら葵もあり得るな。


「数学の点数は・・・おお! すごい! 85点!」


 ・・・


「は?」


「えぇー⁉」


 みんなして驚いているが俺は驚きを通り越して疑問符が浮かんでいる。は? 85点? 数字逆じゃないの?


「先生、取った俺が言うのもあれですが採点ミスってませんか?」


「数学担当の先生が言うには間違いはないらしいわよ。ちなみに現時点での平均点は・・・51点だったかしら」


「平均51点・・・」


 それを聞いて落ち込んでいる人が数人いる。平均51点だと結構低いか。幅があることを考えれば底辺は確実に赤点だよな?


「光ちゃん、ズルしたでしょ」


「この状態で何をどうズルしろってんだよ」


「本渡先生。光ちゃんに答え教えてませんか?」


「それは安心して。私じゃ難しくてわかんないから」


 葵のやつ疑り深いな。あと高校数学がわからないって教師としていかがなものか。あ、でも保健の先生は括りとしては別枠に入るのか。


「平均51点で矢島さんが85点・・・ヤバイです。非常にヤバイです」


「私も負けているかもしれない」


 前回比較的上位を取っていた雛や尾鷲まで慌てている。下位の人は・・・言うまでもないな。


「先生。どんどんいきましょう。次は・・・物理とか」


「何で出来の悪い物からなんだよ」


「出来の悪い物からってことは85より下はないってことだろ」


「確かに」


 慎の言っていることにめっちゃ納得した。そうか、出来の悪い数学で85ってことはそれより下はないって捉え方もできるのか。おいココ。お前は何をお願いしてるんだよ。お願いしますお願いしますうるせぇよ。


「物理は・・・平均46点で光ちゃんは・・・74点」


「平均低っ!」


「いやそこじゃないぞ光ちゃん。74点って」


「これ私たちも危なくない?」


 46って物理相当難しかったんじゃん。確かに74はすごい。自分をほめてもいい。でも安心して。最上位三人にはどうやっても勝てないから。


 その後もテストがどんどん返却されていく。結果だけ言うか。

現代文、平均点67点、俺70点。

古文、平均点62点、俺69点。

化学、平均点68点、俺78点。

英語、平均点61点、俺83点、リスニングパーフェクトだったらしい。

地理、平均点76点、俺90点。

保健、平均点75点、俺75点。

情報、平均点65点、俺70点。

ということは・・・学年平均571点、俺694点・・・


「は? 先生、それ本当に俺の答案用紙ですか?」


「紛れもなく矢島君の答案用紙よ。筆跡は私だけどね」


「ちょっと待って。光ちゃんやるな」


 そんなこと言われても俺だって驚いてるんだから。もうちょっとで700いったじゃん。


「ココ! かなたん! 戻って来てー!」


 魂が抜けてしまったらしいココと佳那は葵に任せておいて俺もびっくりだ。


「ちなみに今の矢島君の順位聞きたい?」


「何でわかるんですか」


「今テストやっている人たち以外でもう順位は出ているからよ。あとはその人たちの出来次第ではあるけど」


「聞きたいです!」


 本当に聞きたいのは俺なのになんで葵が前のめりになっているのか。その後時差でわたりんからも聞きたいコール。何人か静かなんだが・・・ココと佳那、は魂が抜けているからそうだとして雛と咲彩も静かだ。


「今の矢島君の順位は・・・・・・」


 溜めないでほしい。早く言ってほしい。


「25位よ」


 ・・・・・・


「は?」


 俺は今日一日で何回「は?」って言うことになるのだろうか。マジっすか⁉


「なるほどな、光ちゃんの点数で25位か。てことは上は盤石ってことか」


「でもちょっと待って、前回同じくらいの点数のひなっちが88位だったでしょ。じゃあやっぱり今回のテスト難しかったんだ」


「・・・なぁ、俺悪くねぇよな? 何でテストでいい点数取ってんのに悪く言われなきゃなんねぇんだよ」


「それはあれだな。競争してるからだな。でも光ちゃん、いいのか? 今回そんな点数取ったら次厳しくなるぞ」


「あ・・・あぁー! そうだったー!」


 そうだ、今回こんな点数を取ってしまったらどうせ次もやるであろう競争の相手が変わってくる。前回と同じ要領でいくと・・・わたりんだ・・・勝てるわけないじゃん。


 そんなこんなでテスト返却が行われたあとの空気は・・・重い。何だこの空気。


「矢島さん、取りすぎですよ。雛も勝てませんって」


「私も負けたな。多分」


 雛と尾鷲は現実を受け入れたようだ。でもまだ返されてないからわからないじゃん。あ、そうだよ。


「負けたって決めんのはまだ早いだろ。だってよ、慎に言われてみんなして早くから勉強してたじゃねぇか。だったらここにいる全員点数といい順位といい割と高いと思うんだが」


「確かにそうだな。いやー今回いい働きしたなー」


 その点については慎にちょっとばかり感謝しておこう。


「でもここの三人見てよ。息してないわよ」


 ここの三人、おそらくココと佳那、咲彩の三人だろ。息もそうだが声を全く聞かない。咲彩はともかくいつもうるさいココや佳那もだんまりだ。


「ほっとけ。それより腹減ったから昼でも食べるか」


 他人の食欲なんざ知らん。俺は腹が減ったからとりあえず食べる。


× × ×


 放課後


「光ちゃんお願いだ。取材に協力してくれ!」


 そう言って迫ってきたのは新聞部本橋。そういえばテスト勉強の期間にそんな話があったな。


「何でまた俺なんだよ。他にもいるじゃねぇか」


「二年担当は俺なんだよ! で、手始めにって思ってよ」


「俺を準備運動に使うな。こうなったら他のやつも呼び出してやる。おいココ」


・・・あれ? 応答がない。


「ココ」


「・・・何光ちゃん」


 なんだ、いるじゃん。にしても


「いつもの調子はどこ行ったんだよ」


「昼の聞いていつもの調子でいられるわけないじゃん」


 そう言われて背中に軽くグーパンを食らった。まぁ大して痛くなかったからいいが。


「俺は知らん、それはそうとわたりんと葵を呼んできてくれ」


「むぅーー・・・」


 唸り声をあげながら呼びに行っているココをしばらく待つとしよう。


「これで全員に取材できるだろ」


「いやー一気には厳しいな」


「効率を考えろ。やれるときにやった方がいいだろ」


 そうそう。世の中効率大事。


「わかったよ。じゃあ応援を呼んでくるから」


 応援とは誰だ? 新聞部・・・他に誰がいるのか知らん。


「呼ばなくてもどうせ行くのに」


 お、葵が来た。


「呼ぶということは何かあるということですね。なんですか、自分はいい点数取りましたアピールでもしたいんですか。でしたらさーちゃんのグーパンでお返ししてあげますけど」


「何で怒ってんだよ。つーかそんなことするか。俺そんな自意識過剰じゃねぇぞ。むしろ逆だ」


「どおしたの?」


「本橋が新聞部の活動で俺たちを取材したいんだと。障がい者特集って感じでな」


「あー、確かにそういうのやってたわ。うんうん、あれね」


 俺にはあれが何なのかよくわかっていないのだがまぁいい。


「でその本橋本人はいつ帰ってくるんだ?」


 応援ってどこの誰を呼びに行ったのだろうか。しばらくすると


「呼んで来たぞ。この人こそ我らが新聞部部長の相馬先輩だ」


「あーっと・・・何で私呼ばれたの。放送部でやること・・・」


「そんなこと言わないでくださいよ! 部長なんすから」


「え? 相馬先輩⁉ 新聞部の部長もやってたんですか⁉」


「そう。もういっそ統合してマスメディア部部長にしてもいい・・・いや、やっぱ疲れるから嫌だ」


 自分から言っておいてそれを否定するとか。それにしても兼部かつどっちも部長とか、よくやるな。いや、やらされてるだけか。


「相馬先輩、大変ですね」


「ほんと大変。部長職どっちも譲るよ。私は早期退職するから」


「やめてください。俺にはどっちも務まりませんって」


 いつものようなネガティブ発言がどんどん飛び出してくる。しかもやる気が感じられない声で。


「矢島さん、こちらの先輩を知っているのですか?」


 あ、そうだ。こいつらの前では相馬先輩の事話していなかった。さーてどうしようか。


「前にちょっと話したんだよ。慎と葵に生徒会室に連れていかれたときにな」


「あ・・・そうそう! 部長だから会長とも話す機会があってね(光ちゃん後で覚えておきなさいよ)」


 おい葵、心の声が聞こえるぞ。ていうかあながち間違ってないだろ。連れていかれてるし。


「相馬先輩、本当ですか?」


「え・・・あぁー・・・あんまり覚えてないけどそうだった気がする。でもこの二人と知り合いなのは本当」


 雛の勘が鋭いのが本当に困りごとだ。下手をすれば俺たちのやろうとしていることがバレるかもしれない。


「相馬先輩がいるなら心配・・・ある気がしますがやりましょう。で本橋、どこでやるんだよ」


「そりゃもちろん部室で!」


 そう言われて部室に連れていかれる。部室に来たのは障がい者3人とココ、雛。あれ? 雛って部活じゃねぇの? 佳那と尾鷲は行ったぞ。聞いてみると「一日くらいサボっても問題ないでしょう」とのことだった。まさか雛からそんな言葉が出てくるとは。葵なんか体調心配してるぞ。そしてココはずっとおとなしいし。

 部室に到着すると


「部室って放送室じゃん」


 いや、だって放送部だよ。他に教室を持っているわけ・・・あれ? 今は新聞部か。何かわかんなくなってきたぞ。


「そう、新聞部は活動拠点が二か所あるんだよ。ここ、放送室と歴研室な。でも今歴研室は歴研部が使ってるからここになったってわけ」


「歴研って略すな。怒られるぞ」


「オカ研と似たようなもんだから問題なし!」


「あっそ」


 じゃあ知らね。それはそうと早く終わらせてほしい。


「じゃあ誰からやる?」


「俺は別に誰でも」


「じゃあ光ちゃん最後」


 誰でもいいって言ったから順番指定されても文句はないよね? 言ってはいないが今の言葉にはそんなニュアンスが含まれているように感じる。はいはい文句ないですよ。


「すみません、少しお聞きしたいことがあるのですがいいですか?」


「えー・・・」


「露骨に嫌そうな声を出さないでください。いくら雛でも傷つきますよ」


「そんな傷慣れたもんだろ」


「矢島さん、一発確定です」


今ので一発もらうのかよ。それと相馬先輩けだるそうに嫌そうな声出してたな。


「聞きたいこと?」


 本橋が聞き返す。雛の聞きたいことってなんだ?


「新聞部って何人いるんですか?」


「あーそれ聞いちゃうか・・・」


 何だ? 聞かない方がよかったのか? まさかここ二人だけなわけ。


「実質俺と相馬先輩の二人だな」


「本当にそうなのかよ」


 思わず声に出てしまった。マジかよ。でも実質って何だ?


「厳密には部員は10人くらいいるんだけどな。全員兼部で兼部している方を本気でやってるからこっちにはたまにしか顔出さないし。新聞部寄りなのが二人だけってだけだ」


「私違うんだけど」


「そんなこと言わないでくださいよ」


 なるほどね。ということは残りの人は運動部と兼部とかか? まぁそれは置いといて。何かなぁ・・・


「なぁ、ぶっちゃけていいか?」


「お? まさか特ダネを俺に?」


「ちげぇよ。もう言うわ。二人はどんな関係なんすか?」


「矢島さん、言っていいことと悪いことがありますよ」


「俺からしてみれば今の雛の発言こそ言っちゃ悪いことな気がするんだが」


「いやどっちもダメでしょ!」


 いや俺は言っていいか聞いたからダメじゃないと思うんだが。まぁいい。今俺が知りたいのはこの二人の関係性だ。どう考えても普通ではない気がするのだが・・・。あとココ、いい加減調子を戻してくれ。あんまりだんまりだと逆に気持ち悪いぞ。


「あ、それ聞いちゃうか・・・」


「別に言ってもいいし。言いふらすことだけしなければ」


「何で自分から言おうとしないんすか! まったく、こう見えて俺と相馬先輩は・・・あー・・・ごほんっ!」


「私たち付き合ってまーす」


「あ! 勝手に持って行くなよ! 俺だけ恥ずかしい思いしたじゃんか!」


「うるさい離れて」


「・・・」


 あー・・・反応に困るな。キャーとでも言っておけばいいのか? 羨ましいなこのやろうとでも言って散々言ってやればいいのか?


「え⁉ 嘘⁉ 二人とも付き合ってるの⁉」


「相馬先輩まさかの彼氏持ち・・・」


「しかも身近にいたなんて驚きです。というか彼氏彼女の関係を目の前で宣言されたのなんて初めてですよ」


 真っ先に反応したのがついさっきまでだんまりだったココだった。やっぱり女子って恋愛話に目がないんだな。


「相馬先輩、本橋のどこがいいんすか?」


「うーん・・・どこだろう・・・若いところ?」


「それここにいる全員当てはまりますけど」


「で、もっちゃんは? もっちゃんは?」


 相馬先輩からは碌な答えが返ってこなかった。すると今度はココが本橋に詰め寄った。急に元気になったな。


「全部だな。うん、欠点も全部含めて全部がいい!」


 キモいという言葉が出かかっていたが何とか堪えた。


「本橋さん、キモいです」


「ちょ、ひなっち! 言っちゃダメよ!」


「あのー、全部聞こえてますけど」


 俺の言いたいことは雛が代弁してくれた。それにしてもまさかこの二人が付き合っているとは。性格とか正反対みたいなもんじゃん。


「私たちは幼馴染だったから・・・成り行きみたいなもん」


「キャー!」


 なるほど、よくあるパターンですね。ていうか付き合うに至った理由ってかなり大事な気がするんだがそれを成り行きって言葉一つで片づけるなんて・・・。俺が彼氏だったら泣いてるぞ。


「はいはいこの話は今度ゆっくりな。そうだよ、このままじゃずっと逆質問されっぱなしじゃん! よし! 話を戻そう」


「お前のそのキャラはどこから来てるんだよ」


 何だろう。俺の本橋に対する評価がどんどん下がっていってる気がする。いや、気がするじゃないな。明確に下がっている。相馬先輩はこんな本橋のどこがいいと思ったのか。悪いけど。


「まずは更科葵さん、あなたからインタビューを始めますけどいいですか?」


「・・・うん、いいけど・・・隣が気になりすぎて」


「ああ気にしないで。いつものことだから」


 何だろうか。雛に聞いてみたら相馬先輩が本橋に寄りかかって寝ているらしい。ついさっきまでしゃべってたじゃん。寝つき良すぎだろ。


「さて、じゃあ最初の質問。更科さんが車いす生活をすることになった理由を教えてもらっていいですか? あ、そうそう。答えたくなければ答えなくてもいいから。俺も強要はしたくないからな」


「全然いいよ。どのみち話すことになってたし」


 その後二人のインタビューのやり取りが続いた。

 本橋が聞いていたのは車いす生活になった経緯。これは事故にあって車いす生活なったということを葵が言って。

 車いす生活になって不便だと思うことを聞き、歩けないこと、普通にみんなが行ける道を行けないことと答え。

 車いす生活で苦しかったことはと聞いて。この時俺は葵が話すのをためらうかと思ったが葵はそんなことなかった。ためらうことなく話していた。しかもその話の中には俺やここにいる、いない人もいるが一人一人の名前を挙げていって答えていた。なんか恥ずかしいな。葵が苦しかったこととは車いす生活でみんなに迷惑をかけているのではないかと思い込んでいたことだった。実際はただの思い込みだったが本人はそれでかなり自分自身を追い詰めていた。もうそれがあったのは3か月も前の話なんだなぁ。で、不登校になりかけていたところを助けてほしいと雛と咲彩、葵本人に言われ俺たちが喝を入れてやった。いや、喝を入れたのは母親だったな。長々と説法を聞かされたのを覚えている。でもあの説法は今に生きている。その「おかげで」今がある。そうだ、今からでもあの時の説法の内容を思い出して文章にすれば新聞に載るんじゃねぇか? 母親らしからぬめっちゃ良い事を長々と言っていたから。逆にあれ以降全く良い印象を抱いていないのは置いておいて。

 今の学校生活で不便だと思うことはと聞かれ強いて言うなら移動教室の時遠回りしなきゃいけないことと掃除がみんなと同じように出来ないことと答え。

 最後に本橋は


「更科さんは車いす生活になったことを良いと思っていますか? それとも悪いと思っていますか?」


 こう聞いた。その質問に対して葵は


「答えは一つ、良いと思ってます。今はこの生活を悪いとも思ってませんし後悔もしてないです。だってそんなこと言ったら、みんなにまた怒られますからね」


 迷いなくこう答えた。いや、俺はさすがに怒らないけどな。障がいを持つことを悪いと思うこと自体は至極まっとうなことだ。要は捉え方の問題なのだが葵はあの時言われたことをしっかり守っているようだ。


「さてと、更科さんへの質問はこんなものですかね。あそうそう、ここからはちょーっと脱線するんだけどな、ぶっちゃけ、更科さんって好きな人とかは———」


 あ、やばい。本橋の趣味の話にうつりだした。止めよう。


「本橋、話を戻せ。脱線ってレベルじゃねぇぞ」


「すすすきな人⁉」


「葵、今の話は無視だ。次はわたりんだな。じゃあさっさと始めろ。俺はさっさと終わして帰りてぇんだからよ」


「アオの好きな人気になる!」


「ココ、脱線被害を増やすな。雛、ココの口でも塞いどけ」


「せっかく開くようになったのにまた塞ぐんですか」


「じゃあ部屋の外に連れ出せ」


「嫌だ! 私ここに残るからね!」


「じゃあ黙ってろ。あと本橋、お前も関係ねぇ事は聞くな。少なくともこの場では」


「ふーん、じゃあこの場じゃなければいいってことでいいのかな?」


「それは葵の返答次第だな」


「ちょちょ! 勝手に決めないでよ!」


 要はそれを聞く場に俺がいなければいい。そうすれば俺は完全に無関係だから。どうぞ好き勝手にやってくださいだ。ただそれをやる勇気が本橋にあるのかは知らん。


「じゃあこの話はまた今度ということで。次に渡さん、聞いてもいい?」


「うん」


 そしてわたりんへの質問が始まった。とは言っても内容は葵の時とほとんど変わらない。ただわたりんが答えた内容が違うな。

 まず障がいはいつからかについては生まれつきと答え。不便だと思うことはみんなとちゃんと会話することが出来ないことと答え。ここで言う会話が何を指しているか。これは俺の推測でしかないが間に人を挟まずタイムラグなくごくごく自然に話すことを指すのだと思う。そういえば早川先生が俺たちに特別課題を出していたのを思い出した。今はそれと関係なしに会話するよう努力している。例えば俺たちはそれなりに手話を覚えた。一方のわたりんは話すときは声を出すようにしている。以前はしっかり伝わらないこともあったが練習の甲斐あって今は伝わらないということはほとんどなくなった。だがこれは最初に言ったように俺たちの間での話だ。他の人では変わってくる。初期メンじゃない人たちもそこに含まれる。橋倉や駿、本橋がそうだ。というか初期メンに入る人の方が少ないな。俺や慎、ココ、咲彩、雛、葵くらいか。あ、咲夜さんと夏夜さんもか。佳那と尾鷲も割と長い付き合いではあるが手話を使った会話というよりはタイピングでの会話が多い。まぁそれでも成立しているからいいのかもしれないがやっぱりわたりん本人からしてみれば手話で会話したほうがいいのだろうな。うーん、そう思うと難しい問題だな。

 次に障がいを持って苦しかったことはと質問された。ここでわたりんが答えるか疑問に思った。以前俺たちに言ったときもかなり期間が空いた。しかもわたりん自身それを言うことへの恐怖があった。だからずっと言えずにいた。まぁ内容を聞いてそうだろうなと俺が思ったくらいだ。本人の思いは俺の思い以上だろう。わたりんは小学生時代辛い思いをしていた。小学生を経験した人ならわかるだろう。小学生は純粋なのだ。自分の思っていることをそのまま口に出してしまうことがある。それだけではない、逆にため込んでしまうこともある。これは性格よりなのか。まぁそれはいい。わたりんはため込む人だった。その結果体調を崩し、周りを避け、聞かないようにした。でもそれでいられたのは咲彩や咲夜さん、夏夜さんの支えがあってこそだったと思う。もしそれが無かったらと思うと、正直考えたくもない。でもそれじゃダメだと自分でも思って、咲彩も、咲夜さんも、夏夜さんも思っていた。だから俺たちの前で話した。で、それを聞いた俺はわたりんに怒ったのだがその結果、わたりん以外の人たちから一発ずつもらうことになった。悪者になってくれって咲彩に言われたからその通りにやってガツンと言ってくれって言われたから言っただけなのに。まぁでも、それがあって今のわたりんがいる。なんだろうな。抱え込んでいない感じと言ったらいいか。今はそんな感じがするな。

 そして最後にあの質問、障がいを良いと思うか悪いと思うかについてはわたりんも良いと思うだった。「ここにいる私じゃないとここにいるみんなには会えなかったから」。母親が以前に言っていた。それをわたりんは理由として持ってきた。やっぱりあの言葉はみんなに生きてるんだな。くそ、録音でもしておけばよかったな。


「ちなみになんだけど渡さんに好きな———」


「本橋君、それ以上聞くと———」


「はい! すみません!」


 葵怖っ。でもおかげで本橋のターンは完全スルー。てことは最後は俺か。


「皆さん、もう時間的に結構遅いですけど」


「あ? 今何時だ?」


「もうすぐ6時ってところかな」


「そっか、じゃあ帰るか」


「え? ちょっと! まだ時間———」


「ねぇよ。また明日な」


「最終下校時間までまだあるのに」


「そんなのとっくに過ぎてるから帰っていい。バイバイ」


 相馬先輩起きてたのか。いやでも声が寝起きだな。どうやら一刻も早く帰ってほしいようだ。じゃあお言葉に甘えてさっさと退散しますか。


「ええ、それではまた明日」「相馬先輩、また」「えー? もっと話したいのにー」


 ココのやつこれ以上何を話すんだよ。そんなのいつだってできるだろ。俺は残業しない主義なんだ。あれ? こんな時間に帰ってる時点でもう残業じゃん。現実を知ってしまった・・・。


× × ×


 帰りの道中


「ねぇ、本橋君っていつもあんな感じなの?」


「いや、俺もそれ知ったのつい最近だからな」


「何と言いますか。相馬先輩に振り回されてる苦労人って感じがしますね」


「お、その肩書最高じゃん。今度からそれに改めるか」


 俺が考えたよりもいい肩書だから遠慮なく使わせてもらおう。第一印象を伝える方法として肩書は必須だからな。特に目の見えない俺からしてみれば肩書が結構大事な役割を持つ。まぁおれの考えた肩書は見る以外の印象なんだけどな。


「ちょっと待って。今度から? じゃあその前もあったってこと? もしかして私たちも?」


 げっ、何つー勘の鋭さだ。ここはどうしようか。言っても逃げても結果は同じ気がするな。


「え? 私たちにもあるの? 聞きたい!」


 何でココは喜んでいるのだろうか。別にもらって嬉しい物じゃないぞ。特にココの肩書なんか。


「どうせ碌でもない物でしょう。聞いたところでストレスが溜まるだけですよ」


 お、雛が助け船を出してくれた。このまま逃げれば言わずに済むか?


「そうだ、俺が考えたのなんて俺が勝手に考えた第一印象でしかねぇんだから。あとは・・・そうだな・・・今まで関わってきて思った当人を一言で表すならこうって問題出された時の答えみたいなもんだ。聞いたってお前らを怒らせるだけだからな」


「それ言っちゃうのね」


「怒らせるってわかってんなら言わねぇのが一番双方にとっていいだろ」


 そうだ、ということでこの話は終わり。ココは何でうなり声あげてるんだ? 別に難しい話なんか何一つしてないのに。


「ですが雛も聞きたいですね。矢島さんのネーミングセンスは雛も一目置いていますから」


「置かんでいいわ。とにかく今日はもう時間がねぇだろ。また時間があるときにな」


「アオさん」「うん、言質取ったからね。明日の昼にでもじっくり聞きましょうか」


「・・・何とかして逃げるか」


 よし、明日午前の授業が終わったら速攻で逃げるか。となると誰かに協力を頼まないといけないな。誰だ? 頼めそうな人・・・一人しか思い浮かばん。ああ、慎ではないぞ。あいつは葵側に立ちそうな気がするからな。

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不完全高校生 Personal9 @Personal9

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