Ep.9 銀薔薇の兵士と恩人
「……ダレンさん、メイさん! いますか!!」
僕は朝食を食べ終え、彼がどこかに出かけていくのを見送ると、一人であの場所に向かった。
大剣の刺さったそこに到着すると、僕は二人に呼びかける。
「いるぞ。続き、聞きに来たんだな」
「あらあら、ずいぶんと表情が違いますわ。人ってたった二日でも変わるものですわね」
二人は僕の声に応じてか、僕に声をかけながら後ろから現れた。
「理由ができたからだと思います。前の僕は、好奇心だけで動いていました。でも今は、あの人を助けたくて動いてます」
僕がそう告げると、二人は顔を見合わせて笑う。
「おお、めちゃくちゃいい顔するじゃん。いいねえ、俺たちもちゃんと話さないとな」
「ええ、そうですわね。これなら問題なさそうですもの、私たちもしっかりとあの事に向き合わないといけませんわね」
二人は話を終え、数秒もすれば真面目な表情になる。
「これからする話を聞いて、君があいつを許せないって思ったら、裁いてやって欲しい。あいつも多分それを望んでる」
「でも、その時になったら、私たちは私たちなりに貴方を止めるつもりですわ」
覚悟が決まった人の表情だった。
ならば自分も、応えなければ。
「わかりました。それを決めるためにも、あの物語の続きをお願いします」
僕は話が終わるまで、静かに黙っていることにしようと決めた。
○ ○ ○
――――4年前。
ある日、娘が治めていた区域の隣にある貴族の領地に、大規模な攻撃がありました。
そのため、娘の領地にも多くの避難民がやってきて、保護を求められました。娘はこれを受け入れました。
娘は事態の収束を計り、侵略者の情報を集めました。
攻めてきたのはよその軍か、内乱だったのか、はたまた裏で国が暴走していたのか。
しかしその侵略者は、当時は洞窟などの限られた地域にしかいなかったはずの魔物たちだったのです。
しかも、喋らないはずの魔物たちが「魔王様、救いを」「魔王様に仕えるのが至福」と、侵攻の時に叫んでいたのです。
あってはならない事態が起きていたのは、誰が見ても明らかでした。
事態を重く受け止めた娘は、自らに仕える兵士たち、青年となったヴォルカ、神官の子と共に戦地へと赴きました。
そこに広がっていたのは、惨状。
あちこちで火の手があがり、住民を逃がすために最期まで戦い続けていたのであろう兵士の死体が転がり。
誰かを庇い死んだのであろう人のひしゃげた死体。手足があらぬ方向を向いた肉塊。
娘たちは憤りました。なんとしても魔物を殲滅せねば、と兵士たちの心に火がつきました。
そうして怒りの炎に焼かれ、魔物たちは娘たちによってどんどんと殺されていきました。
そんな中で、2人の兵士と共に行動していた神官の子と青年は、倒れている男を見つけました。
その体はやせ細り、今にも死んでしまいそうな見た目をしていました。
それを見たある兵士が、彼を保護しなければ、と急いで近づいていきました。
次の瞬間、彼の胸に一本の細長い棒が突き刺さり、彼の命の炎は消えました。
その棒は、男の腕でした。腕が細長く変化し、それが兵士の命を奪ったのです。
残った3人は怒りのままに行動しました。
兵士は男の腹に槍を突き刺して、相討ちになって死にました。
神官の子は大地の魔法で作った壁で、なんとか無傷で攻撃をしのぎきりました。
そして青年は、幾度となく傷を負わされながらも男の片方の腕を吹き飛ばしました。
片腕を失った時、腹に槍が刺さったまま男は笑い、こう言いました。
「強き戦士よ、私に名乗る名前はない。ただ、魔王と呼べ。いつの日か、再び戦う時を待っている」
その頭は、いつの間にかランタンに変化していました。
魔王と名乗った男は、強い風が吹いたと同時に揺らぎ、そのままふっと消えました。
神官の子は、怒り狂い魔王を探そうとする青年の手を引いて、無理やり拠点に帰還しました。
このままもう一度挑もうとしても、確実に殺されるということを理解していたからです。
道中現れた弱い魔物たちを殲滅しながら、娘や兵士と共に神官の子と青年は領地に戻りました。
そうして領地に戻った彼らが一番最初に聞かされた報告は、魔王と名乗った男に国が乗っ取られたという話でした。
魔物を操る魔王という男は「この国を乗っ取り、魔物たちに各地を襲わせてこの国を滅ぼした後に他国も滅ぼし、この世界への復讐を成す」とだけ宣言し、それ以来一切の情報を発信しなくなったそうで、情報を求めて王城を偵察しに行った人間は誰も戻らなかったのだと。
既にこの国……シルバー国の王は死に、親衛隊も全滅。
王城付近にいた戦える人間は皆死に絶え、残された兵士は貴族の私兵たちだけ。
しかし国そのものに軍が存在していたため、基本的に私兵の数はそう多くはありません。
絶望的な状況に人々は皆落胆し諦めかけましたが、娘の私兵は数が他より多く、練度も高かったため、娘や国の名にちなみ「銀薔薇軍」と呼ばれ、国民たちに救国の英雄となることを期待されました。
彼らの多くは休むことも許されず戦い続け、疲労から倒れる者も出ました。
このままではマズい、そう感じた娘は人々に呼びかけました。
「私たちと共に戦おうと思う者は、誰でも銀薔薇の一員として歓迎する」
それを聞いて、各地の戦える者たちが立ち上がり、多くの人々が軍に参加しました。
元将軍や騎士団長、他国から来た旅人も加わり、絶望的だった状況は少しずつ好転していきました。
そうしていつしか、「銀薔薇軍」はとその名に相応しいほどに大規模な軍となっていました。
娘を最高司令官とし、青年と神官の子を将軍とした「銀薔薇軍」は、各地で暴れる魔物を制圧し、ボロボロになった各地の人々を勇気づけました。
そんな戦いばかりの日々で、娘はふと恩人の事を思い出します。
偶然にも次に向かう目的地は研究所のある場所で、娘は魔物を倒すついでに恩人に会うことを決めました。
神官の子は、青年には内緒で娘に協力することにしました。
その時の青年は魔物を倒す事ばかりを考え、それ以外の話を聞こうとすらしなかったからです。
その街にたどり着くと、娘たちの眼前には絶望が広がっていました。
数多くの、統率のとれた魔物たち。何を言われてたぶらかされたのか、魔物に手を貸すローブを着た人々。
魔物の数が多すぎて余裕のない兵士たちの耳に指示は届かず、それでも人々が救護対象の住民に紛れて不意打ちを仕掛けてくる。
軍はどんどんとバラバラになっていきました。
そんな中でも、青年は正確に敵だけを倒し続けました。
娘と神官の子は戦いながら、恩人の姿を探します。
無事なのか、怪我をしていないか、元気であったか。
募る思いを胸に、必死に娘は恩人を探します。
そうして見つけた恩人……アスクラピアさんは、傷だらけの少年を庇いながら防護薬をひたすら使い続けていました。
魔物に手を貸す人々が着ているものとよく似たローブを着ており、最初こそ娘たちは間違って攻撃しそうになりました。
しかし、その人物が恩人であることと、よく見ればローブは模様が違うことに気づくとすぐに再会を喜びました。
再会の喜びも束の間、恩人は神妙な面持ちで娘たちに頼みごとをしました。
「この子は私の弟子なのだ。彼を隣国の工房に逃がしたい。そのために、研究所の地下に転移薬を用意してあるんだ。
後で必ずそちらの軍にも協力するから、今はこの子のために協力してほしい」
転移薬は、格の高い調薬師が数人集まって初めて作れる薬だと聞きました。
それだけのものを用意するとは、よほどその少年が大事だったのでしょうね。
娘たちは頼みを断れず、恩人を護り、情報を聞きながら研究所に向かいます。
途中、ローブのせいで敵と間違われることを恐れ、恩人はそれを脱ぎ捨てようと足を止めました。
そして、その一瞬の間だけ娘は恩人の方から目を離しました。
……その時。
突然、恩人の胸に二振りの剣が突き刺さりました。
慌てて二人がその剣の持ち主の顔を見れば、青年の顔がありました。
最悪なことに、青年が、ローブを見て恩人を敵と勘違いし、娘が目を離した隙を見計らって攻撃を仕掛けたのです。
それまで一度たりとも失敗しなかった青年は、己の技量を過信していました。
さらに神官の子がそばを離れていたため、その時に彼の暴走を止める人間もいなかった。
兵士たちの混乱が大きい中、縦横無尽に駆け回る彼を止められる兵士など一人もいなかったのです。
そうして彼は、大きな過ちを犯してしまったのです。
ローブが落ちて顔が恩人のあらわになるのと同時に、青年は絶望の表情を浮かべ、叫びました。
もしも、彼が己を過信しなければ。
もしも、神官の子が彼の傍にいたら。
もしも、娘がその攻撃を防げていたら。
もしも、恩人がローブをもっと早く脱いでいたら。
様々な「もしも」を想い、青年と娘は、その場に崩れ落ちてしまいました。
しかしそんな絶望の中でも、恩人との約束を果たすために神官の子は少年の手を引いて研究所へ向かいました。
聞いた情報を基に地下に向かい、聞いた通りに転移薬を使用し、少年は無事に逃げられた、はずです。
神官の子にも、その時の事はよくわからないのです。
少年の姿も、声も、何もかもを思い出せない。
ただ一つ、その名前。
「フェル・アスクラピア」という名前を除いて。
○ ○ ○
僕は、途中から崩れ落ちてしまうのを必死にこらえているので精いっぱいだった。
「あ……ああ、あ……」
しかし、自らの名前を二人の口から聞いた時。
「うあ゛ああああああああああァーーーーーーッ!!!!」
訳が分からなくなって、叫んだ。
青年が彼であるなら、暴走した彼が師匠を殺していて。
今目の前にいるこの幽霊たちは、彼の友人であると同時に命の恩人で。
僕は3年前に確かにあの場所に元からいて、師匠はまだ帰ってこないだけって。
それすらも、思い違いで。
己の記憶すら、信じられなくなって。
自分が何者なのかもわからなくなって。考えて、考えて。
数刻の後に、気づいた。
自分には、幼少期どころか3年以上前の記憶すら、ほとんどないのだと。
師匠といた記憶がほんの少しだけあって、他は何一つ己に存在していないのだと。
絶望的な真実に気づいて、訳が分からなくて、僕には泣き叫ぶことしかできなかった。
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