番外編 鐘の音がきこえる

 雪が降っている。

 黒い空から、白い綿毛のような雪が降ってくる。


「てっちゃん、みかん食べる?」


 カーテンを開けて、外を見ていた哲也に、美奈が半纏から出た白い手で、みかんを差し出した。こたつ布団の上で丸くなってる、白猫のチナが起きないように、そっと移動した。


「結構降ってるね」


「うん」


 美奈の隣に座り直すと、その手からみかんを受け取る。テレビでは年末恒例の歌番組で、大トリの歌手が豪華絢爛な舞台セットの前で熱唱している。


「髪、乾かしてないでしょ?」


 まだ、ほんのり湿った髪に指を潜らせて、美奈はわしゃわしゃと俺の頭を撫でる。その薬指に指輪が光る。


「意外とズボラな所あるよね、てっちゃん」


「知ってたら結婚しなかった?」


「知ってるからほっとけなかったの」


 皮をむいて、半分に割ったみかんを半分渡すと、白い筋をそのままに食べ始める俺と、それを丁寧にとる美奈。


 遠くで鐘が鳴り始めた。


 チナの耳だけがピクリと動く。


「あ、除夜の鐘だね」


 今年、ここで年を越すのは初めての美奈が、そっと耳を済ませる。

 ごぉーーーん、とかすかに聞こえるのは隣町のお寺からだ。今年ももうあと数十分。


「今年は、色々有難うね、てっちゃん」


「こちらこそ、ようやく約束が果たせてほっとしたわ」


 美奈の大学卒業から、資格取得にもう2年。社会福祉士の仕事について3年。俺は自営の在宅ワークと、友人の家の家業である、建具屋の仕事を兼業としてる。親父さんが店を畳むまでは、手伝うつもりをしているのだが、性に合うのか、その仕事が割と好きで、もし良かったら継がないか?とまでいわれている。顧客があるうちはそれでもいいかと思ってはいるのだが。


 チナが目を覚まして、にゃあと泣いた。


 ソファの背もたれに乗って、窓の外をみあげるので、立ち上がると、そっと窓を開けてやった。途端に冷気が滑り込んでくる。



 ごぉーーーん。

 また、鐘が鳴る。


「来年は除夜の鐘、突きに行ってみる?」


「え?そんなことできるんだ?」


「ああ、子供の頃親父といったの」


 小さなころに亡くなった親父との、数少ない思い出だ。


「ひと鐘付くと、みかんが1個貰える」


「ふふっそうなの?」


 しんと冷えた空気を肌に感じながら、その音に耳を済ませる。


 見ると隣の美奈がそっと手を合わせて目を閉じている。

「何お願いしてるの?」


「てっちゃんのお父さんたちに。ここで無事年を越せること、感謝してるの」


「そっか」

 俺もそれに習う。

 遠くから聞こえる、鐘の音は、煩悩の数を鳴らすという。

 その音を、またこの家で、誰かの隣で聴く日が来るなんてな、と縁の不思議さを思う


『哲也、良かったな』


 夜空を渡る微かな鐘の音に、親父がそう言ったように聞こえた。

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クチナシ 伊崎 夕風 @kanoko_yi

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