第22話 真剣

 帯刀が屏風の裏に隠れたのを確認すると、

サクは布団の中に座布団を押し込んだ。

 そして、着物の胸元を広めに開くと、あしを投げだして座って右膝を立て、太ももを露にする。

 アンマーが、客をその気にさせたい時のポーズだ。

 その時、襖がそっと開き、二人の男が覗き込んだ。

「ヒイッ……」

 サクは大袈裟に驚く。

 そっと部屋に入ってきた男達は、抜き身の刀を握っていた。

 サクの息が止まる

「声を出すな。命までは取らん……」

 男の一人が、低く、ドスの効いた声でサクに呟く。

 サクは、怯えるように何度も頷いた。

「……客は小松帯刀だな?」

 サクがもう一度頷くと、もう一人の男が苦々しい顔で言った。

「ケッ、酒飲んで、こんなべっぴん抱いて、大イビキかよ」

 二人の男は互いに目配せすると、刀を振り上げた。

 そして、同時に布団に突き刺す。

 その瞬間を狙い、サクは蝋燭の火を吹き消した。

 部屋が真っ暗になり、帯刀は屏風の裏で身を固くする。

 その時、ビュンビュンと風を切る音がしたかと思うと、ガツンガツンと硬い物がぶつかり合う音が響いた。続けてドスンドスンという重たい音。

 サクが心配になった帯刀は、耐え切れずに脇差しを握り締めて屏風の裏から飛び出す。

「サク! 大丈夫か!」

 その時、蝋燭の火が再び灯ると、帯刀の眼に飛び込んで来たのは、信じられない光景だった。

 布団に突き刺さった二本の刀、その横には侍が二人うつ伏せに倒れている。

 サクは細帯を何本か引き出しから取り出すと、幾つか帯刀に差し出した。

「帯刀様、これでそちらの男の手足を」

「わ、わかった」

 サクは手際良く、慣れた手付きで倒れた男の手と足を縛りあげる。

 帯刀も、見よう見まねでもう一人の男を縛った。

 カリンが恐る恐る襖から顔を出す。

「凄い音したけど大丈夫? また盗賊?」

 サクは立ち上がり、倒れている二人を見下ろす。

「いつもの物盗りとは違うと思う。帯刀様を殺そうとしていたから」

 殺しと聞いてカリンの顔色が変わる。

「私、諏訪様を起こしてくる」

 カリンが顔を引っ込めると、すぐに数馬が飛んで来た。

「帯刀! 生きとるか!」

「数馬さん、声が大きいですよ。深夜ですから。私は無事です」

 数馬は、倒れている二人の男に近付く。

「お前がやった……訳ないか」

「私だって、その気になれば刺客の一人や二人……」

「だが、この二人を倒したのは帯刀ではないだろ」

「まあ、その通りですが」

「凄いな。赤き龍の乙女、噂通りだ」

「一瞬でした。灯りが消えたかと思うと、次に点いた時、もう二人とも倒れていました」

「辻村に伝わる秘術というヤツか。琉球とは底の知れん国よ。まあ、何にせよ、命拾いして良かった」

 帯刀は男達の腰から鞘を取ると、布団に刺さっていた刀を引き抜いて納めた。

「こいつら、何者でしょうね」

「さあな。どうせ、金で雇われた浪人だ。黒幕の事は何も知らんだろうよ」

「裏で操るは、幕府か長州か……」

「まあ、そんな所だろう。しかし、この時代、命を狙われて一人前。帯刀も、ようやくという事だな」

「やめてください、不謹慎です」

「それにしても、こんなのが転がっていると邪魔だ。なあ、カリン。どこか朝まで閉じ込めておく場所はないか?」

 カリンが廊下の奥を指差す。

「一番奥に、悪さをした子供の折檻部屋がありますが」

「折檻部屋か。ははは、この者達には丁度いい」

 数馬が一人を担ぎ上げようと身体を起こした時、その男が呻いた。

「うーん……」

 意識を取り戻し、ゆっくりと頭を上げる。

「ホイっと」

 数馬が男の首筋に手刀を打ち込むと、男は再びガクッと頭を垂れた。

 それを見た帯刀が感心する。

「見事なものですね」

「そうだろ。今度、教えてやるよ。覚えておいて損はない」

 数馬は男を軽々と担ぎ上げる。

 帯刀も一人担ぎ上げ、二人は娼館の折檻部屋へと歩いて行った。

 二人がいなくなると、カリンはサクを強く抱き締める。

「怖かったね。もう大丈夫だから」

 サクの身体は、生まれたばかりのケマラジカの様に震えていた。

「カリンネェネェ……怖かったよう……刀があんなに恐ろしいなんて……」

 真剣を見た事がない訳ではなかった。

 客で来た薩摩の役人が、自慢気に自分の刀を見せびらかすのはよく見る光景だ。

 だが、人を斬る為に振り上げられた刀を見たのは初めてだった。

 冷たく輝く真剣は、見る者を凍り付かせる。それを見て、恐怖を感じない者がいるだろうか。

 うら若い娘なら尚更だ。

 棍棒や鎌を持った賊となら何度となく闘った。だが、刀の持つ威圧感は、それらと次元の違うものだとサクは知った。

「よしよし、もう心配いらないから。お茶でも飲んで落ち着いて」

 言われるがままに茶を飲むサクを見て、カリンも少し安心する。

 闘神のごとく祭り上げられていても、中身は年相応の娘である事をカリンは知っていた。

「だけどサクちゃん、そんな刀を持った賊、よく二人も倒せたね」

「うん、そこの布団の中に帯刀様が寝ていると思って、後ろを気にしてなかったから」

「そこをヌンチャクでガツンね」

 サクの俵には、カイから贈られた赤いヌンチャクがあった。

 それを大事そうに握り締めてサクは微笑む。

「今日もカイがサクを守ってくれたの……」



 初御客の時こそ、思いがけない波乱はあったものの、その後は淡々と日々が過ぎた。

 次の日の客は、清国のお偉い役人だった。

 初老というのもあったのか、サクの美しさと神がかった印象に圧倒され、なかなかイチモツが元気にならない。

 サクは、アゴがくたくたに疲れるまで口で奉仕しなければならなかったが、それだけに無事にコトを成し遂げた時はホッと胸を撫で下ろした。

 その次の日は、薩摩の大金持ちの商人だった。

 その脂ぎった中年は逆に、外国の術師から取り寄せたという怪しげな薬を飲んだとかで、サクが舞いを終えて部屋に入った時には、料理や酒が並んだ台を持ち上げんばかりにギンギンだった。

 ろくに飲み食いもせずにサクを押し倒すと、自慢気にイチモツをサクの目の前に差し出す。

 ところが、サクが少し強く握って上下しただけで、男はあっけなく射精してしまった。だか、薬の効力か、勃起は収まらない。

 次にサクは口で奉仕した。すると、またあっけなく射精してしまう。

 やはり、勃起は収まらない。

 それは、サクに挿入しても同じだった。立て続けに二回射精すると、とうとう白眼を剥いて失神してしまった。

 驚いたサクは、部屋の前を通りかかったアンマーに助けを求めた。

「ああ、あの薬ね。頭の血を、無理やり股間に集めて勃起させる薬なのさ。貧血を起こして倒れる人が珍しくないよ。足の方を上にあげて寝かせておけば、やがて血が頭に戻って目をさますから」

 一刻を過ぎた頃、男は意識を取り戻し、サクに感謝の言葉を述べながら帰って行った。


 この様な日々が一ヶ月も続くと、男に抱かれる事は日常となる。食べる事や、寝る事と同一線上に、それはあった。

 当然だろう、それがサクの仕事だ。

 だが、カイへの思いが消えた訳ではない。

 いや、それどころか、日増しに強くなる一方だ。

 グナァアンマーと、カイの思い出話をするのが、サクの一番の楽しみだった。

 だが、それで寂しさが消える訳ではない。

 その寂しさを埋めるかのように、サクは仕事に精を出し、男達に抱かれ続けた。



 そんな日々が三ヶ月程続いた、ある雨の降る日の事だ。

 娼館を諏訪数馬が訪ねて来た。

「まあまあ、お足もとの悪い中、ようこそお越しくださいました……」

 アンマーは、揉み手をしながら諏訪を出迎える。

「……諏訪様は運がいい、今日はカリンには他のお客様が入っていますが、実はサクが付く筈だったお客様が船の事故で……今日は雨も降っていますし、諏訪様だけの特別な価格に致しますがいかがですか?」

「なにい! それは本当か? それを知っておれば、借金をしてでも金を準備したものを……残念ながら、今はオケラでな」

 アンマーの顔から愛想笑いが消える。

「で、何のご用で」

「なんだ、途端に態度が冷たいな。まあいい。実はな、殿直々の願い事なのだ」

「殿って、島津斉彬様?」

 数馬は頷く。

「サクに、薩摩へ登ってもらえまいか?」

 アンマーの眼が、驚きで丸くなった。

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