第15話 対獣

 熊がユックリと四足歩行で俺に近づいてきた。俺の五メートル手前で熊も止まる。

 

 ここで師匠の教えが脳裏に浮かぶ。


『良いか、タイキ。熊が四足のまま自分の正面に来た時は体当たりをかまそうとしてるんだ。四足のままイキナリ走って来るから落ち着いて避けて、ケツを棒で思いっ切り叩いてやれ』


 俺は油断なく熊を見つめている。すると、熊が俺に向かって走って来た。俺はソレを予測していた。落ち着いて身を躱しながら、行き過ぎた熊の尻を棒で叩く。熊はそのまま少し走り、急制動して振り返る。しかし、俺はソコには居ない。

 既に熊の左手に移動していて、俺を見失った熊の鼻面を軽く叩いて飛び下がった。


 痛みからギャオッと鳴いた熊は二本足で立ち上がった。そこで又師匠の教えが聞こえてくる。


『二本足で立ち上がったらコッチのもんだ。左手で攻撃しようとしたら右足が前にわずかに出ている。手が逆なら足も逆で考えて良い。そして、そのわずかに前に出た足の内膝を力を込めて叩けば、熊はたまらずに倒れる。倒れたら、鼻面や耳の後ろを痛みを覚える程度で叩け』


 俺は立ち上がった熊を良く観察した。わずかに左足が前に出ている。その内膝を棒で素早く叩いた。今度はガアッーと鳴いて倒れる熊。倒れた熊の鼻面を俺は叩いた。熊は手で鼻面をおさえる。そのまま耳の後ろを狙って棒を振る俺。


『良いか、目は攻撃するな。目を間違って潰してしまったら手負いになる。そしたら復讐心が芽生えて、熊も必死になってしまうし、逃げられたら間違いなく人を見たら襲うようになってしまう。だから、慎重に素早く正確に狙った場所を叩け』


 師匠の声が俺の脳裏に響いて俺の動きを後押ししてくれる。そうして十数回叩いたら熊が背を丸めて頭を抱えた状態になった。

 俺は飛び下がって棒を油断なく構えて熊を睨む。


『背中を丸めて頭を抱えたら攻撃を止めて一旦さがるんだ。けれど油断はするな。熊が本当にまいったらそのまま静かに立ち去る筈だが、隙を見て攻撃してくるヤツも居る。静かに見つめて挙動をかくにんするんだ。そのまま立ち去っていったら、新しい縄張りを探しに行ったと思って良い』


 俺が攻撃を止めたのを感じた熊は静かに四足で立ち上がり、俺を見たまま後ろにジリジリと下がり始めた。そして、ハチメートルも離れた時には後ろに向きを変えて一目散に走り去った。ソコで俺はやっと大きく息を吐いて座り込む。


「くっ、はあー。緊張した。試合の比じゃないな」


 俺は座り込んだまま辺りを見回した。そしてヤクマ草を見つけた。スチャンさんの手紙に同封されていたヤクマ草の絵と同じ草がそこらじゅうにある。勿論、師匠にも確認を取っている。師匠は間違いないと教えてくれた上に採取の仕方と、もし薬草園を作るんならと根から採って枯らさずに持って帰る方法を教えてくれた。

 しかし、師匠の薬草知識は半端ないな。幅広く網羅しているのが凄い。


 俺はヤクマ草を採取し終えて、報告の為に師匠の家に向かった。師匠は俺の顔を見て第一声でこう言ってくれた。


「タイキ、良い目になったじゃないか。生き死にを経験した男の目にな。だがこれからが、本当に男として頼れる存在を目指すスタートラインになる。稽古も少しハードにして行くぞ」


「はい、師匠。よろしくお願いします」


「うんうん、それでヤクマ草を見せてみろ。コレは良い状態のばかりだな。二袋分か…… 一袋は乾燥させて、もう一袋はそのまま薬師ギルドに持って行けば良い。乾燥の仕方は普段やってるクレイ草と同じで大丈夫だからな」


「師匠、何故一袋はそのままが良いんですか?」


 俺は疑問に思って聞いてみた。そしたら、驚くべき答えが返ってきた。


「あの薬師ギルドにはワシの薬草の弟子とも言える女子おなごが居てな。そいつなら、生の状態のヤクマ草を上手く利用して飲み薬を作れるからだ。乾燥粉末状態のモノとは違う効能が得られるから、高く買い取ってくれるしな」


 本当に師匠の知識は凄い。薬師ギルドに入るような人に弟子がいるのにも驚いた。俺のビックリした顔を見て師匠が言う。


「タイキよ、お前にも同じ知識を教えてるからな。お前にはワシの全てを教えて行くつもりだから、しっかりと受け継いでくれよ」


 俺は師匠の言葉に感動した。そして、何故俺なんだとは思ったが、必要なら師匠が教えてくれるだろうと考えて、素直にいつも通りの返事をした。


「はい、師匠」


 それから、根から採取してきたヤクマ草と、帰りに草原で同じく根から採ったクレイ草を家に植える為に帰宅した。 

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