Ep.3 目薬と手がかり
「……と、これで足りるかな」
僕は素材収集用の瓶を片手に、小屋の周辺に生えている薬草を引っこ抜いて調合の準備をしていた。
素材の収集が完了したので、あとは小屋の前に用意してある道具で調合をするだけだ。
……薬の調合。調薬師の仕事。
ぱっと見ではいくらかの素材を砕いたり刻んだり混ぜたり煮たりしているだけだが、実際にはかなり複雑な手順を踏んでいる。
そもそも素材の特性を把握していないと大変なことになるし、少しでも間違えたら本当に危険だ。
基礎的な回復薬ですら、それら単体では危険な素材を使うのだ。より強力なものとなると調薬師の命にも危険が及ぶ素材すら使用する。一つのミスが本当に命とりな仕事だ。
なので、たまにいる見様見真似で薬を作ろうとする人は大抵は失敗し、爆発して髪の毛がもじゃもじゃになったり、刺激の強い素材が目に入って涙が止まらなくなったりして、本物の調薬師あるいは医者の世話になる。
師匠もそういう人の治療をすることが時々あって、そのたびに僕を連れてきては「修業もせずに結果を求めればこうして失敗する、覚えておきなさい」などと反面教師にさせられていたのをよく覚えている。
特に防護薬はかなり調合が面倒な部類に入る。
ひどい臭いのする薬草や、煮ている時に出る煙が危険な実、目に入ったら一発で失明する危険のある樹液など、様々なクセのある素材を量、時間、順番、火加減を見極めて煮込む必要がある。挙句、手順を間違えたら道具が全部ダメになる。
そうして苦労して、使えるのは一回だけだ。
割に合わないように思えるが、実は数秒とはいえ最高級の鎧以上の効果を発揮する。
そのため、防護薬は鍛冶職人泣かせの道具と言われている。
どれだけ強い武器でも破れず、どれだけ強い鎧よりも硬い防壁。数秒もあれば戦いに決着をつけることなど容易い。
今の世の中、人間同士で争っている場合ではない。敵は魔物のみだ。防護薬が3つもあれば、魔物の数十は殺せる。
だからこそ、儲かりやすい調薬師という職業はどうあっても嫌われる。
だが、師匠だけは別だった。
○ ○ ○
「96歩、97歩……98歩。よし、このあたりかな」
僕は手持ちで作れるだけの防護薬と回復薬をありったけ作って、師匠の研究所の跡地に来ていた。
この瓦礫の山では、かつてのこの国の地図も幼いころに訪れた記憶も役に立たない。
なので、この国に来る前に地形図とにらめっこしてなんとか位置を割り出し、歩数を数えてやっとたどり着いたのだ。
この、真実の埋もれているかもしれない瓦礫の山に。
僕はその瓦礫をどけて、必死になって何かがないか探す。
期待しても無駄かもしれない、そう思いつつも諦めきれずに瓦礫をどけ続けていると、突然目にぴりっとした痛みが走った。
「あっ、目薬入れてない!」
手持ちを切らしていた目薬も作っておいたのを忘れていた。
師匠曰く、「これを2日に1度はささないと失明するぞ」ということらしい。細かいことは語ってくれなかったが。
「しっかし、なんで僕にこの目薬が必要なのかも教えてくれなかったよな、師匠」
実は、僕は自分の事をあまり知らない。
知っているのは幼いころにこっちにいたことと、両親がもういないことぐらいだ。どうして師匠に弟子入りしたのかすら、今では思い出せない。僕はその答えを求めて、この研究所跡地を目指した。
何故だろうと、改めて考えた。
「……ッ!?」
その時だった。
目薬の入った容器を出そうとカバンに手を突っ込んだ瞬間、ガラガラと音をたてて近くの瓦礫の山が崩れた。
逃げるか? いや、間に合わない。
防護薬は? ダメだ、瓦礫に埋まった状態で防壁が消えて、ミンチになって死ぬ。
危険な魔物にも対応できるよう、きっちり1つ作っておいた切り札は? いや、探していたものも粉砕してしまう。
どうしたものかぼやっと考えているうちに、大きな瓦礫が自分に向かって飛んでくるのが視界に入った。
あーあ、僕の人生、終わったなあ。目的も半端なままで。
誰か助けて欲しいな。
まだ……死にたく、ないな。
そう思った瞬間、目の前で大きな瓦礫が塵と化し、突然吹いた強風で大量の瓦礫が吹き飛ばされていった。
「あ……」
もしかして彼か、と思って振り向くと、そこにいたのは見知らぬ男女二人組だった。
一人はあの人が今朝着ていたようなキャソック姿で、装飾のついた杖を持った緑色の短髪の青年。
少し胡散臭い笑顔を浮かべながら、堂々と立っている。
もう一人はお姫様のドレスのような装飾のついた鎧を着た、金色の長髪の少女。
不敵な笑みを浮かべながら、地面に刺さった大剣の上に手をのせている。
そして。
二人ともが、亡霊のように向こう側が透けて見える半透明の存在だった。
「こういうタイプのは本当、放っておくとろくなことにならんのにな。ルカも学習するべき――いや、アレも同類か」
「そうね。全く、あの人の学習能力のなさは変わりませんわね。」
そんな二人は勝手に会話を始めているが、さっぱり何を言っているかわからない。
が、何よりも先にお礼を言うべきだろう。
「あ、……助けてくれて、ありがとうございます。」
僕が感謝の言葉を述べると、驚いた表情を浮かべて口々に勝手なことを言う。
「……ああ、同類扱いしたことを詫びるよ、アレは挨拶が苦手だったからな」
「同感ですわ。この子の方が遥かに礼儀正しいですもの」
このままでは話にならない。
「あの。僕は、調薬師のフェル・アスクラピアといいます。失礼ながら、貴方たちは何者ですか?」
そう思って、とうとう名乗ってしまった。恩人にも名乗っていないのに。
正直、名前なんて人に言ったところで覚えられるだけ面倒ごとが増えるのに。
「あ、ああ……こちらこそすまないな、勝手に盛り上がって。俺は神官のダレン。で、こっちは」
「メイと言いますわ。このシルバーで、かつて栄えた貴族のローズ家の一員にして、騎士ですの」
そして、返答は想定外のものだった。どちらも僕の知っている名前だったからだ。
この人たち、死人だ。
3年前にあの災厄が起きる直前に、シルバーにいたという有名な戦士たちだ。
ということはやはり、薄いのもそういうことなのだろうか。
「で、貴族様と神官様が何で僕を助けたんですか? 貴方たちがアレ呼ばわりしているルカって人は誰ですか?」
浮かぶ疑念をぐっと抑え、僕は尋ねる。
「質問は一度の発言につき一度にしておくのが賢いぞ、フェル君。」
「芝居がかった言い方ですけど、後で何を聞かれたか忘れるから言ってるんですよね?」
おほほ、と笑いながら言うメイさんの言葉を聞いて、ダレンさんはムスッとした。
「かっこ悪くなるし、やめてくんない? 最期ぐらいピシッと決めたいんだけど。」
「嫌ですわ。久しぶりですし、これで最後ですもの」
彼女らの言葉を聞いて、疑念は確信に変わった。
ここは妙な魔物が出る。だから、霊ですらも魔物という括りで出てくる可能性もある。つまり彼も彼女も、本当に。
少なくともこの人達は初対面の僕を助けてくれたし、信用してもいいだろう。もう少し、話を聞いてみようかな。
その判断が正しかったということは、二人が質問の答えを告げた時になってようやく分かったことだった。
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