第6話 ダイヤ
「ふぅん、あんたが例の『神殺しを殺した男』? 何だか想像よりくたびれてる感じだね」
崖の上から眺めている時から小柄な剣士だとは思っていたが、実際に間近にするとまだ子供らしさの抜けきらない年齢であることが見て取れた。
そして、子どもらしい思慮の欠如も備えていた。
……いや、欠如を備えるというのはおかしな言い回しだな。
ようするに俺は旅の仲間の一人だというこの少女剣士の言動に、はなっから苛立ちを覚えていた。
とはいえ無礼なのは若者の習性でもある。いちいち目くじらを立てないのが大人としての対処法だろう。
「ご期待に沿えなくて申し訳ないが、俺は見た目通りの人間だよ。お若い剣士殿」
「ダイヤ」
ぶっきらぼうに少女剣士が言い捨てる。
どうやら今のが自己紹介だったようだ。
「ダイヤ殿か。改めてよろしくお願いする。これから先同じ使命を果たす旅の仲間として」
ゴルド騎士団長から強面と揶揄される俺の面構えだが、こう見えて笑うと優しいと公都の子どもたちの間では評判だったのだ。
幼い公女殿下から「ゴルドはお顔が怖いけどバルトのお顔は面白いから好き」とお言葉を賜ったこともある。面白いというところが若干引っかかるが、まあよい。
生意気な少女剣士よ。
我が渾身の笑顔と大人の余裕の前に貴様も屈するがいい。
とばかりに笑顔を繰り出したのだが、対する少女剣士の反応は顔を背けて唾を吐き出すというものだった。
俺が笑顔に固まった表情のまま少し眉をひそめていると、少女剣士が語り出した。
「あたしはさ、一族で一番の遣い手だって言われてた姉貴をタイマンでぶっ倒して今回の使命を仰せつかったんだよ。もちろんあたしはまだ『お若い』けど、世の中にはあたしよりずっと強い奴がたくさんいることは分かってる。ここにいるロクサーヌだってあたしよりずっと強い」
隣に立つ魔導士を親指で差してから、少女剣士が俺を睨んだ。こちらの方が上背が大分あるので、自然少女剣士は反り返るような姿勢となる。
「で、あんたは?」
「俺が何か?」
「自分が一番強いなんて自惚れちゃいない。でも、あたしみたいなお若いガキより弱い奴にこの使命を預かる資格はない。そうは思わない?」
正直に言えば、俺はもう少しで失笑を漏らすところだった。
が、堪えた。粋がって馬鹿をやるのは若者の特権である。
とはいえ付き合うつもりもない。
ここで鼻っ柱をへし折ってやってもいいのだが、旅の仲間に対してそんなことをすれば後々角も立つだろう。
というか単純に面倒だ。
俺は涼しげな顔で事態を静観している魔導士へ助けを求めて目配せをした。
だが、アンボワーズ大学教授にして稀代の魔導士ロクサーヌ・ドゥ・プランタードは、何てことないように肩を竦めて言った。
「好きになさい。どうせあなたは言い出したら聞かないのだから、ダイヤ」
「は? ちょっと待って頂きたい。俺は……」
「『俺は』何だよ、おっさん。こんなガキとも手合わせできないほど腰抜けなのかい、『神殺しを殺した男』ってのは」
俺の嫌いな呼び名をまた少女剣士が口にする。
右の目元が苛立ちで痙攣を起こした。こんな子ども相手に大人げないと思いつつ、俺は努めて抑揚を抑えた声で彼女に警告した。
「すまないがその呼び名で呼ぶのはやめて頂けないか」
「何で? あんたが『神殺しを殺した男』なんだろ?」
双剣の柄に手のひらを乗せ、少女剣士が挑発するように唇の端を持ち上げた。
「理由を知りたいのなら教えるが、その呼び名は不愉快だからだ」
「分からないね。戦士の二つ名は名誉だろう?」
「名誉などではない!」
思わず激発してしまった俺にいくらか怯んだようだったが、少女剣士はそれでも挑発的な態度を崩そうとはしなかった。
「呼び方を変えて欲しけりゃあたしに勝ちな。『神殺しを殺した男』」
鞘に納めたままの双剣を腰帯から抜いてこちらに向ける少女剣士に対し、俺は深いため息を吐き出してから辺りを見回して手ごろな大きさの木の枝を取り上げた。
「おいおい、腰に剣をぶら下げてるだろ。それを使えよ」
「必要ない」
両腕をだらりと体の横に垂らし、俺はそっけなく答えた。
本当なら素手でも構わないのだが、加減を誤って殺してしまうと不味い。
俺としてはそういう配慮をしたつもりだったが、少女剣士は侮辱と受け取ったようだった。
わずかに少女剣士の体が沈んだかと思うと、驚嘆すべき鋭さでこちらに突っ込んできた。
正確に心臓を狙う右剣突きを木の枝でいなす。体勢が右側に流れそうになるところを持ちこたえ、下半身から上体へむけて捻りを加えながらの左剣の斬り上げ。こちらは真っ向から受け止める。
力比べでは敵わないと一瞬で悟ったのか、少女剣士は大きく後方へ逃れると素晴らしい敏捷さで俺の背後に回り込んだ。
彼女の動きは走るというよりまるで飛び跳ねているようだ。
興味深い戦い方ではある。
俺のよく知る騎士たちの中にはこのような戦い方をするものはいない。身軽さで言えば隠密の者に近いが、彼らはこんな風なこれ見よがしな動きはしない。
相手の虚を突き、死角を捉える『外し』の戦闘術。
なるほど面白い。
だが、軽いな。
「どうしたぁ! そっちも打ち込んで来いよ、この玉無し!」
「……じゃあ一発だけ」
もうとっくに実力差は悟っただろうに、それでも吠えるのをやめないダイヤに敬意を表し、俺は少し強めに木の枝を振り下ろした。断っておくが、決して玉無しと呼ばれてムカッ腹が立ったわけじゃない。
振り下ろした木の枝はダイヤの脳天にまっすぐにぶち当たり、派手な音を響かせて粉々に砕け散った。
その一撃で意識を失い膝から崩れ落ちたダイヤは勢いよく尻餅をついたかと思うと、そのまま仰向けに転がった。両脚を開いた状態で。
「あー……」
しまった、と俺は思った。
木の枝でぶっ叩くくらいなら大丈夫だろうと高を括っていたのだが、どうも力を入れ過ぎてしまったらしい。
白目を剥いてひっくり返った少女を眺めながら困っている俺の横に、それまで離れたところから様子を静観していたロクサーヌが並んで言った。
「やり過ぎよ、バルトロメウス卿」
「面目ない。彼女は大丈夫だろうか」
好きにやれと言ったのはあなたでは?
内心そう思ったが、俺は素直に謝罪した。
「死んではないでしょう。……バルトロメウス卿、この子の脚がそんなに興味深いの?」
「いや、そんなことはない」
膝を立てて開かれた脚をまじまじ眺めていたのを見咎めたのか、ロクサーヌがやや棘のある声で言った。
もちろん俺は否定したが、いささかうろたえてしまった。
「ロクサーヌ殿、もし知っていれば教えて頂きたいのだが、なぜ彼女はあんなに丈の短い、というかほとんど丈のないズボンを穿いているのだろうか。俺の認識ではあれは下着ではないかと疑っているのだが」
そう、丈のないズボンの上から革の前垂れを重ねているダイヤの脚は、ありていに言ってほぼすべて露出されていた。
少なくともファーレン王国を中心とした文化圏では、女性はこのようなはしたない格好はしない。リタのような街娼でさえ、胸はともかく脚はくるぶしまであるスカートできちんと隠す。
「彼女はアディントンの出なのよ」
俺の疑問にロクサーヌはそれですべて説明できるとばかりに答えたが、あいにく何も理解できなかった。
「すまない。アディントンとは?」
「レッドメイン小国群の中にある国の一つよ。アディントン氏族は男女ともに勇猛な戦士で、独特な戦闘装束を身に纏うことで知られているわ」
「……独特というのはつまり脚を剥き出しにすること?」
「脚だけでなく基本的に軽装で裸に近い格好なの。ちなみに男性の戦士も同様よ」
「……なるほど」
何というか、文化が違うな。
アディントンの成熟した女性戦士とはぜひとも知り合いになりたいものだが、むくつけき男戦士には戦場でもその他の場所でも会いたくない。
それはともかくとして。
失神してひっくり返ったダイヤをどうにかしなければならなかった。
色情狂の勇者なら喜んで飛びついていたかもしれないが、分別ある大人である俺は年若い少女の醜態を見て喜ぶ趣味はない。
俺は控えめに咳払いをしてから、ロクサーヌにダイヤの介抱を依頼したのだった。
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