Ep.15 ある優しき青年の末路

 

 俺は魔王の喉に二振りの剣を突き立てようと、地に双剣を向けて落下した。


「……寂しいものだ。このままでは私が存在していた証など、この世界にはまともに残らないか」


 いつの間にか人の姿になっていた魔王はぼやき、顔をくしゃりと歪めて嘆きの表情を浮かべた。

 本気で悲しんでいるのか本当は楽しんでいるのか、それはわからなかった。


「道連れだ。全て、全て全て全て全て、何もかも、何もかもがお前の手で吹き飛んでしまえば、永久にこの世界に爪痕を残せる」


 落下してきた俺が魔王に剣を突き立てる直前に、奴は俺の腕を掴んだ。

 何か、とてつもない何かが己に流し込まれる感覚があった。


「お前は、今日この時に最大の罪を背負う。お前が生き延びられるかは分からないが、死ねることを祈れ。もしも生き延びたら、お前は魔王になるだろう」

「なッ……」


 ほんの一瞬の間。

 世界の時の流れがまるで遅くなってしまったかのような不思議な感覚のする間に、魔王はそう言った。

 ハッとした瞬間、俺の双剣はヤツの胸を深々と貫いた。

 そのまま奴の身体を勢いよく倒し、その剣は地面に突き刺さる。


「さあ」


 魔王は血を胸から噴き出しながら、かすれた声で言った。


 その瞬間、俺の剣の切っ先からとてつもない衝撃波が放たれ、地面が裂け、全てが崩れ始めた。

 俺の二振りの剣が、たったの一撃で、城の地面を壊した。


「救いのない後日談のプロローグを、始めようじゃないか」


 崩れ行く世界を見ながら、魔王のかすれた声を聴きながら、俺は意識を失った。

 このまま自分は死ぬのだろうと、そう思いながら。


 次に目を覚ました時、俺は立っていた。

 かすんだ視界、感覚がおかしい手足。そして、熱くて仕方のない頭。


 己は死んだのか。

 ここは天国か地獄か何かなのだろうか。


 そう思いながら己の眼をこする。感覚がおかしいが、視界ははっきりする。

 己の手足を見る。細い。明らかにおかしい。


 俺は自分の頭がどうなっているか確認するため、動揺しながら駆け出した。

 走るうちに気づく。自分が瓦礫で埋め尽くされた場所にいることに。


「いつの間に、こんな場所に?」


 そう呟き、俺は自分の姿を確認するために水のある場所を求めて走りだした。


 その時だった。

 俺の足に何かがぶつかり、何もない瓦礫の街に、キン、カラン、という金属音が響いたのがのは。


「え?」


 そこに落ちていたのは、ダレンの使っていた杖とメイの使っていた大剣。

 そして、何かをくるんだキャソックだった。


 そしてその傍にあったのは、塵の山。

 その武器の持ち主であったはずの大切な友達の姿は、どこにもなかった。


「え、は、? なんだこれ?」


 俺はパニックを起こして駆け出した。

 走り続けて、転んだ表紙に割れた鏡の上に倒れこんだ。


 そのまま手を切ったかと思ったが、自分の手はキンと音をたてた。


 自分の手足は、金属のようになっていた。

 そして、鏡に映った姿はあの時見た魔王の姿そのものだった。


 頭がランタン。


「……なん、で?」


 困惑した俺の口から零れたのは、疑問の言葉だった。

 どうやって発しているのか、いや、そもそも他者に聞こえているのかもわからない。


 俺は、理解した。

 理解してしまった。


「……ああ、お願いだ」


「道連れだ」という言葉。

「もしも生き延びたら、お前は魔王になるだろう」という言葉。

「何もかもが、お前の手で吹き飛んでしまえば」という、あの言葉。


 それらの魔王の言葉全てが意味するのは。


「お願いだから」


 魔王が、俺に彼自身の力をねじ込んだこと。

 俺が、あの一撃でこの国を滅ぼしてしまったこと。


 どれだけ償いたくても、もうこの国に生きた存在はいないこと。

 俺の存在を記憶しているのは、誰もいないこと。


「俺を、一人にしないでくれよ……」


 俺を一人にしたのは、他の誰でもない俺自身だ。

 この惨劇を起こしたのは、俺だった。


「う……あぁ……あ!」


 それら全てを自覚して、俺は鳴いた。


「うあああああああああああああああーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!!」


 泣きたかったが、涙なんて流れるわけがない。


 人の身体を、人の姿を失って。

 この涙を流す機能のない身体で、どうやって泣いたらいいのかわからない。


 感情に身を任せて、走って、走って、あの小屋を見つけた。

 魔王が用意していたのかもしれない。


 そこに落ちていたひも状のもので首を括ろうとしたけれど、ひもが燃え尽きた。

 水に頭を突っ込んだが、水は一瞬で蒸発した。


 どれだけ望んでも、俺は死ねなかった。



「……ヒトリニ、シナイヨ」



 そんなある日の事だった。


「マオウサマ、ヤッパリイキテタンダ」

「サビシクナイカラ、イッショニイキヨウヨ」


 "俺のために"魔物が現れたのだ。

 あの悲鳴に応え、数日遅れて姿を現したのだろう。



 そうさ。


 毎晩魔物が現れる現象は、俺があの日「一人にしないで」などと高望みしたから、起きてしまったんだ。

 最初は王城だった場所付近にしか出なかったが、次第に出てくる範囲は広がっていった。


 世界中に広がるとは思わなかったから、正直言って死ぬほど後悔している。



 とにかく、その現象を初めて前にした俺は、絶望の中で怒りを感じた。

 俺は恐怖と、怒りと、やり場のない憤りを彼らにぶつけた。


「……来ないで、俺のそばに、来ないでくれッ!!!!」


 結局、あれは全部八つ当たりだったんだと思う。


「マオウサマ、ナンデ、ナンデ」

「ワタシタチ、アナタノタメニ」


 彼らは何も悪くないのに。


「嫌だ、嫌だ、違う、違う、違う!!!!!!」


 それでも、彼らを殺す手は止まらなくて。

 魔物の姿で剣を振り回していて、ふと気づいた。


 メイが大剣を振り回したとき並みの衝撃波が、俺のショートソードから出ていることに。


「俺は魔王じゃない、お前らの慕っていた魔王じゃない」


 でもあの時の俺には、それを気にする余裕なんてなかった。

 自分の現状を否定したくて、認めたくなくて、何もわからなくなりたくて、剣を振り続けた。


 違う、違う、自分は魔王ではない、魔物ではない、という否定の言葉を叫びながら。


「俺は……俺は、魔物じゃない。人間なんだッ!!」


 そう叫んだ瞬間、魔物の血が俺の身体に染みこんだ。

 血が染みこんで、気づけば俺は人の姿になっていた。


 フェル。

 お前は城の近くで魔物と戦ったあの日の朝、俺の軍服にお前の血がついているのを見て、少し悲しそうな顔をしていたな。まあ、自分がどんな表情をしていたかなんて覚えていないかもしれないし、自覚すらしていなかったかもしれないが。


 なあ、フェル。

 お前はその時に、「お前の血はついているのに、魔物たちの血がついていないこと」に疑問を覚えなかったか?



 その答えが、それだ。


 俺は、毎日魔物を殺さないと人の姿を保てない。

 それも、直接。血を浴びるほど近くで殺さなければならない。


 どうやら俺は、殺した魔物の血を取り込むことで人の姿になれるようだったんだ。



「マオウサマ? チガウ、ダレ、イヤ、オマエガ」

「オマエガ、マオウサマヲキズツケタノカ」


 魔王の気配が人間のそれに代わって混乱しながら、魔物は俺に襲い掛かってきた。

 俺が俺として剣を一振りするだけで、魔物の姿だった時のそれとは比にならないほどの衝撃波が出た。


 脆くなっていたのだろうか。俺のその一撃で、辺り一帯の瓦礫が塵になった。

 後に1本の剣でやったら威力がマシだということがわかり、俺は安心して人の姿でも剣を振るうことができるようになった。


 だって、魔物の姿でやるのが一番手っ取り早いが、それでは「俺という魔王が一人になりたくないために呼んだ魔物を、俺という人間が過去を守るために殺す」という最悪の状況になってしまう。


 ならばせめて。

 せめて俺は、彼らを「人として」殺そうと思った。


 この現象が俺の感情によるものだというのなら、俺が死んでしまえば止まるかもしれないと思った。

 けれど、ダレンとメイの武器を見るたびに思い出したんだ。俺が、かつてしでかしてしまったことを。



 そう。俺が殺してしまった先生の、アスクラピアさんの弟子。

 師匠を殺した仇を討ちに、彼がいつかやってくるかもしれない、と。


 だから、彼に殺されるまでは死ねない。

 彼が俺に対して死を望まない限りは死ねない、と。


 ○ ○ ○


「……これが、きっかり3年前に目を覚ました俺の、俺だけの真実だ」


 絶句する僕に、彼はそう言って微笑みかけた。


 この国が滅んだ理由。

 彼の魔物の姿の真相。

 魔物がこの国に現れる理由。

 彼が魔物を殺し続ける理由。


 そして何より、自分の存在が彼を生に縛り付けていたという事実。



 それらを聞いた僕の心には、驚きとも悲しみとも怒りとも違う奇妙な感情が湧き上がっていた。

 その感情のままに、一つだけ彼に質問をしてみようと思った。


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