第9話 天地流


 俺は二試合目だったが、一試合目が始まる半刻三十分前に会場に着いた。ソコでは何とキョウメイが待っていた。


「おはよう、タイキ。応援に来たよ」


「おはよう、有難う」


 俺は少し感動して泣きそうになったが、何とか堪えて普通に挨拶を返した。思えば今まで友と呼べる存在はあいつ以外は居なかったな。誰もかれもが貧乏だった俺を馬鹿にして、暴力を振るってきた。

 武術を学んで暴力を振るわれる事も無くなったけれど、それでも友は出来なかった。キョウメイは強くなってから出来た初めての友だ。これからも良い関係で居たいな。


「タイキ、【天地あめつち流】に勝ったら、恐らく【クデウ刀術】が対戦相手になると思うけど、無手で行くの?」


「いや、次の試合にもし勝てたら、その次からは棒を使っても良いって師匠から言われているんだ。だから、棒を使うよ」


「ああ、やっぱり柔剛術にも武器術があるんだね。僕が学んでいる【覇軍】にも刀術と小太刀の技があるんだ」


「そうなんだな。大会が終わってもし良かったら武器術を見せて欲しいな」


「勿論だよ。でも、タイキも見せてよ」


「ああ、分かった」


 そして、俺はキョウメイと別れて試合場所に向かった。そこで心を落ち着けて待つ。


 一試合目が始まった。【クデウ刀術】対【ヤナイ柔剣】の戦いは、始まって三分程で決着した。

 刀術の選手が柔剣の選手が振り下ろそうとした剣を柔らかく受け止め流し、そのまま首筋に刀を一閃させたのだ。勿論、一ミリ手前でピタリと刀を止めた。物凄い技量だ。


 そして、遂に俺の試合だ。俺は胸を借りるつもりで試合に望んでいるから、清々しい気持ちで試合場所に上がる。見るとゴウシも微笑みながら上がって来ている。

 俺達二人は正面で向き合った。そして、その時に分かった。俺だけでなく、ゴウシも分かったのだろう。審判が始めの合図を出した時に、互いに背を向けて、五歩歩いた。そして、また互いに向き合う。


 それからはもうお互いが了解事項の様に、お互いに向かって歩き出す。自然な歩きだ。


 まるで散歩しているかの様に、一歩一歩お互いに近づいて行く。


 五歩で元の位置に。


 そこから更に三歩で互いの間合に入る。


 更に二歩進んだ時に、申し合わせたかの様にお互いの右拳が上がり、膻中を打った。


 そして、時が止まる……


 崩折れたのはゴウシだった。紙一重、いや髪一重の差で俺の拳が早かったようだ。


 横隔膜が収縮して呼吸が苦しそうなゴウシに処置を施そうと近づいたら、ゴウシが片手を上げて必要ないとアピールしてきた。柔剛術が元である天地流だけあって、自分で回復する術をちゃんと会得していた。

 そして、ゴウシが俺に言った。


「いやあ、負けたよ。同時打ちで負けたのは初めてだ。タイキはかなり型を練っているんだな。私もまた、初心に帰って型を練るようにするよ」


「俺は今まで愚直に型をやって来ました。それが良かったのだと確信できました」


 俺がそう言うと、ゴウシは、それがやはり遠いようで近道なんだよと言って俺の肩を叩いて、また後で会おうと言ってから、試合場所を降りて行った。


 さあ、気持ちを切り替えよう。次からは棒を使う。俺はミヤを探した。そしたら観戦席でキョウメイの右隣に座るミヤを見つけた。俺の棒を手に持って、俺に手を振ってくれている。キョウメイの左隣には可愛らしい女性が座っている。

 俺は二人に近づいた。


「タイキ、キョウメイさんとリンさんが助けてくれたの」


「ッ! 何かあったのか!?」


 ミヤの言葉に俺は驚く。キョウメイが説明してくれた。


「タイキと別れて、僕の連れ合いのリンを探していたら、【豪拳】の連中がミヤちゃんに絡んでいたんだよ。ソコに僕の連れ合いも居てね。あ、紹介するよ。僕の連れ合いでリンだよ」


 キョウメイの左隣に座る女性が俺に頭を下げてきた。俺も慌てて頭を下げて、礼を言う。


「ミヤを助けて貰い有難うございます」


「いいえ、偶々私も絡まれていたんです。ソコにミヤちゃんが歩いてきて、彼らはミヤちゃんにも絡みはじめて…… キョウメイが来なければ私が彼らを懲らしめていた所ですが、キョウメイが来たので、彼に任せました」


 そうリンさんは言って微笑んだ。俺はキョウメイにも礼を言った。


「良いんだよ。話を聞いたらタイキの連れ合いだと言うから、一緒に観戦してたんだ。【豪拳】の奴らはもう会場に居ないけどね。他にも絡むような奴が居るかもしれないから、一緒に見ようってミヤちゃんに声をかけたんだよ」


「本当に有難う。助かったよ」


 俺はそう言ってから、ミヤから棒を受け取った。


「ミヤ、棒を持って来てくれて有難う。次も頑張ってみるからキョウメイとリンさんと一緒に見ていてくれ」


「うん、頑張ってね。タイキ」


「タイキ、【クデウ刀術】は後の先が得意なようだけど、対策は考えてるのかい?」


 キョウメイがそう聞いてきたので、俺は答えた。


「対策なんて無いさ。俺は繰り返し体が覚えている動きを出すだけだよ」


 それを聞いたキョウメイとリンさんがニッコリ笑い、それが一番良いかもねと二人して俺に言ってくれた。


 三試合目がもうすぐ始まるからと言って、俺は三人と別れて試合会場に戻った。


 



 



 

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