Ep.5 ランタンと魔王
「ただいま戻りました!」
僕が小屋に到着する頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
向こうを出た時点で日が傾いていたので、当然と言えば当然だ。
「ちゃんと戻ってきたか、良かった」
小屋に入ると、彼が小さなソファに座っていたのが目に入った。少し腫れた目をこすり、いつもの無表情でしんどそうにしながら立ち上がるのを見るに、直前まで寝ていたのかもしれない。
「飯は帰ってきてからにするとして。そろそろ俺は行ってくるが……ついてくるか?」
「はい、もちろん」
僕が即答すると、彼は少し不満そうに鼻を鳴らしながら僕をじっと見て言う。
「ほら、これ。昔俺が使ってた武器だ。どうせついてくると思ったから取ってきた。」
そう言って彼に投げ渡されたのは、鞘付きの銀のダガーだった。
彼のあのショートソードと似た飾りがついた、高そうなものだった。
なんとなく、神官のダレンさんの持っていた杖の装飾に似ている気がした。
『ダガーやナイフの扱いにも長けていました』
……あれ、何故だろう。
それを見ていると、僕の中で何ともいえないモヤっとしたものが渦巻く。
どうしてか、何かを思いつきそうなのに……何も思いつかない。
でも今はそんなもやもやに対する不満を抑え、まずは礼を言うことにした。
「ありがとうございます!」
「いいんだ、使う人に渡した方が道具も喜ぶだろうさ。手入れの必要ないもんだし、ぜひ大事にしてやってくれ」
彼はまた鼻を「フン」と鳴らしながらそう言った。
――あれ、もしかしてコレは笑っているつもりなのだろうか。でも口の端は微動だにしないし、眉もピクリとすら動かない。
あまりにも無表情すぎて、馬鹿にされているのか。それとも笑えなくて鼻で笑って誤魔化しているのか、なんなのかがさっぱり分からない。
まさかこの人、僕が想像しているよりも遥かにポンコツで愉快な人なのではないだろうか。
「おい、早くしないと置いていくぞ」
「は、はい!」
ぼさっと考え込んでいるうちに準備が終わったのか、彼は小屋の扉を開けて僕の事を待っていた。
○ ○ ○
「さて、今日はここだな」
彼曰く、日によって魔物が現れるポイントは違うらしい。
そして今日は、彼が最も嫌う場所に現れるのだと言っていた。
そこは、シルバー国の王城の跡地だった。
「オ、ウサ、マ……ドコ、ナンデ、ワタシタチ」
「早速お出ましか」
彼はため息をつきながら、ショートソードを抜いた。僕も身を守るためにダガーを引き抜いて構えておく。
「カエシテ、ココニ、ココニイタノニ」
そして、次々に飛びついてくる魔物を次々切り裂いていく。時々討ち漏らしてしまうのは彼の出す衝撃波のおかげでどうにかなっている。
「そっちに4匹行った、対処を頼む!」
「はい!」
数が多い、そう判断した僕は今朝作ったばかりの防護薬の瓶をたたき割って防壁を出す。
そして、そのまま突っ込んできた魔物の攻撃が防壁に弾かれて生じる隙を見計らって、がら空きになった魔物たちの懐にダガーの切っ先を滑らせる。
「ワタシタチ、ナンデ、マダ、ツイテイキタカッタノニ」
そのまま、一気に4匹殲滅。
普段使っていたナイフとは比にならないほどの切れ味を誇るダガーに救われ、僕は彼の足を引っ張ることなくどんどんと魔物の数を減らしていた。
「次、5匹!」
「そっちに7匹行きました!」
そうして彼と協力し、長時間狩り続けていると、嫌でも気づく。
「ヤダ、ヤダ、マダ、マダ、マオウサマニ会エテ、無イ」
ここの魔物、やたらと理性がある。他の場所の魔物と比較にならないほど、彼らが口にする言葉には重みがある。
彼がこの場所を嫌う理由は、間違いなくこれだろう。
「アあ、ま、魔王様」
あれ?
「ねえ、魔王様、魔王様」
いや、違う。
「魔王様、どうして死んでしまったのですか」
おかしい。
「魔王様、もう一度だけその姿を見せてください」
「私が死ぬ前に」
「もう一度だけ姿を」
どうして、こんなにハッキリ言葉が聞こえるんだ?
あれ、おかしいな。なんで、どうして?
そんな僕の思考を遮るように、大きな衝撃が僕の全身を突き刺した。
「あ゛ッ、うああああっ、があ゛あああああっ!?」
目がちぎれそうなほどに痛む。あまりに痛くて、目を中心に全身の表面全部が抉れているんじゃないかとすら思う。
目を押さえる。考える。原因の心当たりは……ある。そうだ、注意もされていたのに、結局目薬を入れ忘れていたんだ。
ああ、このまま何も見えなくなるのだろうか。しかし、まだ視界には異常など生じていない。
色は変わらず、魔物は魔物のまま、彼は彼のままだ。おかしなところなど何もない。
「魔王様と同じ気配が、貴方の眼から」
「大丈夫ですか」
魔物たちが、僕に手を差し伸べる。
しかし彼らは吹き飛ばされていった。
「そいつに触るなッッッ!!!!」
目は吊り上がり、眉間にしわを寄せて怒りの表情を浮かべた彼が、僕に近寄る魔物を屠っていく。
そうして怒りの表情のまま、静かに彼は言葉を口にする。
「そんなに魔王に、会いたいのなら」
彼の姿が薄くなっていく。
空気が、ぴしりと凍っていく。
「会わせてやるさ」
彼の姿が、変わっていく。
美しい光の灯ったランタンの頭に、細長い腕。少し歪んでスラッとした脚。
あの時の、魔物の姿だった。
「ああ、そのお姿は、気配は、まさしく魔王様」
「死んでしまったなんて嘘ですよね、やっぱり生きていたんですよね?」
魔物たちは口々にそう言う。
そもそも魔王とは何なのか、彼はどうして魔物の姿になれるのか。
僕は今どうして魔物の声がはっきり聞こえるのか、僕の眼は今どうなっているのか。
なぜ、なぜ、どうして。
そうして僕の脳を駆け巡る困惑と疑問すら切り裂くような一撃が、突然空から降ってくる。
「……ごめんな。俺は、お前たちが探している魔王様ではないんだ」
彼が双剣を手にし、地面に向けて振り抜いたのだ。
痛みによって正常な判断を下せない状態の僕はそんな攻撃に反応などできず、巻き込まれ、吹き飛ばされる。
しかしそれは、人間の姿で繰り出される攻撃よりもはるかに威力が低い気がした。
「ああ、魔王様、どうして、どうして」
「我々は貴方に仕えたかった、貴方を探していた、ただそれだけであったのに」
魔物たちの悲鳴。
信じていた存在に引き裂かれた、そんな悲痛な叫び。
吹き飛ばされた僕の体が、鮮血をまき散らしながら宙を舞う。
ゆっくりとかすんでいく視界の中に、僕は彼の姿を見ることができた。
ランタンに灯されている紅かったはずの火は蒼くなり、彼自身もダメージを受けているのか、その足は曲がってはならない方向に曲がっている。ボロ雑巾のようになってしまった彼は、そのまま地面へと落下していく。
まずい、彼を受け止めないと。
そんなことはできっこないと分かっているのに、僕はぼんやりした頭でそう考えた。
だが、目に映る景色を認識した途端、急速に視界がぼやけていく。
思わず手を伸ばす。視界は真っ暗く閉ざされた。僕の手を、誰かが握った。反射的に思わず握り返した。
意識を失う直前、最後に聞こえたのは、彼と知らない誰かの声。
「無関係のはずのお前を巻き込んでしまって、本当にごめんな」
彼らの、謝罪の言葉だった。
違う、僕は無関係ではない……自分で望んでここにいる時点で、無関係じゃない。
そう言いたかったけれど、僕が口を開く頃には意識の方が閉じていて。結局何も言えずじまいだった。
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