Ep.2 孤独な調薬師と温かな朝

 

 それから僕は、男によって小屋に運び込まれて解毒と応急処置を受けた。

 彼曰く、ここはこの地で唯一無事な状態で残っている建物らしい。


 僕は彼によって毒による麻痺から解放され、ようやく満足に会話と呼吸をできるようになった。けど、旅と戦闘で蓄積していた疲れに負けてしまい、僕は眠りについた。


 翌朝。


 目が覚めて身体を起こすと、真っ先に目に入ってきたのは朝食を作っているキャソック姿の彼だった。

 朝食は、臭いも見た目も普通の料理。こんな瓦礫の国で暮らしている割に、意外と普通の食べ物を食べているらしい。その食材、どこからとってきているんだろうか――


「起きてんだろ、こそこそこっち伺ってないでさっさと身支度整えとけ。今日中に帰れるよう準備しとけ」


 ――などと考えていたら、起きていることがアッサリとバレた。こっちをチラリとも見ていないのに。

 この人は本当に何なのだろうか。正体がわからないし、見えてこない。強いこととおかしいこと以外わからない。


 僕は布団から出て、服を着て、カバンの中から空き瓶や調達方法が限られる素材を出す。帰りの分の防護薬をつくらなければ、いざという時に困るからだ。


 出しながら、考える。


 ああ。そういえばあの人、昨晩に魔物のようなランタン頭の姿になっていたっけ。

 魔物を倒しに来たのであろう人にあの姿を見られれば、確かに殺されかけるのも無理はないだろうな。


 あの人のショートソードは何なのだろう。どうしたら、あんな異常な攻撃ができるのだろう。

 あの人の名前は何なのだろう。相手の事を呼べないのは、少し不便だ。


 そうして、僕が調薬の支度をする手を止めて考え事に没頭し始めた時。

 彼は少し呆れながら「朝食ができたぞ」と声をかけてきた。


「ああ、ありがとうございます。そして、おはようございます!」

「うおぉ、お、おぉ……おはよう、少年。」


 挨拶をすることに慣れていないのか、はたまた挨拶をすることを長らくしていなかったのか。

 無表情のままの彼の挨拶は、随分とぎこちないものだった。


 〇 〇 〇


「あ、あの、ここまでしていただいて、ありがとうございます!」

「いいんだよ。放っておいて勝手に死なれても気分悪ぃしな」


 改めて感謝の言葉を口にしたら彼はこう返す。この一言から始まった朝食では、僕が尋ねられるままにここ3年の出来事について教えていった。その間彼は目を丸くしたり、悩んだりする様子を見せた。


「というか、解毒用のアイテムの手持ちがあるなら、そっちを使えばよかったか? 体質とかもあるだろうから勝手にこっちの手持ちを使って死なせてた恐れもあったし。しかもそっちの奴の方が品質がいいと来た」

「い、いえ、それほどでもないですよ。ただ、魔物由来の毒に効くかどうかは試したことないので……」


 それから、解毒薬についての話もした。

 僕は調薬師なので、回復のための薬を作るのはお手の物なのだ。当たり前のように、その手の薬は持っている。

 むしろ、非力な人間も生きられるように、と爆薬や防護薬も作るようになったのは世界中に魔物が出てきてからだ。


「そうか。毒を持ってる魔物は、ここ以外ではまだ出ていないんだな」

「ええ、少なくとも今のところは。あれだけの魔物を対処できるかは怪しいので、ここで戦ってくれていた貴方には感謝しかないな、と」


 僕がそう告げると、「そうか」とぽつりと答えて、それからは黙々とご飯を食べていた。聞きたいことを聞き終わったからなのか、彼は口を開こうともしない。


「あの」


 どうしても聞きたいことがあったから、気まずくても無理やり口を開く。


「貴方の名前を、教えてくれませんか?」


 ”貴方は何者なのか”と質問をするには、まだ早いかもしれない。

「名前を呼び合うことは認めあうこと」と言うのだから、せめて名前だけでも、と思ったのだ。


「……呼びたいなら好きに呼べよ。だからっておかしな名前で呼んだらブッ飛ばすけどな」


 しかし、彼は名前を教えてくれることはなかった。


「俺はお前と深くかかわるつもりもないし、お前は俺と深くかかわるべきではないんだ」

「な、なんで……」


 その目には明確に拒絶の色が見て取れる。初対面でそこまで拒絶される理由はないのに。何より昨日助けてもらったお礼もまだしていないのに……このままでは、僕は。


「噂の正体はもう見ただろ? お前は目的を果たしたんだ。だから帰れ、と言っている」

「いや、ますます謎は増えましたよ。貴方が何者なのか、とか、この国で何があったかとか……」


 そう告げたが、どうやらその言葉は彼の逆鱗に触れてしまったらしい。

 彼は勢いよく立ち上がると、勢いよくテーブルをドン! と叩いて叫んだ。


「帰れッッ!! 探ろうとするな、迷惑なんだよッ!!!!」


 目を見開き、こちらに強い憎悪の感情をむき出しにする彼は、先ほどまでとは比にならないぐらいに人らしい。

 話すか迷ってたけど……仕方ない、話そう。僕は、せめてこの目的だけは果たしたいんだ。


「――あの。実は僕、帰る場所、ないんですよ。燃やされちゃったんです」

「なに……? そ、れは。どういうことだ?」


 突如、彼の眉間から皺が消え、そのまますっと顔から憎悪が消えた。その代わりに、顔には悲しそうな表情が浮かべている。


「僕の師匠、3年前にここで死んだらしいんです。僕の師匠は偉大な人だったんです。師匠のおかげで僕は、嫌われ者だったのに街にいられたんですが。――先日、死んでしまっていたということがハッキリしました」

「……ッ!」


 3年前。そして、死んだ。この言葉を聞いて、彼はまた表情を変える。


「素材を集めるために外出していた間に家を燃やされて、そのまま追い出されちゃったんです。それで、あのカバンにいくらかの調合薬と、調合用の簡易的な道具を入れて、……ここに、死にに来たんです」


 僕がここに来た、本当の理由。


 それは、ここにいる噂の"誰か"に、殺してもらうため。それと師匠がこの国に何かを残していないか、という好奇心。


「もし噂の通りに誰かがいるなら、僕を……壊してほしかったんです。跡形も残らないほど、ぐちゃぐちゃに。だから、目的を果たしたら、僕はこの国か、次に行く所で死にます。行く当ても帰る場所も、僕にはないので」


 僕が微笑みかけると、彼ははっきりと深い悲しみの表情を浮かべた。


「お前は、一体……」

「貴方が話したくないことがあるように、僕にも話したくないことがあるんですよ」


 彼の言葉を遮るようにこう言うと、彼は何か思うことがあったのか、そのまま黙り込んでしまった。それから数分後、ようやくこっちを見て口を開いた。


「ああ……お前の気持ちはよくわかったよ。ま、お前も自衛の手段があるようだし、判断力もありそうだし、長居しないと約束してくれるのなら、許してもいいだろうと思った。だから、お前が満足するまで、ここにいていい。お前が死なないように助けてもやる。だが、……知ろうとしてくれるな。どうか、探らないでくれ」


 苦しみ、悲しみ、そして痛みの感じられる表情。何故だろう、その顔を見ているだけで胸が痛くなってくる。


 僕は朝食を食べ終えた。いつも朝食なんて一瞬で食べて、直ぐに薬の調合を始めるのに……こんなにも味がするのか。

 今まで味わおうともしなかったから、知らなかった。こんなにも、温かくて、美味しいなんて。


 僕が食器を片付けようとすると、彼は立ち上がって「俺がやるからいい」と僕を押しのけて食器を洗うためのものであろう水桶の前に立った。


「お前は、薬の調合をやって手持ちを用意しておけ。後でこの瓦礫の国を散策するつもりなんだろう? ……ここじゃ、日中も魔物が出ることがあるんだ。気を付けておいて損はないと思うぞ」


 彼はそう言って、てきぱきと皿を洗っていく。

 とても手慣れているようで、僕がぼーっとしている間にすべてが洗われていった。


「ぼくのこころもああしてあらえたらいいのに」


 などと小声で呟いていたら、彼が僕に再び「時間は有限なのだから急いだほうがいい」と準備をするように促した。


 時間は有限なのだから急いだほうがいい、と。


「俺は用事があるから、先に出かけているぞ。夕方までにはここに戻るから、お前も夕方までにここに戻れ。できれば夜中に魔物退治する間にもここにいて欲しいんだが、お前は来るなと言っても勝手に来るタイプだろ?」


 彼はそう笑って、いつの間に着替えていたのかわからないが軍服姿で小屋を出て行こうとしたところで、突然こっちを向いて、口を開いた。


「そうだ。もしも知ってしまったとしたら。思う存分、殺しに来てくれていい。お前には、そうするだけの資格があるんだからな」



 慌てて何かを問いかけようと開かれた僕の唇が言葉を紡ぐ前に、彼は小屋を出て、ぱたりと丁寧にその扉を閉めた。


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