本当の魔女⑪

 

「随分と粘着してくれますな。これは一体どういう事ですかな? 返答次第によっては……」


「お役目ご苦労様です審問官殿。少々手違いがあったみたいですね、魔女に対して目隠しもせずに処刑に及んでは、民衆に危害が及ぶ恐れがありましたので」


 ヘデロにとっては残念な返答だった。血相変えて殴りかかってくるものかと思っていた。そうなれば好都合だった。多少は痛い思いをするだろうが非力なマティに殴られたところでたかが知れている。無抵抗に殴られたとなればのちほど何かと有利になる。


 懐を探り合う両者。魔女の瞳は他者を吸い寄せる。そう信じられている。だから裁判の時に審問官は背を向ける。このように言われては審問官の男、ヘデロですら返す言葉がない。


 フュテュールは脅えている。そして、自分自身を情けないと感じている。しかし、気持ちとは裏腹に足の震えが止まらない。怖い、怖いと心の中で呪文のようにつぶやいている。平然と相対することの出来るマティが信じられないでいた。



「おや、そちらのお嬢さんは下官ですかな? うーん、気のせいだろうか、どこかでお会いしたような? 体の隅々まで知り尽くしているような……」


 敵は弱い者から狙い撃つ。これは常道。士気が加わると弱いと思っていた者が意外に強くなる。その前に潰す。これは戦略として当たり前。


 ヘデロが狙いを切り替える。マティには敵わないと悟っている。ならば余興、言葉一つで他者を崩壊する様をみよう。取り乱し、泣き叫ぶ表情を眺めるのもまた一興。そう考えていた。



 両足のふとももが強烈に痛む。あの時の恐怖と苦痛、フュテュールは忘れたいのに体が思い出している。そして、その痛みこそが彼女を覚醒させていた。



「私は貴方が――、貴方個人が大嫌いです……」


 耳を澄まさねば聞こえないほどの消え入りそうな声。必死に必死に振り絞った小さな声だった。なぜだか分からないが、とめどなく涙も溢れてくる。震えながら、泣きながら、それでもフュテュールは退くことなく睨みつけている。



「うん、なんでかなぁ……、フュテュール、貴女とは本当に気が合うね、男の好みまで私と一緒。私もこの男、嫌いなんだ、近寄るだけで寒気がする、なのに追いかけ回したくなる」


 審問官の男が口を開こうとしたが、その前に機先を制す。遮るようにマティがたたみかけていた。その声色は明るい。しかもけらけらと笑いながら言っている。固唾を呑んで様子を見守る執行兵達、彼ら第三者には冗談にすら聞こえている。


 しかしヘデロは脂汗が止まらない。彼にははっきりと伝わった。これは個人間ではあるが宣戦布告のようなもの。マティかヘデロ、どちらかが死ぬことになる。高位の修士から命の奪い合いを宣告されたのだ


 もはや魔女裁判がどうこうではない。ヘデロ個人を徹底的に追い込むと――


 

 ヘデロは笑う。それは先程までの愉悦に満ちた笑みとはまるで違う。あの時見せたのと同じ。身の危険を悟った権力者の笑い。


 声など出さない。顔面の肉が笑っているような形を作り上げているだけ。その瞳の奥底には憤怒と憎悪、恐怖が見え隠れしている。



 上空を見上げれば、ぬけるように青い空。大海原を絵に書いたように鮮やかな青。海面に真っ白なシーツを流したかのような純白の雲が流れていく。


 しかし汚されていく。ゴルダの丘から巻き上がり青い空にと拡散していく黒い雲。墨汁を撒き散らしたかのようにどす黒い煙が、空を染めては溶け込むように消えていく。この少女は黒煙と一緒に天に還る事が出来たのだろうか、そんな思いがフュテュールの脳裏を過ぎる。



 愛によって繋がれる者もいる。憎悪によって繋がれる者もいる。愛を繋ぐ糸は赤いという。憎しみが憎しみを生む糸の名前は連鎖という。頭では理解している。しかしその思いは愛と同様。簡単には断ち切れない。


 審問官の男が立ち去って行く。振り返らない。背を見せない。マティを正面に見据えたまま後退りして行く。


 執行兵達は誰もが俯いている。顔を上げようとはしない。脅えている。ならず者が街中をのし歩き辺りを威圧している時、もっと強烈なならず者が現れた。そんな光景を彷彿させる。滑稽に見えてくる。


 ぶすぶす、ばちばち。荒れ狂うだけ荒れて、もはや完全に勢いを失っている。終息を迎え、くすぶり続ける炎の音だけが響き渡っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラ・ファ mako @mako0426

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ