功夫商店街

@kuruttakyouiku

壱ノ巻:雷鳴旋棍を受け継ぎし者

 グスッグスッ

「おや、雷也、どうしたんじゃ?そんなに目を腫らして泣いて」

「またいじめられた。トンファーは弱いって」

「なに、気にすることはない。お主は強い。それを信じなさい」

 僕は祖父が語ったその続きを覚えていない。もう十数年前の話だからだ。

 でも、とても大事なことのような気がする。

 だけど思い出せないまま、また日は昇って月は沈む。


壱ノ巻:雷鳴旋棍を受け継ぎし者


 中国には秦の時代から御神体と呼ばれる物が地下深くに眠り、世界の均衡を保ってきたという言い伝えがある。

 そしてその御神体を護るために各地から武術の達人たちが集まり、羅仙門という武術集団を作り、御神体を悪から護ってきたという。

 この御神体、例え国の名が変わろうとも、戦争で王が変わろうとも、これだけは変わらず皆羅仙門に護らせてきたという記録が残っているが、その正体は分からず、羅仙門も南北朝時代から記録が途切れている事からその全貌は謎に包まれていて、今でも考古学者たちを悩ませる大きな謎の一つとなっている。


 …しかし、その謎の全貌はある意外なところに隠されている。

 ここはとある寂れた商店街。アーケードがあるタイプの商店街で、ガレリアとも呼ばれるこれが掃除されることはたまにしかなく、いつも少し薄暗い怪しい雰囲気を漂わせている。

 この商店街の地下に、今も御神体は眠り続けている。

 商店街という形をした要塞の中で現代を生きる武術家たちは商店街の店員となり、それぞれの職業と自身の武術の流派を併せ持った形態で身を隠し、今もなお御神体を護り続けているのだ。


「腰が伸びてないぞ!」

 商店街の裏にある空き地の中に怒号が飛んだ。

 バチンッッッ!!

 鞭がしなり、少年の尻を裂く。

「痛ッッッてぇ!!!」

 少年はあまりの痛みに飛び上がり、持っていた木製のT字型の棒を離した。

 尻をさすりながら痛みに耐えるが少し涙が出る。

「いってぇ〜〜」

「ほら立て。続きだ続き!」

「はい…」

 少年は手から離した棒を拾い上げる。


 この棒には正式名称がある。

 その名も「トンファー」と言い、武器の一種である。

 起源については諸説あるが、中国武術の「拐」(かい)と呼ばれるトンファーよりも大きい武器が琉球に伝わって小型化されたという説が有力であるとされている。

 約45センチの棒の片方の端近くに、グリップとなるよう垂直に短い棒が付けられている基本的に2つ1組の武器で、左右の手にそれぞれ持って扱う。

 握り部分を持った状態で、自分の腕から肘を覆うようにして構え、空手の要領で相手の攻撃を受けたり、そのまま突き出したり、または攻撃を受けたまま空いている手や蹴りを繰り出して攻撃することが可能。

 長い部位を相手の方に向けて棍棒のように扱う事が出来、手首を返すことで半回転させて瞬時に切り替えられ、さらには回転させて勢いを付けつつ相手を殴りつけることも出来る。

 それだけでなく、逆に長い棒の部分を持ち、握り部分を相手にむけて鎌術の要領で扱うことも可能である。

 主に刀を持つ敵と戦うために作られた攻防一体、更には反撃にまで特化した武器である。


「雷也、昔からお前は集中が長く続かない癖があるからこうやってわざと長い時間修行する必要があるんだ。分かってるか?」

「はい…父さん…」

 少年は項垂れる。

「ごめんくださ〜い」

「あ、お客さんだ。仕方ない…少し休憩だ」

 少年の父は裏口から店の中に入っていく。

「…はぁ…」

 少年は座り込んだ。

 彼の名は成神 雷也。商店街の真ん中あたりにある電器屋、成神電器の店主、成神 雷蔵の息子である。

 彼は代々トンファーを主軸武器とした一子相伝の武術、雷鳴旋棍を受け継ぐ家系の末裔で学生でありながら修行中の身だ。

 しかし、昔から集中力が長く続かない事に悩んでいた。

 理由は2つある。

 1つ目は本当に修行に意味はあるのかという疑問や、御神体はただの言い伝えだけの架空の存在で、本当は無いのかもしれないという疑念を抱いていたからだ。

 2つ目は雷也がまだ幼い頃、中国の武術学校に通っていたところまで遡る。

 雷也はトンファーを扱う武術を極める家系であるが故に、トンファーを弱いと思っている同じクラスの生徒から「トンファーは弱い」と、彼が日本に来るまで散々バカにされ続け、酷い時には殴られたりバケツの水をかけられた過去がある。

 これがトラウマとなり、そのフラッシュバックが起こってしまう事が原因で集中力が長く続かないのだ。


「フンッ…フンッ…!」

 雷也と同じデザインだが色の違うトレーニングスーツを着た同じ歳くらいの少年が、鉄棒につま先だけでぶら下がりながら脚で懸垂をしていた。

「よし!200!」

 少年は鉄棒から宙返りをして降りる。

 そして雷也に駆け寄り、自分のスポーツドリンクを差し出す。

「あ、ありがと」

 雷也はスポーツドリンクを受け取る。

「雷也、また親父さんに怒られたのか?」

「うん…」

 彼の名は靴革 秀。成神電器の右に3つ進んだ向かいの位置にある靴革シューズの店主、靴革 修一の息子だ。

 主に脚術を主体とした武術、湖南武脚の使い手で、雷也と同じく武術学校にいた時に、雷也の事を唯一守った雷也の親友だ。

「仕方ないさ。あんな事があったらみんなそうなるさ。雷也みたいに修行が続けられるだけ充分立派だと思うぞ」

「いやいや…そんなことないよ…」

 雷也はスポーツドリンクをちびちびと飲む。

「!」

 秀は何か閃く。

「雷也、ちょっと新しい修行をしてみないか?」

「へ?」

 秀は雷也のトンファーを拾い、それを使って地面に円を描く。

「何してるの?」

「この前マスク・オブ・ゾロって映画を見たんだ。主人公が師匠に戦い方を教えてもらうシーンがあるんだけどな、それを真似してみようって話だ」

「はぁ…?」

 秀は円の内側をトンファーでコンコンと叩く。

「ほら、円の中に入ってみるんだ」

「あ、うん」

 雷也は円の真ん中に立つ。

「この中だけが島で俺がいるような円の外側をサメやらシャチがうじゃうじゃいる世界だと思え」

「うん」

「俺が外側から攻撃するから円から出ないようにしながら攻撃を防ぐんだ」

「分かった」

「じゃあ、ちょっと待ってろ」

 秀はキックボクシング用のプロテクターを装着し、メットを被って構える。

「…行くぞ?」

「うん!」

「フンッッッ!」

 次の瞬間、尋常じゃない速度の蹴りが雷也の顔めがけてとんできた。

「グッ…!」

 ガンッッ

 しかし雷也はそれを超える速さで蹴りをトンファーでガードした。

 しかし、その脚はもう視界に無い。

 今度は逆から蹴りが飛んでくる。

「ほッ!」

 裏手のままガードする。

 だがそれも既に視界から消えている。

「ドリャア!」

 秀が回し蹴りをかました。

「うおっ!」

 雷也はとっさの判断でトンファーを半回転させ、それで秀の脚を挟み込み、背負投の要領で投げた。

「おりゃっ!」

「うおっとぉ?!」

 秀はそのまま側転をして着地した。

「やれば出来るじゃないか」

 秀はプロテクターを外す。

「いやいや〜…」

「自分の力に自惚れるやつも問題だが、自分の実力を認めないやつはもっと問題だな…」

 と、秀は小声で言った。

「え?ん?なんか言った?」

「ん?何も?」

 秀はごまかした。


「雷也、話は終わったか?」

 雷蔵が戻ってきた。

「あ、うん」

「じゃ、続き、やるぞ」

「はい」

 雷也はトンファーを構える。

「行くぞ!」

 雷蔵は鞭を振るう。

 バチンッ!バチンッ!

 凄まじい速さで飛んでくる鞭をトンファーで防ぎ続ける。

 鞭はトンファーとは相性の悪い武器の一つだ。

 巻きつかれたり、トンファーの防御範囲を超えるような攻撃をされないように受け流して防ぐのがトンファー使いとしての一種の目標でもある。

 ただ攻撃を受け流すだけの練習が10分も続くのだ。

 というより、10分しか雷也の集中力が保たないと言ったほうが正しいかもしれない。

 右腕で受け止め、そのまま左手のトンファーを回転させて鞭を絡め取り雷蔵から鞭を奪い取る。

「ほいっ」

 右手でキャッチした。

「そうそう。そんな感じで武器を奪ってしまえばこっちのワンサイドゲームに持ち込める。今の動きを忘れるなよ」

「はい」

「じゃあ今日の修行は終わりだ。朝飯食って学校行って来い」

「ありがとうございました!」

 雷也は90°まで頭を下げる。

 雷也と雷蔵は親子だが、同時に師弟の関係でもある。礼儀正しく挨拶をするのは武術家としての基本だ。

 成神電器の横に時計屋の玄野時計店があるのだが、空き地から店内の様子が見えるので覗いてみると時計が7時を指している。

 学校が始まるのは8時40分。朝食をのんびり食べても余裕で学校に着く。

「じゃ、秀、また学校で!」

「おう!お疲れ!」

 秀は靴革シューズに帰っていった。

「ただいま!」

「あらおかえり」

 雷也の母の蕾花が朝食を作っていた。

「先にシャワーで汗洗い流してきてね」

「うん」

 風呂で流した汗を洗い着替えてから朝食を食べる。

「いただきます!」

 今日の朝食は鮭の茶漬けにほうれん草のおひたし、焼き鮭と健康に良いメニューだ。武術家にとって一番大切な体は食が大事なのだ。

「テレビつけていい?」

「いいわよ〜」

 成神電器には見本のテレビが沢山置いてあるのだが、50インチの新型テレビでニュースを見ながら朝食を食べるのが雷也の習慣となっている。

 ニュースで羅仙門の新しい記録が見つかり、もしかしたら既に滅んでいるのかもしれないという報道がされていた。

「なんかまた的外れな仮説立ててるよね。この前人間と動物の間で子供を作ろうとしてたなんて放送されてなかったっけ?」

「歴史なんてそんなものよ。お母さんの時代だって鎌倉幕府が出来たのがいい国作ろう鎌倉幕府だから1192年だったのに、今なんだっけ?いい箱作ろう鎌倉幕府だから1185年になってるじゃない。8年も違うのよ?」

「はぁ〜…だから僕日本史とか世界史とか信じられなくて興味ないからいい点取れないんだよなぁ〜…」

 雷也はそう言いながら朝食を食べ終えた。

「よし!ごちそうさま!」

 シンクに食器を置いて制服に着替える。

「学校行ってくる!」

 通学カバンを持つ。

「あ!雷也!お弁当!」

「あ!あっぶね!」

 蕾花から弁当を受け取り通学カバンに入れて電動自転車を店の裏から出す。

 カゴに通学カバンを入れて自転車にまたがる。

 スマホを見るとLINEで秀から「先にコンビニで待ってる」と連絡が入っていた。

「行ってきます!」

「行ってらっしゃ〜い!気をつけてね〜!」

 コンビニへ向かって駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る