Ep.14 少年と青年と男

 

 僕は彼と共に城の中を進んでいく。


 ところどころ荒れていたり崩れていたりしたものの、魔物に占拠されていた割にキレイな城だった。

 魔物たちは本来自然の中で暮らしているからそういった設備を管理するなんてできないだろうと思っていたが。


 やはり、魔王の存在は魔物たちに何かを与えていたのだろうか。


「この先に王の間がある。きっとあいつは、そこにいる」

「わかった。覚悟はできてるよ」


 僕らは顔を見合わせて頷いて、その大きな扉を開けて部屋へと踏み入った。


「わあ……」


 その広い部屋には白い大理石の柱が何本もあった。

 その柱には一本一本違うデザインで、これを作るのにとてつもない手間がかかったであろうことは想像に容易い。


 話に聞く海のような翠玉色のカーテンがついた大きな窓がいくつもあった。

 夜風にあおられて、時々カーテンがふわふわと舞っていて何とも美しい。


 開いている窓から月の光が差し込んでおり、雪のように真っ白な綺麗な床はそれを反射し光っている。

 天井は夜空のような紺色で、埋め込まれた宝石がキラキラと光っている様はまさに星空のようだった。


 僕は一瞬見ただけで、部屋全体がまるで芸術品のようだという印象を受けた。


 そんな部屋の中心に、目立つように金と赤に彩られた玉座があった。

 よく見れば床のタイルは玉座を中心に円形に並んでおり、かつてそこにいた本来の王の存在を引き立てていたのであろうことを僕に想像させる。


 そして彼の言葉通り、確かにそこに魔王がいた。


 驚くべきことに、ローブのフードを被っていない。

 その顔は、ヴォルがちょっと老けたような顔だった。

 髪も肌も白く、瞳は紅色。本当に彼とよく似ている。


「ここまで、似ているなんて……」

「はは。ずいぶん遅かったではないか、戦士たち」


 彼はいかにも大物、といった感じの笑顔を浮かべて玉座に座っていた。

 その手には、細いシンプルなステッキが握られている。


 魔王は僕が驚いているのを気にも留めず、彼の事を見つめている。


 僕はやっぱり部外者だろうし、この男はきっと僕のことなど覚えていないだろう。

 先日会ったことを覚えていても、きっと眼については知らない。


 魔王はきっとどこか冷酷な男なのだ。

 あの2人の話を聞く限りでは、そのような印象を受けた。


「久しぶりだな魔王、二度と会いたくなかったよクソッタレ!」

「その言葉が聞けて安心したよ、戦士。自分もまさかこんな形で会えるとは思わなかったさ」


 彼は本気で怒っている、という表情を浮かべている。

 僕がいる以上、そしてこの空間が今どうなっているのかがわからない以上は怒りに身を任せて暴れられない、ということで我慢しているのだろうが、あの鬼のような形相を見る限りでは本当だったら今すぐにでも魔王という男を殺したくて仕方がないのだろう。


 そして、魔王の口ぶりからして、どうやらこうして話ができるのはイレギュラーなことらしい。

 本来こうして話せるはずがない、と魔王は思っていたらしい。


「3年の時を経て魔力が枯渇しすっかり消えかけていたのだが、あの王城の跡地で君たちが魔物の討伐を行った時に少年に偶然観測されて存在を引き上げられ、その時に彼が戦士と同一視したために混ざってしまったのだ。容姿はほぼ同一だったため混ざってしまったが、性格が違うらしいのでこうして無事に存在している、というわけだ」


 男は僕に笑いかけた。

 その張り付けたような笑みの奥に何を隠しているのか、僕にはわからない。


「理解したかね? 私が存在しているのは、君のおかげだ」

「どういう意味だッ!?」


 僕が声を荒げると、彼は少しバツが悪そうな顔をして言う。

 さっきとは違って、こちらは明らかに本心からの表情であるとわかる。


「恩返しの代わりに詫びさせてほしい、それだけさ。まあ無関係な他人だったらどうでもよかったのだが、君にだけは詫びなければならないことがあるのだよ」


 そして、またあの能面のような笑みを浮かべて言う。


「さあ、話をしようか。そこに座るといい」


 魔王は僕らの背後を指さす。

 先程まで何もなかったはずだが、と思いつつ振り返ればそこには木製のクッションが敷かれた椅子があった。


「すまんな。この城にあるまともなイスはそれぐらいしかなかった」


 そう言って魔王は「困ったもんだなあ」とでも言いたそうな表情を作ってみせた。

 魔王という名や聞いていた話から受けた印象、前に会った時とはイメージが全然違っていて驚く。


「俺の本来の性格はこんなものだぞ。まあ普段、私は魔王として振る舞うようにしているのだから堅苦しい印象を受けるのも当たり前だが」

「っぎゃァーーーーーーー!!??」


 うわ、心を読まれてる!?

 絶対に心を読んだよ。絶対に心を読んだよ、この男。


 魔王は悲鳴をあげる僕をニコニコとした笑顔を浮かべて見ていた。


「面白がるな、魔王」

「おやおや、恋人をとられて気分が悪いのかね?」

「ちょっ、僕は男ですし付き合ってませんし何を言って……!?」


 ダメだ。この男、面白そうにしている。

 僕の中の魔王のイメージがガラガラと音をたてて崩れていく。


 完全にコレは親友の類に冗談を吹っ掛けるノリだ。仲の悪い相手にすることではない。

 様子を見る限りでは、仲が悪いといってもおそらくヴォルからの一方通行なのだろうとは思うが、それにしても――。


「冗談もたいがいにしろ。殺すぞ」

「そうやって感情に走って失敗したのは誰だったかね?」


 そう言われて悔しそうに地面を強く蹴った彼を見て、魔王は満足そうに笑った。


「……思ったより普通に接してくれるんだな」

「フェルがいる手前、突然殴りかかるのも良くないし、そもそもの目的がお前に話を聞くってことだったからな」


 ため息をつきながら言う彼は、笑顔を浮かべている。といっても目が全く笑っていないのだが。

 これを笑顔と呼ぶのは笑顔という言葉への冒涜なのではないかとすら思う。


 魔王は彼の顔を見て一瞬不思議そうにしたのち、声をあげて笑った。

 しばらくすると笑い声がピタリと止んで、表情が真面目なものに変わった。


「さて、長い前座だったが本題に入らせてもらう。少年に、3年前にここで何が起きたのか教えてやるとしよう」


 魔王が語ろうと口を開いた時、彼は突然声を荒げた。


「待ってくれ!! 俺が、自分で話す。俺自身の口では何も語らないままこいつに真実を知られるなんて、たまったもんじゃねえッ!!!!」


 誰にも反論させる暇を与えず、彼は語り始めた。

 ひょっとすると、最後まで自分が話すことができず、人に話をさせるのが嫌だったのかもしれない。

 そう思いつつ僕は彼の言葉に耳を傾け、夜風で冷えた顔を手で温めながら話を聞いた。


 彼、ヴォルカ・プロメテウス……一人の青年の物語の、その結末を。


 ○ ○ ○


 あの最悪の出来事の後、アスクラピアさんの弟子……フェルがどうなったのか、どこに行ったのかを確認する暇もなく、銀薔薇軍は襲い来る魔物たちと戦い続けた。


 俺はというと、一時期はアスクラピアさんを死なせてしまったショックで寝込んでいた。

 自分がしてしまった取り返しのつかないことを悔やんで、どうしようもないことをした自分に苛立って、何もできなかった。


 だが、何もしないで悩み続けるよりは誰かのために戦いながら苦しんだ方がマシだと思って、俺は再び前線で戦うことを決めて、久しぶりにこの軍服を着た。


 正直そこからはただひたすらに魔物を倒し続ける作業みたいな戦いばかりで、あまり細かいことは覚えていない。

 ただ、戦って戦って道を切り開いて、魔物たちに占拠された王城付近の街をどんどん取り戻して。

 そして、ようやく王城に攻め入る準備ができて。


 3年前、いや、正確には3年と7日前。


 俺とダレンとメイは、3人でここに突入した。

 他の兵士たちは皆道半ばの魔物に足止めを食らい、なんとか抜け出せたのが3人だけだったからだ。


 バタバタと走って、ここに来て、魔王にようやく対面して。

 そしてこいつの一番最初のセリフが「強くなったな、私と戦うのにふさわしい戦士となった」だとよ。


 それが、とてつもなく頭に来たんだ。

 それまでに犠牲になったたくさんの仲間たちや様々な村人たちが頭に思い浮かんだから。

 昨日まで笑っていた人が翌日には死体、なんて状況を生み出した張本人が笑っているのを許せなかった。


 戦いを楽しんでいるこいつを、どうしても許せなかったんだ。


 怒りのあまりに正気を失った俺は、なりふり構わず、魔物の姿になったこいつに突っ込んだ。

 そんな狂気の中でも動きが単調になってしまわないよう気を付けるための冷静さは忘れなかった。


 そうして隙を作らないようにしていたのに魔王は、攻撃のペースを乱すためか遠距離から炎の矢を放ったり、俺の最大の長所である足を狙って黒い刃状の闇の塊としか言いようのないものを飛ばしてきたりと最善の手だけを打ってきた。


 獣のような叫び声をあげながら、発狂していた俺は魔王に幾度となく斬りかかった。

 ダレンの風を利用して宙を舞い、メイの強力な一撃を避けた隙をついて追撃をした。


 俺は叫んだ。


「あの日お前に騙されて死んだあの兵士! あの日仲間の仇を討つために死んだあの兵士!

 数多の国民、国王、かつてのシルバー国、日常……それらすべて、何もかも、お前が奪ったものだッ!!!!」

「全て事実であると認めるが、果たして君には人の日常を奪った罪で私を裁く資格はあるのかね?」


 魔王は、俺の言葉を聞いて手を止めて淡々と語った。

 俺も思わず落ち着いて手を止めた。あの場で、攻撃を続ける者はいなかった。


 ダレンもメイも、会話に口を挟むことはしなかった。


「なんのことだ……」

「師匠を亡くし、故郷を失い、誰にも面倒を見てもらえず、挙句の果てには死んだ師匠に『人並みの幸せ』を望まれたために記憶すらも奪われ、孤独に吹き飛ばされた一人の少年のことをお忘れかね?」


 その時魔王が指摘してきたのは、フェルのことだった。本当に血の気が引いたよ。

 アスクラピアさんを殺した瞬間に俺は勇者などではなく、悪魔か何かに堕ちていたのは間違いない。


 あの時の俺は考えていた。

 その罪は、どんな罰をもってしても償うことは叶わないだろう、と。

 強いて言うならばこの命を差し出すことをもって罰とするか、もしくは生きて生きて苦しみ続けて償うかしかない、と。


「少なくとも、貴様を大切に思ってくれていた一人の人間を貴様自らの手で殺したという事実は未来永劫消えることはないことだ。この戦いの後も貴様が生き残っていれば、仇を討ちに来るかもしれんぞ、戦士」


 嫌な汗が止まらなかった。

 じとじととした空気が俺の肌に張り付いて、俺の喉をふさいで、俺の目を潰した。


 その一言で追い込まれるほど、俺はあの日の罪に追い詰められていた。


「戦士よ、貴様も罪を塗りつぶすほどの善としての肩書が欲しいだろう」


 だから、その一言に負けかけてしまった。

 負けかけた己に怒りが湧き、一度は冷静になったはずが、蓋を開けてみれば。


「お前は……ッ、お前だけは、生かしておくものかァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!」


 落ち着く前より、酷く気が狂っていた。

 己に対する怒りを、目の前の存在で発散しようとした。


「ヴォル、やめろ! 怒りで我を忘れるんじゃない!!!!」

「止まりなさい!! 変わる前の私のように、感情に呑まれてはダメですわ!!!!」


 ダレンの声が聞こえた気がする。

 メイが俺を止めていたような気がする。


 それでも、俺は止まれなかった。


「塵と消えろ、魔王ッ!!!! これで終いだああああああァァァァァッッッ!!!!!!!!」


 双剣を両手で強く握りしめ、地を駆け、壁を蹴って、誰の助けも借りずに宙に飛び上がった。

 そうして、二振りの剣の切っ先を魔王の喉をめがけて。


 ……突き立てて、終わるはずだった。



 俺はその怒りの末に、全てを失うなんてことは欠片も想像しちゃいなかった。


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