参ノ巻:受け継ぎし者の強さ、顕現せし時

 秀は靴革シューズに帰ると店の中はなんともなかったので安心した。

 そして店内の在庫用引き出しを開いてから一度閉じる。

 パコンッ

 引き出しの奥に仕込まれた引き出しが移動した音がした。

 そしてその横の引き出しを引いて、奥にある引き出しを引いた。

 隠し引き出しから出てきたのは片方10キロある、ソールにチタン合金が使われ鉛が織り込まれた特殊な戦闘靴だった。

 秀はそれをヒョイッと外に軽く投げる。

 ズンッッッ

 靴が商店街とレンガが剥がれた地面に沈んだ。

「…履くの久しぶりだな…」

 秀はそれを履いた。

 しかし軽々と走り出した。

「あ!秀!」

 雷也と秀が合流する。

「…行くか」

 秀がそう言うと雷也は頷く。

 二人は2番通りに向かった。


 2番通りは主に飲食店をメインとしている。…そして、そこが戦場と化していると考えると雷也は震え上がった。

 2番通りの入り口のゲートまで来ると雷也と秀は刺客に気づかれないように通りを覗き込む。雷也は雷蔵に刺客がどのような技を使ってくるのか聞いてこなかった事を酷く後悔した。

「…どうだ…?」

「えっと…」

 雷也が2番通りを覗き込むとあるものが目に飛び込んできた。

「あ!」

 雷也は刺客も気にせずダッシュした。

「雷也?!」

 秀も追いかける。

「う…うぅ…」

 そこには満身創痍になり倒れている秀の父、修一がいた。

「親父!」

 秀は駆け寄る。

「う…秀…駄目だ…あいつと戦っちゃ…」

「そんな事言ってる場合か!」

 秀は修一を起こし、雷也が背負う。

「親父を頼む」

 雷也は強く頷く。

「分かった!」

 雷也は成神電器に向かって走り出した。

「…さて…やってやろうか…!」

 通りの奥まで進むと、他の武術家たちも倒れていた。

「…マジかよ…!」

 秀は救急車を呼びたくなったがスマホは自宅に置いてきてしまった。

「秀くん…?」

 うどん屋の常木が震える声で秀を呼んだ。

「常木さん?!」

「私達のことはいい…秀くんのお父さんよりは私達は傷が浅いからな…」

 常木は逆パカしたが奇跡的に生きているガラケーを取り出し警察と救急車を呼んだ。

「もしもし…あぁ…事件です…」

 常木は早く行けとジェスチャーを送ってきたので、秀は頷き刺客のいるところへ行った。

「…!」

 少し進んだ先に、黒い大きな影が見えた。

「あいつが…!」

 影に近づくと、その姿が段々と明らかになる。

「なんだ…あれ…?!」

 その巨大な影は、身長は3メートルほどあり全身に肉がついた巨体にパイプやメーターがついた、サイボーグとも呼べる人間離れした生き物だった。

 いや、恐らく元は人間なのだろう。しかし腕についたパイプには緑色の液体が流れており、それは背中の酸素ボンベのようなものから出ている。一体何が入っているのかは分からないが、間違いなく人間が食べられるようなもののそれではない。現実離れした存在感に異質な雰囲気、秀は圧倒された。

 顔を見ると、顔には鳥◯明のようなガスマスクがついており、本来の顔は見ることが出来ない。いや、ここまでくると元の顔が残っているのかすら分からない。

 ゆっっっくりとこちらを見る刺客。

 秀は息を飲んだ。

 ガチャッ…

 刺客がクラウチングスタートの構えを取る。

「…………!」

 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!!!!!!

 その巨体に似合わない機敏な動作でこちらに迫ってくる。

「何?!」

 刺客は秀に巨大なパワーアームが装備された拳で殴りかかる。

 ドゴォ!!!

 秀はすかさず高く舞い上がり、宙返りをして回避し、刺客は地面を殴る形となった。

「あっぶな!」

 あんな拳を喰らったらひとたまりもない。下手したら一撃で即死するだろう。

「…ぁぁあああ…ハアァァァ!」

 秀は回し蹴りをした。

 ガチイィンッ……!!

 秀の蹴りは鉄製の壁を軽々と貫けるほどの威力がある。

 しかしその蹴りが今鈍い音がするだけという衝撃の結果となった。

「なっっ……?!」

 秀は状況が受け入れられず、ただ突っ立っている事しか出来ない。

 ブォッッ!!

「う!」

 残像が出来るほどの速さで刺客が何度も殴りかかる。

 ギギギギギギギギギギギンッッッッッッ!!!!!!!!

 それと同等の速度で秀は刺客の拳を蹴り返す。

「クッ…!」

 刺客の拳の速度のほうが紙一重で高い。

 ドゴンッ

 二人の渾身の一撃がお互いの脚と腕に伝った。

 ギシギシギシ…

 何かが軋む音がする。

 バキャンッッ

 刺客の拳についたパワーアームが砕け散った。

「よしっ!」

 …しかし。

 バキンッt

 秀の靴の右足のソールが割れた。

「なっ?!」

 秀の注意が靴に行ったその瞬間。

 ゴスッッッッ

 パワーアームの内側から現れた刺客の拳に秀は腹を殴られた。

「がはっっ……!!」

 秀はそのまま吹き飛んだ。

 ガッシャーン!!!

 秀はそのまま服屋の店先に置いてあったハンガーラックに激突した。

 幸い服がクッションになったが、どれにしろダメージは大きい。

「グ…クソッ…」

 秀はなんとか起き上がる。

 しかしその目の前に、刺客が居た。

「あ…」

 刺客が拳を上げる。

「…ここまでかよ…!」

 秀が刺客が振り下ろした拳に恐怖で目を背けたその時。

「ドリャアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!」

 雷也のトンファーが刺客の顔面に彗星の如く速さで激突した。

 ドッッッッッッ

 刺客がぶっ飛ばされた。

 ドガッッシャアアアアアァァァァンン!!!

「フゥ…間に合った…!」

 雷也は秀に手を差し伸べる。

「ごめん!遅くなった!」

 秀は笑う。

「いや…むしろナイスタイミングだった!」

 秀は雷也の手を取り、雷也が引き上げて秀は立ち上がる。

「親父たちの仕返ししてやろうぜ」

 秀が悪い笑みを浮かべながらそう言う。

「賛成」

 雷也は少し怒りながら賛成した。

「自分より家族をやられた方が怒りが大きいの教えてやる…!」

 雷也はトンファーを構える。

「ぶっ飛ばす!」

 秀は勢いよく地面に踏み込む。

「ぶっ潰す!」

 二人は駆け出す。

 刺客が起き上がり、二人に襲いかかってくる。

 刺客が殴りかかると、雷也はトンファーを地面に突き刺し、刺客の拳に蕾花直伝の掌底を喰らわせた。

 蕾花は雷蔵と結婚する前、太極拳の先生をしていた。

 それを幼い頃から教わっている雷也は雷鳴旋棍だけでなく、ある程度太極拳ができる。

 刺客の拳を押し流し、その波を一気に刺客の腕に押し込む。

 ビシッッ…バキッッ!!!

 刺客の腕の骨が折れる音がした。

「グオオオオオオ!!!!!」

 刺客はひとたまりもない痛みに叫び、腕を押さえた。

「チャンス!!」

 秀は刺客の顔面を蹴り飛ばした。

 ズウウゥゥゥン…!

 刺客は倒れた。

 しかし、また起き上がる。

「まだ起き上がれるのかよ!」

「ガッツあるなぁ…」

 雷也と秀は逆に感心してしまう。

「ま、あっちがまだやる気なんだ。こっちもやれるだけやってやろう」

「そうだね。じゃ、第2ラウンドといきますか!」

 二人は構えの姿を取った。

 刺客は深く息を吸う。

「ヒュー…コオォ…」

 ダー◯・ベ◯ダーのような呼吸音が響く。

 すると、背中のボンベが起動したのか、中身の液体が緑色に発光する。

「なんだ…?」

 秀は身構える。

「…え?ちょっと待って?」

 雷也は目を疑った。

 刺客の腕が光る。

 正確には、雷也が折った骨が光り、内部が見えるかのようにホタルのような淡い光が見えている。

 ピシッパキッ…パチッ…

 なんと内部で骨が修復されている。

「は?!」

 雷也は目を疑った。

 今自分たちは本来ならノーベル賞を取れるような技術を目の当たりしている。

 もはやオーバーテクノロジーの域に達している。

 骨が修復されると、刺客は腕を見て手をグー、パーと閉じて開いてを繰り返す。

 完全に治癒されたようだ。

「何だよそれ…反則だろ…!」

 秀は呆然とする。

「…マジで?」

 雷也は状況が飲み込みきれてなかった。

 ビキッビキビキッッ

 刺客の腕から拳にかけて血管が浮き出て肥大化する。

「なんだなんだ!?」

「ヤバいの来る!」

 二人は逃げようとするが、既に遅かった。

 ゴウッッッッ!!!

 刺客が拳を振った瞬間、猛風が吹き上がった。

「うわ!」

「どわぁ!」

 二人は吹き飛び、雷也は電柱にトンファーを引っ掛けて風に耐える。

 秀は地面を踏み込んで脚を地面に埋めて体を固定し風をやり過ごした。

「腕振っただけでこれってどういう事ぉ?!」

 雷也は吹き飛ばされそうになりながらもなんとかこらえる。

 風が止むと雷也は着地して秀は地面から脚を抜いた。

「あの緑の液体がドーピングか何かしてるんだろ」

「なるほどそういう事か」

 もう不思議な技術をたくさん見た二人は感覚が麻痺していた。

「こっからどうする?」

「まだ決めてないから成り行きでいくか」

 二人は刺客に飛びかかる。

「ドリャ!」

 雷也はトンファーを回してリーチが長い方を突き出して背中のボンベを割ろうとする。

 ゴンッ

「え?!」

 弾き返された。

 ブォッッ

 ガキンッッ

 刺客の裏拳を喰らうがトンファーでガードしてなんとか耐える。

「クッ」

 しかしガードしても運動エネルギーはあるのでそのまま刺客が拳を上に勢いよく挙げたせいで上に吹っ飛んだ。

「うわあぁっ」

 ゲートが背中に激突して突き破り、70メートルは飛んだ。

「雷也!」

 秀は商店街の店の間の壁を蹴り上がり、屋上で渾身のジャンプをした。

 その高さは雷也を超えた。

「雷也!俺がお前を蹴るからその勢いでヤツの脳天かち割れ!」

「わ、分かった!!」

 雷也は空中で頭が地面に向くようにし、そのまましゃがむ。

 秀は雷也の足裏に自身の足裏をくっつける。

「いっっっけえええええええええ!!!!!!」

 秀は雷也を蹴り飛ばす。

 同時に雷也は一気に足を伸ばす。

 2つの脚のバネが同時に伸びたことで超速で雷也は降下していく。

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」

 雷也は両手を突き出し、トンファーを前面に出す。


 …どうして忘れていたんだろう。1番大切な事なはずなのに。

 雷也は降下しながら考えていた。


 グスッグスッ

「おや、雷也、どうしたんじゃ?そんなに目を腫らして泣いて」

「またいじめられた。トンファーは弱いって」

「なに、気にすることはない。お主は強い。それを信じなさい」

「でもみんな言うんだ。トンファーは思いつきで生まれたとか、弱いのに練習する意味ないって」

 雷也の祖父、雷玄は言った。

「思いつきで生まれた武器でも、強いものは強いんじゃぞ」

「…本当?」

 雷也は涙を拭きながら聞いた。

「そうじゃ。例えどんなに弱いと言われようと、沢山戦い、反省を繰り返し積み重ねたノウハウが成神家には受け継がれておる。成神家が最強とも呼ばれる所以はそこにある」

「じゃあ僕も沢山頑張ったら強くなれる?」

「当たり前じゃ。じゃから、沢山修行を重ね、反省を繰り返し、そして励みなさい。そうすればどんな武術でも…


 雷也はアーケードを突き破り、刺客の顔面を両手で殴った。

 ドガアアアアアンッッッ!!!!!

 衝撃波が周りのガラスを粉砕し、倒れた刺客とその上に乗った雷也の周りにはガラスの雨が降った。

「…終わった…」

 雷也は刺客から飛び降りると拳と掌を当て、頭を下げる。

 その時雷也は祖父の言葉の最後の部分を思い出した。


 究極の武術になる。」


「…うん。爺ちゃん。確かに強くなれてきた気がするよ」

 雷也は拳を挙げた。

「おーい!」

 秀はあの後近くの建物に着地し、跳びながら戻ってきた。

「あ!危ないよ!周りガラスの破片だらけだから!」

「うおっホントだ。ありがとう」

 秀は靴が破損したため、歩くのも満足に行かなかった。

「おいっ雷也!」

「ん?」

 雷蔵が松葉杖を突きながら来ていた。

「父さん!大丈夫なの?!」

「この後入院になっちまった。ごめんなぁ」

「いやいや、父さんが生きてるなら僕は結構だよ」

「しばらく店番頼むな」

「分かった。父さんこそ安静にしててね」

「あぁ。秀くんのお父さん、今手当て受けてるんだけど、父さんより容態はいいから入院するけど父さんより早く退院できそうだよ」

「そうですか。良かった…」

 秀は安心してため息が出た。

「あ!そうだった。今警察来てるから早く家に戻れ!」

「「え?!」」

 二人は雷蔵に肩を貸しながら急いで帰った。


「どうやら事故扱いになったらしいな」

 秀は成神電器の2階から警察が話し合っている様子を見ていた。

「じゃああの刺客どうすんの?」

「逮捕されたけどその後は…さぁ…?」

 雷也はトンファーを分解し引き出しにしまい、秀は靴を片方だけ磨いていた。

「あの靴壊れちまったな…作り直さないと…」

「確か前にあれ3万するって言ってたよね?」

「あぁ。限界まで低価格かつ丈夫に作っても、痛い出費には変わりないさ」

 秀はため息をついた。

「あの〜二人とも?」

 隼人、宗吾、軍平は見たものが未だに信じられないようだ。

「二人って一体何者」

「「それ以上聞いたら何かが起こるよ」」

 二人のその発言に3人は震え上がった。

「これ絶対話しちゃいけないやつだよな?」

 隼人が聞く。

「あ、そのことなんだけど、誰かに話したら話した人と聞いた人が消されると思っといたほうがいいよ」

 3人は顔を真っ青にした。

「あ…あのさ…それって俺たちも習うことってできる?」

 宗吾が恐る恐る質問した。

「「無理」」

「デスヨネー…ってかあんなのマネ出来っこない」

「あーでも母さん太極拳の先生やってたから習えば?」

「「「マジで?!」」」

「うん。言ってなかったけど」

「習ってみようかな…」

 軍平が呟いた。

「「とりあえずこの話は秘密厳守。いい?」」

「「「はい…」」」


 しかし、まだ雷也と秀は知らない。

「は…はわわ…あれ…雷也くんと秀くんだよね…?」

 本屋に居た女子が、目撃者になっていたということに。

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