弐ノ巻:武術家にも高校生活あり

 コンビニへ行くと既に秀は肉まんを買い食いしていた。

「あ、来た来た」

 秀は脚術の達人なだけあって、自転車をこぐのが桁外れに速い。雷也が追いつくには電動自転車が無いとまず無理だろう。

「遅いぞ〜」

「いや前にも言ったけど秀が速すぎるだけだからね?!」

「お前も脚鍛えたほうがいいだろ?」

「そりゃそうだけど専攻してるのが腕だからそこは妥協してくれ」

「…で、何も買わなくていいのか?」

「あ、買ってくる」

 雷也は蕾花から弁当を作ってもらっているため、買うのは大体ジュースくらいだ。

「はいOK」

「お前またエナドリ買ったのかよ」

「仕方ないでしょ夜11時まで修行して朝4時から修行始まるんだもん。流石に身がもたないよ」

「お前家帰ったら昼寝するだろ?」

「まぁ…そう…だけど…」

 痛いところを突かれた雷也は言動がしどろもどろになる。

「でも俺が止めるようなことでもないからな。親父さんにバレないようにしろよ」

 秀は肉まんを食べ終え、自転車に跨がる。

「行くぞー」

「あ!ちょっと待って!」

 買い物したものを通学カバンに詰め込んで走り出した。


「おはよう!」

「おはようございま〜す」

 校門には体育教師の鬼教官こと鬼道先生がいた。

「おはようございます〜」

 気の抜けた声で挨拶をする雷也。

「おい成神!そんないい加減な挨拶が通じると思っているのか?!」

 ワイシャツと襟首を掴もうとする。

 そして掴んだ。

 …が。

「よっと」

 鬼道の脚を持ち上げて転ばせた。

「痛て!」

 尻もちをついた鬼道は尻を押さえながら雷也を追いかける。

「こら待て成神!」

「うわ追いかけてきたよ…」

 後ろを振り返って追いかけてきた鬼道を見て雷也は呆れたような顔をした。

 駐輪場に自転車を止めると間もなく鬼道に胸ぐらを掴まれた。

「お前ふざけてるのか?」

「人が自転車に乗ってるのに襟を掴もうとする教師の方がよっぽど問題だと思いますよ」

「なっ…」

 言い返せない事実を言われた。

「でもお前俺のこと転ばせたじゃないか」

「どうやってあの状況で転ばせたっていうんですか」

 雷也も秀も自分たちがプロの武術家であることは秘密にしている。故に普通の高校生と思われるために誤魔化しは必要だ。

「う…もういい。教室に行け」

 鬼道は校門に戻っていった。

「あっぶなぁ〜い…!」

 雷也は震え上がった。

 流石に怪我はしたくないから反射的に鬼道を転ばせたものの、内心ヤバい事をしてしまったと怯えていたのだ。

「お前…なかなかチャレンジャーだなぁ…」

 秀も驚いて目を見開いている。

「感心しないでよ…っあぁ〜焦ったぁ〜…」

 ドキドキ震える心臓を押さえながらため息をつく。

「ほら、教室行くぞ」

「あ、うん」

 二人は教室に向かう。

「おはよう」

「おはよ〜」

 既にヘロヘロになっている雷也に男友達が集団になって来た。

「おい雷也!さっき鬼に追いかけられてたよな?!」

 そう切り出したのはお調子者の上野 隼人。

「何があったんだ?!」

 それとほぼ同時に聞いてきたのはサッカー部の田中 宗吾。

「よく死ななかったなマジで?!」

 二人に続いてそう言ったのはギターを弾くのがびっくりするほど上手い山下 軍平。

 3人はすごく心配そうに見ている。

「いやめっちゃ怖かったよ?」

 そう雷也は苦笑いしながら言った。

 雷也は先程あったことを、鬼道が勝手に転んだことにして説明した。

「あの鬼にしては被害妄想って珍しいな…」

「鉄人にもそういう時はあるだろ」

 鬼やら鉄人やら破壊神やら酷い言い様をされている鬼道はかなり理不尽な理由で頻繁に怒ることが多いため陰口を言われやすい教師No.1と言っていい。

「それにしても災難だったな…可愛そうだからジュース奢ってやるよ」

 隼人は財布を持ってくる。

「え、いいよそんなの。お金が勿体ないよ」

「お前が遠慮しようと俺が勝手に勝手くるから」

「…勝手だけに?」

 雷也がそう言うと何も理解できていないのか隼人は眉間にシワを寄せて首を傾げる。

 …静寂の3秒間…。

「…あ?!勝手と買ってのオヤジギャグ?!」

「お前自覚なかったのか?」

 秀は驚いて聞く。

「ゴメンマジで無自覚だったわ」

 隼人は自分の発言に驚いている。

「…まぁ、買ってくるわ」

「えぇ?!」

 隼人は走って自販機に行ってしまった。

「あぁ〜…いいって言ったのに…」

 雷也は止める間もなく隼人が行ってしまったので、お言葉に甘えることにした。


 話は飛んで昼休み


「いただきま〜す」

 雷也の昼食は牛肉の焼肉に鳥のささ身、ブロッコリーと卵焼きだ。飲み物はプロテインと隼人から貰った天然水のい◯はすのマスカット味だ。

 黙々と食べていると、軍平が雷也に話しかけた。

「雷也、前に買ったって言ってたストバスやりたいから遊びに行っていい?」

「あ、いいよ」

 雷也は頷く。

 ちなみにストバスとは今人気の格闘ゲームのことで、正式名称はストリートバスターだ。

「え、俺もやりたい」

 隼人もそれに反応した。

「クッソ〜俺部活無けりゃ行けたんだけどな〜っ」

 宗吾は悔しそうに呻いた。

 かくして、放課後に成神電器に集まって皆でゲームをすることになった。


「あれって確か新キャラ5人増えたんだっけ?」

「そうだよ。結構みんなクセのあるキャラだけど慣れると結構強い」

 そんな事を話しながら成神電器へと向かう。

「でさ、そのブライアンってキャラが〜」

 楽しそうに話していると、隼人が立ち止まった。

「ん?どうしたの?」

 隼人の異変に気づいた雷也は心配する。

「…おい、なんか…これ…おかしくないか?」

「え?何が?」

「いや…前見ろよ」

「へ?」

 前を見ると、雷也はその景色に目を疑った。

 商店街の道がボロボロに壊されているのだ。

「…は?!え?!」

 雷也はその異様な風景を見て混乱した。

 何よりも、成神電器が心配になった。

「………!」

 自転車を倒して置いて、カバンを投げて走った。

「お、おい!雷也!」

 それは秀も同じだった。

 秀も自転車とカバンを投げて靴革シューズに向かって走った。

「父さん?!母さん?!」

 成神電器の中に入っても誰も居ない。

「は…あ…」

 ドサッ

 雷也は膝から崩れ落ちた。

 突然起きた事態に状況が飲み込めていない。

 中は特に荒らされた形跡もなく、誰かがあの商店街の道のように暴れたようには見えない。しかし雷也にとっては店よりも親のほうが何億倍も心配だった。

 でもまだ死んだとは限らない。

 店の中に向かって歩く。

 台所に向かう。

「…はっ…!」

 すぐに目に入った人に駆け寄った。

「母さん!」

 蕾花は恐怖に怯えていたのか、うずくまって震えていた。

 しかし、息子の声を聞いてすぐに顔を上げた。

「雷也!」

 緊張の糸が切れたのか、雷也に抱きついてボロボロと涙を流した。

「何が…何があったの?!」

「お父さんが…お父さんが…!!」

「父さん?!」

 雷也は顔が真っ青になった。

「ちょ、ちょっと見てくる!」

 雷也は蕾花の手をどけて成神電器を出た。

「雷也!」

 その呼び声は確かに聞いていたが、走り出した足が止まらなかった。

「はぁっ…はぁっ…」

 息が上がっている。

 そして必死に商店街の中を走り回った。

「父さん!父さん!」

 父を呼びながら走り続ける。

 ドカッ

「いて!」

 誰かにぶつかった。

「いたた…」

 秀だった。

「あ!ゴメン秀!」

「いや、いいんだ。店は大丈夫だったか?」

「う、うん。でも父さんがいなくて…」

「やっぱりか。うちも父さんがいなかった」

「…ってことは…まさか!」

 二人は走る。

「おい!」

 隼人の声がした。

「ど、どうしたの?!」

「どうしたも何も…お前の父さんだろ?!」

「え?!」

 隼人が肩を貸していたのは雷蔵だった。どうやら商店街の2番通りにいたらしい。

 足を引きずりながら成神電器のある1番通りに戻ってきたのだ。

「父さん!」

 全身傷だらけだ。

「何が…何があったの?!」

 雷蔵はか細い息を吐きながら話す。

「刺客だ…刺客が来たんだ…」

「刺客?!」

「今秀君のお父さんが戦ってる。他は皆全滅だ」

「…嘘でしょ…?」

「父さんが嘘ついているように見えるか?」

「…」

 雷也は黙った。

「隼人、父さんを運んであげられる?」

「お、おう。分かった」

 隼人は雷蔵を背負う。今は部活には入っていないが、もともと隼人は空手部で力が強い。

 軍平は雷也と秀の荷物を持つ。

 成神電器に着くと寝室に雷蔵を寝かせてパンパンに膨れた右足に氷嚢を当てる。

「う゛っ!あいてててて…」

 苦しそうに呻く雷蔵。

「あなた…生きてて良かった…!」

 蕾花は雷蔵の胸の上で泣いた。

「ご…ごめんな…情けない…」

 雷蔵は自分の情けなさに呆れと憤りを感じた。

「…」

 雷也は立ち上がる。

 そして雷也は自分の部屋に行く。

 チャキッカチャカチャ…

 鉄パイプを組み上げていく音がする。

「…おい…まさか…雷也、やめろ!」

 雷蔵はすべてを察した。

 雷也が鉄パイプを組み上げて作ったのは…トンファーだった。雷也は刺客と戦うつもりなのだ。

「お前じゃまだ無理だ!」

 雷蔵は必死に止めようとする。

「じゃあ誰がやるっていうんだよ!」

 雷也は叫んだ。

 親なのに今まで聞いたことがない、雷也の強い声だった。

「秀のお父さんが戦ってるんだ…!僕だっていままでこのために修行を積んできたんだ…戦わなきゃ、意味がない!」

 隼人が雷也の部屋を覗くと、そこには全身が筋骨隆々としていて、その上修行でできた傷だらけの体をした雷也がいた。その上目にも留まらぬ速さで鉄製のトンファーを回している。

「マジかよ…!」

 雷也のその姿を見て隼人は驚いた。

「…説明は後でするよ。でもこの事、絶対に内緒にしてね」

 雷也の覚悟が決まった顔に、隼人はただ頷いた。

「じゃ、行ってくる」

 秀はもう成神電器にいなかった。彼も戦闘準備に向かったのだ。

「雷…!」

 蕾花は止めようとするが、その手を雷蔵が掴んだ。

「あの顔は本気の顔だ。やらせてあげよう」

 雷蔵のその言葉に、蕾花は雷也を心配しながらも頷いた。

 雷也は外に出る。

「雷也…!」

 蕾花が心配して追ってきたのだ。

 雷也を抱きしめる。

「…いってらっしゃい。初出陣、気をつけてね」

 いつかはこうなると分かっていながらも、いざそれが現実となると恐怖は一層増す。

 ましてや自分の息子だ。自分の命よりも大切な人が死ぬかもしれない戦いに向かうのだ。

 止めたくなるのも無理はない。

「…行ってきます」

 雷也はその強い眼差しで蕾花の瞳を見た。

 そして、商店街の2番通りへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る