Ep.7 真実の一片

 

「ああ……さぶいけど、やっとたどり着いた」


 昼ご飯を食べて、それから。

 僕はあの人が寝た隙を見計らって、研究所の跡地へと歩いた。


 一度道に迷いかけたが、昨日メイさんが目印に刺しておいてくれた大剣があったので、スムーズに見つけ出すことができた。


 さて。


「ここに、僕の望む真実につながる何かがあるのか、探ってみることにしますか」


 僕は昨日の出来事によって瓦礫が減ったそこを、じっくりと探ることにした。


 ○ ○ ○


 からんからん、と音がした。

 大きな瓦礫をどけた時、その下から一つの瓶が転がってきた。

 こんな環境で、まさか3年の時が経過しても無事残っているなんて驚きだった。


「……ひっ、びっくりした」


 呟きながら拾い上げたその瓶の中に入っていたのは、眼球が2つ。

 それも、超希少な調薬の素材の一種。間違いない。希少種の魔物の、魔眼だ。


 僕が、見間違えるはずがない。


 だって、それは。

 それ、は。


 僕の、眼と。


「あ」


 そうだ、思い出した。眼といえば。確か師匠は言ってたなあ。

『君の眼の届かない研究所の地下に行く扉の下に、君の真実を隠しておくから』と。


 知らなきゃ。


 知らなきゃ、知らなきゃ、知らなきゃ、知らなきゃ、知らなきゃ、知らなきゃ、知らなきゃ――――


 瓦礫を投げる、放り投げる。

 この瓦礫は師匠の部屋のだ。こっちは実験室のだ。こっちは兄弟子の部屋で、こっちは僕の部屋のだ。


 己の目で見て判断し、どんどん瓦礫をどけていく。

 探す。探す、知るために。探し、見つけて、


 ――――ほら、あった。


 地下室への階段の隠された、扉。

 引っ張り上げて開く。少し重いが、力任せに引っ張り上げて、開く。


 さあ、行こう。知らなきゃ。早く。

 時間は有限なんだから。早くしないとね。


「知らなきゃ。僕の真実。知らなきゃ。知らなきゃ。」


 知らなきゃならない。


 階段を下りる。扉を開く。研究室のような場所に出る。

 机の上に無造作に置かれた鍵を手に取る。吸い込まれるように一番大きな棚の前に行く。


 三番目の鍵付きの引き出し。鍵を使って開く。


 そこには、くしゃくしゃにされたメモが入っていた。

 恐る恐る手を伸ばし読むと、そこには。


 《あの子の眼は、あの子がここに連れ込まれた時点で失われていた。そして、あの子を連れ込んだ(魔物の王という意味かはわからないが)魔王と名乗った男に魔眼としての機能を持つ義眼を用意され、脅されるままにそれを移植した。》


 僕が本当に魔王という存在と関係があるという、恐ろしい真実が。


 《あの子の眼は……人のものじゃない。ごめんなさい。貴方はそのせいで疎まれるかもしれない。でもせめて大切に、育てるから。》


 そこに、確かに書き殴られていた。


 《許してください。ごめんなさい、本当の意味で貴方を救ってあげられなくて。》


 覚悟していたつもりだった。

 全部後悔しそうになった。そうしたくはなかったから、そんな気持ちは封じ込めた。


「――――う、ああ、ああああああああああ!!!!」


 何も見なかったことにしたかった。そうするわけにはいかなかったのでやめた。

 何もわからなくなりたかった。そうなるわけにはいかなかったので目を向けた。


 それでも、ダメだった。耐えきれなかった。

 引き出しを閉める。鍵をかける。


 机の上に放り投げる。扉を閉じる。


 階段を駆け上がる。外に出る。

 扉を蹴飛ばして閉じる。瓦礫をその上に放り投げて隠す。


 叫びながら、走った。


「満足したなら帰れ、クソガキ」


 そうして走り続けて、彼に出会った場所にいつの間にかたどり着いていた。

 そこの大きな瓦礫には、知らない男が座っていた。


 その男は黒いローブに身を包み、その素肌は全く見えなかった。

 声のおかげで男ということだけはわかるが、それ以外には何一つとしてわかることがない。


「帰れ、ここは書物の最後のページみてえな場所なんだ。今見る必要はない。だから帰れ」


 この状況には既視感を覚える。

 そしてその声には、聞き覚えがあった。

 昨晩、僕が意識を失う直前に彼の声とダブって聞こえた知らない声だった。


 ……だとしても。例え彼が何者であったとしても、僕は帰るわけにはいかない。

 ここまで来てしまった。真実を知らなければ、進むこともできない。


 戻ることのできないこの道を、僕は歩みきりたい。

 歩みをやめてはならない。やめるわけには、いかない。


 だって時間は有限なのだから。


「僕は、真実を知りに来たんです!」


 覚悟をきめて一言。

 そうだ、忘れてはならない。


 僕は、ここに知りに来たんだ。


「そうだな。で、知りたくもないことを知って後悔している。そして、強がっている。違うか?」


 しかし、無慈悲にも言葉は振りかざされる。


 その声は、昨晩とは雰囲気が大きく違っていた。

 僕に敵意を向け、殺気すら放っていた。


「半端な覚悟でここに来るな。ここにある真実が救いをもたらすものであったなら、あの男はお前に『殺される資格がある』とまで言い放っていないだろうさ」


 どうして、その事を知っているのだろう。

 彼とこの人に、何の関係があるのだろう。


「どうして知っているんだ、って顔してんな。わかりやすくていいなあ、オイ」


 口にして尋ねるまでもなく、考えていることを言い当てられる。


「答えてやるよ。それはな、俺があの男に世界一憎まれている存在だからだ」

「憎まれている?」


 間髪入れずに疑問を口にした。


「……そんなに気になるなら、その目でしっかり見てみろよ。今の視界なら、見ようと思えばハッキリ見えると思うぜ?」


 その一言を聞いた僕のこめかみに、ぴきんと痛みが走った。

 遅れて、視界にノイズが走る。紅色の、希少な鉱石のような色の綺麗な光。


 ローブの彼とその光が、ダブって見える。


「お前はそれを見たいか? 後悔しても」

「見たいッ!!!! どんなに悔やんでも、知りたい!!」


 僕は、知りたい。知らなきゃ。

 真実を知らなくちゃいけないんだ。


 早く。

 早く――――


 紅のノイズが、端から消えていく。

 少しずつ見えていく、相手の姿。


 手は細長く。

 足はすらっとしており、少し歪んでいる。


 ユラユラと揺れるノイズはさらに消えていく。


 もう少しで、その顔が見える。


 ……という時に、視界が突然暗転する。


「――い!! おい、おい、なんでまた気絶してるんだよ!!!!!!」


 どれだけ時間が経過したのかは知らないが、彼が僕の頬をひっぱたいて起こしたことによって僕は現実へと帰った。


 ○ ○ ○


 彼に聞くところによれば、どうやら昼飯を食べ終わってすぐに寝て、目が覚めたら僕が居なくて。

 慌てて探そうと家を出たら、扉の前で倒れていたらしい。

 そして、どうも魘されていてただならぬ様子だったので頬を叩いてまで起こしたのだそうだ。


 ――――僕は夢を見ていたのだろうか。


 どこからが夢で、どこからが現実なのか。

 正確なところは不明だが、倒れていた僕が手に魔物の眼が入った瓶を握っていたところから察するに少なくともあの場所に行ったところは現実だったのだろう。


「僕、貴方と同じ姿の魔物っぽい人が出てくる夢を見たんです」

「へえ……俺が夢に出てきたのか?」


 表情は変わらないが、眉が少し動いて不思議そうにしている彼に、僕は僅かな好奇心から告げた。


「いいえ。声が違ったし、何だか僕の事を知っているような口ぶりで、それから」


 どんな反応をするのか気になって、出来心で尋ねてしまった。

 きっと良いことはないだろうと、薄々思いながら。


「貴方に世界一憎まれている、と言っていました」


 その言葉を告げた瞬間、彼は表情を変えた。


「は、?」



 怯え、恐怖、憤怒、悲哀、憐憫、侮蔑、そして何より、憎悪。

 ありとあらゆる負の感情のこもった表情が、そこにあった。


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