Ep.10 その想い、聞き届けて
僕は涙を流し、喉が引き裂かれたのではないかと思えるほど痛むまで叫び続けた。
そうしてようやく冷静になり、涙や鼻水でぐちゃぐちゃになってしまった顔をハンカチで拭いていた。
「さて。続きがないわけではないけれど、もう聞くのをやめるかい?」
ダレンさんは、僕に笑いかけた。
「あ゛ー……ど、どうしたら、いいんでしょうかね」
痛む喉で、言葉を発する。
わからない。僕にはもうわからない。
救いたい、と。
そう決心した心は、こうして半日もしないうちに折られてしまって。
わけがわからなかった。
「あら? 覚悟をきめたんじゃないの?」
「理由が、壊れたんです。動機が、めちゃくちゃになったんです!」
何のために知りたいのか、何のために行動するのか、わからなくなってしまった。
ああ。どうして知りたかったんだっけ?
なんで、答えを求めたんだっけ?
「それがどうしたのかしら? 私が知りたいのは、貴方がそれを知りたいか知りたくないか、それだけですわ」
メイさんは僕に、無慈悲に聞いた。
そうだ。こんな人間に優しくしたところで意味はない。
わかっているさ。こんな、覚悟のできないロクデナシ。
居ない方がマシなんじゃないだろうか?
「しばらく一人にしてください」
「一人になったところで、貴方は答えを出せないと思いますわ」
わからない。わからない、何もかも。
どうしたらいいのだろう。どうすればいいのだろう。
茫然とし、思考が止まってしまった僕に、ダレンさんは言葉をかけた。
「……キミは、彼を助けたいと思った。けれど、助けたいと思った人は師匠の仇だった。そういうことだろう?
君は、君を助けた人が自分たちの話に出てくる彼だってことに気づいていたんだな」
図星だった。
ようやく、自分のあの妄想が正しかったことをが証明された。
ただ、今はそれが最悪にしか感じられないけれど。
「どうして……」
「どうしてって、な。話を聞き始めた時のお前の顔は、自分の願いのために覚悟決めた顔じゃなかったからだよ」
優しい表情だった。
ダレンさんは僕の頭をなでようとした。
「名前の時点でお弟子さんなのはわかってた。あとは察せるさ、簡単な話だし」
そう言いながら、僕の頭に手を置こうとして。
そのまま、その手は僕の頭をすり抜けた。
「あー、クソ……どこまで行っても死人は死人だな。生者に触れることなんて叶うはずもない、ああ、分かってるさ」
ため息をひとつ。
「そいで、お前さんの覚悟はそんなもんなの?」
ふうと息を吐くと、ダレンさんは僕にそう問いかけた。
「え、いや、そんな……そんなことを言われても、」
「ほら、男の子っていざって時は心が燃え上がったら『絶対にこれを成し遂げる!』みたいな覚悟ってできるだろ?」
ふたつめのため息。
「キミはそれすらできない腰抜けなのか、って聞いてんの。わかる?」
そう僕に尋ねるダレンさんの視線は、冷ややかだった。
腰抜け。そうだ。僕に相応しい言葉だ。
「キミは!! 自分のために、自分の未来のために決断を下す覚悟すらないのかい!?」
その手は、僕の胸倉を掴もうとし、すり抜けた。
「お前は、人のために生きてんのか!? だったら仇だろうがなんだろうが、尽くせよ!!
それに耐えられないんだろ、もう少し素直になって自分のために生きろよ!!!!」
僕の心に、そんな言葉は響かない。
響くための心が、すっかり砕けてなくなっていたのだから。
「たとえもう少しで死ぬつもりだとしても、今を生きてるお前は木偶の坊じゃなくて、一人の人間だろうが……」
いつの間にか、彼は泣いていた。
なんだよ。幽霊の彼の方が、空っぽの生者の僕よりよっぽど生きてるべきじゃないか。
「そうですわよ。自分の望みもなしに、からっぽのまま生きてるわけがないですわ!!!!」
メイさんの声はちょっと大きすぎる。
ちょっと、うるさすぎる。
「僕は、僕はどうしちゃったんでしょうね」
「んなもん決まってる。混乱してるだけだろう?」
混乱しているだけ?
……本当に?
「お前があいつを助けたい、って思った気持ちは嘘じゃないんだろ?」
「はい」
それはそうだ。それは、嘘じゃなかった。
「で、あいつはお前の師匠の仇」
「はい」
そうだ。助けたかったあの人は、どんな事情があろうが、師匠を殺した。
だから、どうしたらいいかわからなくなっている。
「なあ、ここは一発殴り合ってみれば?」
そんな僕に、ダレンさんは想定外な提案をする。
「……は、はあ?」
「……は、何言ってるんですの?」
殴り合う?
あの人と?
どう考えても、勝ち目がない。
「この子に怪我をさせるわけにはいきませんわ!」
「ああ、そうだよな。じゃあキミ、あいつをここに連れてきてくれよ」
怒鳴ったメイさんに、ダレンさんは笑いながら提案した。
メイさんの表情は、怒りから驚きに変化した。
「正直俺たちもそろそろあいつと向き合うべき時だろうし、あの話の続きは俺たちの口から話すべきことではない気がするからな。それに、君が戦う相手は"君がこの国で見たアイツ"じゃないよ」
僕はどういう意味ですか、と聞こうとしたが、その問いかけをする前にダレンさんは僕に笑いかけ、「彼はきっと城の跡地にいるから、早く行っておいで」と告げた。
僕が走り出した瞬間、ダレンさんが言っていた。
「なあフェル、真実ってのはそれ関わった人間の動機とかそういうもんも全部含めて真実なのさ。お前はまだ真実を知らないって言っていいんだぜ」
僕に届かせる気がなかっただろうその言葉を、確かに僕は聞き届けた。
○ ○ ○
「ダレン、メイ、アスクラピアさん……もう、あの日からきっかり3年だよ」
王城の跡地、あの日戦った場所。
そこに、彼は花束を持って立っていた。
「俺、アスクラピアさんの弟子かもしれない子に出会ってさ。証拠もないしほとんど妄想でしかないんだが、どうしてもあの少年が回復薬を入れていた瓶の香りが、アスクラピアさんがよく作ってくれたカプラ湯と同じ香りでさ」
どうやら、僕の正体に気づいていたらしい。
それも、ここに来るときにカプラ湯を入れていた瓶を再利用して、作った回復薬を入れていたから……それで、気づいたなんて。
まさかそんな理由でバレるとは思わなかったので驚きだ。
確かに、アレは師匠直伝のレシピだったけれど。
「調薬師で、三年前から師匠が戻ってない。その年齢、その容姿、その声。どれをとっても、そうとしか思えない。
俺を見ても何とも思っていないらしいからひょっとすると違うかもしれないけどな」
ああ、彼は悩んでいた。
彼がそれについて悩んでいなかったら、僕は彼を殺していただろう。まあ今となってはもはやあり得ないのだが。
決して現実を前に笑うことはないけれど、人並みの感情を持っていないわけではなく、普通の人のように苦しんで。
僕を帰らせたかったのも、殺してもいいとまで言ったのも、全ては罪悪感からだったのだろう。
「名前、聞くのが怖くて。いざ聞いてみたら、本当にフェルって名前で。やっぱ俺のこと責めに来たのか、って思った」
彼は花束を片方の手で持ち、もう片方の拳を握りしめた。
強く握りすぎているらしく、その拳からぽたぽたと赤い雫が零れ落ちていった。
「俺、最悪だな。あの子のことを今も裏切り続けてるよ。俺って本当に、クズ、だよなあ……!」
ああ。
やっとわかった。いや、本当は元々気づいていたけれど。
たとえ笑えなくても。たとえ姿を魔物のそれに変化できても。たとえ暴走して師匠を殺していたとしても。
彼の本質は、普通の人間のそれだ。
「うぅ、う……せん、せい、みんな、あ゛、ああああああッ!!
ごめん、本当にごめん。謝って許されることなんかじゃあないけど、俺は、俺、はッ……!!!!」
こうして、人の事を想いながら泣きじゃくる男は果たして本当にあの無表情な男と同一人物なのか?
疑問すらおぼえる。しかし、確かに彼は彼だ。
僕は、一歩だけだけれど、歩み寄って語りかける。
「あの。ヴォル、ちょっといい?」
「ああ……どうして、ここがわかったんだ? フェル」
彼は僕の方をちらりとも見ず、驚く様子もなく質問してきた。
「皆さんに教えてもらったんです」
「皆さん、って誰の事だ?」
僕は、息を大きく吸って吐いた。
覚悟を決めなければならない。
あの二人は、彼の関係者だから。
「……ダレンさんと、メイさんに」
そう告げた瞬間、彼は勢いよく僕の方を振り返った。
一瞬だけこれまで少しも上がらなかったその口角が少しだけ上がった。
しかし彼は、次の瞬間には大きくそれの位置を下げ、表情を歪ませていた。
「嘘だッ、そんなの嘘に決まってるッ!! だって、あいつらは、……あいつらは、俺の目の前で確かに塵になって死んじまったんだぞ!?」
叫ぶ彼に駆け寄って、僕は彼の背を掴んだ。
「僕は貴方を、僕らの因縁の場所に連れて行きますッ!!」
彼が何かを言い返す暇すら与えず、僕は叫んだ。
「僕も真実を見極めます。だから、貴方も真実を見極めてください」
僕は自分で告げたその言葉の意味が、自分でもわかっていなかった。
それから、僕らは互いに何も言わずに師匠の研究所の跡地に向かった。
彼の足取りは重く、どこに向かっているのか察しているのか、時々立ち止まっては再び歩き出すことを繰り返していた。
たまにガラガラと崩れていく瓦礫の音を聞きながら、僕らは歩みを進めていく。
こちらに飛んでくる瓦礫があると、必ず彼は剣を振って全てを塵にしていた。
特に、僕の方めがけて飛んでくる瓦礫は凄まじい速さで処理していった。
僕の事を守りたい、と思ってくれているのだろうか。
少なくとも、僕を傷つけたくないという嘘のない気持ちだけは伝わってきた。
「……来たか」
「そうですわね」
僕とヴォルがそこに近づけば、二人の背中が見えた。
「ずいぶん早かったな、少年。そして久しぶりだな、ルカ」
「おかえりなさい、二人とも」
二人は振り返らずに告げた。
ヴォルは目を大きく開き、何かを叫ぼうとした。
僕は「まだだめだ」と小さな声で囁いて、彼の口の前に手を伸ばして制止した。
彼の身長は少し高いので、あまり時間をかけたら手が疲れそうだった。
それを察したのか、彼は僕の手をそっと優しく押して下ろさせた。
その表情は、落ち着いた無表情だった。
「私たちの後悔はただひとつ」
「そう、ただひとつだ」
ダレンさんとメイさんは振り返って、告げた。
「お前"たち"の心を助けられなかったこと」
「貴方"たち"の心を助けられなかったこと」
そしてダレンさんは笑い、言葉を紡いだ。
「だからお前たちを救うために、お前たちの後悔を倒してもらいたくてここに2人を呼んだんだ」
「後悔を、倒す?」
……思わずそう尋ねるほどに、僕にはその言葉の真意が、理解できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます