Ep.11 再会、別れ、見つめる双眸

 

「お前たちの後悔を倒してもらいたくてここに2人を呼んだんだ」


 そう言いながら、ダレンさんはニコニコとした笑顔を浮かべていた。

 その緑色の髪は風になびいて、ほとんどの土地で草の一本すら生えないこの瓦礫の国の中では眩しく見えた。


「ルカ。俺たちにはな、時間がないんだ。本当はもう少しいられるはずだったんだが、ちょっと力を使いすぎてな」


 ダレンさんは「なんてこった」というように腕を広げて、困り顔で笑ってみせた。


 力、というのは僕を助けるために使ったあの力の事だろうか。

 いや、違うだろう。それでは『2人を呼んだ』という言葉の理由がわからない。


「じゃあ、じゃあダレンもメイもここにずっといたのか!? 俺に何もしないで、ずっとずっと……ここに……」


 彼は少し涙を流しながら、表情を変えずに尋ねた。

 二人は顔を見合わせて、小さく笑って話す。


「そうだ。お前に気づかれないように、ずっとこの国の全てを見守っていたんだ」

「そうして罪悪感に呑まれそうになっている貴方を救う手段を、ずっと考えていましたの」


 その温かい笑顔からは、確かに彼を思う気持ちが伝わってきた。

 彼にもそれが伝わったかは、笑うことができないらしいその顔ではハッキリとはわからないけれど。


「なあ、お前たちはどういう存在なんだ? いつまでいられる?」


 彼が不安そうに尋ねれば、二人は答えてくれた。


「俺たちは幽霊さ。長年使っていたことで自分の魔力の詰まった物を経由し、現世にしがみついている」

「私はこの大剣に、彼はこの杖にそれぞれ憑りついている状態ですのよ」


 なるほど、つまりは他世界言語で言うところの"ツクモガミ"というものに近い存在なのだろう。


「そして、残り時間な」

「……実のところ。残りの魔力から考えたら明日で限界ですの」


 思わず息をのんだ。

 彼の口からは歯を軋ませる音が聞こえた。


「本当はこうして姿を現すことも困難なんだ。少年のその、多くを見る眼がなければ、ね」

「見てくれる人がいれば、残すことができる。見ることができる人がいれば、存在できる……ってことですわ」


 驚いた。自分の眼にはそんな力があったのか。

 これに宿っているのは、見えないものを見て、そして見ることによって存在を引き上げる力だったのか。

 だからあの日、魔物の声もハッキリと聞けたのか。


 なるほど。そうだったのか。


 確かにこの眼が普通ではないことはわかっていた。

 あの目薬の正体が、それの強すぎる力を抑えるためのものだともわかっていた。


 それでもわからなかった力の正体は。そうか。


「まあ幽霊としてでも存在できてるだけ奇跡だから、消えたところで元通りってだけさ」

「むしろこうして多くを残せた時点で、元通り以上に大収穫ですわね」


 二人は笑う。無理しているのは僕でもわかる。

 どうしようもなく、悲しかった。


 二人は歩く。その歩みはふらふらとしており、限界が近いことがわかる。

 どうしようもなく、苦しくなった。


「今日は、一度は眠りについた君が目を覚ましてからちょうど3年というわけだ。決着をつけるのに、これほどにいいタイミングはないと思わないかい?」


 ダレンさんはニヤリと笑って立ち止まった。

 そして、杖を地面に刺して何かを唱え始めた。


「そうだな。それも、そうか」

 ヴォルは小さく呟いて、フッと鼻を鳴らして無表情のまま笑った。


 それから僕らが風に吹かれながら何かを待っていると、突然僕のキャソックのポケットが銀色の光を放ち始めた。


「なるほど、過去に関わる薬は君が持っているソレだけか!!」


 詠唱を終えたらしいダレンさんは少し苦しそうに言った。


 どうやら、薬を経由して何かをするつもりらしい。

 さっき歩いていたのは、薬が大量に保管されている可能性の高い地下室の真上にでも移動していたのだろう。

 ヴォルやダレンさん、メイさんは師匠と暮らしていた時期があるのだ。位置を把握していてもおかしくはないだろう。


 僕はそっと、その瓶を取り出した。

 金色の液体が銀色に光っているという、なんとも不思議な光景がそこにあった。


「クソッ……やっぱコイツで3年以上前の存在を投影するのはすこし骨が折れそうだな」

「力貸しますわよ、このまま消えるのは少し早すぎますから!!」


 メイさんは、大剣を杖の横に突き刺しながら叫んだ。


「あークソ、これで二人そろって残り数時間だな。もう姿も保っていられなさそうだ」

「ふふふ……まあ、これから起きることを見届けられたら満足ですものね」


 そう会話する二人は、どんどんと薄くなっていく。

 なんとか見える、という状態まで消えていく。


「時間がないんで手短に言うが、俺たちが今発動させようとしてるのは3年前にアスクラピアさんを刺した時のルカの存在を当時の街もろともそのまんまここに投影するっていうか実体化するヤバい規模の魔法だ」

「存在を投影する、という形ですから行動をなぞったりはしないはずですわ。もちろん使った事なんてないから断言はできないのだけれど、戦いが終わったら出てくるものを割れば戻ってこれるはずです」


 問答無用というように、二人はこれから起きることを淡々と説明する。

 とんでもないことを話しているのはわかるが、不思議とそれに困惑する気持ちはない。


 でも、どうしてこの人たちはこんなにも満足したような顔で消えようとしているのだろう。

 ずるい。ずるいよ、本当に。


「待ってくれッ!! ダレン、メイッ!!!!」


 彼は二人に駆け寄ってその肩に触れようとするが、その手はすり抜けた。

 どこまで行っても死者と生者。言葉を交わせても、触れることは叶わない。


「その風に揺らぐ影を追い、風と共にそれをここに届ける。その影の名前は――」

「――ヴォルカ・プロメテウス、3つの年と4つの月を遡れば確かに存在する彼の罪の幻影」

「現下にありしヴォルカ・プロメテウス――かつての罪を嘆き罰を求める者よ。汝は影を裁き、形を成せ」

「当世を生きしフェル・アスクラピア――罰望む罪人の隣に立ちて支えし者よ。汝は影を絶ち、形を結べ」


 二人は共に唱える。

 彼ら自身の後悔を晴らすため。僕らの心を救うため。


 言葉がひとつ紡がれるごとに、彼らの姿が消えていく。


「「影と形、対となるもの。終わらぬ夜に、終わりを齎すがよい」」


 二人が最後にそう唱える頃には、もはや揺らぐ空間にその体の輪郭を見ることで限界だった。

 もはやその姿は消えてしまっていた。


「ダレンさん、メイ、さん……ありがとうございました!! 僕を"また"助けてくれて、ありがとうございます!!!!」


 ありがとう、一緒にいたのは短い時間だったけれど僕に多くの事をくれた人たち。

 ありがとう。それ以上に、何を告げたらいいか僕にはわからなかった。


 "過去視の泉"が強い光を放ち始める。

 眩しくて目を閉じたが、瞼すら突き破ってその光は僕の眼に届く。


「さようなら、ルカ。さようなら、フェル。歩むことをやめないでちょうだいね」

「達者でなルカ、過去をちゃんと乗り越えろよ。頑張れよ少年、きっと答えは見つかる」


 光に向かって、僕らは叫ぶ。


「さようなら、ありがとうございました!!」

「さよなら、二人とも。お前たちはこれまでもこれからも、俺の大事な親友だ……ごめん、それから、ありがとう!!」


 満足したような笑い声が聞こえた。


「「決着、つけてきて」」


 言葉を、受け取った。


 ○ ○ ○


 しばらくして、強い光が消えていく。

 僕の手の上の瓶の中身は、美しい金色から黒が混じったべっこう色になっていた。


 辺りを見回すとそこには瓦礫などなく、街があった。

 うっすらと記憶に残っているのと同じ研究所の建物は、この近くには見当たらない。

 夜の街。あちこちの窓から光が漏れ出している。ただし、人は一人もいない。


 どうやら、ヴォルと離れ離れになってしまったようだ。

 まあ、あの人なら心配しなくても大丈夫だろう。


 あの二人は今も、僕らを見守っているのだろうか。

 姿は消えてしまったし言葉を交わすこともできないけれど、きっとまだ存在はしているのだろう。

 寂しいけれど、残してもらったものをしっかりと受け取らなければ。


 そして二人の残したこの光景は、かつて存在していた街なのだろう。

 ここが、僕がいた場所。きっと僕は、幼いころにこの辺りで生きていた。


 ああそうだ。僕はここで育ったんだ。傷ついて、師匠に拾われて。

 僕を苦しめる人のいない場所へ、そう言って師匠はここに連れてきてくれたんだ。


 少しだけど、思い出した。


「どこにいる、敵はどこにいるッ!!」


 しかしどうやら、過去の記憶や別れの余韻に浸る暇もないらしい。

 聞こえてきた声を警戒し、僕はカバンに手を突っ込んで防護薬を手にした。


「ダレンのと同じキャソック着てるな、お前。殺して奪ったのか?」


 警戒していたのに、一瞬で背後に詰め寄られた。

 背筋に寒気が走り、ぶわりと脂汗が噴き出す。


「なっ……」

「いいや、答えなくていい。敵だな!!」


 考えるより先に手が動き、僕は自分でも気づかないうちに防護薬を使っていた。

 出現した防壁に、その二振りの剣がキンという甲高い音をたてて弾かれる。


 その剣から衝撃波が出たりはしない。どうやら、当時はまだその力を使えなかったらしい。


「チッ……調薬師か。面倒だが、持久戦には勝てるまいッ!!」


 ヤバい。これは、非常にヤバい。

 急いでヴォルと合流しなければ、殺される。


「調薬師の切り札が防護薬だけだと思うなッ!!」


 少しでも時間を稼ぐために、一本道に入った瞬間に後ろを見ずに毒薬を投げた。

 この手のは滅多に使わないし、彼に効くかは怪しいし、そもそもそれが当たっているかはわからないが。


「げほ、ごほ……くそ、ッ」


 幸運なことに、どうやらそれは当たった上に効いたらしい。

 僕が見ていた彼とは比較にならないぐらい弱いし、色々お粗末に思える。


「これで終わりだと思うなッ!!」

「お前を絶対に殺してやるからな!!!!」


 憎しみのこもった声を聴きながら、僕は走った。

 足音が近づき、風を切る音が聞こえるたびに僕は防護薬を使った。


「くそッ、間に合うか!?」


 防護薬が一つ、また一つと減っていく。

 最悪なことに今握っているのが、今使えるぶんでは最後の一瓶だ。


 毒薬だって一つしか持っていなかったから、もうこの状況に対処し得る切り札はない。

 爆薬はこんな街中で使ったら大変なことになる上、どこにいるかわからない彼を巻き込む可能性がある以上使えない。


 これを使ったらあとはダメージを受けるたびに回復薬を使うか、ダガーであの剣撃を凌ぐしかない。


「死ねェェエェェッ!!!!」


 そして僕は、どうすることもできず防護薬を使う。

 防壁に守られている数秒の間どうするか迷ったが、僕は少し自分を信じてみることにした。


「ケッ、俺がガキの時に使ってたダガーまで盗みやがったのかよ」

「いや違う。受け取ったんだ」


 鞘から抜き、構える。

 目的はただ一つ。身を守って時間を稼ぐこと。それ以上は、決して求めてはならない。


 右斜め上方から一撃。

 次に左斜め下からの二振りでの重たい一撃。


「くッ……」


 正確に角度を見極め、丁寧に弾き、避ける。


 右前方からの一閃が二連撃。

 左前方からの重い一撃。


 正面上方からの一撃。

 左斜め上方からの追撃。


 鍔迫り合いに持っていかれたら、武器の形状からしてどう考えても負ける。

 後退しながら全力で攻撃を凌ぎ続ける。少しずつ疲労がたまっていく。


 誘導やらなんやらを考える余裕などなく、僕は周辺の風景の変化に気づいていなかった。

 少しずつダガーを振るう手がしびれ、疲労は痛みを生み始めていた。


 そんな苦しい状況の中、遠くに人影の幻が見えて一瞬安堵してしまう。

 そうして僕の手が揺らいだ隙を相手が見逃すはずもなく。


「隙がでかいぞ、これで死ねッ!!」


 本気で殺しに来る一撃が、飛んでくる。

 ああ、死んだな……


 ……と思った瞬間に、幻ではなかった人影が相手に詰め寄って一撃を食らわせた。

 相手の身体は、とてつもない速度で吹き飛ばされていった。


 その人影の正体は、もちろん彼だった。


「助けに行けなくてごめんな、フェル。ここから動けなかったんだ」


 剣を構えた、僕がよく知っているヴォルがそこにいた。

 先程の一撃で衝撃波が出ていないことから察するに、今の彼にあの異常な強さはないらしい。

 それでもまあ、ダレンさんたちの話を聞いている限りでは十分強いのだろうが。


 考えながら周囲を見れば、近くに記憶と相違ない研究所の姿があった。

 彼が動けなかったのは、当時この付近にいたから何かに引き留められていたのかもしれない。


 しかし、僕の視界に入ってからはそういった問題はなくなったらしい。

 もしかしたら見えない壁か何かでもあったのかもしれない。


「おとぎ話の英雄は遅れてやってきて必ず間に合うらしいが、俺も英雄みたいになれたかな?」


 フッ、と鼻から息を吹きながら言う。



 これまで一度も僕に笑顔を向けなかった彼は、その時確かに不敵な笑みを浮かべていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る