時繋グ言ノ葉~瓦礫の国で挨拶を~

ゆうみん

Ep.1 冬空と魔物と瓦礫の国

 

 僕はある場所を目指して、冬の雪の降る荒野を駆けていた。

 手足は冷たくて、呼吸をするたびにひりひりと痛んでいる鼻先は赤くなっているだろう。


 帽子にはもちろん、後ろで小さく結ってあるちょっと長めの黒髪にも雪が積もっているかもしれない。

 厚手のコートや手袋やブーツを冷たい風が射抜いて、僕の末端はびりびりと痺れるような痛みと寒さを脳みそに伝えていた。


「はあ、はあ……」


 そんな寒さでボロボロの僕の目の前に立ちはだかる無数の、魔物、敵たち。

 僕が目的の場所へと向かう邪魔をしようと一斉に襲ってきているのだ。一体一体は雑魚だけど、数が多くて話にならない。


「オウサマノチニ、チカヅクナアアアアアッ!!!!」


 奇妙なことを口走っているのはいつもの事だ。

 ”オウサマ”と彼らはいつも口にするが……その真意を解することのできる者に、僕は出会ったことがない。


「仕掛けの位置まで、遠い……ッ!!」


 僕が言う仕掛けとは、つい数刻前に仕掛けていた踏めば爆発するトラップ。

 特製の爆薬を仕込んでいるので威力はバッチリな、数年の研究成果の詰まった爆弾であり僕の最後の切り札。

 持ってきていたのは一つだけ。材料をどこかで調達して作らないと帰りが不安だ。


 それを仕掛けている位置に魔物が到達するように、僕は必死に走りながら誘導していく。

  そして、少し走れば奴らがそこを踏んだ音がした。


「踏んだ! 今だ、防護薬をッ!」


 僕は足元に”防護薬”と名付けられたものの入った瓶を叩きつけ、しゃがみ込む。

 これは調薬師の調合した薬品の入った瓶を割って使う消耗品で、瓶を割った瞬間に青白い光の防壁が半径1mほどに広がり、あらゆる攻撃や衝撃を数秒間だけ防いでくれる自衛のための必需品だ。


 僕がしゃがんだ瞬間に、とてつもない轟音と共に土煙が巻き起こり、後方から魔物の悲鳴が聞こえてきた。


「オ゛ア゛ア゛アアーーッ!!」


 たいていの雑魚はこれで大体片付く。

 普段は防護薬を使ってダメージを打ち消しながらナイフで殲滅しているが、数が多いといつもこうだ。


「……掃除も終わったし。行きますか、目的地へ」


 僕は帽子と髪の毛に積もった雪を払う。

 それから、特別製の保温保冷のバッチリな鞄からカプラ湯――他世界言語では、ショウガユというらしい――の入った瓶を取り出し、握ったり飲んだりして寒さに耐えることにした。


 ……僕が目指す場所、そこは――


 〇 〇 〇



 かつて、この世界で最も有名だった国が滅んだのは……もう3年前のことだ。


 その3年前に、有名な国どころか世界までもが各地で連鎖的に発生した災害により滅亡の危機に瀕した。それも原因や過程など、多くの事が分からないままだ。結果は火を見るよりも明らかなのだが。


 ただ、3年前の災厄以来、夜になると地中から出てきて増え続ける魔物と関連があること、そして魔物が口にする「オウサマ」とやらが関係していることだけは想像がつく。


 それらの謎の多くは、あの時に滅んでしまった国に行けば分かるのではないか、と考える人は多いのだろう。あるいは、ごく一部の人間は知っているのかもしれない。


 しかしそれを知ることを望むことがあろうと、誰もそれを人に聞こうとはしないし、その荒廃した土地に近づこうとしない。それに国々は各地に現れる魔物やどさくさに紛れて暗躍する盗賊たちの討伐で忙しいから、どこも調査に行く余裕はない。


 個人的にあの場所に行くものはいるが、調査じゃなくて魔物を倒しに行く、みたいな人ばかり。

 でも、そんな人は帰ってくることはない。原因は全く不明。稀に生きて帰ってきた人がいたが、その人たち曰く、そこに何があったか、そして、そこで何があったか、何一つ覚えていないという。


 ――動機は、ただの好奇心と、少しの希死念慮だった。


 噂で聞いたが、その滅んだ国の瓦礫ばかりの荒廃した土地で、閃光と煙と破壊音が毎夜発生しているのだと。


 その原因が、知りたくて。

 もしかしたら、そこにも魔物が現れて、誰かがそこで生きていて、魔物を倒しているのだとしたら、助けたくて。

 あるいは、その力で僕の何もかもをぶっ壊してほしくて。


 そう思って、気になって、居ても立っても居られずに。

 僕は、瓦礫だらけの亡国――シルバーの地を目指した。


 〇 〇 〇


 夜になった。雪は止んでいた。

 上空には空に美しい星々が輝き、瞬いていた。


 僕は、目的地であるシルバーの、その周辺の森を抜けて、ようやく瓦礫しかない国の地面を踏んだ。


「帰れ」


 そうして、目の前の馬鹿でかい瓦礫の上に座っている、妙な人物と出会ったわけである。


 銀髪で目が赤いなにかと整った顔の男は胡散臭い表情をしている。

 服装は、なんといえばいいか。何かの本で読んだ軍服、というやつに似ている。とにかく妙な雰囲気を漂わせている人だった。


「あの……」

「帰れ。俺は無益な殺しは望まないしお前らが何度来たって無駄だ。だから帰れ」


 帰れ、以外言わない。何かを言おうとしても遮ってくる。まるで疲労で壊れた上司のようだ。


「あなたは、何者なんですか!?」

「はぁ? 侵入者はそっちだろうが、さっさと名乗っていつも通りさっさと殺しに来いよ」


 ……は? ダメだ、理解が全く追いつかない。


「え、何言ってるんですか?」

「えぇ……? お前、俺を殺しに来たんじゃ、ないのか……?」


 ああ。もしかして、ここに魔物を倒しに来た人に襲われていた、と?

 いや、どうしてこんなにも……どう見ても人間であるこの男を殺す必要があるんだ?


「……あ、あの、僕。ここの噂を確かめに来ただけなんですけど」

「は? おい、ちょっっと待ってくれ。今、めっちゃくちゃ混乱してるから……」


 理由はわからないが、彼は頭を抱えて悩んでいる。何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。


「はあ……おかしいな。そういう観光客や旅人みてえな連中はこんなところに近づけるはずもねえんだが。まさかお前、魔物討伐できるレベルの戦闘技能とか持っていたりするのか?」


 ……どうやらこの人はどうやらここの外の事を知らないらしい。


「まさか何も、力がない人間は村に引きこもって一生を終えてますよ。あちこち魔物だらけなんですから」

「……なんだと? 嘘を言っているわけでもないようだな。ということは、広がっているのか」


 何だかよくわからないことを彼はブツブツと呟いている。

 僕には、全く理解ができない。だから小さく唸りながら首をかしげることくらいしかできない。


「オウサ、マ……ドコ、オウサマ……アア、オウサマ、コロシタヤツ、イタ、イタ、イタ……!!!!」

「魔物、やっぱりここでも出て……!?」


 そうこうしているうちに、周囲に魔物が現れた。口走っていることや様子は、どうもおかしいが。

 ゴブリンに近いもの、低級悪魔に近いもの、花に近いもの……。


 だけど、僕がこれまで見てきた弱い連中とは、構えも目つきも全然違う。

 こいつらは明らかに、強い――


「クソッ、今はひとまずこいつらの対処が先か……さっさと帰れ、って言ったのに帰らなかったお前が悪いんだからな。とりあえず、最低限の自衛だけしてろ。なるだけ巻き込まないようにしてやるから、終わったら……ここの外まで連れてってやるから、今度こそ帰れよ」


 彼がそう言う間にも、魔物は着々とこちらに向かって襲いかかってきていた。


 その中からゴブリンが一体、僕に飛びかかってきた。

 ナイフを懐から取り出し、それを投擲して当てようとするが……僕の攻撃は当たらない。

 やはり、あの雑魚たちとは格が違う!


「ぐ、うあああッ……!」


 攻撃が当たらないどころか、一瞬のうちに距離を詰めよられて脚を噛まれた。

 噛まれた部位を衝撃が襲う。一拍おいてから痛みが。そして、熱が。そこから血が流れる感覚。傷口が脈打つ感覚。


 最後に、指一本触れていないはずの傷口を掻きまわされるような感覚。それに伴い遅れてやってくる激痛。


「お゛ごッ、あ゛あ゛あ゛ああああッ!!??」


 これまで感じたこともないほどおぞましい感覚に、僕は叫び声を上げるしかない。


 そうこうしているうちに、男は腰に下げていたらしい2本のショートソードのうち1本を抜いていた。

 今まで、全く気付かなかった……というか、なかったような気がする。


「だー、クソ。周囲の被害を考えなければ双剣を振れば片がつくんだがな……」


 彼はぽつりとつぶやいて、その剣を一度振る。


 そして、そこから圧倒的な威力の衝撃波が生じた。


「残った、防護薬……5瓶、全ぶっぱだあああッ!」


 ヤバい、としか言えない。無数にいる強そうな、強い魔物が、それに触れた瞬間にチリになってしまっている。


 一瞬で展開された防護薬の半透明の防壁全体にその衝撃の波が押し寄せると、亀裂が入り、それらが通りすぎるのと同時に、ぴしりという高い音をたてて砕け散った。


 ――もしも防護薬を出し渋っていたら、僕も巻き込まれて魔物と同じ末路を辿って死んでいただろう。


 自衛しないと、魔物の攻撃じゃなくてこの人のヤバい攻撃に巻き込まれて死んでしまう。ただでさえこんな深手を負った状態なのだ。早く防御をせねば……死にたくない。


 まだ、こんなところで死にたくない。


「俺は、ただでさえ破壊神みてえなもんなのにさ……。これ以上壊すなんて、御免だからな。何より……今この時は、この場に客がいる」


 彼は僕に一瞬で近寄ると、僕を雑に抱えて跳躍。彼はこれを僅か数秒で完了してしまった。


「だから今日はもう……去ってくれ。」


 そして、悲しげにそう言いながら大きく腕を振りかぶると、手にしていたショートソードを投げ、地面に突き刺した。


 ――その瞬間に、大地が、割けた。


 煙がひび割れた地面から立ち上り、その周囲には塵ともはや原型を留めていない魔物の死体だけが残る。

 わずか一瞬のうちに繰り広げられた、それを惨劇と呼ばずして何と呼ぶのか。


 それを見て啞然としていた僕は、彼が地面に降り立つと同時に地面にすとんと下ろされた。


「けほ、けほ……今の、は……?」


 うっかり土煙を吸い込んでしまったためむせながらそう言いつつ、彼のいるはずの方を見てみると。


「ランタン、の、魔物?」


 頭がランタンの形をした、長身の異形頭がそこにいた。そのランタンには、小さな赤い火が灯っている。

 その腕は細長く、足もすらりとしている。先ほど自分を抱え上げた男とは、似ても似つかない容姿。


 その姿は、確かに魔物そのものだった。


 ……ああ、身を守らなくては。

 恐ろしいものから。


 慌ててカバンに手を入れるが、瓶はもう残っていない。当たり前だ。先の戦闘で帰りの分まで使い果たしてしまったのだから。


「チッ、いつの間に変わってたか……まあいい。見ての通り、ここにも殺されるべき魔物がいるんだ。帰れ」


 遅れて、頭に響いた声で理解した。

 ……そこにいたのはやはり先ほど自分を助けてくれた"人"だと。


 正直、安心した。心の底から。

 こんな変わった姿の魔物など見たことがないし、仮に戦うにしても太刀打ちできないと感じたから。


「あの、僕、さっきの戦闘で、帰りの分の、道具、が、なく、なっ……」


 口がうまく動かない。

 呼吸が、上手くできない。

 視界が、傾く。


 そのまま、視線は地面へ――


『誰も助けてくれるわけがないだろう、お前みたいな悪魔は んで  えば――』


 ああ。昔に見た光景が、重なる。


「う、あ…………ッ!!」


 声にならない僕の声が、小さすぎて叫びと呼ぶことのできないような僕の叫びが、空へ消えていく。

 そして、落ちていく。僕がそのまま、落ちていく……。


 なにかが、いっぱい、こぼれおちていく。


「……あー、何かと思えば毒か。仕方ねえ、夜も遅いらしいし。治療だけはしてやるから、明日には帰れよな」


 しかし、そうなる前に。


 彼がぽつりといい、僕を再び抱えた。

 モノ扱いなのだろうか。抱え方は雑だ。


 声が普通に聞こえたのと、自分を抱える腕の太さで、理解する。

 毒の影響なのか視界は真っ暗で見えないけど……その姿は、元の銀髪の男のそれに戻っているのだろうと。


 ……この男が何者であるかなど、この時の僕にはとてもではないが想像出来やしなかった。



 この旅路が、どれだけの意味を持つかなんて。

 この時の僕にはとても、想像などはできなかった。


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