Ep.4 小さな町の昔話

 

「ええと。質問は確か、私たちがどうして貴方を助けたか。そして、ルカが何者か、ですわね?」

「はい、そうです」


 僕を助けてくれた 瓦礫に潰されそうになっている時に命を救ってくれた二人の幽霊、貴族で騎士のメイさんと、神官のダレンさん。


 僕は、二人に質問をしていた。


「……前者については、君が助けて欲しいと願った以上に何もないんだよね」

「私たちはおせっかい焼の善人ですのよ! まあ、あのお方たち以上にはお人好しになれないけれども」


 確かに、”助けて欲しい”と願った。


『誰か、助けて欲しいな。まだ……死にたく、ないな』


 口には一言も出さずに、心の中で。


「つまり、貴方たちは心が読めるってことですか?」


 僕は困惑しながら尋ねるが、向こうの返す反応もまた困惑……そして静かな哀しみだった。


「いや、そうか……なら、それについてはまだ知らなくていいと思うぞ」

「そうですわね。それは貴方が答えを求めていれば、嫌でも見つかりますわ」


 それを聞いて僕の心に浮かんだのは、奇妙な疑問だった。


「それを知った時、僕は僕で居られますか?」


 その疑問を口にすると同時に、ひゅうと冷たい風が吹いた。

 朝に小屋を出た頃には晴れていたのに、いつの間にか空は雲に覆われている。


「今のままでは、君は君ではいられずに怪物になってしまうだろうね」


 冷たい風が吹きすさぶ中で、ダレンさんは僕をじっと見てそう答えた。


「だから、覚悟をしておくんだ。どんな事実に出会っても、心が砕けたり進めなくなったりしてしまわないように」


 ダレンさんが僕に向けるその瞳は、覚悟をとっくの昔にしている人の目。 しかしそれと同時に、暗い闇がギラギラと光る怪しいもの。

 ――生中な覚悟ではこちらに立ち入らせないぞ、そんな目だった。


「まあ、こちらについてはこれ以上は何も言えませんわね。その分、もう一つの質問にはしっかり答えてあげますわ。ただし、お覚悟を。貴方も無関係ではない事ですし、これも聞いたら後戻りのできない類の話ですもの。フェル、それでも……答えを聞きますの?」


 メイさんも、僕に覚悟を問う。

 ルカという人は、どうやら何か大きな秘密を握っているらしい。しかも僕と何かしら関係がある、ときた。



 ……だとしても、僕は。



「……何のために、何のためにここに来たと思ってるんですか!? 僕は、知っておけることなら何であろうと知りたい!!」


 知りたい。僕は、知りたいんだ。

 たとえそれにどんな覚悟がいるとしても……知る機会に恵まれたならば、聞いておきたい。


 だって、時間は有限なのだから。


「……決まり、ですわね」

「ああ。それなら、聞かせてやるよ。死人の昔話を」


 二人は少し困ったような笑みを浮かべ、語り始めた。


 ○ ○ ○


 ある町に、小さな男の子がいました。

 将軍の息子だった彼は、赤子の頃に親を亡くしたため、町の教会にあった孤児院で育ちました。


 彼の名前は、ヴォルカ・プロメテウス。孤児院の皆にはルカと呼ばれていた、色白で銀髪で、赤い目をした少年でした。

 明るく活発な少年は、父親によく似て剣の達人で、ダガーやナイフの扱いにも長けていました。


 元々その技術は果実の飾り切りや木彫りの置物づくりにぐらいしか活かされていなかったのですが、ある時からその才能が戦において発揮されるようになりました。


 彼の生まれ育った町を、悪徳貴族が支配した時でした。

 貴族は農民を虐げ、重い税を課してはその税を納めないものには藁を巻いて火を放って見せしめに殺したりと、やり放題でした。


 そんな悪徳貴族には、一人の娘がいました。

 彼女もまた悪徳で、人にやさしくするということを知りませんでした。厳しい教育を受けていた彼女は、日頃の鬱憤を晴らすために家を失った農民の子をいじめていました。


 彼女にそれが悪い事だと気づかせたのは、ヴォルカと彼の親友でした。

 農民の子供を彼女が殴っていた時、その手を掴んで止め、暴れる彼女を二人がかりで取り押さえて教会に連れて行きました。


 ヴォルカの親友は神官の息子でした。彼は孤児院の皆と共に育ったため孤児院育ちの子供たちとはまるで兄弟のように仲が良く、特にヴォルカとは同い年であったため、仲の良さは他の子供とは比にならないほどでした。


 そんな二人は、周りの反対を押し切って貴族の娘を孤児院に何度も連れ込みました。

 神官も最初は少し悩んでいたようでしたが、すぐに二人と共に彼女に優しく接するようになり、孤児院の子供たちも遊びに来る彼女を温かく迎えました。


 最初は周りを見下していた彼女でしたが、何度も訪れるうちに表情は豊かになり、思いやりを知っていきました。

 娘が変われたなら親もいつかは、と子供たちは思いました。


 しかし、現実は甘くなかった。


 ある日、二人の少年が目を覚ますと、教会が燃えていました。

 急いで他の子どもたちと共に外に逃げますが、一人取り残された子供がいました。


 それは、教会に忍び込んでいた貴族の娘でした。

 家にいるのが退屈で、嫌で仕方がなくて抜け出してきてしまったのです。


 彼女の父親である悪徳貴族はそれを「教会の人間が彼女を誘拐した」として、邪魔な人間を排除する機会と判断し、娘もろとも教会にいる人間全員を亡き者にしようとしたのです。


 そう。教会に火を放ったのは、貴族本人だったのです。


 取り残された娘は泣きながら助けを求めました。

 彼女が助けを求める声を聞いて、神官は思わず燃え盛る教会に飛び込みました。


 数分の後、教会の扉から濡れたキャソックを巻き付けられた彼女が投げ出された直後、柱が燃え尽きたのか、教会は崩壊しました。ついに、優しかった神官は二度と戻ることはありませんでした。


 父親を亡くした神官の子は憤りました。

 親に殺されかけた少女は覚悟を決めました。

 家族を喪い、家を失い、友人を傷つけられた少年は復讐を誓いました。


 居場所を失った3人は他の孤児院の子供たちと共に町の道場や魔法研究所に行き、修業を積み、数年の時間をかけて力をつけていきました。


 神官の子は風と大地の魔法を。

 貴族の娘は大剣による攻撃を。

 そして、少年は双剣による連撃を。


 それぞれが才能のある戦い方を完璧に身につけました。


 ある時、彼らは隙を見計らって屋敷に忍び込み、ついに悪徳貴族を追い詰めました。

 怒りに呑まれた3人は、そのまま貴族を殺そうとしてしまいます。

 そうして少年が貴族の首に剣の刃を押し当て、とうとう殺してしまう――その瞬間に、ある人物がその手を掴みました。


 その人は手にした瓶を地面に叩きつけて周囲の人間を眠らせると、少年とその2人の友達を保護し、その人の家も兼ねているという研究所に連れて行きました。その人は3人に、治療をするかたわらで様々なことを教えました。


 3人は、どうしてここまでしてくれるのか? と不思議に思いました。1人が試しに問えば、「放っておけないから」と答えました。

 その研究所には小さな男の子がいたから、きっとその子供と3人を重ねて見ていたのでしょうね。


 それから数日後、何者かが悪事の証拠を大量に王家に直接提出したらしく、悪徳貴族は処刑され、新たにその家の当主となった娘が町を良く治めました。


 3人を保護した人。

 その人は、調薬師のアスクラピア、と名乗っていました。


 ○ ○ ○


「し、師匠……の、名前?」


 僕が無関係ではない、というのはそういう意味だったのか。

 貴族の娘、というのはメイさん。神官の子、というのはダレンさんで間違いないだろう。


「おっと、これ以上長居していたら危ないな、もう夕方だ」

「そうですわね。フェルさん、目薬を忘れないように気を付けるんですわよ」


 話を聞いている間に、いつの間にか雲は流れ、空は晴れ、夕陽で赤く染められていた。

 そろそろ、小屋に戻らなくてはならない。


「あの、話の続き……」

「明後日、目薬を入れずに一人でここに来てくれれば、多分話せると思うぞ」


 僕が尋ねるのを遮って、ダレンさんはそう答えた。

 今度ここに来るときの目印になるように、ということなのか、メイさんは大剣を地面に突き刺したままにしてくれた。


「では、お気をつけて!」

「瓦礫に気をつけろよ?」


 二人に促されるまま、僕は小屋に向かって歩き始めた。

 話を聞く限りでは……ヴォルカという人はあの人に似ているようだから、彼の事はルカと呼ぼうかな、などと考えながら。



 そうして、僕は研究所跡地の瓦礫の下を探るという当初の目的をすっかり忘れて、小屋に戻っていった。


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